考えたこと2

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キャリア
キャリアとは何だろう。

英語では、キャリーされるものだから、馬車というような語源らしい。
荷車というような感じだろうか。
荷車を人がひっぱって歩く、そんなイメージだろう。

そして、荷車をひっぱって歩いて、それでついた「わだち」という意味もある。
わだちは、道の上についた車輪の痕だ。
過去のキャリアは、わだちになる。

まさに、そういう感じだ。

10代か20代で社会に出る。
今は半分くらいが20代になった。
普通はそこからがキャリア。
最初はわだちの痕もできないくらい、荷車は軽い。
簡単に引っぱれるが、それが年数がたつと、だんだん重くなっていく。

仕事を覚えたり、人間関係ができたり、スキルがついたり、いろんな出会いや経験が荷車に乗るからだ。
そうすると、だんだんとわだちの痕も深くなっていく。
キャリアをきざむという感じになるのか。

一つの仕事でキャリアをつける人もいるし、いくつかの仕事でつける人もいる。
途中休んで、何かすることもキャリアの一部になったりする。

荷車が重くなると、慣性も大きくなる。
動き出すと、止まりにくくなるのだ。
方向も変えにくい。
重くなればなるほど、ずっと同じ方向に走ろうという性質が慣性の法則。
キャリアの物理学だ。

実際、年をとってキャリアが重くなればなるほど、方向転換は難しい。
よしんば、それができたとしても、今の日本では軋轢が大きい。
道なき道を進んでいくイメージ。
今までの荷物で使えるものもあるし、直接は使えないものもある…。

だから、転職は大変ということだ。

欧米と違うのは、日本ではキャリアの大きな部分が、一つの会社の中の関係や知識であることだろう。
縦のつながりが弱く、横のつながりが比較的強いのだと思う。
だから、キャリアが活かしやすい。

そういう意味でも、日本の転職は年をとれば取るほど大変になる。

しかし、その差も小さくはなってきた。

この年になって、そういうことを考える。
もっと若い時に考えておけば…、と思うが、キャリアはそういうものではない。
運や偶然(これを縁ともいう)に支配される部分も大きいからだ。

偶然、何かの縁で、ある日突然方向転換できたりする。

それがキャリアの難しいところだ。

だから、始終キャリアについて考えているワケではない。
節々で考えるものだ。

荷車を意識しないのが普通。
でも、時々は荷車の中をチェックした方がいい。

それがキャリアの棚卸しだ。

そして、自分の人生のことも考えてみよう。

| | 考えたこと | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
神様がくれた休暇
病気やケガで動けなかったり、寝ていないと仕方ない状態になることがある。

そういうときは、神様がくれた休暇だと思うといい。

やらないといけないことがあっても、やれない。
計画していたことは先送り。
誰かに仕事が回っていく。

しかし、ここで焦ってはいけない。

とりあえず、じっとして休む。
それが一番早道だ。

こういう時は、ふだんできないことをやるといい。
もちろん、じっとしていてできることだ。
となると、やれることは限られている。

本を読むこと…、これが一番いい。

小説、エッセイ、評論など…、これはいい機会だ。

ゆっくりと本を読もう。

それが一番いい過ごし方だ。




| | 考えたこと | 09:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
上海の高齢化
今日の夜ニュースでやっていたが、上海の高齢化のスピードは中国一らしい。

日本も相当なものだと思っていたが、上海はその上をいく。
2020年に日本では高齢化率が27〜28%との予想だが、上海は30%を超えるらしい。

一人っ子政策が効いている。
寿命は延びて、子どもが減るという状況。

役所が子どもに親孝行の契約をさせていた。
福祉が追いつかないらしい。

開放政策で中国は豊かになった。
一人娘は結婚して、5年間で給料が10倍くらい。
マンションを買って、住むだけのお金ができた。
しかし、去年の金融危機以降、いつ首を切られるかわからない状況。
ローンをたくさん抱えて、働かざるを得ない。
常に不安を抱えている。

だから、親の面倒を見られないらしい。

役所の人が行って、子どもに諭す。
子どもは気にかかっていたが、行けなかったのだという。

最近、介護のためのNPOができた。
海外で介護経験がある中国人が上海に帰ってきて、手伝っている。

しかし、焼け石に水。

昔は、三代、四代が同じ家に住み、仲良くやっていたが(イヤなこともあっただろうが)、そうしなくてもよくなった。
それが、豊かになるということか。
核家族化が進み、家族がバラバラになる。
人間はそういうふうにできているのか。

上海は日本の先を行っている。
もちろん、人口自体が多いから、労働人口が足りなくなるということはないだろうが、高齢化率は進んでいる。

それを見て、日本も研究しなくてはいけない。

「家族」というのはどこまでを言うのか。
親子だけなのか、親子孫まで含むのか…。


| | 考えたこと | 00:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
24%
内閣支持率が24%に落ちたらしい。

ちょっと前まで50%をこえていたと思うのだが、これはどういうことか。
有権者の見る目がなかったのか、民主党が期待を裏切ったのか、はたまた鳩山が悪いのか…。

世論などというものは、いい加減なものだ。
誰かが言っていたが、国民のレベル以上の代表者を選べたら、ラッキーだということらしい。
有権者のレベルに、選ばれる人は合わされる。

