考えたこと2

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一般病棟
昨日から一般病棟に変わった。
一般というのは、ほぼ退院できそうな人が入るところ、という感じ。
もちろん、ぼくが勝手につけた名前だ。

でも、看護師が血圧と体温をモニターに来る頻度も下がり、薬も自己管理になり、自由に過ごせる時間が増えた。
身体も楽になって、あとは痛みがいつ消えるかという感じ。
夜だけ、痛み止めをもらっている。

この病院は、看護婦さんがみんな若い。
たいがい20代。

リハビリの先生に聞くと、看護婦の転職は非常に多いとのこと。
だいたい3年で辞めると言っていた。
ここの仕事は結構きついから、と言っていた。
どんなところがつらいのかまでは分からないが…。
まあ、手に職を持っているのだから、何年か働いて、待遇の良いところに変わるのは自由だ。

若い看護婦が、患者に接するのに職業的な威厳を持って接するのは当然のことだ。
舐められてはいけない、と思うところもあるのだろう。
でも、時々素顔が見えるのが面白い。

手術のあとの病室で、毎朝ベッド周りをアルコールで拭きに来るという仕事。
コロナでやり始めたんですか?と聞くと、その前からずっとやってます、とのこと。
えらいものだ。
家でもやってるんですか?と聞くと、ちょっと困って「そんなんやってません」と答えて、あわてて口の前に人差し指を立てて「秘密にしとってください」という。
こういう時に、素顔が見えて面白い。

昨日は病棟の引っ越しが終わって、ゆっくりしてたら、病室に入ってきて「すいません、ちょっと探しもの」という。
「何を探してるんですか」と聞くと、「ポケットに入れておいたピアスが…」と言って、また「秘密にしとってください」という。
はいはい、と答えたが、その後に廊下を歩いていたら、すれ違いざまに「あれ、ありました」と小声で声をかけてくれた。
結構高いか、気に入っていたものだったのだろう。
声が弾んでいた。

シフトでどんどん変わるので、名前を聞いても覚えられない。
それでも、そういうエピソードができると、顔を覚える。

こういう記憶は、なかなか忘れない。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 15:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
コロナ政府分科会
コロナ政府分科会の尾身会長がようやく退任した。
コロナの総括はどうなっているのだろう。
何百億という補助金を自らが理事をやっている病院で使ったとのことだが、どういう内訳になっているのだろうか。

尾身氏は総理からねぎらいの言葉をもらって「思い出がありすぎる」と言ったそうだが、自らのコロナ対策で、思い出を作れなかった子どもたちに、言葉はないのだろうか。

卒業式もなく、入学式もなく、歌も歌えず、大会は中止、授業はリモートで友達も作れず、部活やサークルの活動も制限され、留学や海外研修は中止で、マスクを半ば強制されて文化祭も体育祭も中止や縮小され、コロナの青春になってしまった子どもたちのことは放ったらかしだ。

就活では「学生時代に頑張ったこと」が定番の質問。
たいがいの学生は、サークル、クラブ、ボランティア、ゼミ活動、留学、アルバイトなどのエピソードを話す。
しかし、コロナでリモート授業が長く、サークル等も入る機会を失い、留学も行けずという学生が多い。

企業の方も、ある程度は状況を見込んでいるのだろうが、本当にコロナで萎縮し、家から出ないというような生活を送った学生は、本当に気の毒だ。
ある意味、尾身氏のような年寄のわがままで、青春を棒に振ったということだ。
若い人たちは本当に犠牲になったと思う。

せめて、そういう一言が出ないのか。

そうでなくても、マスクメーカーの人が「不織布マスクでは空気感染を防ぐ効果はほぼゼロ」だと言っているのに、まだ近所の中学生や小学生はマスクをしている。
発達上よくないのは当然だ。
また若い人たち、特に女性の自殺者が増えた。
こういうネガティブな現象を一切顧みず、コロナ対策(実際には行動制限とマスク着用)を邁進させた罪は重いと思う。

結局彼は最後まで老害だったと思う。

誰かちゃんとした人が、コロナの総括をするべきだ。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 15:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
キーボード
母は息子たちに鍵盤楽器を習わせたかったようで、ぼくも弟も学校の近所のオルガン教室に行った。
2006年にそのことを書いている。
今でも後悔はしているが、今さら言っても仕方ない。

70年代にシンセサイザーという楽器が出てきた。
最初はアナログで単音楽器だった。
いろんな音が人工的に作れるということで、興味があって雑誌を買ったりした。
有名なところでは冨田勲だった。
何枚かレコードも出していたはず。

サイン波、矩形波、三角波という3つの波形をオシレーターで出して、それを加工していく。
一度FMラジオで冨田勲が音を作るところを解説していた。
題材は口笛で、もとになるピーという音を作っても、全く口笛らしくない。
人間は耳で聞いて音の高さを調節するので、音程を時系列で表すと低い方から段々と上がっていき、そして狙いの音程をちょっと超えたところで下げて、その音になる、という説明があった。
その通りに音程にカーブをつけると、急に口笛になった。

ふーん、これはすごい、と思ったが、その当時のシンセサイザーは壁一面にツマミがついたユニットを並べたようなもので、とても素人が手を出せるようなものではなかった。
その後、アナログがデジタルになり、8音同時に出せるようになったりして、だんだん普通の楽器になってきた。

80年代はヤマハ、ローランド、コルグという3つのメーカーが世界的にも強く、この世界でも日本の圧勝だった。
もしもぼくがキーボードを弾けていたら、買いたいと思ったものがたくさんあった。
ローランドのJupiter8とか、ヤマハのDX-7とか…。
東京でやっていた楽器フェアに出張の帰りに見に行ったりしたことを覚えている。
でも、弾けないから買っても仕方がない。

このとき、カシオのギターシンセを買った。
今でも置いてあるが、現役で音は出る。

当時はシンセサイザーというと、新しい音を作る、という楽器だった。
だから、80年代のポップスはすぐわかる。
特徴的な、これぞシンセサイザーという音が聞こえるからだ。

でも、そんなに新しい楽器の音は残らなかった。
結局、既存の楽器の音が使いたいということだ。
そこで出てきたのが、音を作るよりも、その楽器の音を録音してしまえばいい、という発想。
これには、デジタル技術が発達し、メモリーが飛躍的に安くなったこともある。

そして、ピアノならピアノの音をサンプリング(録音)して、それを鳴らすというPCM方式が一般的になった。
一つの鍵盤から、ピアノの音も出るし、ストリングスの音も出るし、ブラスの音も出る、という具合。
キーボードが1人いれば、いろんな音が出せるということだ。

小学校の時、1回行ってやめたオルガン教室にずっと通っていたらどうなっていただろう。
シンセにたくさんお金をつぎ込んでいただろうか。

今でも鍵盤が弾ける人を見ると羨ましい。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 19:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
ショート動画中毒
今日は月曜日。
病院で手術が終わって1週間もたつと、病気によっては暇になる。
身体に繋がっている管も抜け、モニターも外れ、リハビリの先生も棟内自立でいきましょう、などと言われる。

病院の中にはコンビニも喫茶店もあるのだが、コロナ対応で病棟から一般の病院施設には出られない。
出られないわけではないが、いちいち断りが必要で、出てもすぐに帰ってこないといけない。
まあ、それが入院ということだろう。

