考えたこと2

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雑談ロボット
人と雑談ができるロボットというのはニーズがあると思う。

まず、認知症対策。
話すのが好きな人はボケないという。
会話は頭の活性化になる。
だから、一人暮らしになっても雑談ロボットがいればボケにくいだろう。

もう一つ、居眠り運転の防止。
ハンドルのない車で自動運転なら寝ていてもOKだが、そこまではなかなかいかない。
やっぱり運転席での居眠りは避けたい。
ぼくの経験では、一番居眠りに効果があるのは誰かと話すこと。
二人乗って話していれば、まず寝ない。
そこにも雑談ロボットは有用だ。

考えてみると、雑談というのはコンピューターには難しい。
雑談にはそれ以外の目的がないからだ。
結果的に雑談から得るものがある場合もあるが、多くはそれが全くわからないまま進んでいく。
そこが難しい。

話題は、絞れば絞るほど、簡単になる。
「我が国の金融政策について」なら、普通の人にとっては難しいが、コンピューターには簡単だ。
その言葉でググって内容をまとめ、話せばいい。

でも、雑談だと何が出てくるかわからない。
一つの話題から発展して、どんどん話題が変わる。
ネットに情報が溢れている話題ばかりならいいが、情報量が少ないと会話が続かない。
また、ユーモアや皮肉など、人間の会話なら当たり前の言い回しも、理解できるんだろうか。

「これは面白い」と言われて、反対の意味で「めっちゃ面白い」と答えることなどよくある。
反語というやつだ。
人間なら表情や声のトーンで判断するが、テキストの情報だけだと難しいだろう。
そこまでハードが発達すればスゴイけど。

関西弁は特に難しいだろう。
ボケたり、突っ込んだりする。
それもをできるロボットも、開発しているとは聞いているが…。
当意即妙の受け答えはなかなか難しい。

戦時中にドイツの暗号解読をしたコンピューターの天才、チューリングは人と会話ができることを人工知能の定義としたが、それほど難しいということだ。

ちょっと不完全でもいいから、人と話せるロボットができたら、一気に普及するような気がする。
人間の質問に答えるロボットではなく、話しかけたら適当な事を話すやつだ。

そこが、とりあえず分かれ目だろうなあ。

| | 考えたこと | 21:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
小学校の国語
今回の学習指導要領改定案で、小学校の英語が2020年から正式教科になる。
現在の小学校でも、5,6年生で週1コマは必修らしい。自治体によっては1年生からやっているところもある。
中沢良平氏という元小学校教師のブログに書いてあった。

それによると、教材は手作りで、現場はかなり苦労しているらしい。
しかし、手作りだから学年に合ったものができていないようだ。
中沢氏自身は小学校からの英語教育には賛成というスタンス。
でも、実際の現場のありさまを見ていると、残念な状況もあり、「小学校英語を考えるとき、英語学習の必要性と、実際の小学校英語の現場での残念さとは、分けて考えなくてはならないと思いました。必修化により教育現場にさらなる混乱を生まないか祈るばかりです。」と書いている。

カリキュラムを変えて、英語を必修化するなら、もっと現場の先生方を教育する必要があると思う。
明日から教えることになったからヨロシク、ではうまくいくはずがない。

人によっては、今回の必修化で英語が喋れるようになるかというと無理だという。
小学校5,6年で、年に70時間の英語教育は週に2回の指導ということになり、それでは中途半端だということだ。

さらに、小学校で英語を教えるのはもってのほか、という意見もある。

「英語を教える小学校で日本語がますます使えなくなる子供を作るような制度の中に、自分の子供を送りたいだろうか。
 英語を早く教え始めれば、みんな英語ができるようになると本気で信じているのだろうか。」

という。

早くから英語を教えたら、話せるようになる、という保証もないという。
確かに、中沢氏がいうように、今の小学校の体制ならやっても仕方ないという気もする。
今の状態なら「きちんとしたことを教えるには不安だらけの先生たちがせいぜいできることは、通俗的なカタカナ言葉だけを伝え、いい加減なお遊びになることでしかないだろう。」ということだ。

さらに、この記事で強調されているのは、日本語能力の低下だ。
「小学生に英語を教えてはいけない第2は、7歳〜11歳頃の母語をしっかり学ばせなければならない時期に、教科として「外国語活動」なるものがなぜ必要なのかという点だ。なぜ必修化しなければならないのか。」と書かれている。

これはぼくもそう思う。
まず日本語をちゃんと覚えないといけない。

今はインターネットで何でも手に入る時代。
料理をしようと思うと、クックパッドで検索すればいくらでもレシピがある。
材料、切り方、料理法などが書いてある。
だから、誰でもかんたんにできるかというと、そうでもない。
書いてあるやり方を見ても、よくわからない、という人がけっこういるという。
読み慣れていないから書いてあることがわからないのか、それとも面倒くさいだけなのか、それはわからないが、書いてあるやり方を見てやる(一部は写真も出ている)ということができないのだ。

そういう若い(といっても成人している)人が、そこそこいる。
彼らの小学校の国語の成績はわからないが、関係はあると思う。
やっぱり小学校は大事だ。
全ての基本だからだ。

何でも、グーグル翻訳がニューラルネットワークの技術で賢くなったらしい。
人工知能の力を使えば、そのうち外国語の壁は超えられるようになるのかもしれない。
今の小学生が大人になる頃には、かなり賢くなっているだろう。
そうなると、なおさら外国語よりも日本語が大事になると思う。

言葉を覚えることは大事だが、考えることはもっと大事だ。
考えるための言葉、それは母語だ。
母語をちゃんと理解しないと、考えることができない。

商社で勤めていた父も言っていた。
話すことよりも、話す内容を持っていることの方が大事だ、ということ。
そのためには、文章を読む力が必要だ。
本当にそう思う。

以前書いた、人工知能のプロジェクトをやっている新井教授も、「例えば原子力発電所の業務マニュアル。教科書より難しいことがマニュアルや仕様書、指示書には書いてあり、読めない人が作業をしたらリスクがある。これは資本・民主主義の危機ではないだろうか」と言っている。

これぞ本当の危機だ。
英語どころではない。

| | 考えたこと | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
ライブで稼ぐ
音楽で飯を食っている人は、ここ20年くらいでかなり状況が変わった。
音楽がモノからデーターに変わって、CDの売上が減り、今はダウンロードやストリーミングに移行しているという時代。
誰もが簡単にコピーでき、コピーしたものは元のデーターを遜色が無いというデジタルの特性がそういう動きを可能にしてしまった。

だから、昔はビートルズのようにライブをやらず、アルバムだけで食っていくことができたが、それはい今の時代にはムリだ。

ネット上に「なぜアイドルの「寿命」は2010年代に入って劇的に伸びたのか」という記事があった。
たしかに、アイドルの寿命は伸びたような気がする。
AKB48やジャニーズのタレントなど、そのうち消えるだろうと思っていたら、長いことやっている。
SMAPだって、もう25年も活動している。
ファンには怒られるかもしれないが、アイドルという視点で見ればもう消えていてもおかしくないと思う。
デビュー当時は中学生や小学生だったメンバーがもう40代中年の年齢だ。
昔活躍したフォーリーブスは10年で解散して、一部のメンバーが細々と仕事をしている以外、表舞台からは消えた。
SMAPは25年で解散の話があるが、人気は衰えない。
アイドルの寿命が伸びているのは事実。

記事によると、CDよりライブで稼ぐ時代になったからだ、というのが答えらしい。
ライブの市場規模はここ5年で2倍に伸びているとのこと。
CDなどの音楽ソフトの市場規模を追い抜いている。

記事にはこう書かれている。
「生の体験が重要になってきたという時代の変化を通して、音楽業界の産業構造も変わってきた。それによって実力あるアーティストはむしろタフに活動を続けることが可能になったのだ。」

そのためには、まず実力をつけること。
ライブで聴衆を惹きつけられるだけの力をつけないといけない。
そのためには、先輩のバンドの前座でツアーを回るなどの地道な活動も必要になる。

そういう泥臭い活動ができて、本気で音楽をやる人にとっては、かえっていい時代になったということらしい。
そういえば、AKB48は秋葉原で常設のライブをやっていたなあ。
昔のアイドルよりも舞台が重視されているということか。

90年代のヒットの方程式は違った。

「ドラマとのタイアップや音楽番組への出演などを仕掛け、とにかくアーティストをテレビに頻繁に露出させる。そこで認知を高め、話題を作れば、CDが飛ぶように売れていく。そうして得た資金を次なる新人に投下する。
そういう仕組みが90年代におけるメガヒットを生み出していた。しかし、その方法論はすでに通用しなくなっている。」

そういうことらしい。

今は地道にライブを積み重ね、SNSなどを使って話題を積み上げていくことが成功を産むという。

いい時代といえば、いい時代だ。
アイドルになりたいというよりも、いい音楽をやりたい、多くのファンに聞いてほしい、という思いがスターを産む時代。

テレビなどのマスメディアの影響力が低下し、ネットが個人と個人をつなぐ、という時代が来た。

それが「成功の方程式」を変えたんだと思う。

| | 考えたこと | 21:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
学生運動の時代
ぼくが大学に入ったのは1975年。
まだかろうじて学生運動の残り火が燃えていた頃だ。
ぼくらのいた学校はわりと学生運動が盛んだったので、まだまだヘルメットをかぶって、タオルで顔を隠したお兄さんたちが学内をウロウロしていた。
それに加えて、共産党系の民青という組織も多かった。

当時の国立大学の学費は3万円とか5万円だった。
今の学費とはだいぶ違う。
大学の数が今よりも300校ほど少なく、大学進学率が今の半分程度の27%だった。

それでも、3万いくらから、5万いくらに変わる時はだいぶもめた。
学費値上げ反対の運動があり、学部によっては授業やテストをボイコットしていたような気がする。
そういう時に、ヘルメットの人たちは活躍した。

ぼくは左翼シンパのノンポリだった。
そういう学生が一番多かったように思う。

こないだ、大学時代の友だちと会って話をした。
彼は学園祭の事務局をやっていたのだが、1回生の時に代表がちょっと政治的なことをパンフレットに書いてしまって、ヘルメットの人たちが集団で文句を言いにきた、という話を聞いた。
長い付き合いだったが、初めて聞いたのでビックリした。
ぼくは落研だったので、全くそういうことには関係なかったが、そういう時代だったのだと改めて思った。