難しい問題だ。

今度の参院選はどうなるのだろう。

今度は民主党が落ちるのか。
そうすると、あの、わけのわからない党が票を集めるのだろうか。

舛添の入った党、たちあがれ日本など、自民党から離党したメンバーでできた党だ。

まあ、これを称して、混乱状態という。

この選挙に日本の未来がかかっている。
といっても、衆議院での民主党の優位は変わらないから、当分は民主党の天下だ。
でも、参院選で負けたら、ちょっとは変わる。

変わった方がいいと思うか、今のままがいいと思うか…。

まあ、みんなの選択だ。

どうなるか、わからないが、せめて投票率だけは80%以上いってほしい。

せっかくの意思表示のチャンスなのだから。

| | 考えたこと | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
新しい信号機
最近街を走っていると、新しい信号機が目立ってきた。

一つはLEDの信号機。
小さなドットで丸い形を表している。
赤、緑、黄色という色が鮮やかで見やすい。
おそらく、球切れもほとんどしないし、消費電力も小さいのだろう。
一つが切れても、ドットが一つ欠けるだけで、機能はほとんど損なわれない。

もう一つは矢印がついている信号機。
右の矢印が出る信号は今までもあった。
最近のものは赤のままで、直進と左だけが青の矢印で光る。
今までなら、緑になっていたのに、赤で矢印だけ出る。

これは右折車を止めるためだろう。
右折は右折だけで、対向車を止めてからさせるという考え。
それなら、緑はいるのか?という気になるが、一応緑もついている。
確かにスムースにいくような気もする。

しかし、人間の生活に電気は必需品になってしまった。
電気がなければ、信号がつかず、交通がマヒするだろう。
ゆずりあって、順番に…というわけにはいかない。
道路のわりに、クルマが多すぎるのだ。

道路に余裕があれば、ランナバウト(run about)という、ロータリーの交差点にすればよい。
信号がなくても、交差点が作れる。

しかし、人口密度が高すぎる。

そういう意味では、少子化も悪いことはない。

人口が少なくなっても、中国にGDPを抜かれ、インドやブラジル、ロシアなどに抜かれても、収縮した日本経済を持ち直すことができれば、大丈夫だ。

しかし、今の状態なら、苦しいと思う。

何か、打開策をうたないと…。




| | 考えたこと | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
ペンとメモ
ペンとメモは必需品。

休みの日に持ち歩くバッグにいつも入っている。
メモ帳はリングタイプのA6サイズ。
ペンはHi-tecの0.4mmのノックタイプを買った。
一度インクがなくなって、リフィルを買って使っている。

メモ用のペンは難しい。
今使っているのはちょっとペン自体が細すぎる。
ちょっと持ちにくいのだ。

もっと小さなメモ用のシャープペンも持っているが、これはちょっと短かすぎた。
書くときに持ちにくい。
ほんのちょっとしたメモしか書けない。

もうちょっと太くて、7センチくらいのペンがいい。

できれば、Hi-tecの0.4mmがいいのだが…。

でも、高望みはしない。
サイズ優先でよい。

文房具屋に寄るたびに探しているのだが、なかなか見つからない。

カップとソーサーみたいにお揃いのペンとメモ。

そのうち、見つかるだろうか…。


| | 考えたこと | 00:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
Closed
コールドケースという番組がある。
アメリカの未解決殺人事件を専門に扱う部署の話。

60年代、70年代、80年代の事件。
数十年前の物語をたどっていく。

毎回、若いときの姿と、年老いた姿の2人の俳優がでてくる。
時には子役、時には青年の俳優と中年、老年の俳優。
何となく似ているから、大したものだ。
どうやって選んでいるのだろう。

それが交錯する。
事件当時の姿と現在の姿が交互に出てくる。
それは人間の移り変わりをうつしている。

毎回新しい手がかりを見つける。
科学捜査が進んで、新しくできるようになったり、時間がたって証言が覆ったり、いろいろなパターンがある。

コールドケースが倉庫にたくさん並んでいる。
ファイルや証拠、証言録が入った段ボール箱だ。

それを開いて、解決したら閉じる。

閉じるときに、Closedとマジックで書く。
それが、解決という意味。

File closed.というのが、ケリがついたというような意味だろう。
File is still openというのは、まだ進行中という意味。

このドラマのように、どんどんcloseしていければいいのだが、たくさん開いたままだ。

解決は難しい。


| | 考えたこと | 00:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
愚かな総理
自分で自分の事をおとしめるのにも程度がある。

一国の総理大臣が自分で「愚かな総理かもしれない」という。
案の定、グーグルで「愚かな」と入れて検索すると、トップ10のうち4件が鳩山の記事だった。

総理大臣が自分のことを「愚か」と言ってはいけないだろう。
たとえ、国民のほとんどが、「こいつ、何考えとんネン」と思っていたとしても、それはダメだ。
ポジションの責任というものがある。
どれだけ情けない事をしても、自分で情けないと思っても、それは人がいうことだ。
自分では「そんなことはない」と反論するのが役目。

そうでないと、いろんなものが崩れていってしまう。
総理は権威を持っていなければ、つとまらない。

まあ、すでにいろんなものが崩れてしまっているから、いいのかもしれないが…。

昨日書いたが、雇用の不足は大きな問題だ。
そのためには、雇用を作り出さねばならない。
そのためには、経済成長をしないといけない。
そのためには、…よくわからないが、雇用の促進のために、ハローワークで訓練したり、税金を使って就労者支援をしたりするよりは、他に使い方があるのではないか。
それが悪いと言っているのではない。
よりよい方法がないか、ということだ。