時間を持て余すので、X(旧ツイッター)を見たり、FacebookやInstagramを見たりして過ごす。
最近はFacebookにも動画のタブがあり、やたらとイヌネコの動画が出てくる。
中には工事中の穴に落ちた子ネコや子犬を救うという動画や、道路で泣いていた瀕死の子ネコを育てて家族になったというような動画もあって、ついつい見る。
もちろんギターの演奏動画や、しょうもないイタズラの動画、何かを作る(最初は何を作っているのかわからない)動画などもあって、そんなに見る気がなくても見てしまう。

これがインスタグラムになると、ショート動画ということで、年齢層がぐっと下がる感じ。
インスタでもギターの講師がやってるのもあるのだが、あれはYoutubeで見たほうがいい。
若い人が歌ったり、踊ったり、筋トレしたり、いろんなのがある。
もちろんくだらないイタズラの動画もある。

でも、こういうのを見ていると、どんどん時間が経つ。
気がついたら1時間以上経っていたりする。

このショート動画というやつ、面白くなければ飛ばしたらいいし、1本にかける時間は30秒とか1分とかだが、ついつい見続けてしまう。

タイパという言葉があるが、これはタイムパフォーマンスで、時間を有効に使うということだろう。
たしかに、ショート動画でエクセルの便利な使い方などを紹介してくれているのは、タイパがいい、という感じだ。
でも、ショート動画を見続けて、1時間以上経ってしまって、その時間は一体何をしていたのか、というと、「ただ見てた」になる。
これはタイパが悪い。
単なる暇つぶしになる。

具合悪いのは、どうもショート動画には中毒性があるようなので、ハマってしまうとつい見続ける。
本当に何もすることがないときは、ショート動画を見続けるのもありだろう。
イヌネコの可愛い姿や、どこまで本当かわからないストーリーに感動するのもいいと思う。

でも、他にやることがあれば、そっちを優先すべきなのだと思う。

長い目で見たとき、きっとそっちのほうがタイパがいいのだ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 11:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
病院食
病院の食事を食べていると太らないという。
ぼくは1900Kcalの普通食だが、体力もつけないといけないので、頑張って全部食べるようにしている。
間食をしないこともあるのだろうが、ほとんど寝ている状態でも太らない感じだ。

ご飯はわりと大きめの茶碗で、ほぼ一杯。
家の倍以上だ。
そして、おかずが少ない。
特に感じるのは、油が少ないということ。
メインとなるおかずも、わりと小さなお皿にこじんまりと盛っている。

身体を動かさなくても、これくらいの食べ物が必要ということだ。

母の入っていた老人ホームでも、病院食よりは豪華だった気はするが、似たようなものだった。
ぼくは近所のセブンイレブンで何か買っていき、いつも夕食を一緒に部屋で食べた。
80歳以上になると、もうそんなに食べられなかった。

食べるのが好きという人は、80歳をすぎるとそんなに食べられないから、考えておいたほうがいいと思う。

よく、病院食が嫌だから、早く帰りたいという人もいるが、ぼくはそんなことは思わない。
そこそこ普通のご飯だ。

あと4年は働きたいと思う。
そのために、ちゃんと歩けるようになって帰りたい。

もうしばらく、がんばろう。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
割合がわからない
社民党の副党首の大椿氏が、処理水について「薄めても総量は変わらない」と言って、汚染水呼ばわりをしている。
おそらく、この人本気でそう思っているように思う。

薄めても総量は変わらない、という言葉は間違いなく正しい。
彼女の頭の中には、割合という概念がないのだろう。
きっと小学校で習う「食塩水」の問題ができないのだ。

食塩の致死量は標準的な体重の人で200gくらい。
だから、200gの食塩を水に溶いて全部飲めばおそらく死に至る。
単なる水だって、6L飲めば死ぬかもしれないという。
放射性元素でなくても、身近なところに身体を壊すものはある。

だからといって、食塩が要らないというわけではない。
適度な食塩は逆に身体に必要だ。
そこを分けているのが、割合だ。
数グラムの食塩を、料理に入れるときには薄めて使う。
薄めることで、安全に、美味しくなるのだ。

総量は変わらないが、薄めることで身体にとって有害ではなくなる。
そんな理屈もわからない人が、副党首。

彼女が反対している理由は放射能などとは関係なく、割合がわからないからだろう。
マスコミの記者たちの中にも、ひょっとしたらそれがわからない人もいるのかもしれない。
以前、おかしな円グラフが出ていたこともある。

本来なら国民を主導すべきマスコミや政党の人たちのレベルが下がっている。

これは笑い事ではないぞ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
菊池先生の解説
昨日書いた処理水の放出の件。

阪大の菊池先生が、なぜ絶対安全と言ったのか書いてある。
それがこのリンク。

「僕はどうしてALPS処理水海洋放出を「完全に安全」と言うのだろう」

この人は物理学の先生で、エセ科学をずっと批判していた。
もう多くの人は処理水は安全だと思っていると思うが、一部のマスコミや政党はまだ反対している。

新聞では朝日、毎日に加えて、日経もひどい。
政党では、共産党、立憲民主党、社民党、れいわ新選組。

震災の直後の混乱期ならまだわかるが、しばらく経っても執拗に放射能の恐怖を煽っていた。
2011年の5月にはネット上で中国製のガイガーカウンターを売っていた。
どう考えてもオカシイのだ。

どれだけ実際にいたかは知らないが、首都圏の主婦がガイガーカウンターで野菜や道端を測っていたという記事まであった。
あれだけ脅かされれば、多くの人が避難するはずだ。
実際の放射能で死んだ人間はゼロだが、避難先で死んだ人はたくさんいる。
その責任は誰が取るのか。

当時はエセ専門家もたくさんいた。
放射能の怖さを宣伝し、将来の恐怖を煽ったりした。
その人達は今ものうのうと暮らしている。
罪の意識はないのだろうか。

当時大学に勤めていて、近所の団地にも福島から放射能関連で避難してきた人たちがいた。
いろいろ大変なことがあっただろうと思う。

その人たちは今何を思っているのだろうか。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 17:41 | - | - |
風評加害者
福島に行って、見てきた雨水を貯めているタンク。
膨大な数のタンクだった。
あれを見た人は、みんな放出すべきだというはずだと思った。

ようやく放出が決まって始まった。
まずは本当にめでたい。
でも、この期に及んで、まだ反対している人たちがいるのは、本当におかしい。

共産党や社民党、立憲民主党の人たちは本気で放出するのはだめだと思っているのだろうか。
まともな頭なら、これだけの国際機関がチェックし、他国の状況も見た上で、「処理水は放出しても影響はない」と言っているのがわかるはず。
彼らはポジショントークをしているのだろう。
それが風評被害につながり、日本を貶めることになっても、かまわないと思っているのだ。

反対しているという全漁連も、大きな声でマスコミに答えているのは1人だけ。
もうその人からしか、期待する答えが聞けないということだろう。

あの林立するタンクをそのままにして、復興などと言えるはずがない。
東電や政府に対する恨みはあるかもしれないが、それは福島から無理やり避難させられた人たちが言うならわかる。
他の人たちは単なる原発アレルギーや政治的ポジションで言っているのではないか。

ツイッターなどで、わけのわからない人たちが、未だに反対している。
それらの人たちは、「風評加害者」と言われ始めた。
全くその通りだと思う。

多くのマスコミは「放出は科学的にはわかるが、風評被害が心配だ」などと報道の姿勢を変えた。
自分たちが反原発キャンペーンを張り、避難しなくてもいい人たちまで避難させ、被害を大きくしたという罪を認めたくないのだろう。
こんなマスコミなら要らない。
そういう心配自体が、風評被害を呼ぶのだ。
まともなマスコミなら、科学的に安全ということを報道すべきだろう。

