2008.02.07 Thursday
人間は…
こどもに社会主義はなぜなくなったのか?と聞かれた。
それは…、人間が社会主義についていけるほど、えらくなかったからかもしれない、と答えた。
人間は、ギリシア時代の昔から、あまり変わっていない。
正しいことは、正しいし、ヨクナイことはヨクナイ。
わかっていても、ヨクナイ事をしてしまうのが人間という生き物なのだろう。
だからこそ、紀元前400年くらいにプラトンが「真善美」という理想を掲げた。
どこかの洞窟に書いてある象形文字に書いてあることは、「近頃の若い者は…」という意味だったという話もある。
もしも、人間が十分にえらかったら、社会主義の国は消えなかったかもしれない。
でも、それはムリな話だ。
"One for all, all for one."という言葉が崇高な意味を持つ程度に、人間はおろかなものだ。
そう言うと、そんなあきらめをせずに、「人間がえらくなるべきだ」という。
若さはうらやましい。
そんな理想が持てるのだ。
ぼくもそう思いたい。
それでも、人間はおろかなものだから、仕方がないと思う。
すべてのものに価格をつけて、市場という「神の手」にゆだねる方が、おろかな人間が世界をコントロールするよりもマシなのだ。
でも、この先に明るい未来が広がっているようにも思えなくなってきた。
今や二酸化炭素の排出にさえ、値段をつけて、市場という仕組みに期待しないといけない時代。
それ自体は、今の世界の仕組みの中では、素晴らしいアイデアだと思うが…。
いつか「価格と市場」という仕組み以上のものを作り出せればいいと思う。
それでも、人間は今と変わらず、おろかだとは思うが…。
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