厚労省、文科省、経産省…、いろいろやっているが、毎年10万人以上の失業者が生まれてしまってはどうしようもない。
いったい、何人が救えるというのか。

目に見えにくいかもしれないが、長い目で見て景気が回復して、雇用が生まれないとどうしようもない。
たくさんの若い失業者を生み出している。

愚かというなら、そっちの方だろう。

| | 考えたこと | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
休まないといけない
有給休暇や振替休日はちゃんと消化しないといけない。

そんなことは当たり前、という人もいるかもしれないが、ぼくは違った。

仕事をすることは、しんどいけど楽しい、という時もある。
もちろん、しんどいだけの時もあるし、それが元で調子が悪くなることもある。
でも、どちらかといえば、休みの日にでてきて、仕事をして、それで充実感を得ることができれば、それでもいいと思っていた。

しかし、それではいけない。

休まないといけないのだ。

法律で決まっているとか、そういう問題ではない。

今の日本では、新しい雇用を生むためには、働いている人がちゃんと休み、それで回らなくなった仕事を新しい人にしてもらう、ということが必要だ。
これは、雇用対策なのだ。

そうでないと、若い人の仕事が足りない。

みんなでちゃんと休んで、そして足りない分をはっきりさせよう。

そうしないと、雇用は生まれない。

それしかないのだ。

| | 考えたこと | 00:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
いるくない
今日は若い人と話していたら、新しい言葉を知った。

人がたくさんいるのではないか、という意味の事を言うときに、今の若い人は「人がたくさんいるくないですか?」という。

これは存在するという意味の「いる」と、「〜らしくない」という言葉の「くない」をひっつけたもの、と考えるとよくわかる。
「好きくない」という言い方の「好き」を「いる」に変えたものだ。

普通は形容詞の「美しい」というのを、否定するために「美しくない」とか、「かわいい」という形容詞を否定するのに「かわいくない」とか、「〜くない」はそういう使い方だろう。

この形容詞(美しい、かわいい)が動詞に変わったものが、「好きくない」とか「いるくない」というもの。
ただ、「好きくない」はきらいという意味だが、この「いるくない」は「いない」という意味ではなく、「いるんじゃない?」という疑問で使われている。
だから、イントネーションも「いるくない↑」というふうにあがる。

まだ、否定で使うところまではいっていないような気がする。

意味はわかるが、「いるくない」はちょっと難しい。
最初は何を言っているのか、わからなかった。

調べてみると、「違くない」という言葉も新語でgoo辞書に載っていた。
意味は「違わない」で主に疑問形で用いると書いてある。
それと同じような言葉だろう。
「違うくない↑」という言葉は、聞いたことがあるような気がする。
どうも、テレビで聞いたような気がするのだが…。

このあたりの言葉は、「いるんじゃない?」というのを短縮して「いるくない」と言っているのだろうか。
たしかに、「んじゃ」よりも「く」の方が言いやすい。

使っている世代はかなり若い世代だが、どんどんこういう短縮が行われていくのだろう。

距離があるんではないか?というのを「遠くない?」というのと同じ感覚で、いるのではないか?というのを「いるくない?」という。

なんだか、だいぶ日本語も変わってきたような気がする。

「いる+くない」がアリなら、「ある+くない」もアリだし、関西弁では「おる+くない」もアリだろう。

「今日は、ようけ人がおるくない」という言葉を聞く日も近い。

勉強になった。



| | 考えたこと | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
プリウスの屋根
最近クルマで走っていて、気になることがある。
トヨタのプリウスだ。

前を走っているプリウスをよく見ると、屋根に特徴がある。
普通のクルマは屋根が丸くなっているが、プリウスは3つの山がある。

プリウスの屋根は、両端と真ん中の三つの円弧でできているのだ。

これがプリウスのデザインの特徴の一つだろう。
他のクルマには見られない。
パゴダ・ルーフという形状。パゴダとは仏塔という意味らしい。

これは空力のためにやっているのか、それとも強度のためにやっているのか、はたまた車室のクリアランスか、諸説ある。

好き嫌いもあるようだ。

ところで、高速料金が変わると、悩ましいことになる。

ぼくのように毎日高速を使っていると、高速代もバカにならない。
それが、ハイブリッドにすると、軽と同じ料金になるという(らしい)。
夜間割引はなくなる(らしい)。
そうなると、ランニングコストを考えて、どうしよう…ということになる。

こないだ発表した料金体系に変わるのか、もう少し推移を見守らないといけない。

ということで、話はそれたが、プリウスの屋根はなぜか3つの山がある。

一度気をつけてみてみて下さい。


| | 考えたこと | 00:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
なぜ勉強するのか 鈴木光司 ソフトバンク新書
著者は「リング」や「らせん」を書いた人。

二浪して大学に入り、作家を目指して勉強し、塾の講師などをやっていた経験で二人の娘を育て、作家デビューした。
勉強とは何か、ということについて書いてある。
読みやすい対話形式。

子どもに勉強する意味を伝えなければならない、というのが主旨。
「はじめに」にこう書かれている。

「なぜ、微分積分を勉強しなければならないの?文系に進めば、そんなもの学んだって、何の役にも立たないじゃない」と、子どもから訊かれて、あなたはどう答えますか。化学式を覚え、歴史の年表を暗記することに、どんな意味があるのか、子どもに説明することができるでしょうか。