ぼくがフォローしている阪大の物理学者の菊地誠先生は、最近は

「学ぶことを怠ってきた君たち風評加害者には理解できんよ。理由は無知だからだ。学んでないからだ。
年間被曝推定量0.00003mSv。普通に学んできた人ならこれだけで全てわかる。多くの人がこれだけで分かる。君が分からないのは無知だからだ。
君の無知は罪だ。無知故の風評加害は罪だ」

などとしつこく絡んでくる人に告げている。

海洋放出に対して、京都新聞の社説では
「処理水放出へ 重大な禍根残す決定だ」
毎日新聞は
「処理水放出、科学的根拠だけでいいのか 二極化する原子力の賛否」
日経は、
「科学を隠れみのにするな 処理水の風評退治は政治の仕事」
朝日に至っては
「三陸ホタテ、止まらぬ浜値の下落 放出前に始まった処理水の「被害」」

などと書いている。
一体マスコミはどんな根拠に基づいて記事を書いているのだろうか。
だいたい、朝日などのマスコミが風評加害するから、被害が出るのだ。
自分たちが加害者だという自覚はないのだろうか。
これらのマスコミは、永遠に福島には復興してほしくないというのが本音だろう。
科学的に放射能のことを考えたら、彼らが嘘を言ってきたことは明らかなのだから。

当時のマスコミの風評加害の反原発キャンペーンを今からでも断罪できないのかと思う。

最後に、福島の最大の鮮魚店おのざきの4代目店主という方がツイートしている内容を引用しておく。

「処理水海洋放出に関して、私の考えは以下です。

(先に補足しておくと、これは私個人の考えであり、会社の総意ではありません。社内外でも当然、それぞれの考えや価値観があることだと思います。)

・海洋放出はせざるを得ないと思う

・処理水の安全性は科学的に示されているし、第三者機関(IAEA)にもお墨付きを得ているのに、なぜ騒ぐの?

・処理水の放出反対を言い続けている人は、何か他の代替案はあるの?

・処理水の放出反対活動をするよりも、風評を起こさないような活動をして力を貸していただけないか?

・自然災害は防げないけども、風評被害は未然に防げるよね。

・風評が起こっ“たら”、等のたられば論で未来の不安を煽ることが新たな風評に繋がるであろうことにまだ気づかない?

・福島だけの問題ではなく、日本国全体の問題だと思う。だからこそ、みんなで手を取り合って前向きな発信しませんか?

・ふくしまの魚は「常磐もの」(じょうばんもの)と呼ばれており、最高に美味いです。

・東日本大震災直後は、福島沖で漁ができなかったので我々鮮魚店は、福島“以外”の魚を売るほかありませんでしたが、その時に気付きました。

“やっぱ福島の魚ってうまかったんだな”って。」

全くそのとおりだ。
ぼくも3回福島に行って食べたが、美味しかった。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
落語研究会
今日もリハビリのときに大学1回生の実習生が来ていた。
2人組の女性。
作業療法士を目指しているという。

理学療法士のY先生についてリハビリをやっているのだが、今日は痛い膝のチェック。
その後、足の運動と自転車漕ぎ15分。

自転車を漕いでいる間、話をする。
Y先生は27歳。
わりと話しやすい先生だ。

実習生が19歳というと、そんな頃もあったかなあと思わず口から出た。
あったでしょう、と言われ、ぼくは19の頃何を一生懸命していたのか?と聞かれた。
落語です、と答えると3人揃って落語?というリアクション。
今の若い人たちは落語など聞いたことがないのだろう。

ぼくの19歳の頃は、落語ブームで、どこの大学でも落語研究会があった、という話をした。
それ以上突っ込みようがなかったのか、そこで3人揃って「へー」と言って終わった。
きっと小話とか謎掛けとか言う言葉も通じないのだ。

今の時代、落語は滅びゆく運命なのかなと思った。

27歳のY先生ですら、テレビは朝起きてニュースを流して聞いているだけ、という。
実習生2人は全く見ない、という返事。
YoutubeやInstagram、Tiktokなどを見ているのだろう。

Y先生は仕事を初めて、患者に高齢者が多く、その人達は病院の中でもテレビを見るので、話題づくりのために朝のニュースを流しているいうことだった。

そういう努力は大事やで、と実習生2人に話したら、うなずいていた。
本当にそう思ったかどうかはわからないが…。

自分が一生懸命になったものがなくなっていくのは、やっぱり残念だ。

それを食い止めるために、桂文枝が繁昌亭などの定席を作ったのだが、これからの時代、難しいかもしれない。

歌を筆頭に、みんなで共有するということがどんどん失われていく。
流行歌というものがなくなって、レコード大賞も廃れた。

そして、自分だけの面白さなどがもてはやされる。
ショート動画の面白さなど、たしかにわかるのだが、あれは芸ではないように思う。
でも、時代には抗えない。

今の若手の落語家たちは、どんな問題意識を持っているんだろうか。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
病院の組織
ぼくが入院している病院では、一般的な看護婦さんは薄いブルーの制服。
ICUの看護婦さんはランクが上なのか、濃いブルーの制服だ。
濃いブルーの制服はリハビリの先生も同じ。
どういう使い分けになっているのだろう。

病棟の取りまとめをやっている人(婦長さん?)も、濃いブルーの制服になる。
薄い黄緑の制服もあって、男性の看護師などはそれを着ているようだ。
病棟の薬剤師は濃いブルーだったような気がする。
そういえば医師も濃いブルーだったように思うが、ちょっと形が違っていて見てわかるようになっている。

手術が終わると、手術室の担当の麻酔医や担当の看護師などが2日後、3日後に部屋に訪ねてきて、アンケートのような質問をして帰る。
同じ麻酔医でも下の人と上の人と分かれて、しびれはないかなどを聞いて来た。
とにかく同じようなことを毎回答えた。

病院事務を目指す大学生は毎年何人かいて、今はチーム医療の時代だから、コミュニケーション能力が大事と話しているが、それは本当にそうだと思った。
一人の患者に何人ものスタッフが関わる。
だからこそ、コミュニケーションが大事なのだと思う。

入院患者はバーコードのNo.で管理されて、バカ避けしている。
今の病院はとにかくデーター重視だから、血液、尿、X線、CT、MRIなどのデーターをとって、蓄積している。
それらが、患者のNo.で紐づけされる。
個々のデーターには意味はないが、紐づけされて初めて意味が出てくる。

それらが黙っていてもうまくいくようにシステム設計をするのが、事務の仕事だろう。
いろんな部署の声を聞いて、少しずつ改善していく。
専門職がたくさんいるところの事務は難しいと思う。

でも、着実に病院は良くなっていると思う。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
病院のIT化
今の病棟はIT化が進んでいる。
看護婦さんはみんなカートにノートPCを積んで、血圧や体温のチェックから患者の履歴などを確認できる。
その他にもいろんなものが積んであるようだが、よくわからない。

詰め所もデスクトップPCが何台か置いてあって、そこでいろんなデーターを見られるのだろう。
時々スマホを見て操作したりもするので、スマホにも対応している。
写真を撮って、医師に見せたりするときも、それ用のスマホだろう。
PCはみんな無限大のようなマークが入っているので、富士通。
今だったら、クラウドで全てを管理するのだと思う。
看護師の作業もかなり効率化されたんだと思う。
その分、仕事が減ったかどうかはわからないが…。