結局はヘルメットのお兄さんたちと平和的に話し合い、そのページを破って発行するということで話がついたらしい。
事務局総出でそのページを破って配ったということだ。
数年前ならゲバ棒で流血だったかもしれない。
大変やったんや、と彼は言っていた。
良くも悪くも、そういう政治的な対立が明確にあったので、学生もそれに参加していたのだろう。
55年体制というヤツだ。

世の中、右か左かという判別軸があった。
各々、それに基づいたイデオロギー(主義という意味だが、信仰のようなもの)があった。
ある意味、今よりもわかりやすい時代だった。
ジェームズ・ボンドの敵はロシアのスパイに決まっていた。

でも、ベルリンの壁が崩れてから、右と左の対立はだいぶ薄まった。

今の時代、どういう対立軸があるのだろう。
アメリカの大統領選で争われたのは、保護主義と自由貿易、グローバリズムと自国優先主義、移民をどう扱うかなどだ。
ドラマで言うと、55年体制の頃は「いいもの」と「悪者」が水戸黄門のようにすぐにわかったが、今なら誰が「いいもの」で誰が「悪者」かはっきりしない。
複数の対立軸が入り組んで世の中が細かく分かれている。

予想ができない時代に入ったと思う。

あの単純な図式でやっていた学生運動の時代が懐かしい。
今とどちらがよかったんだろうか。

| | 考えたこと | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
原発のいじめ
昭和41年には「不登校」という言葉はなく、「学校嫌い」だったらしい。
当時は社会に「学校に行かない」という選択などなく、そんなことは許されなかったし、親も許さなかった。
「そもそも学校は行くもの」だったから単に「学校嫌い」という言葉になっていたんだろう。
ぼくの小中高の経験を通じて、転校はあっても、「不登校」というのは覚えがない。

学校嫌いはいた。
というより、行く方にとっては、多かれ少なかれ学校は鬱陶しいものだった。
行きたい日もあれば、行きたくない日もある。
反抗的な時期もあれば、思春期のややこしい思いもあったが、だいたいは友だちと話したり、本を読んだり、みんなそれなりに対処していたんだろう。
そんなものだったと思う。

それが1980年代〜90年代に「登校拒否」とか「不登校」という言葉に変わっていく。
「校内暴力」という言葉もできた。
高度成長が終わり、核家族化が進み、親の世代も戦後の教育を受けた人が増えて社会の考え方が変わってきたんだろう。
それに伴って学校の役割が、集団生活や組織で生きていく人間を育てる、という教育から「自由」や「個性」を重視する教育に変わってきたように思える。
「個性重視」という方針が初めて初等教育に出てきたのが1974年の中教審答申だ。

その後80年代くらいから学校が荒れたり、校則が問題になったりしている。
その間の一番の変化は「先生はエライ人」という意識がなくなったのと、「学校に行かなくてもいい」という選択肢が社会にできたことだろうと勝手に思っている。

そして最近はいじめが取り沙汰されている。

ぼくの小学校時代は「先生はエライ人」だった。
先生の言うことは聞くものだったし、たまに先生が怒るとみんなシーンとなった。
授業中に歩き回るとか、静かにしろと言っても話が止まらないとか、そんなことはあり得ない。
未だにそういうことが実際に起こるというのが、信じられない。

90年代あたりに教育関係のテレビを見ていたら、「先生は生徒の友達」という感じだった。
話し方も、友達目線の話し方をしていた。
そのあたりで大きな変化があったのかもしれない。
ぼくらの学生時代にはそんな先生はいなかった。
そういえば、教壇をなくして、物理的にも同じ目線にしたのはあの頃からだろうか。

横浜で福島から避難してきた生徒がいじめにあったという記事を読んだが、いったい学校や教育委員会は何をしていたんだろうと思う。
原発事故の直後ならともかく、ここ2,3年で原発事故由来の病気などない、ということははっきりしていると思う。
一部のマスコミはまだ風評被害をもたらすような記事を書いているが、もういい加減にしてほしい。
政策的に原子力をどうするかという問題を話し合うのは大事だと思うが、今ある原発をわけもなく恐れるのは宗教だ。

生徒は本当に気の毒だ。

マスコミの責任は大きい。
もうぼちぼち放射能に対して冷静になるべきだと思う。

| | 考えたこと | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
クラウドファンディング
インターネットの「中抜き」がどんどん進んできた。

ネットの強みは、ネット上の仕組みを作れば、たくさんの個人と個人をつなぐことができる、ということだ。
それと、ネット決済のインフラができて、お金も動かすことができるようになった。
その機能を使った仕組みの一つが「クラウドファンディング」というもの。

これは、何か新しいものを作りたい人がそのアイデアをネット上に公開し、資金を募るもの。
だいたい、出資者は完成後の商品を安く買えるような設定でお金を集める。
ここからいろんなアイデアが実現している。
個人や小さな会社だけでなく、最近はソニーの電子ペーパーを使った腕時計が資金を集めたりしている。
会社として取り組むには、リスクがあるなあ、という場合にはいい方法だ。
売る前に欲しい人がどれくらいいるかわかる。

3次元CADが進んだことも、クラウドファンディングを後押ししているんだろう。
製品の出来上がりイメージを見せることができるからだ。

こういうのが出てくると、銀行は苦しいだろう。
銀行に融資を求めなくても、個人から直接資金を集めることができてしまう。

もともと、個人から集めたお金をまとめて融資するのが銀行の役割だ。
でも、銀行がまとめなくても、ネットで個人から直接出資を募ることができる。
個人から銀行を「中抜き」して、融資を募ることになる。
これがインターネットの強みだろう。

個人はそれが売れると思ったら、出資をする。
お金が集まらなければ、それは没になる。
担保などいらない。

海外ならKickstarterというページが有名だ。
日本でもいろいろできている。

でも、こんなのが出てくると、本当に銀行は痛手だろう。
まだまだ一般的ではないが、これから普及すれば融資先がどんどんなくなっていく。
預かった金をどうやって運用するのだろうか。
地方銀行は再編の時代になっているが、潰れるところも出てくるんだろうか。

インターネットに資金集めのインフラが整えば、消費者向けの消費を作っているところなら、利用するところは増えてくるだろう。

中には自分が作った曲をアップロードして、CDを作りたいというプロジェクトもあった。
地域の隠れた食材などを使ってお菓子などを作れば、地方創生にも使えるのではないか。

これからはアイデアを形にするためのコンサルが必要になるだろう。
CGを使ったり、事業化するための見積もりをしたり…。

それをやるNGOなど作れば役に立つかもしれないぞ。


| | 考えたこと | 23:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
11月に初雪
朝のニュースで、東京や甲府で11月に初雪がふるのは54年ぶりだと言っていた。

暑い方も記録的な天気だが、地域によっては寒い方もびっくりするような天気になっている。
これも地球温暖化の影響らしい。
温暖化でなんで寒くなるのかというと、海水が暖かくなって北極海の氷が溶けることが原因という。
仕組みはよくわからないが、シベリアの低気圧のルートが変わり、より冷たい空気が日本の方にやってくるとか、海氷が減ってその断熱作用が減り、冬が寒くなるということらしい。

でも、ぼくの小さい頃に比べると、圧倒的に冬は暖かくなったと思う。
昔は1月、2月になると、朝水たまりが凍っていて、それを踏んで割りながら学校へ行ったことを思い出す。
神戸は瀬戸内式気候で暖かいところだが、そんなところでも霜柱はできた。
そんなことはここ20年ほど覚えがない。

でも、確かに寒波のニュースは増えたような気がする。
アメリカやヨーロッパでは被害も多い。

だから、全体的には暖かくなったが、厳しい寒波の回数は増えたというのが正解だと思う。

地球温暖化については、確かにそれが起こっているという人もいれば、気候のばらつきの範囲内でもう少し長い目で見ないとわからない、という人もいるようだ。
アメリカの大統領になるトランプ氏は、地球温暖化の会議決定から離脱すると言っている。

でも、この数百年で、人類が排出する二酸化炭素が増えたのは事実。
さらに、それを吸収する植物が減っているのも事実。
二酸化炭素に温暖化の効果があるなら、ぼちぼち温暖化が起こっても不思議ではないとは思う。

今まで、人間が地球の気候を変えるなどということができるとは思わなかった。
人間の活動など、地球の規模で見たら微々たるものだからだ。
それでも、数百年にわたって人口が増え続け、その人たちが自然に反して(寒い時は暖かく、暑い時は涼しく)エネルギーを使い、心地よく生きようとしてきたことが、ぼちぼち地球規模で影響が出てきたのだと言われると、信憑性がある。

実際、南の小さな島国では海水が上昇して、住むところがなくなってきたりしている。
先日のパリ協定会議では、フィジーの首相がトランプ氏を招待して実情をみてもらいたい、と演説して拍手を浴びたとのこと。
切実な問題だろう。

人間が自然に対してできることなど、ほとんどない。
いざ自然が本気を出して、地震や津波などを起こせば、人間などひとたまりもないのは事実。
それでも、塵も積もればというヤツだ。
産業革命で石炭を燃やし始め、それが石油に変わり、延々と先進国で燃やしてきたツケが来たのだ。

自然との共生、という言葉は美しいが、実際にそれをやるのは大変だ。
昔、自然保護の団体が海岸を訪れ、テントの中が暑すぎるとか、蚊がいるとか文句を言った、という笑い話を聞いたことがある。
人間は折り合いの付く範囲で、自然をコントロールして生きていく、というのが「文化」だと思う。
生まれ落ちたまま、自然の中で過ごしていては、今の生活はできない。

22世紀に向けて、どうしていくのか。
この問題がややこしいのは、あまりにも変化がゆっくりで、世界中の人が危機感をもつことが難しいということだろう。
フィジーのような国では危機感を持って語られるが、アメリカのような国ではそう簡単にいかない。
元大統領候補だったゴア氏が啓蒙に努めているが、それでも日々の生活をどうしてくれる、という不満が勝ってしまう。
それは当然だとも思うのだが…。

北極海の氷が溶けて、シロクマが困っているし、日本にも熱帯性の蚊が生息するようになって伝染病が心配になったりしている。

「衣食足って礼節を知る」、昔の人はうまいこと言った。

そこがネックなんだろう。


| | 考えたこと | 19:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
引かれ者の小唄
昔の時代劇を見ていたら、「引かれ者の小唄」というセリフが出てきた。