将来、有効となる能力とは、「理解力」「想像力」「表現力」の三つです。数学や外国語、歴史、理科など、さまざまなジャンル、要するに別角度からのアプローチを経て、この三つの力を養うのが勉強の本質なのです。

これが作者の言いたいことだ。

そして、本を読むこと。

確信を持って言えるのですが、本を読むことが飯を食うことと同じようになると、勉強の成績は上がっていきます。

本当にそう思う。

今になって思うが、意味は大事だ。
なぜそれをするのか、それにはどういう意味があるのか、それを知ることが必要だ。
受験のためにやっているのではない。
社会に役立つためにやっている。
市民として、正しい判断ができるように、正しい考え方ができるように、やっているのだろう。

それを教えることが大事だ。

第1章 すべてに通じる理解力、想像力、表現力
第2章 明晰に、論理的に、分析的に
第3章 正しい学習法
第4章 世界に通用する論理
第5章 未来をよりよくするために勉強する

こういう内容。

読みやすく、ためになる。

| | | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
茶屋町
阪急梅田の神戸側の出口を降りたところを茶屋町という。

数年前にきれいになった。

時々梅田に行くが、寄るところは阪急三番街の南館だ。
キディランドがある。
今日行ったら、だいぶ模様替えしていた。

以前よりもおもちゃが減り、雑貨が増えている。
ノートやペン、ポーチ、シールなど。
ディズニーやキティなどのキャラクターグッズもそろっている。

最近、スヌーピーショップもできた。
スヌーピーグッズがいろいろある。
Tシャツや靴下、ノート、便箋からチョコや弁当箱まで。

一時流行っていたテレビゲームのソフトはだいぶ減った。
たまごっちのようなゲームもだいぶ減った。

ぬいぐるみは変わらない。
大きいのから小さいのまで。
イヌやクマが多い。

雑貨以外で増えているのは、エバンゲリヲンやガンダムなどのフィギュア。
これは大人の男子が見ていた。

プラモデルも減った。
10年ほど前に、ミニ四駆というのが流行ったが、その時に作ったのが最後。
部品もたくさん買った。
プラモデルは手先を器用にするのに役立つし、モーターや電池の知識もつくのに、残念だ。

茶屋町はだいぶ様変わりした。

これからも変わっていくだろう。




| | 考えたこと | 01:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
2030年代半ば
2030年代半ばに、火星に立つ人類がいるだろうか。

オバマ大統領が発表した、政策。
火星は地球の外側の軌道を回っており、人類が到達できる可能性を持った唯一の惑星。
月の探索は中止して、火星にターゲットを絞ろうということだ。
既に火星の表面にはロボットが行っており、いろいろと探査している。

予算は5年間で60億ドル。
思いきったことをするものだ。

そのお金は、貧しい人のために使う方がよい、という意見もある。

これは難しい。

お金をばらまくより、仕事を作る方が貧しい人は減るだろう。
火星に行くために60億ドルを投じるということは、いろいろな研究、実際のロケット設計、その部品など、たくさんの雇用が生まれる。
そこから、アメリカの成長を促す産業も出てくるかもしれない。
そして、その意義としては「火星に人類が立つ」という目標は妥当なものだと思う。
アメリカは常にナンバー1でないといけない。

これは、なんとしても2030年代の半ばまで長生きしないといけない。
しかし、実際はちょっと微妙なところ。
今53歳だから、2030年代半ばということなら、今から25年として78歳。
ちょっとムリかもなあ。

アメリカではそのような景気のいい発言が出てくるようになった。

日本はどうだろう。

比べるまでもないか…。



| | 考えたこと | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
つかあさい
朝のドラマで島根の言葉が話される。

それを聞いていると懐かしい。

前にも書いたが、三次の祖母が毎年冬になると来て、うちの家で過ごす。
その時は、祖母の広島弁をよく聞いた。

今でも覚えているのが、「〜して下さい」という意味の「〜してつかあさい」という言葉。
若い人の間では死語になっているらしい。
でも、祖母はよく使っていた。
「こらえてつかあさい」などという。
「がまんしてやってください」というような意味。

「〜さい」というのもある。
はよねんさい、というのは早く寝なさい、という意味。
このへんの言葉は、暖かみがあって好きだ。

「えっと」もよく聞いた。
たくさん、という意味。
「えっとあるけえ」というのは「たくさんあるから」という意味になる。

「いぬる」「しぬる」というのもあった。
「いぬ(帰る)」「死ぬ」という意味。
このあたりは関西人にはわかりやすい。

「〜じゃけぇ」というのもある。
「〜だから」という意味だ。
「ほーじゃけぇ」というのは、関西弁で「せやから」と同じような意味。

ぼくは広島に住んだことはない。
一時期出張でよく行っていただけだ。

しかし、広島というと、何となく気になる。
それは、小さい頃毎年冬になると三次のおばあちゃんが来て、広島弁を聞かせてくれたからだと思う。

小さい頃耳で覚えた言葉は、忘れないものだ。

もう来週には舞台は東京に変わる。

なかなか面白い。


| | 考えたこと | 01:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
尼子と毛利
今朝の朝ドラは見合いの場面だった。