普段の診療も早くなった。
フィルムを使わないから、撮ったらすぐに見られる。
血液や尿の検査の結果もデーターをクラウドに上げて、それを見に行くのだろう。

日本のIT化は遅れているという。
それは終身雇用と結びついているとぼくは思っている。
自分の仕事のやり方を変えたくない人たちがたくさんできるからだ。
それでも、ここまで進んだのは、もうそんなことは言っていられないほど、少子化が進んだからだろう。
それと、年寄りたちがやっているような仕事は、やりたくないという若い人が増えたのもあるだろう。

ぼくが学校法人に行ったときに感じた、え、こんなことまだやってんの?ということを思う人が増えた。
時代の流れだ。
それに抗って自分の仕事を変えたくないという人たちは、国を滅ぼしているということがわからない。
特に行政や公務のセクターに多い。
競争がないからだ。
でも、だんだんと滅びていく。

遅ればせながら、IT化を進めて仕事を変えていかないと。





| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
長い夜
長い夜というと、ぼくらの世代は松山千春を思い出す。
ちょうど「ながーいよーるをー」のところを引っ張って、長く歌う。
そんな曲だった。

ぼくの今回の長い夜は痛み止めが切れて痛いところに、慣れないコルセットをはめて大変だったという長い夜。
病院の夜は長いが、9時から6時までで3時間程度しか寝たという自覚がない。

途中、痛み止めをもらって、なんとか少し寝られた。
午前中は絶不調だった。
食欲もなく昼は残した。
何もする気にならなかったが、3日ぶりにシャワーを浴びてやる気が出た。
やはり身ぎれいにすることは大事だ。

おかげで夕食は完食。
心電図のモニターも取れ、コルセットにも慣れてきた。

でも今日は睡眠導入剤をもらって、下剤ももらおう。
明日は月曜日。
本格的にリハビリが始まる。

傷口が傷まなくなったらいいのだが…。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
はじめてのリハビリ
今日はやっとドレーンの管もおしっこの管も抜けて、ようやくリハビリーをやった。

最初は傷口が痛かったが、コルセットをきつく締めるとましになるとわかり、まずはベッドに座るところからスタート。
なんせ丸2日立たなかったので、立てるかどうかやってみた。

全くベッドの上で、立たない日が2日間というのは、物心ついてから初めてだ。
靴を履いて立つ感覚を、なんとなく忘れているようだった。
歩行器に手をついて立つ。
なんか、身体が重い。

突然母が使っていた歩行器を思い出した。
母も認知になってからも、ずっと歩いていた。
その話を理学療法士の先生としながら歩いた。
病棟の中の廊下は目盛りがうってあって、何メートル歩いたかわかる。

休みなのに出てきてくれた先生と50メートルほど歩いた。
ちょうど手術前に歩いて、ちょっと脊柱菅狭窄症で痛くなった距離だ
でも昨日は重さとだるさはあっても、その痛みは感じない。
ちょっとうれしくなった。

月曜からの目処がついたので、そこで終了。
まだまだトライしたかったが、焦りは禁物だそうだ。
部屋の中のトイレ移動は、看護師を呼んでやることになった。
感覚的にはまだまだ道は遠そうだが、明かりが見えた。

若い看護婦さんに、腰の手術をした人はたいがい痛い痛いと言ってそれだけ歩けへんのに、優秀やわなどと言われ、その気になる。
いつまで経っても男はバカだ。

今日で痛み止めの点滴が終了。
真価は今夜問われる。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 18:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
漆黒の霧の中で 藤沢周平
藤沢周平の時代劇小説。
事情があって岡っ引きを辞めた伊之助という彫師が主人公。
彫師というのは版画のもとになる版木を彫る職人のことだ。

実家から持って帰った本を適当に病院に持ってきて、薄めの本から始めようと読み出してから、シリーズ2作めであることがわかった。
1作めも持ってきていたので、読み直そうかと思ったが、面倒になって読み通した。

暇だから9時すぎに消灯しても1日で1冊読めてしまう。
それはこの本が面白いからだろう。

藤沢周平は時代小説の名手。
テレビではいろいろ見たが、本はほとんど読んでいない。

実家の本棚にはたくさんあった。
母も高齢になってから読んだらしく、本が古びていない。

この本はハードボイルドと裏表紙に書いてあったが、たしかにそんな趣の小説。
今や仕事でもない犯罪捜査に伊之助がしかたなく取り組んでいく。
そういうシチュエーションはハードボイルド向きなのかと思う。

ちょっと世捨て人風の感じもよくわかる。
何より、心理描写をセリフに交えながら、江戸の人たちが話しているという気がする。

何度か命の危機にもさらされるが、そのあたりの描写も見事だ。

さすが藤沢周平という作品。
新潮文庫514円は安い。

現在はKindleの電子版は515円だが、紙の文庫は649円。

紙の本は高くなった。



| hdsnght1957kgkt | | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
頑張れと言われても
看護婦さんや担当医に「明日手術、頑張ってください」と言われる。
ぼく自身も他人の手術等で同じようなことを言ってきたが、言われる方になったのは初めて。

こないだ全身麻酔の経験者に聞いたら、始まって5秒で終わって、あとは病室に戻っていると聞いた。
ということになると、どう頑張っていいのかと思う。

よく考えたら、勝手なことを言っていたものだ。
本人は頑張りようがない。
頑張るのは医療スタッフなのだ。

でもその医療スタッフが「頑張ってください」というところをみると、やっぱり本人も、意識はないが頑張らないといけないということだろう。
普通に生きているよりは、格段に高いリスクに挑むことなのだから、声をかけるなら「頑張って」しかないのかと思う。

しかし、どう頑張ればいいのかわからない。
高齢化社会の日本だから、80代になっても手術はするらしいので、66歳ならまあ大丈夫かとも思う。
難易度は10段階中5と言っていたので、まあ普通のレベルだと思うから、これも大丈夫だろうとも思う。
でも要するに他人任せなのだ。
そんなことを考えていると、頭の中がいっぱいになって、もう考えるのが面倒になる。

リハビリの先生も来て、今の運動能力を記録しておくということで、立ったり、歩いたり、反射を見たりした。
手術では筋膜も切るということで、ドレーンを抜く管が切ったところにつながり、2日ほど立つことができないので排尿も管をつける。
明日はICUに一泊することになる。
この2日間が一番しんどいということだった。
そんなことを聞くと、よけいに心配になる。

こういうのを「まな板の上の鯉」というのだろう。
亡き父が昔心臓のバイパス手術をしたが、あのときの気持はどうだったんだろうと思う。
あの時はぼくは若かったから、勝手に「大丈夫だろう」と思っていた。
病室から手術室に行くときに、周りの人たちから「頑張って」と声がかかっていたなあ。

ぼくはついこないだ母を見送ったので、もう心配事はない。
家内も未だに仕事しているし、息子たちは東京で自活している。
幸せなことだと思う。

ぼく自身仕事もしているし、ギターの教室もやっている。
そういう社会的なつながりが、人を生かすのだろう。

歴史の中で見たら、普通の人の人生などちっぽけなものだ。
もう66年も生きた。
世界でも稀な高度成長の時代を過ごし、今でも世界の人口で言えばコンマ001%くらいの豊かさで生きてきた。
そんな人生を送ってきたのだ。
恵まれた人生だったと思う。

でも、歴史の必然か、日本はこれから人口が減り、よほどうまくやらない限り衰退すると思う。
ま、そんなことは今考えても仕方がない。

やはり明日はわけがわからないが、頑張ろうと思う。

明日は手術の後ICUに1泊するとのこと。
ブログはお休みです。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 19:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
入院
今日から脊柱菅狭窄症の手術で入院。
台風の中、10時に手続きをして入院した。
今の病院はタオルセットというのをレンタルすると、1日300円でパジャマとかタオルとかシャンプーとかセットで使える。
さすがに、下着の洗濯サービスなどはないが、持っていくものが少なくて済む。