ネットで意味を調べると「どうにもならない状況に陥った者が、負け惜しみを言ったり、開き直って平気なふりをすることのたとえ。」とある。

引かれ者とは、罪人のこと。
江戸時代、罪を犯したものは刑場まで引かれていったのだが、内心はビクついていても、強がって平気なふりをして小唄を口ずさむ、ということからできたことわざ。
小唄は三味線の伴奏で唄うもの。
小唄と端唄と都々逸がどう違うのか、詳しくは知らないが、とりあえず、そういうものを強がって口ずさんだということだ。

劇では「ふん、しょせん引かれ者の小唄か」というようなセリフだった。

何となく意味は想像できるが、ぼくもネットで確認したくらいだから、若い人たちはわからないだろうなあ。
ぼくも、日常会話では「引かれ者の小唄」というのを聞いた覚えがない。

それでも、当時の大人の常識では「引かれ者の小唄」ということわざを、テレビの娯楽番組で使っても通じるということだったんだろう。
エライものだ。

「人生万事塞翁が馬」「馬子にも衣装」「泣いて馬謖を斬る」「馬脚をあらわす」なんていうのも、昔のテレビに出てきたような気がする。
子どもの頃、わけも分からず見ていて、後日意味がわかる、というような「門前の小僧」効果もあったのではないか。

時代は変わったなあ。


| | 考えたこと | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
教員のキャリア観
元小学校の教員だった中沢良平という人が、「キャリア教育が「貧困JK」を生んだ」という記事を書いている。

自身が教員だっただけに、説得力のある記事だと思う。
要はキャリア教育、というものが原因で「アニメーターになりたい」「声優になりたい」という子供が増えたが、それはいいことか?という問題提起だ。
アニメーターはなれたとしても薄給だし、声優はなかなかなれない。どちらもバイトで食いつないで、必死でやって、それでもムリだと諦めたりする種類の職業だ。

「仕事=自己実現」という考え自体は悪くはないと思うが、それを絶対視してはいけない。
記事では「このような極端な考えに振れてしまったのは、そもそもキャリアについて考えたこともないように見える先生たちが、キャリアについて教えをたれているからです。だからどうしても無責任に「やりたいことをやりなさい」と言ってしまうのです。いちばんやってはいけないパターンではないでしょうか。」という。

ぼくは小学校のキャリア教育のことは知らないが、大学の教員のことなら少しはわかる。
昔に比べると実業界出身の教員も少しは増えたが、それでもまだまだ少ない。
それら大学の先生方を見ていても、同じことを思う。

人は自分の経験の中でしか、なかなか考えられない生き物だ。
大学の先生というのは、おおかたはアカデミックなルートで就職する。
学部を出て、修士、博士と進み、そこから助手(今の助教)になって、ひたすら運を待つ。
もちろん実力もあるだろう。
論文をたくさん出せるような人は認められる。
でも、論文も出せず、ろくに研究をせずとも教授の下で雑用をこなしていればチャンスはある。
教授だって、自分の雑用をやってくれる人を厚遇しないと、次に雑用をやってくれる人が現れない。

また、留学して海外で何年か過ごし、「ハク」をつけて帰れば、よその学校に推薦してもらいやすい。
学校のランクはほぼ偏差値に比例するのだが、高い位置の学校なら、教授が低いところに推薦してくれたりする。

今は公募という形を取るが、実際上はそういう人的コネで決まることが多い。
また、低い位置の学校の教員は、高いところから優秀な人が来るのを嫌うから、優秀でない人もルートに乗れることが多い。
それが今決定権がある先生方の就職事情だったろう。
だから、サラリーマンになるような、キャリア意識など持ちにくい。
サラリーマンになった人たちとは、大きく違うのだ。

最近は大学も増えたが、それでも教員は飽和状態になってさらに厳しくなった。
博士が何万人も余っている。
博士がアカデミックルートでしか就職できないから、余っているのだ。
そのことを見ても、大学の先生がキャリア教育できていないことはよくわかる。

もちろん、中にはいい先生もいる。
ただ、何度も書いたが、そんな先生は少ない。

中沢氏は書く。

「教育機関の人間は、初等中等教育の先生だけでなく、大学教授、教育委員会、文科省ふくめて世の中のしくみを知らない人が多いと思います。世の中の大多数は、民間企業に就職して、勤め上げる人、転職活動をしたことのある人、個人事業主や経営者の人などです。こういった方々を活用するのがいちばんいいと思うのですが、学校にゲストを呼ぶのは謝礼や手続きの面からもハードルが高いのです。(学校は教員の安くない給与は保証しますが、それ以外のコストはとにかくケチなのです。)それに先生方は、そのような人材がいるということすらも知らないのです。」

昨今は大学も地域連携などで地元の商店街や役所の人たちとは話す機会も増えたが、企業の人たちとはめったに話さない。
だから、事務の方でキャリア?育の一部として、サラリーマンになった卒業生を呼んで話をさせたりしている。
もちろん、そういうことを積極的にやっている先生もいるにはいる。
やっぱり少ないのだが…。

だから、先生のキャリア観というのは、資格志向になってしまう。
この学部に行ったら、こういう資格が取れて、こういう職業につけるというヤツだ。
ウソだと思ったら、いくつかの大学案内を見てみればいい。
きっとそう書いてあるページが見つかる。

まあ、この学部を出たら、サラリーマンになれます、というのももう一つだが…。

でも、どんな力がつくから、どんな業種や職種が行きやすい、というようなことは書けるはず。
それでも、そういうことは教員にはわからない。

それが問題だろう。






| | 考えたこと | 00:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
AIとBI
AIというのは人工知能のこと。
一方、BIというのはベーシック・インカムのことだ。
ベーシック・インカムというのは、政府が国民に配るお金のこと。国民一人ひとりに最低の生活ができる「手当」のようなものだと考えればいい。
この2つがどういう関係になるかというと、人工知能が進んでくると仕事がなくなるので、収入のない人が出てくるから、ベーシック・インカムを保証することが必要だ、ということになる。
AIとBIがセットで、というのが考え方。
ニューズウィークの記事にあった。

本当にそうなるのかどうかはわからない。
まあ、ぼくが生きている間はそんなことにはならないだろう。
でも、子どもたちが生きている間に人工知能がブレイクする「シンギュラリティ」は起こる(2045年)と言われているから、こういうことも考えておかないといけない。

人工知能が発達してどんどんお金を儲けようとしても、失業者ばかりになると、その製品やサービスを買う人がいない。
人工知能というプレーヤーが参加することで、資本主義の根本のところが崩れてしまう。
だから、ベーシック・インカムである。

しかし、そういう世の中が本当に来るんだろうか。
幸い、日本の場合は少子高齢化、人口減少で働き手が減る予想だ。
だから、ちょうどそれを補完するようになるかもしれない。

また、そもそもそういう事態は起こらないかもしれない。
いくら人工知能が進歩して、シンギュラリティが起こっても、やっぱり人間の仕事はその人工知能の回りの部分で新しくできてくるかもしれない。
工場のオートメーションで人は減ったが、それらの機械を設計し、メンテナンスする人は増えた。
いくらコンピューターが進歩しても、人と人との対面の仕事はなかなかコンピューターに任せられないだろう。
今世紀の日本はサービス業の世紀になると言われている。

それでも、現状では製造業とサービス業の給料は差がある。
サービス業は、平均すると給料が安い。
これが変わらないとすると、総人件費は安くなるんだろうなあ。

その時がベーシック・インカムの出番になる。
その頃、人が働くことの意味も変わっているだろう。

新しい哲学が必要だと思う。

世の中は変わっていく。

| | 考えたこと | 22:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
ぐうたら人間学
ぐうたら人間学 遠藤周作 講談社文庫

ずっと前に買っていて、今回本棚から出してきて読んだ。
もう遠藤周作が亡くなってだいぶ経つが、この本は1976年の出版だから40年前の本。
でも、そんなに古さを感じないのは、ぼくも同じ時代を生きているからだろう。

遠藤周作は1996年に73歳で亡くなっているから、この本は20年前に50歳前半で出されたということだ。
一番油が乗っているときだったと思う。
彼は72年にネスカフェの「違いの分かる男」の宣伝にも出て、マスコミでも有名だった。
そんな時期、彼が書いていたエッセイを集めて出版したのがこの本。

彼はフランス文学を修めたのだが、その先生の話や言った言葉が「狂った秀吉」というエッセイに出てくる。

「遠藤君、人間の一生で一番生きるのがムツかしいのは老年です。若い時や壮年時代は失敗しても社会が許してくれます。まだ役に立つからです。しかし、役にたたなくなり、顔も体も醜くなった老年には世間は許してくれません。その時、どう美しく生きるか、今から考えておきなさい」

持つべきものは師だ。

「年をとりました」という項では、今まだ健在の佐藤愛子の話が出てくる。
当時は彼女も50代になるかどうかというところだろう。
電話での会話だ。

周:「なに今してんネン」
愛:「なにも、してへん。テレビで「ガメラ対ギャオス」いう子供映画、見てるネン」
周:「あれ、おもしろいわ。亀のおばけの出てくる映画やろ。働かんのか」
愛:「原稿用紙、見るのイヤになってん」
周:「年やなあ。ぼくかて、もう駄目や。この頃、溲瓶(しびん)枕元においてんのや。年で便所が近うなったさかいなア。あんた、まだ溲瓶使うてへんのか」
愛:「まだや。でもあの溲瓶をつかう音、ええもんやわ。人生のわびしさがあるわ」
周:「君も…年とったなあ」
愛:「何、言うか。あたし、まだ若いつもりやッ」
周:「若うないで。若うないで。若い頃の君やったら、司葉子さんや犬飼智子さんを狙うた泥棒がイの一番に入った筈や。あの泥棒は美人好みやさかい、彼が避けて通るようになったら、もう年とったことやがな」
愛:「何、言うか。一週間のうち、必ず泥棒に入らしてみせるから」