内容はどうでもいいのだが、その見合いの席での会話が面白かった。

 「うちは○○の出身です」
 「ほー、そうすると毛利ですか?」
 「いや、うちは尼子ですわ」
 「ああ、そうですか。うちは毛利です。」

というような会話。

時代は1947年くらいか。

なぜ面白いかというと、こないだ書いた「三次(みよし)の祖母」が同じような話をしていたからだ。
祖母の家は尼子、祖父の家は毛利だったとのこと。
だから、祖母の家は小学校の演劇で、毛利の殿様をたたえる劇は見に行かなかった…。

尼子、毛利というのは戦国大名。
尼子は今の島根県のあたりで、毛利は広島県。

尼子は毛利に滅ぼされた。
これは戦国時代の話。それが昭和の時代まで語りつがれている。
いや、語りつがれているというより、尼子の殿様のことを、ついこないだまで生きていた人のように語っていた。

こんなところで、歴史はつながっていると思った。

人の一生は一本の線みたいなもの。
民族の歴史も一本の線みたいなものだろう。
上がったり、下がったり、まっすぐ行ったり…。

昭和の時代までは、つながっていたと思う。
つながり具合は弱まっていたかもしれないが、とりあえずつながっていた。

時代劇もあったし…。

今は切れてしまったような気がする。
過去とつながっていることは大事だと思うのだが、それが切れてしまって、よりどころを失ってしまった。

それが今の日本ではないか。

| | 考えたこと | 00:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
昭和40年代
ぼくらは昭和40年代のアメリカの影響を受けている。

日本では考えられない豊かさや、魅力的な音楽や映画の文化、そしてそれらを写していたテレビ番組。

コンバット、アンタッチャブル、名犬ラッシー、逃亡者、サンセット77、ハワイアンアイ、奥様は魔女など。
覚えている人も多いだろう。
もちろん、当時のうちのテレビはモノクロだった。

うちのテレビがいつカラーになったのか、わからない。
たぶん中学の時だと思うが、全く記憶にないなあ。

あの頃は、いつかは一度アメリカに行ってみたいというのが、漠然とした夢だった。

アメリカのものは何でもかっこよかった。
ピースマークやスマイルマーク。
イージーライダーのチョッパースタイルのバイクもあった。

一方でベトナム戦争もあった。
ちょうど昭和40年から50年。
戦争は悪い、というのはわかっていたが、戦争をしているアメリカと、テレビの中のアメリカは別物だった。

「北爆」というのも平成の死語だろう。
もう何の事か、うちの息子たちの世代ではわからない。

マーチンのギターというと、あこがれだった。
D-45というギター。
為替レートが1ドル360円。
当時の値段でたしか70万くらいだったと思う。

パーカーの万年筆は定番だった。

昭和50年代になって、アメリカがかげり始める。
ベトナム戦争から帰国した兵士の問題。
麻薬、銃など。

日本の新聞はアメリカよりもソ連や中国がいいと言った。

そんな時代があった、というと今の若い人はビックリするかもしれない。

もうすぐGDPが中国に抜かれるが、、2020年くらいに生まれた人は、中国が素晴らしいと思うのだろうか。

そんなことはない、と思いたいが…。



| | 考えたこと | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
Right hand
映画を見ていて、その中に出てきた言葉。

 Who is he?
 Corombo's right hand.

 彼は誰だ?
 コロンボの右腕だ。

日本語でも、右腕というのは頼りになるヤツという意味。
英語も同じright handという。
厳密に同じとは言わないが、右の手だからほぼ同じと言っていいだろう。

身体の部分を表す言葉で人をたとえるものは、共通するのかもしれない。

右手が利き手の人が多いから、右手といえば「頼りになるヤツ」という意味になるらしい。

しかし、日本語のように縦に右から左へ書いていくものについては、右手で書くと、今書いたところに書く手を置くことになり、都合が悪いような気がする。
逆にアルファベットのように、横で左から右に書くものは、右手で書いた方が合理的だ。

なぜ、縦に右から左へ書くのに、右手で書くことが発達したのか。

イスラムでは横書きで右から左に書くので、左利きが多かったりするのか。

よくわからない。
右利きが多いというのは、人間の身体がそうなっているのか?

利き手というのは謎が多そうだが、それと字を書くのは関係ないのだろうか。

また新たな謎だ。




| | 考えたこと | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
shotgun wedding
またドラマを見ていて出てきた言葉。
「できちゃった婚」の事をshotgun weddingという。

辞書をひくと、「必要に迫られて行う妥協」という意味もある。
なかなかうがった意味だ。

洋の東西を問わず、できちゃった婚はある。

まあ、ない方がオカシイ。
一夫一婦制のキリスト教だから、あって当然。

そういえば、shotgun weddingには、「花嫁の父からショットガンを突きつけられることから」と書いてあった。
なるほど。さもありなん。
結婚しないと撃つぞ、ということになる。

辞書でみると、「見合い結婚」もある。
an arranged marriageというらしい。
恋愛結婚はa loving marriage。

an arranged marriageではshotgun weddingはなかっただろうが、なんとも物騒な言い方。

覚えておこう。

| | 英語 | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
土曜時代劇
サンテレビの土曜時代劇という番組がある。

阪神戦のナイターがない夜8時〜9時に、幕間つなぎとしてやっているのだろう。
それで、今日は素浪人月影兵庫という懐かしい番組をやっていた。
昭和40年代の再放送ではない。
2007年にテレビ朝日で撮られたもの。