いつも服用している薬を預け、血圧と検温、簡単な検査をして、今日から病院生活。
母が3回入院して生活したが、2回はコロナで見舞いにもろくに行けず、可哀想なことをしたと思い直す。
今でも病院はマスク着用で家族カードを持った人を含めて2名、1時間程度の見舞いが原則。
認知症予備軍は悪化するだろうと思う。

付き添いできてくれた家内は台風で早々に帰る。
66歳は充分年寄りだから、看護婦さんはちゃんと話がわかるのかと確認したらしい。
それはそうだろう。
聞かれても仕方ない年齢だ。

いつも人で溢れている病院は、台風で外来が中止になったのでガラ空き。
病院は静かだ。

手術の説明を聞く。
前側方推たい固定術という名称らしい。
なんでも、仙骨の背中側の関節が折れていて、ブラブラの状態になっているとのこと。
それをピンと骨の間に入れ物をして固定するらしい。
難易度は10段階で5の手術とのこと。
たくさんの同意書にサインをした。
インフォームドコンセントの時代。

母が実家に置いていた本を何冊か持ってきた。
藤沢周平の文庫本。

入院中はこれを読んで過ごそうと思う。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 16:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
ナブラチロワの苦言
ナブラチロワというと、女子テニスプレイヤーでとても強かった人だ。
そのナブラチロワが、トランスジェンダーの女性(というか、男性)が、全米の女子55歳以上のグラスコート全米選手権と全米室内シングルス・ダブルス選手権で優勝したことに対して苦言を呈している。

具体的には「女性スポーツは、落ちこぼれた男性選手のためではない」と、全米テニス協会を避難したということだ。
以前書いた水泳の件と同じようなこと。

記事の中で、「USTA(米国テニス協会)は、トランスジェンダーの選手をスポーツに参加させるべきであり、スポーツをすることを妨げるべきでないと、トランスジェンダー・インクルージョン・ポリシーの中で述べている。」とあった。
それはそうだろうが、どう考えても元男性が選手権に出るというのはオカシイ。
平等ではない、ということだ。
そもそもスポーツで男性、女性を分けているのは心の問題とは関係なく、身体の作りが違うからだ。
そこを根本的に間違っている。

ネットの声には、

「エリートアスリートの娘を持つ私は、マルティナを110%支持する。男性に生まれたアスリートは、女性だけのスポーツや競技に入るべきではありません。これにはトイレも含まれる。」

「本当に馬鹿げている。一体何度繰り返せば気が済むのか?トランス擁護を叫ぶ輩たちはその実、女性の人権を全く無視している似非人権主義者だ!」

などという声がある。

アメリカのポリティカル・コレクトネスもここまで来たかとうんざりする。

変な時代だ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
野球観戦
昨日は京セラドームに阪神−ヤクルト戦を見に行った。
結果を先にいうと、今シーズン最長試合で、阪神がサヨナラ勝ちで球団史上初のロード9連勝ということだ。
昔は死のロードなどと言っていたが、今は甲子園でやるより京セラドームで冷房の聞いたところでやる方がよほど楽だと思う。

試合前にタイガースのダンススクールの球場発表会があった。
女子のキッズがグラウンドで踊る。
なかなか微笑ましい。

NMB何とかのタレントが始球式。
始球式は女子と決まっているのだろうか。

また、昨日はファミリーディだそうで、ファンクラブの家族が9組選ばれ、選手を守備位置で出迎えるというイベントもあった。
野球を興行ビジネスと考えて、こういうこともやらないと食っていけないのだろう。

そのせいか、一昨年に比べて、客層が若くなったような気もする。
もらったチケットで、ネット裏で観戦したのだが、若いカップル、子供連れも多くなったと思った。
今年はタイガースが強いというのもあったのかもしれない。
満員御礼だった。

むかしはプロスポーツといえば野球しかなかった。
シーズンに入るとテレビもラジオもナイター中継で、チャンネル争いが起きた時代。
もう「チャンネル争い」という言葉も死語になった。

だいたい若い人や子供はテレビを見ない。
小学校高学年になったら、もうスマホゲームかTiktokなどになる。
さらに、子どもたちは野球よりもサッカーらしい。
野球はどんどん廃れていく。

夏の甲子園など、この猛暑ではもう見に行けない。
選手はともかく、応援団が気の毒だ。
夏の大会の予選も大変だし、もうやめてもいいのではないか。

とにかく長い試合だった。
1回を終わって30分以上。
後ろの席の70代のおっちゃんが、ピッチャーの青柳のことをボヤくのが面白かった。

「こいつが投げたら、疲れるんや」
「はよ2軍に行け」
「なんでピッチャーにフォアボール出すねん」
「わしは毎日が日曜やから、今日は何曜かわからんねん」
「あかん、もうねむたなった」

おっちゃんは昔野球をやっていたらしく、草野球の審判をしたり、チームの指導をしていたらしい。
わりとボヤキが当たっていた。

さすがに、阪神が同点に追いついた6回のセーフティスクイズは「マンガや」と言っていたが、喜んでいた。
そういう昭和生まれの野球ファンが今の野球を支えているのだ。

脊柱菅狭窄症で、帰りの電車で立ちっぱなしになるのが辛いので、8回の裏で帰った。
ドーム前から阪神電車で、最終バスに間に合って帰ってみると、まだ中継をやっていた。

結局、最初に書いた今シーズン最長試合になった。

左足と膝は痛かったが、いい観戦だった。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
保団連
保団連という言葉は初めて聞いた。
全国保険医団体連合会というのが正式名称。
マイナンバーの活用で、保険証をマイナカードに一本化するということに猛反対している。

だいたいこの手のことに猛反対するというのは、既得権が大きいということだ。
今の保険証から、マイナカードにするとどうなるのか。

今の保険証の不都合を全く言わず、マイナカードにすればこんなことが起こるという事ばかり言っている。
保険証のレンタルで食っている人がいるとか、今の保険証でなりすましの温床になり、被害がどれほど起きているかなど、全く言わない。

ぼくは別にマイナカードに固執しているわけではないが、少子化で働き手が減り、医療関係の事務を効率化することと、医療費がどんどん膨れ上がって、若い人たちの負担が増えるのを食い止めるために、保健医療のチェック体制を効率化することは必須だと思う。
そのためのマイナカード一本化なのだ。

今の保険証を使うのなら、なりすましを防ぐために、本人確認を義務付けるべきだ。
なにかの活動家が、保険証のレンタルをして、誰が損をするのかと言っていたが、国民みんなが損をするのだ。
こういうタダ乗りをしようとする輩を潰すのが目的だ。

ツイッターでも、

「そりゃ医者側はなりすまされた人の保険が使えるんだからお金は入ってくるし気が付かないでしょ。
保険証なりすましの被害者は普通に保険金払ってる人になるんだよ?」

「薬を健康保険で仕入れてTwitterで転売して生活してる人もいるんです、保険証レンタルで生活してる人もいる!」

「マイナカード程度のことに対応もできない低レベルの診療所は潰れていい。供給が減れば無駄な医療費も減る。」

などと言われている。

昭和の高度成長で、お金が有り余っていた時代ではないのだ。
間違いなくこれから日本は貧しくなる。

それを食い止めることが、昭和の世代の責任ではないのかと思う。

医療や年金の効率化は是が非でもやらないといけない。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
郵便小為替
母が亡くなって、税金の処理上戸籍を取り寄せる必要ができた。
母の戸籍は広島県にある。
父が広島出身だったからだ。
広島というのは地元意識の強い県で、そこここに広島という地名があるのもそのせいだ。