当時の様子が伺えて面白い。
司葉子が出てくるところが昭和だ。

「死について」という項では共感できる話が出てくる。

「あなたは自分が死んだ翌日も空が晴れ、街には自動車が列をなして走り、テレビではC.Mのお姉ちゃんが相変わらず作り笑いを浮かべて唄を歌っているのを考えると、妙に辛く悲しくないだろうか。あなたの死にもかかわらず、世界が相変わらず同じ営みをつづけているのだと思うと悲しくないだろうか。
 当たり前の話だって。もしそういう心境をお持ちの方なら、悟りをひらいた方だ。たしかに我々が死んだって、社会や世界は昨日と同じ営みをつづけていくにちがいないのだが、それを思うと、やはり何だか辛く悲しいのは人情なのである。」

そういう思いは誰しもあるだろう。
会社の先輩が、若くして父親をなくしたのだが、父が亡くなった日も空は晴れて普通の日だということが何故か不思議だった、と言っていた。
そういうものだ。

こういうちょっと昭和の香りがするエッセイがたくさん載っている。

元々はキリスト教の純文学の人なんだが、こういうざっくばらんな「ぐうたら」シリーズの方が有名になった。

生きている間は読まかったなあ。

| | | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
Re:Life
ヒュー・グラント主演の2014年の作品。
WOWOWでやっていた。

ヒュー・グラントはさえない二枚目半がよく似合う。
今回もはまり役。
若い頃にヒット作を出したが、その後ずっと鳴かず飛ばずで、田舎町でシナリオ学を教える中年の脚本家の役。

最初はいやいややり始めるが、だんだんと学生たちの人柄が面白くなって、みんなが書いた脚本を批評し、育て始める。
学生も先生の事を理解し、心が通い始める。

実際には教師に向いていないと思っている人が、本当は教師に向いている。
何かの道で名を挙げ、その後苦労しているような人がいいのだろう。
大学の先生というのはそういうものだと思う。

でも、女子学生とのトラブルで大学を追われる。
君たちを教えられて光栄だった、と言って大学を去ろうとする。
最初のやる気がなかった頃に、ついついやってしまった。

それでも、学生の成長を目にして、やっぱり戻りたくなり、学部長に直訴する。
そして、教え、自分も学ぶことの楽しさを知った彼は、また先生になるというストーリー。

バックの音楽もいい。

中年になったヒュー・グラントが本当にいい味を出している。
最初のやる気のない男から、先生としてやる気を出す(それでもちょっといいかげん)ところまで、地でやっているわけではないだろうが、本当にはまった役だった。

いい先生はこんなふうに生まれる、という映画だった。

いい映画は見た後にうれしくなる。

| | 映画・舞台 | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
捨てられないもの3
友人がずっと置いてあったレコードを処分したという。
ダンボール箱何箱かあったものを、業者に買い取ってもらったということだ。
プレーヤーもないのに、残していたとのことで、思い切って断捨離したと言っていた。
何百枚かあったらしい。

それでも、一箱は残っているという。
ジャケットが気に入っているとか、思い入れがあって、これは捨てられないというものらしい。
聞く手段がなくても取っておきたいなど、レコード世代でない人にはわからないかもしれない。
これが主観的価値というやつだ。

うちにもレコードは何百枚かある。
一応プレーヤーはあるので聞ける状態だが、もっぱら聞くのはパソコンのデーターだ。
レコードを取りに行って、プレーヤーにのせる手間を考えるとおっくうになる。
それならプレーヤーごとレコードを捨てればいいのだが、なかなか思いきれない。
初めて買ったシングル盤やフィフス・ディメンション、キャロル・キングなど、捨てにくい。

本も同じだ。
10代、20代で読んだ文庫本がある。
きっともう二度と読まないだろうと思う。
特に石川達三や太宰治など、今となっては置いてあるだけだ。

ウチの実家にもまだ亡くなった父の本がある。
同じことだ。

年をとるとどんどん捨てられないものが増えてくる。
ダメだなあと思う。
なんで捨てられないんだろうか。

父は、本が捨てられないのは、これらの本の中に自分の頭の中があるような気がするからだと言っていた。
その気持はわかるが、それは本当に気持ちの問題であって、実際にはそれらがなくなっても自分は変わらないだろう。
だいいち、年を取ってほとんど忘れているのだ。
読んだり聞いたりした、という事実だけなら、目録を作っておけばいいのだ。

今度こそ、そうするぞ、と思って何度かここにも書いた。

でも、まだ捨てられないような気がする。

| | 考えたこと | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
マスコミは恐い
地上波のニュースはほとんど見ないのだが、ネットの記事に「日本テレビが、レディー・ガガ発言を意訳して炎上した」という記事があった。

面白そうなので見てみると、レディー・ガガが "Love trumps hate."(愛は憎しみに勝る) と書いたプラカードを持っている画像に、「トランプは嫌い」という報道したということらしい。
彼女はインスタグラムで、そのメッセージに続けて "Let’s take care now of each other" とお互いの事を思いやろうというような、対立を鎮めるような発言をしているのに、そこはとりあげず、その反対のトランプ嫌いを煽るようなメッセージを日テレが報道したということだ。

さすがに、誤訳の指摘があったが、一方で選挙中に彼女がヒラリー陣営を指示していたことから、これは意訳の範囲だ、という声もあったとのこと。
当の日本テレビは、その後のニュースでは、「愛は憎しみに勝つ」として放送したらしい。
結局は誤訳を認めたということだろう。

最近はそういう「意訳」が多いらしい。
記事の中にいくつか例が挙げられているが、番組の主旨に沿って、外国語で言われたことを都合よく「意訳」してテロップを流す、というやり方だ。

読んでいてひどいと思ったのは、韓国の反日関係の番組で、日本について街頭インタビューされた女性が「嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」と言った場面。
実際には「文化がたくさんあります。だから、外国の人がたくさん訪問してくれているようです」と言っていたとのこと。

これは報道したフジテレビも正式に謝罪したようだが、「女性も男性も全体としては「日本は嫌い」という主旨の発言をしており、発言内容とテロップがズレてしまったミスだ」とのこと。
これは意図的な編集ではない、ということらしい。

記事の中ではウクライナでロシア人が殺されたときにも、『ロシア側の報道として「ウクライナ民族主義者が死体を辱めている」「妊婦が殺された」などの報道を積極的に行い、義憤にかられたロシアの若者を多く戦場へと送り込んだ。』とのこと。

マスコミが煽って、互いの憎悪を掻き立てた、ということだ。
マスコミは政治に利用されやすい。

このことで思い出すのは、第二次大戦の時の日本。
ある時期まで朝日や毎日に代表されるマスコミは良識ある報道をしていたと思うが、日華事変の後くらいからは軍部の提灯持ちみたいな記事を書くようになったらしい。
恐いのは、マスコミ自身が軍部に強制されたわけではなく、そう書いたほうが売れる、ということで、自ら書いたということだ。
これは半藤一利の昭和史の講演の中で聞いた。

マスコミは第四の権力と言われ、行政、立法、司法を見守り、それらの事実を報道して、牽制する立場にいるが、そこが「外国人の発言の意訳」というようなオカシイことをしてはいけないだろう。

売れるためには、対立を煽る扇情的な記事を報道するほうがいいのは事実。
アメリカではマスコミも政治的中立は問われず、自社として正しいと思う方向に記事を書くことが一般的らしい。
こっちがいい、と言って報道するのなら構わないと思う。(だからといって、ウソはいけないが)
旗幟鮮明にして、書くのなら、反対側のマスコミも見て一般人は判断できる。
それが民主主義の基本だろう。

でも、今の日本のように、マスコミは中立という立場では、なおさらそんな報道をしてはいけないと思う。
中立ならもっと事実ベースの報道をすべきだ。
ましてやマスコミが日本人の意識を煽って、外国に対する「思い込み」を助長してはいけない。

そんなことを続けていれば、戦前のマスコミが日本人を「鬼畜米英」と煽り、騙していたような時代がまた来る。

日本人が戦争をしたことについてはいろんな理由があっただろう。
でも、戦争を避ける道もあったはずだ。
もし開戦したとしても、もっと早く和平交渉をする道もあったかもしれない。
それらの可能性を潰してきた一つの原因はマスコミにもある。
戦意高揚記事などといって、戦争を煽った。
それも、マスコミが政府や軍にやらされたというのなら仕方がない。
でも、そうではないのだ。
売れるから、煽ったというのが事実だと思う。

それを反省せず、「意訳」をしている。

これは危ないぞ。

| | 考えたこと | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
悪いクセ
昔から読書は寝ころんでするもの、というクセがある。
夜、寝床で眠くなるまで本を読むという習慣でそうなった。
小学校の頃からの習慣。

当時親に買ってもらった少年少女文学全集みたいなものを読んでいた。
お気に入りは「大岡裁き」。2人の母親が子どもの手を引っ張って子どもが泣き、放したほうが本当の親だ、というもの。
なぜかこの話は何度も読んだ。

その当時から本を読むのは寝床、と決まっていた。
これが間違いの始まりだろうなあ。
今でも本を読むとなると、寝床でねころんで読む。
わざわざ本を読むために、横になるということだ。
そのままうたた寝することも多い。

通勤電車で読むことも多かった。
今でも短い間だが読む。
ところが、家に帰ると椅子に座って読むということにはならない。
子供の頃からの習慣というのは恐ろしい。

会社員の頃は、帰りの電車で読んだ本が面白くて続きがどうしても読みたい、という時には座って食事しながら読んだりした。
でもめったにない。
やっぱり横になって読む。

研修の課題の本を、どうしても一晩で読んで感想文を書かないといけない時は、書きながら読むという力わざを使ったことはある。
あの時は書きながら読んだから、仕方なかった。

いまだに本を読む時には横になる。
そうしないと読む気にならない。

好きで呼んでいる小説などは、寝ころんで読むのがバッチリなのだが、勉強のために読んでいる本でも、横になって読むと暇つぶしで読んでいるような気になる。
ついつい面白くないと寝てしまう。
だから進まない。

まあ、どうしても読まないといけない本でないなら、途中でやめてもいい。
物の本にもそう書いてある。
しかし、読みだしたら途中でやめられない性格だ。
だから、うたた寝をはさむのでなかなか終わらない。