松方弘樹が月影兵庫を演じている。
昭和40年代の月影兵庫は近衛十四郎がやっていた。
知らなかったが、松方弘樹は近衛十四郎の息子。
親子二代で月影兵庫を演じる。

親父とよく似ている。
殺陣も見事だ。
しかし、このシリーズをもって、テレビ朝日の時代劇はなくなったとのこと。

時代劇がなくなったのは残念だ。
日本の西部劇。エンターテイメント。
勧善懲悪でハッピーエンド。

ぼくらの小さい頃はたくさんの時代劇があった。

前にも書いたが、江戸時代は遠い昔ではなかった。
「越後屋、そちもワルじゃのう…」

実際にそんな話がされていたかどうかは定かではない。
しかし、ぼくらは江戸時代とつながっていた。
歴史はつながっていたのだ。

遠山の金さん、暴れん坊将軍、桃太郎侍、月影兵庫、花山大吉、鬼平犯科帳、銭形平次…。
みんなヒーローだった。

残念ながら歴史は繰り返さない。
もう途切れてしまったから、復活はムリだろう。

仕方ないなあ。

| | 考えたこと | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
大人の象徴
ぼくらが子どもの時は、万年筆が大人の象徴だった。

大人は万年筆を持っているものだった。
父も母も持っていた。

今の子どもは欲しがらない。
使い方がわからないという。
別に書くものはたくさんある。
ボールペンの方が便利だ。
ゲルインキのボールペンは書きやすい。

小さい頃、母の万年筆をこっそり使った。
パーカーの万年筆。
大人の筆記具を使っているという、わくわくする気持ちがあった。
もちろん、今のように300円程度の万年筆があるはずもなく、舶来の高級品だった。

そのうち、日本製も良くなって、カートリッジに小さな玉が入っているものを出してきた。
気圧の変化に強い、ということで、めったに乗ることがない飛行機に乗ったときに、シャツのポケットにさして持っていても大丈夫、というような宣伝だった。

その頃の飛行機は、気圧の変化が大きかったのかもしれない。

万年筆はパイロット、プラチナ、セーラーなど、時々テレビで宣伝もしていた。

入学祝いといえば、万年筆という時代だった。

4月に姪の入学祝いに万年筆を買って送ったが、使い方がわからないので、置いてあるという。

もったいない…。



| | 考えたこと | 00:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
年齢
ぼくは今53歳。
あと7年で60歳、あと12年で65歳、あと17年で70歳。

桜の季節になると、あと何回見られるだろうと思う。
できるだけたくさん見たいと普通は思う。

しかし、時々は見られなくてもよいと思う。

仕事に疲れて、もう見られなくてもかまわないと思う時がある。

最近はそうだ。

今年の桜はほとんど見なかった。
高速の入り口に咲いている桜くらいだ。

やることなすこと、裏目にでる。

そんな時もあるとはわかっているが、難しい。


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朝のドラマ
またまた、朝のドラマの話。

今年度から時間が変わり、8時からになった。
ずっと8時15分からだったので、どうも慣れない。

今回は「ゲゲゲの女房」という題名。
想像通り、ゲゲゲの鬼太郎でおなじみの水木しげるの奥さんの話。

戦争前から始まり、今戦争が終わって、兵隊が復員してきたあたり。
まだ、水木しげるは出てこない。
ヒロインはピアノが弾ける女優として有名らしいが、初めて見る。

子役はとてもうまかった。
だいたい、朝のドラマは子供時代から始まる。
今回の舞台は島根県。
以前も「だんだん」で舞台になった。
ここの方言を聞くと、広島の祖母が思い出されて、懐かしい。

祖母は広島県の三次(みよし)にいた。
祖父は戦死。親父が満州に会いに行ったという話は以前書いた。
結婚前はぼくの本籍地は三次だった。
広島県世羅郡世羅町西町というところ。(まだ市になっていなかった)
「三次のおばあちゃん」と呼んでいた。
冬になったら、三次は寒いので神戸で過ごしていた。
今となっては母は大変だったろうと思う。

そこが、親父の実家にあたる。
子供の頃、あずけられて過ごしたらしい。
すごい田舎で、田んぼしかなかった。
一度だけ行ったことは書いたような気がする。

そこからさらに田舎に行った吉田というところが、祖母の実家だと思う。(話の様子からの想像)
紺屋の出らしい。
藍より青く、の紺屋だ。

三次には、一人おじさんがいた。
ぼくが一人で三次に行ったときに会った。18歳の時。
しばらく後に亡くなったらしい。

このおじさんが紺屋の身代を潰した人らしい。
定かではないが、若いときに遊んだ人だと言っていた。

親父が亡くなって、三次との縁も切れた。

それを思い出させてくれたゲゲゲの女房。
これから9月まで、楽しみだ。


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パラレルペン
パラレルペンというパイロットの製品を買った。
1600円ほどの値段。

これは、カリグラフィーのペンであり、通常のものとはだいぶ違う。

カリグラフィーとは飾り文字のことで、幅のあるペン先を45度や30度に傾けて、アルファベットを書くというもの。
斜めになった幅のあるペン先が、太くなったり、細くなったりという規則性をもって動くので、きれいな文字が書ける。

1年ちょっと前に、ネットで売っていたカリグラフィーペンを買ったのだが、どうもインクが詰まって出てこない。
カリグラフィーペンにはカリグラフィーペン専用のインクがあるのかもしれない。
と思っていたら、パラレルペンを見つけた。