世良公則の出身地と同じ。
広島県の世羅郡。

そこに母の戸籍関係の書類を送ってもらうように連絡した。
どういうわけか、その費用は郵便小為替で送る必要がある。
メールの時代に、郵便で送る。
どうなっているのか。

だいたい、郵便小為替など、普通の人は使うことはないだろう。
ぼくも今回初めて知った。
1000円の小為替を買うのに200円の手数料が必要になる。
つまり、1200円で1000円を買うということだ。
どうしてこんな無駄が生じるのだろうか。

まだ1000円ならマシで、50円の小為替でも200円の手数料だから、50円を250円で買うことになる。
意味不明だ。

ネットで見たら、他の人も文句を言っていた。
切手か収入印紙でいいのではないかという人もいる。

それよりも市役所の専用の入金口座を作り、そこに振り込むとか、できないのか。
それなら、依頼して、金額が確定して連絡をもらって振り込み、それから送る、という手配も可能になる。
だいたい、いくらになるかわからないから、多めに買って入れてくれ、という指示だから困るのだ。

こんな前時代的なものが残っている。
早く行政改革をしてほしい。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
グローバルサウス
最近よく聞く言葉がグローバルサウス。
高校の時に南北問題という事を習った覚えがあるが、その南の方、ということだろう。
来たが先進国、南が後進国と最初は言っていたが、後進国はよくないということで、発展途上国になった。
そういう国々のことだ。

ここでも、ノースとサウスはそういう意味合いだろう。
そのグローバルサウスは今は本当に発展している。
ぼくの高校時代は70年代だが、その頃は想像もできなかった状態だ。

ゴールドマン・サックスという会社が将来のGDPの予想をしている。
2022年のGDPのベストテンを見ると、1位はアメリカで2位が中国、3位が日本、4位以下にドイツ、インド、イギリス、フランス、カナダ、ロシア、イタリアと続く。
中国はもうグローバルサウスではないが、この時点でインドが5位に入っている。
人口が多いことは国の強さになるということだ。

2050年の予想では、1位中国、2位アメリカ、3位にインド、4位以下にインドネシア、ドイツ、日本、イギリス、ブラジル、フランス、ロシアと続く。
この時点でインド、インドネシア、ブラジルの3カ国が入る。

2075年には1位中国、2位インド、3位インドネシア、4位以下にナイジェリア、パキスタン、エジプト、ブラジル、ドイツ、イギリスと続く。
アフリカも入り、6カ国がグローバルサウスで、日本はもう10位にも入らない。
人口が減っているからという効果もあるだろう。

2050年はあと27年。
ぼくはもう生きていないと思うが、日本が高度成長の貯金を使い果たして、どんどん落ちぶれていくというシナリオだ。
ゴールドマン・サックスの予想が正しいとは限らないが、今の日本を見ていると本当にそうなりそうな気がする。

何とかイノベーションを起こして、覆してほしいものだと願う。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日から歩き
昨日松葉杖を整形外科に返して、今日から自転車と歩きの通勤。
一応ひざの骨の挫傷はよくなったということで、また前に戻った。
やはり歩くと左の足が痛くなるので、脊柱菅狭窄症は相変わらずという状態。

まだ荷重をかけるとひざに痛みがあるが、これは筋肉を鍛えるエクササイズをしないとダメだ。
通勤時はサポーターとひざのベルトで歩いている。
毎日ひざ体操をやっている。

ずっと左膝に負荷をかけないようにしていたので、筋肉は弱っている。
今日明日と歩きで通って、少しでも元の生活に戻さないといけない。

今年のはじめから左足は痛かったのだが、こんなに長引くとは思わなかった。
66歳はぼくの厄年になった。
浪人した同級生から、65を超えたらいろいろある、と聞いてはいたが本当にそうだった。
60代後半に一山超えないといけない。

あと数年は働きたい。
来週入院して、手術して普通に歩けるようになりたいと願う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
炎上したパリ視察旅行
エコノミストの片岡剛士という人のリツイート。

「さすがにこれでは観光旅行と言われても仕方ないし、他の視察旅行と一緒にされても困るのでは。」

リツイートされているのはYahooニュースの自民党の女性局長のパリ視察旅行のスケジュール。

東洋経済によると、「この海外研修は党女性局が7月24〜28日の日程で実施、松川氏に加えいずれも参院議員の今井絵理子(比例=39=)、広瀬めぐみ(岩手選挙区=57=)、梶原大介(比例=49=)の3氏と地方議員ら合計38人が参加したとされる。「目的はフランスが行った義務教育開始年齢の3歳への引き下げについての、目的や効果などの調査」(女性局)。」とのこと。

エッフェル塔の前で塔のポーズをして写真を撮り、ツイッターにアップして炎上した。

Yahooニュースによると「研修」のスケジュールは、

「初日はホテルに直行し、肉料理で結団式。一行が宿泊したのは台湾の航空会社グループが運営するホテルで、部屋は1泊2万円弱から

2日め。17時〜23時まで自由行動やディナークルーズ。観光名所であるリュクサンブール宮殿の見学について、松川議員はSNSにアップした文書で《日本でいえば国会議事堂見学に該当することをご理解頂きたいと思います》と弁解している

3日めは、多くの参加者は14時40分までほぼ自由行動。シャンゼリゼ通りで買い物の後は、凱旋門近くのビストロヘ。ハンバーガーが20ユーロ(約3100円)弱の店だ。夜は大使との夕食会

4〜5日め。午前中は自由行動オペラ座で写真撮影の後、100年以上の歴史を持つレストランで、パリの食べ納め。エスカルゴが名物だ」

自己負担30万円らしい。
そもそもこれを研修旅行というのが悪い。

「慰安旅行」にして、全額自己負担で行ったらいいのだ。







| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
原理主義
リベラルな人というのは「自由主義」的な人。
国家や今までの伝統を重視する「保守」に対しては、個人の自由を重視するのが「リベラル」。
しかし、それらはあくまで定義であって、現実に保守とかリベラルというのは類型化されている。

保守=右、リベラル=左とすると、中道というのもある。
是々非々というか、悪く言えば中途半端、よく言えば良識派という感じ。
ぼくは自分では中道だと思っているが、それは見る人によって異なると思う。

最近思うのは、自称リベラルな人たちというのはだいぶ左に寄っているということだ。
故安倍元総理を憎んでいて、「アベシネ」などといっているのは自称リベラルが多い。
これは集団的自衛権の騒ぎの時の、憲法9条改憲阻止あたりの人たちと重なるのだろう。
暗殺という犯罪を免罪し、犯人に同情する大学教授すらいる。
自称リベラルの人が、テロを賛美する、というわけのわからないことが起こっている。
そのうえ、それがネットで報道されても、それを問題にすらしないマスコミもいる始末。
何かオカシイのではないか。

反原発の意見にもずっと違和感がある。
ここでも、何度も書いてきたが、「リベラル」な人々は「原発は悪」と思い込んでいるようだ。
福島のことをフクシマと呼び、処理水のことを汚染水と言い、国連やIAEAの科学者が大丈夫と言っていても、まだ海洋放出反対を叫んでいる。
それが福島の復興をどれだけジャマしているかわかろうとしない。
マスコミも含め、明らかに風評加害者になっている。