寝ながら読むのなら、面白くなければ読むのをやめないといけないなあ。
そうしないと、本棚に積んである本が読めない。

寝床で本を読むのは悪いクセだ…。

| | 考えたこと | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
4人に1人が75歳以上
2060年というともう今の高齢者はほとんどいなくなっているが、その時の人口の年齢分布は今よりもさらに高齢化するらしい。
75歳以上の人口が全体の27%になるという。
4人に1人が75歳以上という時代だ。

うちの次男にそれをいうと、自分はそのとき70歳になっていなくて、まだ働いているだろう、とのこと。
なるほど、次男はまだ後期高齢者にはなっていないということか。
それならあり得るシナリオだ。

しかし、このまま何もせずにそういう時代を迎えるのか、それとも何かを変えるのか、よく考えないといけない。
政府は若い人たちに子どもを持ってもらおうとしているが、多くの政治家はそれを真剣に考えてはいない。
自分たちはもういないし、それをやると高齢者の票を失って選挙に落ちるからだ。
とても合理的な行動だ。

維新の会が言っている、憲法改正案の教育無償化というのはいいと思う。
費用の問題があるから、子どもが増えないという面もあるからだ。
高校までの完全無償化ということだが、本当に少子化対策をするにはそれは最低限やらないといけないのではないか。
もちろん、今の教育そのままでいいとは思わないが、教育にかかる費用は国費で賄えばいい。
小中学生の貧困が問題になっている現在、憲法で保証された「教育を受ける権利」を保証する意味でも、社会保障を削ってでもやるべきだ。
そうやって、若い人たちにも税金を還元しよう。

そういう考えがこれからの日本をよくすると思う。
社会保障も大事だが、それを曲がりなりにも維持していくためには、働いている人たちやこれから働く人たちに手厚くして、その人たちを増やさないとダメだ。

今の日本の形はこれから変わらざるを得ないと思う。
それは憲法に盛り込むべきことだろう。
戦後70年で一度も憲法を見直していないのはオカシイ。
変えるべきところは変えないといけないと思う。

そんなことはみんなわかっているはずだ。
それでも、高齢者の声が大きく、なかなかそちらには舵は切れない。

この国にはまともな政治家が少なすぎるのではないか…。


| | 考えたこと | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
アメリカン・ドリーム
トランプ氏が大統領に選出されたというのは、形を変えたアメリカン・ドリームだと思う。

政治や外交の経験が一切なく、どちらかというと下品で、不動産で何度も倒産しそうになりながらもその都度うまく立ち回って倒産を免れ、テレビのリアリティショーで人気者になったトランプ。
今までの大統領という枠から一番遠かった男。
その「遠かった」という理由が、彼に大統領をやらせてみよう、という事になったんだと思う。

アメリカは景気がいいとされているが、その恩恵に預かっている人の数が少ない。
多くのアメリカ人は所得が増えず、豊かさを享受できない。
今の政治体制ではダメだと思ったのだろう。
それがトランプに投票したアメリカ人の考えだったのではないか。

今回の共和党大会の動員数は前回よりもだいぶ増えたとのこと。
トランプは話題作りには事欠かない。
テレビのショーのように、他の候補者をこき下ろしてのし上がる。
彼は自分を目立たせる方法を知っている。

ヒラリーの方は若い人の支持が多く、投票率が低いということもあった。
もちろん、彼女がやっていることを胡散臭いと思った人も多かっただろう。
オバマ民主党がやってきた、マイノリティ差別を緩和するための優遇政策が行き過ぎていると感じる人も多かったと聞く。
逆差別だ、ということだ。

いい意味でも、悪い意味でも、アメリカは行き過ぎないとバランスが保てない。
過去の禁酒法など、そういう動きの一環だろう。
今回は公民権運動や移民政策が、行き過ぎていると感じている人が多くなったということだと思う。

レーガンやブッシュ・ジュニアでも大統領が務まったのだから、トランプでも大丈夫ということもあったのかもしれない。
いくら大統領でも、議会を全く無視して政治はできない。
そのための三権分立だ。

結局、過去のしがらみを全て断ち切って、彼にやらせてみよう、という意見が大勢を占めたということだと思う。
ちょうど8年間続いたオバマ民主党の政権に嫌気がさしていたという追い風もあった。
アメリカらしいと思う。

彼の差別的な発言や、侮蔑的な発言が計算され、全てわかってやっていたとしたら、だいぶ賢い人物だろう。

それでも、まだ Not my president! というデモが収まらない。
全米各地で、差別的な言動が問題になってきている。
後遺症は大きい。

でもアメリカのことだから、それを乗り越えて次のステージに行くのだろう。
これこそアメリカン・ドリームの体現だ。

当分、彼の言動から目が離せない。


| | 考えたこと | 21:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
やりたいことがわからない
就職の相談では、いろんな悩みが出るが、「やりたいことがわからない」「やりたいことがない」というのもそこそこある。

「自分ができること」「自分がやりたいこと」「自分が納得できるもの」という3つの観点から考えてみよう、というのがシャインという人のキャリア理論。
アメリカらしい考え方だと思う。
今の指導もそれに基づいて、自分を掘り下げて考えて、仕事を見つけよう、ということになる。

でも、そう簡単にはいかない。
それが見つからないという人もいるだろう。
自分の経験からしても、そんなことは考えなかった。

ぼくが入社したのは1979年。
その時には、自分がやりたいことなど全くなかった。
会社に入って、やれと言われたことをやるしかない、と思っていた。

4年生の8月になって、企業からの求人票が学科の事務室に貼り出され、その中のひとつが神戸本社だったので、それを持って事務室に行き、「ここに行ってみたいんですが」と言ってOKをもらい、何らかの手続きをして(覚えてない)、その会社に行ったという経緯。

今のように、やれインターンだ、自己分析だ、志望動機、業界研究だというようなことなど一切なかった。
調べてみると、昭和54年の学年全体の人口が全体で156万人ほどで、大卒者の数が37万人。就職率は74%だった。
そういえば、ぼくが卒業した年は第二次オイルショックで景気が悪いと言われていたなあ。
それでも、まだ高度成長の時代だった。
ちなみに今は学年全体で120万人ほどで、大卒者数55万人、就職率は67%くらい。

会社の選び方は甚だいい加減。
給料の水準を調べたわけでもなく、年間休日を見たわけでもなく、どういう商売をしているかもわからず、神戸にあるというだけの理由で会社を選んだ。

ぼくの学生生活は甚だ不真面目だった。
起きている時間の大部分は落研のボックス(部室のこと)に行ってグダグダと過ごし、それがお開きになると安い酒屋に飲みに行くか、夜中に下宿が近くの友達のところに行ってまたグダグダと過ごすという日々だった。
でも、こういう生活を続けていてはダメだと思い、働こうとは思った。
それだけだった。

だからマジメに働いた。
やらないといけないことはやったと思う。
納期に間に合わせるためには、毎日残業したし、それなりのサービス残業もした。
会社の将来も考え、やるべきことをやり、技術の将来も考えた。
転職してからは、教育することについてマジメに取り組んだつもり。
その延長上に今がある。

そんなわけだから、やりたいことがないと言われると、そらそうだろう、と思う。
実際、働いてきて、そんなもの最初からわかるわけがないと思う。
というか、みんなそんなものはわからないんだと思う。

少なくとも何年か働いてみて、それで初めてなんとなくわかるものだ。
それまで、やりたくなかったことにも意味を見出したり、やりたくなかった事こそが、やりがいにつながるものだ、という発見もあるだろう。
だから、いつも「あなたのやりたいことは何ですか?」と聞く時に、迷いがある。
そんなこと、わかるわけがない、と思うのだ。
それをあまり仕事の入口で問うのは、ムリだろうと思ってしまう。

だから、ぼくはあまりそれは聞かない。
ぼんやりと、こんなことがしてみたい、というような思いとか、逆にこういうことだけはしたくない、という思いだけははっきりさせておこう、と話す。

それでもやりたいことがわからない、という人には、それは誰でも一緒だと話す。
やってみてないのに、わかるわけがない、という理屈だ。
それはこれからの仕事人生をかけて見つけるものだ。
だから、入口ではどうしてもやりたくないことでなければ、やってみよう、と話す。
実際、それしかないと思う。

幸い、今は終身雇用が崩れ、自分のキャリアパスが考えられるような時代になってきた。
どうしてもわからない人は、少なくとも3年間働いてみよう。
そこで何がしたいか、ちょっとはわかるのではないか。


| | 考えたこと | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
水素の将来?
リチウムイオンなどの電池の性能がどんどん伸びて、燃料電池の旗色が悪くなってきた。
トヨタとホンダが水素で動く燃料電池車を出しているが、ちょっと予想が外れた感じだ。
日本は国をあげて燃料電池の開発を進め、実用化を目指しているが、ちょっと旗色が悪い。

こないだの日経に電池が破壊的に技術革新しており、石油の需要が減少する時代が早く来る、という記事があった。
シェールオイルが採掘されるようになって、原油の生産がピンチになった、ということよりも大きな変化が起こるとイギリスの格付け会社が言っている。

世界の石油需要の半分以上が輸送部門らしく、それがEVで打撃を受ける、という。
たしかにドイツの自動車メーカーはディーゼルからEVに大きく舵を切った。
先日のパリモーターショーでも主役はEVだ。
フォルクスワーゲンは、2020年に一度の充電で600キロ走れるEVを、今の量販車ゴルフの値段で売ると宣言したらしい。
ダイムラー(ベンツ)は電池の工場を作るという。
燃料電池車はまだまだ先か、あるいは未来が見えないような感じ。

ネットで燃料電池を調べると、「燃料電池とは、乾電池などの一次電池や、充電してくり返し使用する二次電池のように、蓄えられた電気を取り出す『電池』とは異なり、水素と酸素の電気化学反応により発生した電気を継続的に取り出すことができる『発電装置』です。」という説明。
だから、ガソリンのように手早く水素を補充したらすぐに発電できる、ということだ。
通常の電気自動車はEVと言われるが、燃料電池車はそれと区別してFCVと呼ばれている。
燃料電池なら水素を充填するだけなので、補充は早い。
今のガソリンスタンドで燃料を入れる、という前提でいくと、燃料電池車は将来有望だ。

EVの課題は充電に時間がかかることと、1回の充電で走れる航続距離。
しかし、航続距離はだんだんと伸びてきた。今でも300キロはいける。
充電の時間については、家で寝ている間に充電すればOKだ。
スタンドにいかなくていいから、却って便利という声もある。