パラレルペンはペン先がカッターナイフみたいな形状。
なんと、金属が2枚平行にあわさってペン先を作っている。
その間をインクが通って流れてくる。
その幅が1.5mmということになっている。

このペンは具合がいい。
いつでもインクが出るし、太くも細くも書ける。
一番細く書きたいときは、平たい部分のカドでも書くことができる。

スゴイ機能だ。
パテントを取っているのかどうか…。

別に飾り文字を書きたいわけではないが、日本語でもこれを使って書くと、見た感じがきれい。
手紙の宛名やちょっとしたメモに使える。

これはしばらく手放せそうにない。

また一つ、お気に入りの文具ができた。


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できると思うこと
古いノートを見返していると、「できると思うこと−できること」の関係が成長を表す、と書いてある。

          できると思うこと    できること
生まれたとき     無限大          0 
青年          大           中 
中年          中           大 
老年          中           小

たぶん、これを書いたときは、40代前半のころ。

生まれたときはわかる。
無限大の全能感を持っているが、実は何も自分ではできない。

青年の「できると思うこと」が大きく、「できること」は中くらいというのは、自信過剰ということだろう。
若気の至り、というやつだ。

中年の「できると思うこと」が中くらいで、「できること」が大きいというのは、中年が一番バランスがとれている、という事が言いたかったのだと思う。
やっぱり、自分が中年だと、中年が一番よくなるように考えるのだろうか。

そして、老年の「できると思うこと」が中くらいで、「できること」は小というのは、歳月を経て、自らを知るというような感じ。
体力と知力が落ちて、できることは小になる。

そんな考え方もあるかもしれない。

しかし、中年が、できると思うことよりも、できることが大きい、というのはちょっとオカシイ。
そんなハズはない。

やっぱり、自信があったのかなあ…。

しかし、成長を表すと書いてはあるものの、どれがベストかは書いていない。
その時は思うことがあったのだろう。

こういう事は書きとめておかないと、二度と戻ってこない。

どう考えていたのか、永遠に不明だ。

別に不明でもかまわないのだが…。







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捨てるに捨てられないもの
捨てるに捨てられないものがある。

人によって違うのだろうが、全くないという人はいないだろう。

クッキーやチョコレートなどのきれいな缶、箱などは何となく捨てられない。
別に入れるものがないのだが、置いておいたら使えるかと思う。

結婚式の引き出物は捨てにくい。
これ何やったかな?と思う頃に捨てるようにしている。

書き終わったノートというのも、捨てられない。
自分の文字が残っていると、捨てたら忘れてしまうという気になる。
どっちにしろ忘れるのだが、でも、見たら思い出せる事も多い。

古い資料で、たぶん役に立たないというものも少しある。
置いておいてもほとんど意味はないのだが、捨てられない。

古いギターもそうだ。
新しいギターを買ったからと言って、捨てられるものではない。
誰かがもらってくれたりすると、よいのだが…。

何かのイベントのグッズなども捨てにくい。
もう20数年前に、毎年東京の楽器フェアに行っていた。
その時にいろいろと回って、もらって回ったステッカーなど、まだ捨てられない。
もうはがしてもひっつかないと思うのだが、何となく置いてある。

昔の服もちょっとある。
やせていた頃のジーンズなど、捨てがたい。
また履けるかも…、という未練がある。
特に、ジーンズは流行の形が変わるから、昔のものは手に入らないので、よけいにそう思う。

本も捨てにくい。
今は捨てるというより、ブックオフに売りに行くのだが…。
この本は捨ててもいい、と思うものがあるのだが、なかなか売りにいかない。
何となく捨てがたいという潜在意識があるのだろう。

形のないものもある。
夢やのぞみなど。
もちろん、諦めているのだが、なかなか捨てられない。
時々、昔の夢は…、と語ったりする。
聞かされた方は迷惑だろう。
それでも、思い出したように語る。

それと同じようなものだが、後悔も捨てられない。
ああ、あの時、違う選択をしていたら…、という後悔。
未練がましく持っている。

そんなものを持って生きている。
死ぬまでには、ほとんど処分しなければならない。

残された人が迷惑だろう。

| | 考えたこと | 21:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジャパネットたかた
いつの間にか、あのちょっとなまったようなシャベリの社長が有名になった。
ジャパネットたかた。
今やジャパネットたかたの専門チャンネルもケーブルテレビ上でやっている。
さすがに、あの高田社長はめったに出てこないが、代わりのメンバーが入れ替わり立ち替わり出てくる。
何となく男性は高田社長に似た感じ。

たしかに、安いような気がする。
本当にこの値段で売っていいのか?というような値段。
たくみに、単品ではなく、複数のものをひっつけて売り、値段がわからないようになっている。
パソコンにはプリンタ、デジカメ、フォトフレーム、無線ルーター、オフィスソフトなどをつけて売る。
高田社長自身が使って、これは便利というような製品が基本らしい。

さすがに、パソコンなどは専業メーカーのサイトの方が安いと思うが、デジカメとプリンタ、ルーターをつけたら難しいところ。

パソコン、液晶テレビ、エアコン、デジカメ、ビデオ、マッサージ椅子、空気清浄機、掃除機、電子辞書、カラオケマイク、最近では腕時計やアクセサリーなども扱っている。

説明を聞いていると、なるほど、というものもあり、結構楽しい。
新製品の情報を紹介してくれているようなもの。
へー、こんな機能ができたのか、という驚きがある。

電子辞書などは、最初にコンテンツの本を並べて見せてくれるので、わかりやすい。
カタログを見るより楽だ。
時々つけて見ていたら、勉強になる。

液晶テレビも、バックライトがLEDになったものや、省エネ機能のセンサー付きのものが紹介される。
デジカメで顔が認識できるのだから、人が見ているかどうかは判断できるはずだ。
それをすぐにセンサーにしてしてしまうのが、日本のメーカー。