風評被害が心配だ、と報道すること自体が風評加害になっているのがわからないのだろうか。
震災後に、放射能が心配だと恐怖を煽り、多くの人たちがしなくてもいい避難をした。
亡くなった人もいる。
もう放射能が問題ないとは言えないところまで来ているから、風評加害を続けるしかない。

こうなると、自分が正しいと思うもの以外の存在を許さない「原理主義」だ。
それはもうリベラルではない。

「反アベ原理主義」とか「反原発原理主義」とか言うものだろう。

自称リベラルの人が増えると、世の中の自由がなくなるぞ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
母の晩年
以前書いたマクドナルドのシニアアルバイトの話。
Yahooニュースに「90歳、マクドナルドで働いて23年。日々のバス通勤と3時間半勤務が元気の源」という記事があった。

熊本の90歳の女性。
23年前に67歳で定年退職して、まだ働きたいと思い、娘にマクドナルドでクルーを募集していることを教えてもらい、翌年の7月に申し込んでそれから働いている。
マクドナルドのクルーには定年制度はなく、そのときから23年間働いているという。
クルーの中で最高齢らしい。

仕事は清掃クルーで、朝7時から10時半頃まで週5日働いている。
孫やひ孫くらいのクルーから声をかけてもらって、みんな優しく接してくれるという。
真面目に働いているからこそだろう。

地元メディアにも取り上げられ、テレビを見た人から声をかけられる機会も増えた。
目標は100歳まで頑張ることだ。

亡くなった母も、洋裁や手芸ができていれば、認知症にならずに済んだのではないかと思う。
パーキンソン症候群で右手が震えて、自ら諦めた。
毛糸玉と編み棒はずっと置いてあったが、いつかなくなった。

ぼくが大学生から社会人の頃は、家で洋裁を教えていた。
高校を出て洋裁の専門学校に行っていたから、得意だった。
採寸して、型紙を起こし、布を切って服を作るというところをやっていた。

ぼくがまだ小学校に通っていた頃は、茶色の大きな型紙用の紙が置いてあって、たしか1メートルくらいの使い込まれた竹の定規が置いてあった。
大学で下宿していた頃に、近所の人を集めて洋裁を教えている時期もあったなあ。
今なら専門学校に行ったのだから、働くという選択肢だろうと思うが、戦後すぐの時代だったから、花嫁修業といった感じだったのだろう。
母が働きたかったかどうかはわからない。
当時は職業婦人は今よりもかなり少なかった。

マクドナルドで90歳で働いている女性は、

「人が喜んでくださることに、生き甲斐を感じています。お客さんの喜んでくださる姿に毎日感謝の気持ちでいっぱいです。だからこそ私は、なるべく人に迷惑をかけないということをモットーにしています。この年ですから、転んでけがをしないように、病気にならないようにと気をつけています。通勤はバスに乗って、お店まで歩いて行っています。自分のことは自分でしたいんです。

若い人にはなるべくご迷惑にならないことを大切にしています。なぜなら、若い人たちも結婚して、子育てをして、自分の将来を安定させるために日々努力をしているはず。私も含めてどの世代も自分のために努力をしなければいけません。
もし私が、周囲に迷惑をかけるようになってしまったらやめるときかなと思います。私自身もその意識をもって仕事と向き合っていきたいですね」

と言っている。
母もパーキンソンにならなければ、もう少し充実した晩年が送れていただろうと思う。

それは今も残念だ。
| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
2007年6月29日のメモ
ずっとほったらかしのメールアカウントがある。
こないだそこの整理をした。

驚いたのは、まだ大学で勤めていた頃のメモが出てきたこと。
2007年の6月にはこんなメモを書いている。

「駿台やベネッセが初年次教育やリメディアルの売り込みを始めている。文系の大学で、読み書きの基礎を外注しようとしている。そんなことをするのは教育の放棄であり、大学はただの箱で生徒と教室があるだけになってしまう。」

予備校の大手が、大学の初年次の学生相手の商売を始めようとしていた時に書いたもの。
大学が教育を外部に丸投げしようということになる。

文章の読み書きを教えるのは、基礎の基礎だ。
それを外部に委託するのはどうか、ということだ。
それらの学生を入れた責任がある先生がそれを教えないと、自分たちがどんな学生を選んだのかがわからなくなる。
そういう事を知らないとダメだろう。

ぼくの勤務先は、教員が自分の研究だけやっていたらいい、というような大学ではなかった。
当時はまだ定員こそ割っていなかったが、かなり厳しいレベルだった。
入試で選別できる、というレベルではない。
そういう大学は、実際に専門を教える先生が初年次も面倒を見て、学生のレベルを知ることは大事だと思ったから、メモを書いたのだろう。
教育6、研究2、地域貢献2でいいのだ。

この後、「書く技法」という授業を発案して実施した。
結局、専任の教員を一人雇って、残りは非常勤でやってもらった。

入れた学生に責任を持とうという教員は非常に少ない。
研究費がもらえて、自分の研究ができて、あわよくば他の大学に変わりたいと思っているような教員の方が多い。

大学に対する補助をするくらいなら、幼児や初等教育に補助をするべきだというのが経済的な通説。
そちらのほうが効果が大きい。
基礎ができていないと、伸びないのは明白。

それでも、天下り先を増やすために文科省は大学に補助金を出す。
そんな事を続けて、こうなった。

罪は重いと思う。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
学術会議は非科学的
福島在住のフリーのジャーナリスト林智裕氏は、ツイッターで原発の風評加害のことを訴えている。
2011年に起こった東北大震災で、福島の原発は冷却水のポンプが止まり、水蒸気爆発を起こした。
海水の注入でメルトダウンは免れた。
結果的に大騒ぎをしたが、放射能で汚染されたというようなことは起こっていない。

それでも、テレビ、新聞を含む全てのマスコミが反原発のキャンペーンをはった。
朝日新聞など、反原発の特集を組んで福島県を貶め、多くの人に放射能の恐怖を煽り、そのおかげで福島を離れる避難民が激増し、未だに戻れない人も多い。
おまけに、その特集が報道の賞をもらうという始末。
何と「科学ジャーナリスト賞」までもらっている。

自称リベラルな人たちも報道加害に加担した。
現在処理水を汚染水などと言っている人たちは、その類だ。

この処理水については、国連の科学者が来て放出しても問題ないことを言った。
それでも、今までの悪事があるからか、ほとんど報道もされない。
それで、いつまで経っても下らない論争が続いている。

それもようやく正しい方向で決着がつきつつあるが、どうしてこれだけ大量の雨水を貯めてしまったのか。
だいたい、日本の「専門家」は何をしていたのか。

本来であれば、そういうことを国民や政府にアナウンスするのは日本学術会議の仕事ではないか。
残念ながら、そういう行動は全くされなかった。
未だにコメントもない。

日本にはまともな科学者はいないのか。
「安心」は気持ちの問題だが、「安全」は数字で表せる。
それをするのは、日本学術会議の仕事ではなかったのか。

グーグルに聞くと「日本学術会議は、昭和 24 年の設立当初から、人文・社会科学、生命科学、 理学・工学の全ての学術分野の科学者を擁する組織として活動を蓄積してき ており、学術の総合力を発揮すべき課題への取組に関し、世界に対して模範 を提示できるだけの実績を有している。」と答えるが、それは真っ赤なウソだ。

何も言わないことで、間接的に福島への風評加害に加担した日本学術会議など廃止すればいいと思う。





| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
インフルエンザは怖くない?
精神科医の和田秀樹が、いいことを言っている。