要は大多数のユーザーの普段のニーズは満たしているということになる。
だから、テスラというアメリカのEVの専業ベンチャーは強気になっている。
そこここに充電ステーションもできてきた。
明らかに水素ステーションよりも多い。

燃料電池車はとにかく値段が高い。
インフラの整備まで考えると、社会のコストも大きくなる。
人口が減り、高齢化が進む日本でそれに耐えられるのだろうか。

充電のインフラが家庭用の電気でいいということなら、EVが俄然有望になる。
欧州やアメリカの自動車メーカーが急速にEVに舵を切っているのは、水素は当分先という見切りをつけたからだろう。

だから、今はPHVという変則的なEVが有望になっている。
これは基本はEVだが、電池がなくなった時にはガソリンエンジンで発電するというもの。
EVよりもコストは上がるが、既存の技術を使って実現できる。
航続距離を心配しなくてもいい、というのがメリットだ。

日産の新しいノートも似たようなもの。
PHVとの違いは、クルマから電気を取り出す仕組みがないということだ。

既存の自動車メーカーはエンジンをそう簡単にやめられない。
工場があるからだ。
関連部品を作っている会社など、大規模な変化になるだろう。
EV化で部品の数が大幅に減るだろうから、今の産業は大打撃を受ける。
でも時代の要請は変化を求めている。

テスラのようなEVベンチャーが出てくると、苦しいだろうなあ。

自動車産業は裾野も広く、日本の基幹産業だが、この業界は動きが激しくなる。

先のことを考えると、大変だ…。

| | 考えたこと | 20:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
桜ほうさら
桜ほうさら 宮部みゆき PHP文芸文庫

PHP文芸文庫というのができていた。
昔は新潮、文春、講談社、角川、ハヤカワあたりだけだったが、今はいろんな会社が文芸関係の文庫を出している。
同じ作家の同じ本が、出版社を変えて出ている場合もあったりして、時々間違えそうになる。

「桜ほうさら」は2013年の出版。2016年に文庫で出た。
信州の方の方言である「ささらほうさら」をもとに作った著者の造語。
「ささらほうさら」は、「いろんなことがあって、大変だった」という意味。
まさしく主人公は大変な苦労をする、というストーリー。

小さな藩の小さな事件が元で、父が死んだ。その真相を解明しようとする次男が主人公。
宮部みゆきらしく、「文字」がテーマのミステリー。
上巻では大きな動きはなく、主人公の周りの様子が淡々と描かれる。
それでも、下巻であれが伏線だったのかということが散りばめられている。

字は結構大きく、老眼でも読みやすい。
その代わり、ページ数が上下で800ページほどあり、長くなっている。
これも高齢化の影響だろう。

こちらはこないだ読んだ「妻はくノ一」よりもちゃんとした時代小説、という感じだ。
読み応えがある。
全ての伏線がつながって、最後にまとまるという宮部みゆきの手腕はさすが。

主人公は長屋住まいで、回りの人たちも生き生きと描かれる。
庶民の暮らしの中にドラマはある。
そして、いつの世も家族の問題はややこしい。

実家の母から借りてきて読んだ。

こういう小説が良くなってきた。
| | | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
腸内の微生物
最近「腸内環境」とか、「腸内フローラ」とかいう言葉を聞く。
腸の中の微生物の状況のことらしい。
どんな微生物が住んでいるか、ということが問題だという。
善玉菌が多いのか、悪玉菌が多いのか…というようなことだ。

微生物を花畑(フローラ)にたとえて、腸内フローラという言い方をしたりする。
一番微生物がたくさん住んでいるのは、大腸の壁面だそうだ。
それは一人ひとり違っていて、それによって体質みたいなものが決まる。
一卵性双生児でも、どんな微生物が住んでいるかは違うので、体質が違ったりする。

善玉菌を増やすには、規則正しい生活とか、適度な運動、肉や甘いものを食べすぎないというような生活習慣が大事。
ストレスもいけないらしい。
ヨーグルトや乳製品を食べるといい。

ウソかホントかわからないが、これらの微生物がその人の性格や脳の働きにも影響を与えているという研究結果もある。
どこまでが自分の意思で、どこからが微生物の意思か、線引きは難しい。
何といっても、自身の細胞の数よりも多いというから、何百兆という微生物が住んでいるということになる。
数を聞くと、驚くほかない。

昔読んだSFで、言語を持つ人間型の生物だけが高等生物だと思っているが、実際にはテレパシーで意思疎通するもっと高等な生物がいる、というような話があった。
そのストーリーで行くと、微生物たちが人間をコントロールしている、という小説も書けるなあ、という感じ。

でも、いくら食べても太らないとか、いつまでも肌がきれいとか、そういう体質が腸内の微生物によって決まっている、というのは何となく説得力がある。
アメリカでは腸内の細菌を移植するという手術?もあるそうで、昨日まで病気だった人が腸内環境を移植して元気になったという番組も見たことがある。
腸内細菌の移植というのは、要するに便を内視鏡で入れる、ということ。
聞くと気持ち悪いが、効果があるのならわりと簡単に出来るので日本でもやっているところはあるらしい。

宇宙ステーションではオシッコを濾してもう何度でも飲むらしいし、よく考えたら人間の排出物も何らかの形で食物になって食べているということだから、目新しいことではないが…。

科学や医療が進むといろんなことが出てくる。

そのうち、いろんな効果がある細菌を特定して、培養して売るようになるかもしれない。
ビフィズス菌やガセリ菌など、ヨーグルトで売っているのも、似たようなものだ。

でも、今の地球は100億人くらいが定員だと言われている。
今が70億人。
2100年には定員オーバーになるらしい。
みんなが健康で長生きすると、定員オーバーになる時期が早くなる。

悩ましい問題だ。

| | 考えたこと | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
トランプ次期大統領
アメリカの大統領選挙は、ヒラリーとトランプの長い戦いがようやく終わり、トランプ次期大統領が誕生した。

BSでアメリカの特番を中継していたが、マスコミはずっとヒラリー有利の分析だったので、一様に驚いているという感じだった。
まあ、今までの報道を聞いていると、ヒラリー有利だったからなあ。
それでも、ヒラリーを嫌っている人は多かったらしい。
もちろん、トランプを嫌っている人も多かった。

ヒラリーは政界に30年もいて、メールの問題もあり、どうもうさんくさい、という感じ。
対するトランプは経験もないし、出来もしないことを言うし、女性蔑視のレイシストということだ。
それでも、アメリカの国民がヒラリーを退け、トランプを選んだというのは、よほど今の政治に嫌気がさしているということの現れなんだろう。

変化の可能性ということなら、圧倒的にトランプだ。
保護主義の方向にいくだろうし、外交もどうなるかわからない。
プーチンが好きらしいし、クレムリンは喜んでいるだろう。
日本に核武装したらいい、と言っていたが、どうなるんだろうか。

今の世界の景気は、アメリカが一番いいと客観的には言えると思う。
それでも、その恩恵に浴している人たちが少なかったということだろう。
そういえば、オバマも「チェンジ」がキャッチフレーズだった。
希望を与えるという意味で、「チェンジ」するというメッセージが国民に響いた。

トランプはアメリカをもう一度偉大な国にするといい、ヒラリーはすでにアメリカは偉大だ、といった。
どちらのメッセージがアメリカ人に響いたかということだろう。
わかりやすい、ということなら、トランプだろうなあ。

ワシントンが一番ビックリしているんだろう。
政治経験がない人が大統領になるんだから、困っている。

イギリスがEU離脱したし、アメリカは変化を求めてトランプを選択した。
未知数が多すぎて予想がつかないが、今の状態がベストではないから変わるのはいいことなんだろう。

これから世界はどうなっていくんだろうか。


| | 考えたこと | 21:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
ピコ太郎
昨日初めて知人からピコ太郎が人気がある、と聞いた。
You Tubeで4億5000万回、ミュージックビデオ?が再生されたという。
Pen-Pineapple-Apple-Pen(PPAP)という曲。

Wikipediaによると、千葉県出身53歳のシンガー・ソングライターで78歳の妻がいるということになっているが、実際は古坂大魔王という芸名の芸人。43歳らしい。
もともとお笑いの人だったが、2003年から音楽に専念した。
でも、行き詰まって、2008年からお笑い芸人としての活動も再開したらしい。
2016年に本人がプロデュースした、ピコ太郎(本人の芸名)の動画PPAPでブレイクした、という経歴。
経歴を見る限り、苦労人だ。

ぼくも教えてもらって見てみたが、何が面白いのかわからなかった。
どうもジャスティン・ビーバー(アメリカのアイドル)がFacebookで「面白い」と言って、大々的に拡散したらしい。
ジャスティン・ビーバーは8800万人もフォロアーがいるらしいから、彼が「面白い」と紹介すると、自動的に数千万回は動画が見られる、ということになる。
そのフォロアーたちが拡散すると、また再生回数も増えて、ねずみ算式に増えていく。
YouTubeの週間再生回数世界一まで獲得した。

PPAPを見ていると、小島よしおの「ソンナノカンケーネー」を思い出したが、知人いわく小島は国内だけだが、ピコ太郎は国際的だ、という。
それは、そうだろう。
実際、PPAPはなんとアメリカのヒットチャート、ビルボードの77位に入り、トップ100に入ったなかで最も短い曲(45秒)になり、ギネスにも載った。
トップ100入りは、日本人としては1990年の松田聖子についで7人目。

ただ、ビルボードの集計は音楽のセールス(ダウンロード)だけでなく、エアプレイもカウントされるようになっているらしい。
音楽の販売経路が多様化し、ヒットチャートを決めることが難しくなっているんだろう。

話がそれたが、ピコ太郎は海外特派員協会のインタビューも受けていた。
国際的人気と言える。

どこから火がつくか、わからないものだ。

果たしてこれが一過性のものか、恒常的なものか…。

時代遅れのぼくには一過性に見えるのだが…。

| | 考えたこと | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
フィジカルは永遠じゃない
ユーミンの新しいアルバムが出た。
「宇宙図書館」というタイトル。
今までで最多の回数、最長の期間でツアーを行う。