昔は通信販売というと、型落ちのちょっと古いものだとか、売れない製品を値段を下げて売っている、というイメージだった。

それがすっかり様変わりした。
ジャパネットたかたに限らず、どこもそうだ。

小売店というのを飛ばして、安く売る。

佐世保に本社があるらしい。
本社が東京や大阪にないといけないというわけではない。
地価が安くて、物価も安く、必然的に人件費も安い佐世保で問題ない。

高田社長はスゴイ人だと思う。

| | 考えたこと | 02:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
敵の敵は味方か
世の中、渡っていくのは難しい。

自分がやりたいことをやろうと思えば、時には敵と思われる人とでもうまくやらないといけない。

敵と思われる、というのは本当はよくわからないからだ。
もちろん、エライ人が相手である。

よくわからないが、機嫌を損ねないように、うまく立ち回る。
イヤでもやらないといけない。
そういう時や立場というものがある、と思う。

それをとがめる人の気持ちはわかる。

本当にそれでいいのか?という意見がある。
間違っていることは正すべきだという。
どちらかというと、そう思う。
正しいというレベルはその程度だ。
どちらにもリクツがある。

正さないといけないという、その気持ちはわかるのだが…。
そんなにケンカばかりして、世の中は渡れないと思う。

イギリスという国は、極端なことを嫌う。
じわじわと変わっていく国だ。
ドイツのような観念的な哲学を生む土地ではない。
あくまでも、コモンセンス、常識を大切にする国だと思う。
だからこそ、7つの海を支配し、イギリス連邦を作り、植民地を上手に経営できた。
そういう考えが必要な時もあるのだ。

日本のことわざに、長いものには巻かれろという言葉もある。

敵の敵は味方とは限らない。
敵の敵は、新たな敵の場合もある。

そういう状況は難しい。
| | 考えたこと | 01:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
携帯電話
携帯電話というのは、どこまで行くのだろう。

iphoneのユーザーが最近増えた。
いろいろとアプリケーションがあるらしい。
予想が外れた。
こんなに売れるとは思っていなかった。
しかし、普通の携帯電話と2台持っている人も多いという。

アップルに対抗して、グーグルも似たようなものを出した。
ドコモが発売し、KDDIも追従するとのこと。

この手の携帯電話はスマートフォンと呼ばれている。
どちらかというと、電話機能よりもインターネット重視だ。

たしかに、時代の流れだろう。
インターネットでできることが増えるほど、身近にインターネットにつながる機器の需要も増える。

ぼくは今、グーグルメールを使い、グーグルカレンダーを使い、グーグルドキュメントを使っている。
全て、必要なものはネット上にある。

そうなると、グーグルのオペレーティングシステムを使ったスマートフォンが気になる。

うちは家族でKDDIだから、もうすぐ出る予定だ。

別にお財布ケータイとか、音楽をダウンロードするとか、着メロなどには興味はない。
基本的な電話の機能とメールの機能、それだけあれば充分。

その上で、インターネット上の情報に簡単にアクセスできればうれしい。

そんなことができるようになるのだろうか。

どんな機器がでてくるのか、楽しみだ。

| | 考えたこと | 23:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
JULIE WITH THE WILD ONES
今日の帰り道、偶然クルマの中でSongsという番組を聞いた。

なんか、懐かしい声やなあ…と思っていると、ジュリーの声だという。

へえ、最近みないなあ…と思っていると、さらにワイルドワンズが出てきた。
結局、JULIE WITH THE WILD ONESというバンドができたとのこと。
どちらも、僕らの世代にとっては、馴染みが深い。

ジュリーは声量がちょっと落ちているかな、と思ったがさすがにすごいボーカリストだ。
60を超えて、あの声はすばらしい。
あんな還暦になりたいと思う。

番組の中で、バンドでのレコーディングやダンスの紹介をしていた。

ワイルドワンズの方が先に売れて、タイガースの先輩バンドだとのこと。
そのあたりの経緯は初めて知った。
シーサイドバウンドあたりで、人気が出てきて、タイガースの方が有名になった。
ジュリーがワイルドワンズを尋ねて楽屋に行った話をしていたが、みんな屈託がない。
本当に懐かしそうに、みんなが笑いながら話す。
ダンスの練習でも、今回のツアーが終わる頃には上手になっているかな、といって笑いあう。
レコーディングは楽しかった…、本当に楽しそうに話す。

加瀬邦彦が、60を過ぎたぼくらが歌うことで、みんなを元気にしたい、と言っていた。

タイガースとワイルドワンズのメドレーも聞いたが、今聞いてもいい曲ばかり。

 君を見つけたこの渚に
 一人たたずみ思い出す

名曲中の名曲、思い出の渚。
この曲が出てくると、ついつい一緒に歌ってしまう。

本当に元気がでた。

新曲の「涙がこぼれちゃう」もなかなかよかった。

来週の水曜日は、パート2をやるとのこと。

50代の人、要チェックですよ。


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