「パンデミックに直面し、冷静でいられる人と慌てふためく人の違いは何か。医師の和田秀樹さんは「日本人の不安感は、『怖い』『いやだ』という感情ばかり先走り、対策まで結びつかないことが多い。これは控えめにいっても、頭が悪い人の行動だ。頭がいい人は世間の評価に惑わされず、確率で考えることができる」という――。」

今やコロナは、怖がっている人にとって、日本人が最も嫌う「穢れ(けがれ)」の域に達していると思う。
理屈ではなく「コロナになる」というのが嫌なのだ。

こないだ70歳を超えた人と話したのだが、今やインフルエンザの方がコロナよりも死亡率が高いから、そちらのほうが怖いと言っても「いや、コロナにだけはなりたくない」と言っていた。
ものすごい、刷り込みだ。
毎日毎日、家にこもってワイドショーを見たり、新聞を読んだりして煽られ、いくら5類になっても「コロナ」は特別怖い、という位置づけになっている。

そもそも、普通の風邪と言われているものでも、いくらかはコロナウィルス由来のものだ。
コロナ風邪にかかることで、ある程度免疫ができる。
流行当初、集団免疫ということをイギリスで言っていたが、どんな感染症でも弱毒化したら単なる流行病になる。
そして、だんだんと免疫を持った人が増えて、流行っても大したことはない、という病気になると思う。

そういうことを中学や高校の生物で習うはずだが、今の年寄りは、はるか昔に習ったことなど忘れているのだろう。
程度の低いマスコミや感染症分科会、医師会、などがバカみたいにコロナを煽ったおかげで、完全に刷り込まれている人が増えた。
そういう人たちが、未だにマスクをしろとか、的はずれなことを言っている。
それも、高齢者はスルーして、若い人たちにそれをおしつける悪質で陰湿な人が多い。
戦時中の隣組みたいなものだ。

和田氏はこう言う。

「現代の日本人に必要なのは、事実を中立的に見たうえで、確率でものごとを考える習慣を身につけることだと思っています。「頭がいい人」の健康法にとって、それが必須の要件になるからです。

今回のコロナ禍は、その典型です。確率がこれほど無視された病気も珍しいのではないでしょうか。たしかに、当初は、新型コロナウイルスによる感染症がどんな病気なのかよくわからないうちに、重症者や死亡者が次々と報じられ、日本全体は強い不安感に包まれました。」

「「不安」という感情そのものは、この先に起こりうる悪い事態を回避するためのものなので、本来、決して悪いものではありません。どのくらいの確率で、どのような事態が起こるか。何をすれば回避できるか。

できなければ、どのようにリカバいう感情ばかり先走ってパニックになりがちです。これは控え目にいっても「頭が悪い人」の行動です。」

本当にその通りだと思う。
もっと死者の多かった諸外国ではコロナはもう終わっているのに、日本ではまだ「コロナが怖い」と煽っている医者がいる。
いつになったら、マスクをやめるのだろうか。

厚労省のデーターによると、

「デルタ株が流行した第5波の時期、80歳以上の重症化率が10.21パーセント、致死率が7.92パーセントでしたが、オミクロン株が主体となった第7波では重症化率は1.86パーセント、致死率は1.69パーセントへと低下していました。

コロナ禍以前に、毎年のようにはやっていた季節性インフルエンザでは、80歳以上の重症化率は2.17パーセント、致死率は1.73パーセントでしたから、オミクロン株はインフルエンザよりも低いのです。

こうした数字が出てきても、日本では、発生当初の「死を招く病」というイメージはなかなか変わりませんでした。外出や営業の自粛、就業制限など、終わりにしてもよいと思われる段階を過ぎてなお、ずるずると続きました。」

何度も書くが、これは第二次大戦で戦ってはいけないアメリカとの戦争をしたメンタリティと同じだと思う。
日本人はあの戦争から結局何も学んでいない。
口だけで「平和、平和」といいつつ、何も考えていないのだ。

この伝統を変えないといけないと切に思う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
仏教の将来
7月24日に母がなくなって、ぼくもついに親がいなくなった。
ある意味、順番的にはいつ死んでもいい、ということだ。

母が生きている間は、死ねないと思っていた。
弟はいるが、やはり後のことをちゃんとしないといけない。

29日に葬儀をして、いろいろやって、後の手配で残っているのは墓のことくらい。

父が建てた墓に入れてあげようと思っているが、その墓もいずれは墓じまいをするつもり。
入って数年したら、浄土真宗の本願寺に移そうと思っている。
息子たちは東京在住で、帰ってきそうにない。
ぼくの大学の同級生も、東京でずっと過ごした人は定年してもそのままだ。

だから、新幹線で行きやすいところに墓を持っていったほうがいいだろう。
何なら永代供養にしてもらってもいい。
その墓は自分で用意しないといけない。

仏壇は前にも書いたがアマゾンで24000円のもの。
めちゃくちゃ軽い。
その中に置く過去帳には、葬儀のときに母のことも書いてもらった。
浄土真宗は位牌はなく過去帳なので楽だ。

葬儀屋の人も、墓の時代は終わったと言っていた。
自身もアパート型の墓か、永代供養にしてもらったようだ。

ぼくらの世代はまだお寺にお金を払う風習があるが、子どもの世代はもうそんなに高いお金を払うことはないと思う。
9月に四十九日の法要をするが、いくら要るのだろう。

両耳に緑色のワイヤレスのヘッドフォンをした住職だった。
あれはなんの効果があるのだろう。

仏教の将来は、日本仏教会が真剣に考えないといけないと思う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
議員定数減
日本維新の会の共同代表の吉村氏が「国会議員は3割減らせる」と言って日経の記事になった。

本当にそのとおりだと思う。
選ぶ国民も悪いし、野党も情けないと思うのだが、今の国会なら3割どころかもっと減らしてもいいと思う。
肝心のことは何も議論せず、スキャンダルやワイドショーが取り上げた話題などが主なイシュー。
予算委員会など、予算の話などせず、そんな話題ばかり野党は追求している。
なぜ予算委員会でやるかというと、予算委員会はテレビ中継するからだという。

台湾有事など、決めておかないとどうしようも事を決めようとしない。
それが問題だということも言わない。
日米同盟をどうするつもりなのだろうか。

マスコミの劣化もひどい。
NHKも含め、そういう問題意識も持っていないと思う。

自民・公明で過半数を取っているのだから、何でも決めたらいいのだ。
それが民主主義のルールだから。

国会議員のレベルも下がった。
二世議員が増え、議員の不祥事も多い。
山本太郎のような活動家が選ばれたりする。

吉村知事はこう言う。

「新興勢力が入ってくるのを嫌がり、自分の議席を守るのに必死な政治家の集団では生産性は向上しない。政治家自身も新陳代謝していかなくてはならない。国会も議員の定数や報酬の削減から始めるべきだ。維新が自民に取って代われば直ちに定数の3割削減を実行する」

「改革は既得権との戦いだ。自民は医師会や各種の業界団体と完全にべったりだ。世襲政治もそうだ。団体の利益を保護し、様々なモノを一律に大量生産する『昭和型』の政治では成長できない。成長に向けた解を自民は持っていない」

吉村知事が全て正しいとは思わないが、この閉塞感を打ち破るためには必要だと思う。

議員3割減に留まらず、参議院もなくせばいいのだ。
日程闘争に明け暮れて、各党の国対委員長は人数によらず審議拒否権を持っているなど、前時代的な風習の残る日本の国会。

もう一度GHQに来てもらって制度改革したほうがいいのではないか。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:37 | comments(0) | trackbacks(0) |