彼女ももう62歳。
WOWOWのインタビューで、親友や仲のいいミュージシャンが亡くなったりしているが、自分は健康でまだ新しいものを生み出せている、と言っていた。
ぼくには親友の死というのはまだわからない。一人、40代の後半に亡くなったが、そのときには自分の死とは結びつけて考えられなかった。
でも、ユーミンの年齢なら結びつけているんだろう。
だからこそ、まだやれる間に頑張ろう、という感じ。

そのユーミンが、インタビューの最後の方で「フィジカルは永遠じゃないから」と言った。

若い頃はシャングリラなど大掛かりなライブをやっていたが、もうそんなことはできない。
当時はアンコールでプールを潜って、水の中のステージから現れるというような演出もやっていた。
でも、そのユーミンも還暦を過ぎた。
個人差はあるが、60歳近辺というのは、そういうことを考え始める年だと思う。

一度そういうことを考え出すと、そんなことを考えなかった昔には戻れない。
自分でも、どうして以前はフィジカルのことを考えなかったんだろう、とか思う。
それが不思議になったりする。

自分の身体が、自分の制約になる、ということをそれまでは考えもしない。
そんなことは考えの外にある。
もちろん、自分ができないことはできない。
それは制約ではなく、単にできないのだ。

それがある日、制約になる。
それまでできていたはずなのに、できないということだ。
そんな瞬間がユーミンにも来たんだろう。

それが、「フィジカルは永遠じゃないから」という言葉になった。

「宇宙図書館」の中に"Smile for me"という曲がある。
その詩の事をユーミンが語っていた。

最近やっとガラケーからスマホに変えて、よく写真などを写すようになった。
自分には高齢の母がいるのだが、時々実家に帰り、母の写真を撮る。
その時の事を語った。

この歌はこんなふうに始まる。

わらって、 わらって、 しばらくじっとして
自然に撮るから ふざけないで こっち向いて

松任谷正隆は、この詩を見て、今までこんな視点で由美さんが作ったことはなかった、と言った。

フィジカルは永遠じゃないことを知ったから、書けた詩かもしれない。
 


| | 考えたこと | 21:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
人工知能のノーベル賞
今日の日経に「ノーベル賞が消える日」という見出しが出ていた。
そこだけ見て、ボブ・ディランのことが書いてあるのかと思ったら、人工知能の記事だった。

宇宙にあると言われている暗黒物質の発見を、人工知能の画像認識でやろうとしている研究者や、人工知能に過去の論文を読ませて仮説を立てさせ、それを検証するという研究者などが紹介されている。

肺の画像情報でガンを見つけるのは、人間よりも人工知能の画像認識のほうが勝っているらしいし、チェスや将棋、囲碁でも人工知能が人間に勝ったりしている。
人工知能が賢くなったのは、機械学習ができるようになったからだ。

昔の人工知能は人間が考え方をプログラムし、それにしたがって答えを出していた。
いかにうまく、もれなく考えるか、というところが大事だったんだろう。
でも、それでは人間の能力を超えることはできなかったし、使われるところも限定されていた。
その方法を変えたのが、機械学習。
コンピューターが自分で学び、答えを出す、という方法。

その背景にはインターネットが普及し、ネット上に膨大な文字や画像の情報が溢れるようになったことがある。
それが機械学習を可能にした。
いくら人工知能が自動的に学ぶといっても、コンピューターが学習できる教材がなければ始まらない。

機械学習で学んで出した答えは、なぜそうなったのかが人間にはわからない。
詳しい理屈はわからないが、機械学習というのは人間の脳神経のつながりの仕組みをプログラムするだけで、どう考えるかはプログラムしないらしい。
そこに大量の知識(文献や画像)を読み込ませ、脳が考えるようにコンピューターに考えさせる、ということだ。
だから、本当にコンピューターが考えて、答えを出した、ということだ。

本来、人間の「ひらめき」みたいなものも、頭のなかに元々入っている知識をつなげるとかいうことだろう。
入っていないものは、「ひらめき」などあり得ない。
それがどれくらい突拍子なつながりか、というところが難しいだろうが…。
結局それらの知識をコンピューターが読めるようになったから、機械学習が意味を持ってきたのだろう。

人間と違うところは、機械は疲れないし、どんなにたくさんの文献や画像でもすごいスピードで読むことができ、それを忘れない、というところ。
スーパーマンみたいなものだ。
どれとどれをつなげて、新しい考えを導き出すかは、ひらめかなくてもコンピューターにはできる。

既に人工知能でヒットする確率を選んで曲を出しているアーティストも、アメリカにはいるという。
ひょっとしたら、日本にもいるかもしれない。
「人工知能がヒットすると言っている」というと、人間は嫌がるだろうから、秘密にするのが普通だ。

そして、人工知能が人間を完全に超えるという「シンギュラリティ」が起こるのが2045年という予想。
その頃までノーベル賞があるんだろうか、というのがこの記事の内容。

記事の最後に「アインシュタインは「人の持つ最も美しく深遠なものは神秘的なナゾへの感覚」という言葉を残した。AIが人知を超えてもナゾを解明したいという好奇心に優劣はない。AIが持ち得ない人間の力は何かを探す旅が始まろうとしている。」と書いている。

そういうことを考え始めると、人間が「生きる」というのはどういうことなのか、につながってくると思う。
生きるということは、生まれていろんなことを経験して、その中から何かを見つけるということだ。
それがノーベル賞であろうが、誰にとってもアタリマエのことであろうが、人生はその人にとって新しいことの連続だ。
2つとして同じものはない。
それにどう反応して、何を引き出すか、というのが生きていくことだと思う。

そのことは人工知能が進んでも変わらない。
最先端はともかく、普通の人間は自分の人生を生きていくしかないということだ。

そう思うと、とりあえず2045年が来ても安心だろう。

| | 考えたこと | 18:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
アルファ・ミュージック
WOWOWで元アルファ・ミュージックのミュージシャンが集まってコンサートをやっていた。
社長であり、作曲家の村井邦彦の古希を祝って集まったらしい。
出てくるメンバーがすごい。
赤い鳥、吉田美奈子、荒井由実、キャラメル・ママ(松任谷正隆、鈴木茂、林立夫、細野晴臣)、小坂忠、雪村いずみ、大野真澄、向谷実(カシオペアのKb)、サーカス、ブレッド・アンド・バター、越美晴、シーナ&ロケッツ、高橋幸宏などなど。

Wikipediaによると、アルファ・ミュージックは1969年設立。
1977年からアルファ・レコードになった。
残念ながら事実上1995年に潰れてしまったが、1970年代の後半、「ニューミュージック」と当時言われていた音楽で、一世を風靡したレーベルだ。
ぼくはYMOあたりの当時の前衛的な音楽はあまり好きではなかったから、もっぱらニューミュージック(今となっては、何が新しいのかわからないが)だった。

ユーミンがその当時ブリティッシュの気分だったが、松任谷正隆はカントリーブーツでアメリカンだったとかいう話をしたり、ブレッド・アンド・バターが半パン、ビーチサンダルの湘南ルックでスタジオ入りしていて、干されたとか、当時を思い出す話をしていた。
今でこそ、機材も二桁くらい安くなって、You Tubeで自分の音楽が発表できたりするが、この時代、多彩な人たちが集まって、新しい「売れる」音楽をやり、YMOなどの実験的な音楽もやっていたのがアルファだと思う。

MCでユーミンが、若い人たちは70年代から80年代に新しい音楽が出尽くして、いまはその焼き直しの時代、と言っていると話し、そうかもしれない、と自分でも言っていた。
そうかもしれない。
70年代から80年代にかけての音楽は機材の面でも、技術の面でも、大きく進歩した。
それ以降の新たなジャンルというと、ラップくらいだろうと思う。

最後に村井邦彦が出てきて、話をしていた。
自分たちは次の世代に引き継ぐべき音楽を作ってこられたと思う、と言っていたのが印象的。

それにしても、出てくるミュージシャンたちの年齢は高かった。
亡くなった人も多い。

最後に「音楽を信じる」という歌を歌っていた。
そうであればいい、と思う。
でも世界はそんなに甘くない。
それを信じるほど、もう若くない。

でも、信じる思いにさせられたコンサートだった。


| | 考えたこと | 21:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
108年の呪い
野球で一番おもしろいゲームは8対7だという。
今年の大リーグのワールドシリーズの最終戦のスコア。
つまり、接戦、ということだ。

今年のワールドシリーズはシカゴ・カブス対クリーブランド・インディアンスの戦いで、7戦目までもつれた。
第4戦が終わった時点でインディアンズの3勝1敗。
インディアンズがあと1つ勝てばワールドシリーズ優勝という、圧倒的優位だった。
それを跳ね返しての優勝だ。
7戦目も延長10回表にカブスが2点を取り、その裏に1点取られたが、ゲームを締めて勝利という劇的な勝ち方。
わざわざBSで延長を中継していた。

カブスはワールドシリーズ7連敗中。
このチームには有名な「ヤギの呪い」の話があったという。
1945年の話。

カブスファンのパブ経営者が人気者のペットのヤギを連れて、カブスが出たワールドシリーズに行ったところ、そのヤギが臭いことを理由に入場を断られた。
その時に彼が「カブスは二度とワールドシリーズに優勝できないだろう」と言ったという逸話。

実際、カブスは1908年に優勝して以来、優勝できていなかった。

本当に呪われたとは思わないが、そういうエピソードがまことしやかに伝えられ、みんなが熱中するというのが面白い。
何といっても、108年ぶりの優勝だからファンの感激もひとしおだろう。(負けた方のインディアンズも優勝すれば68年ぶりだったらしい)

ツイッターには、バック・トゥ・ザ・フューチャーで2015年にカブスが優勝する、というニュースを見て驚く、という場面が一年違いで実現したとか、FOXの視聴率は過去最高だったとか、いろんなニュースも飛び交った。

シカゴというと、サラ・パレツキーのウォーショースキーという女性探偵のハードボイルドの舞台。
その小説にも「またカブスが負けた」というセリフがよく出てくる。
読者にもカブスというと「負けた」というのが決まり文句で通っているんだろう。

カブスは2003年にもワールドシリーズの出場をかけた試合で、ファウルフライを観客にジャマされて取りそこね、そこから8点取られて大逆転され、結果的に出られなくなったという不幸な過去もある。

それでも、今年優勝したから、また運が巡ってくるのかもしれない。

大リーグはアメリカン・リーグとナショナル・リーグからなっており、全部で30球団もある。
さすがに広い国だから、日本のプロ野球の倍以上のチーム数だ。
だから、まだワールドシリーズの優勝を経験していない球団もある。

そんな中、108年ぶりとはいえ3回目の優勝を決めたカブスは大したものだ。

これでいろんな因縁もリセットされて、来シーズンからは白紙でスタートできる。
でも、「ヤギの呪い」という因縁はなかなか面白かったのに、残念だ。

シカゴを舞台にした小説は、これからカブスのことをどう書くのだろうか。

| | 考えたこと | 22:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
文化の日
今年も文化の日が来た。
年末が近くなったということだ。

ぼくらの小学校や中学校の頃は、文化祭みたいなものがあった。
小学校の頃は合唱や合奏をしたり、高学年になると演劇をやったと思う。
中学でも同じようなものだった。

息子らの時には、音楽祭はあったが、演劇はなかった。
やってるところは多いんだろうか。

ぼくの中学は1学年11クラスもあったが、それぞれのクラスで演劇をやった記憶がある。
人前で何かを演じるというのが嫌で、役を決める時にはひっそりと気配を消していた。
一応、みんな大道具とか小道具とか照明とか、何かの役につくことになっていたと思う。
いったいどうやって、いつ練習したのか、もう忘れた。
それでも、確かに昭和40年代にはそういうイベントがあったはず。

グーグルで検索すると、いまでもクラス対抗で演劇をやっている中学や高校もあるようだ。
でも、演劇というとみんなが出られるわけではないから、止めてしまったところも多いのだろう。

ぼくらの中学は公立で、1学年11クラスもあって、いちいち先生は指導などしてられないから、中学生が自主的に演劇をやったということだ。
今から考えるとエライものだ。
記憶をたどると、3年生だけだったかもしれない。

平田オリザが書いているが、子どもの数が減り、地域のコミュニティが崩れ、「学校でも、優しい先生が、子どもたちの気持ちを察して指導を行う。クラスの中でも、イジメを受けるのはもちろん、する方だっていやなので、衝突を回避して、気のあった小さな仲間同士でしか喋らない、行動しない。こうして、わかりあう、察しあう、温室のようなコミュニケーションが続いていく。」という指摘はある程度当たっているのだろう。
今は大学院で演劇を利用したワークショップをやっているという。
そういう事が必要とされているのだ。

たしかに昭和40年代は子供の数が多く、雑然とした時代だったのかもしれない。
まだまだ先生はエライ人だったし、授業中歩き回るような生徒は皆無だった。
だからこそ、そういう文化祭ができたのだろう。

人前で演技など…と思っていたぼくは、大学に入って落研に入り舞台に出た。
人は変わるものだ。
舞台でウケた時の一体感はやみつきになる。

息子の高校の文化祭では、演劇部の公演があって、毎年それを楽しみにしていた。
一時部員が激減して、先生も一緒に出ていた時期もあったが、また盛り返してよかった。

就職支援の仕事をしている時には、演劇が役に立つのではないかと思った時期もあった。

平田オリザが言っているように、「演劇」という芸術様式は他者を必要とするもので、文学や絵画とはまったく違う。
井上ひさしも講演で、いい舞台はその時だけのものであり、お客さんも舞台と一つになる、ということを言っていた。
他者とコミュニケーションすることを学ぶには、いいのだろう。

芸術の秋、久しぶりに演劇を見たくなった。

| | 考えたこと | 17:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
日本の働き方
こないだちょっと書いたが、電通の新入社員の自殺についてコメントしている海外メディアの記事も多いらしい。
確かに、若い女性社員がクリスマスの日にビルから飛び降りて自殺するというのは、海外の人たちにとってはセンセーショナルだ。

ニュージーランドのメディアは転職が少ないことが原因だという。
80年代当時、もてはやされた年功序列・終身雇用という制度が雇用を固定化し、従業員の労働時間が不健康と言われている。
実際、今の雇用環境で6割を占める正社員には当てはまっているだろう。
正社員には長期にわたるコミットメントが求められ、単身赴任やサービス残業などの問題が多い。
調子が良い時にはプラスに出るが、これだけ低成長が続けばマイナス面が大きくなるということだ。

ぼくは3ヶ月フランスに出張したが、その時に驚いたのは彼らにとって転職することが給料を上げることだ、ということ。
給料における年功や手当の部分が少なく、実績がものを言う。
そのために、自分の経験を引っさげて会社を変わり、より給料の高い仕事へと変わっていく。
だから、日本で研修したら、すぐにその経験を履歴書に書いて辞めたりする。

記事の中でアメリカも「よい労働条件を求めて転職するのは当たり前であり、給料アップや昇進のために転職をしていくことは普通である」と書かれている。
そのことと、日本のような正社員がいない、ということはセットなのだ。

またフランスで行われた世界15カ国の調査結果も紹介されている。
それによると、日本人は世界と比べて「ダントツで仕事にいい印象を持っていない」とのこと。
ぼくにとっては「ほんまかいな」という感じだが…。
でも、ぼくが会社勤めをやめたのは十数年前だから、だいぶ変わっているのかもしれない。

いい印象を持っていないから、仕事に対してやる気がないという結果。
イギリスのエコノミスト紙によると、日本の会社は労働生産性が悪い、ということだ。
これは主にホワイトカラーに関するものだと思う。
工場などの生産性はぼくが入社した頃は高かったし、工程の機械化なども進んでいるから、そこは今でも悪くないと思う。

エコノミスト紙は「仕事の成果よりも会社で過ごす時間や仕事への献身さに価値を見出している(日本のような)文化では、仕事のビジネス慣行を根本的に変えるのは容易ではない。あるIT企業の会社員(42、匿名を条件に取材に応じた)は、『会社は大きなチームのようなもの。私が早く帰ったら私の仕事を誰かが引き継いでやる必要が出てきて、かなり罪悪感を感じる』と話す」と書いている。

こういうことは確かにあった。
ぼくも反省しないといけないと思う。
たしかに、仕事の成果よりも仕事への献身さに価値を見出すということはあった。
どうしても「和を以て貴しとなす」というところがあったからだ。

ぼくの海外出張中も、ヨーロッパでは夏は10時位まで明るいから夜の8時頃まで外で仕事をする、と言って呆れられた。
その当時、限られた時間で成果を出そうと思うと、そうしないといけないと思ったのが事実。
でも、結局はそんな考え方ではダメなんだろう。

アメリカでの意見が紹介されているが、それはボロクソだ。

「(日本の)超過労働は経済にあまり恩恵をもたらしていない。なぜなら、要領の悪い労働文化と、進まないテクノロジー利用のおかげもあって、日本は富裕国からなるOECD(経済協力開発機構)諸国の中でも、最も生産性の悪い経済のひとつであり、日本が1時間で生み出すGDPはたったの39ドルで、米国は62ドルである。つまり、労働者が燃え尽きたり、時に過労死するのは、悲劇であるのと同時に無意味なのだ」

これは事実。
日本はOECDの中でも、最低レベルの生産性だ。

一度、以前の会社でITの導入をした時、入れようとしているシステムを作っている会社の人から言われた。
もう最終段階で、入れることは決まり、あとは決済だけという段階だった。

「御社は決済フローが短いですねぇ」
「え、かなりややこしいと思いますが…。これでも決済を取るのに大変なプレゼンをして…」
「いや、ウチでは少なくとも20個はハンコが要ります。だから時間がかかります」

たしかに、決済のハンコの数は半分以下だった。
そのITの会社はTVでCMもしており、かなり先進的な会社だと思っていたが、それでもセールスの人はなかなか物事が決まらないとぼやいていた。
相手の会社はだいぶ大きかったが、それでもIT系の会社だからもっと早いのかと思っていたら、そんなことはなかった。
でも、売上に対する使用額からいったら、ぼくらのほうがよほど大きい買い物だった。

それは、ぼくのいた会社がある時期まで外資系の会社だったからかもしれない。
珍しい会社だった。
会社に入った時は外国人がいたし、エライ人はみんな英語を(ブロークンでも)話せた。
もう日本の会社になっていたが、それでも、会社の仕組みは海外風だったのではないかと思う。

そんな会社だったから、ちょっとはマシだったのかもしれない。

でも、もう日本の会社の有り様ではダメなんだと思う。
年寄りが反省して根本から変えていかないといけないんだろう。

それも難しそうだが…。

| | 考えたこと | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
おいとまする
この言葉もあまり聞かなくなった。
帰る時に「おいとまします」という挨拶。
ぼくらの世代はテレビなどで聞いたことはあるが、あまり使わないような気がする。
東京の山の手の言葉というイメージだ。
今なら「失礼します」という感じだが、それより上品なニュアンス。
誰かの家を訪問して、食事の時間が迫り「ぼちぼちおいとまします」というふうに使うのが一般的。

「おいとま」というのは漢字で「お暇」と書く。
クビにすることを「いとまをとらせる」と言ったりもする。
時代劇の世代の言葉かな。

「いとま」というのは文字通り「暇」のことで、「何もすることがない時間」という意味らしい。
そこから転じて、「おいとまします」というのが「お別れする」という意味になった。
別れてしまったら、何もすることがない、ということだろうか。

「いとまごい」という言葉もある。
漢字で「暇乞い」と書くが、これは「もう二度と会えない」というような感じの別れの挨拶だ。
時代劇の記憶では、切腹する侍が許されるのが「暇乞い」だったような気がする。
死ぬ前に何か言っておきたいことがあれば、ということだ。

ちょっと意味は違うが、「枚挙にいとまがない」の「いとま」も何もすることがない時間という意味だろう。
枚挙しっぱなしで、休みがない、ということだ。

何となく優雅な響きがある「おいとまします」。
こういう日本語も消えていく運命か。
でも、この世から消えて亡くなる時には、「失礼します」ではなく、「おいとまします」の方がしっくりくる。

フランス語には「さようなら」という意味の「Au revoir(オボワ)」という挨拶の他に、「Adieu(アデュー 天国で会おう)」という今生の別れの挨拶もある。
ぼくには「おいとまします」は、何となくそういうニュアンスが感じられる。

この世からぼちぼちおいとまして、あの世に行きます、という感じ。
別に「失礼します」でもいいのだが、ちょっとこだわりがある。

やっぱり優雅に亡くなりたいではないか。

| | 考えたこと | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) |