考えたこと2

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SDGsエコバブルの終焉
SDGsエコバブルの終焉という本を読んでいる。
この本はいろんな人が意見を述べているのだが、その中に藤枝一也氏という素材メーカーの環境・CSR担当の方がおられて、いかに日本がSDGs、ESGに偏っているか、ということを力説している。
引用すると、

「近年、メディアやコンサル、金融機関などが「SDGs・ESGこそ世界の潮流!」「日本は遅れている!」「バスに乗り遅れるな!」と言って日本企業を煽ってきた。しかし、海外ではSDGs・ESG・脱炭素のいずれもピークを過ぎており終焉に向かっているのが実情だ。日本国内ではあまり見ないESG・脱炭素への逆風に関する報道を以下に整理する。」

以下は省略して引用する。

2021年
・米国でウイグル強制労働防止法が施行され、中国製太陽光パネルが輸入禁止に。
2022年
・米国21州の検事総長が米証券取引委員会(SEC)情報開示規制案に反対する書簡を送付。
2023年
・米資産運用会社ゴールドマン・サックスがパリ協定気候変動米国大型株ETF(上場投資信託)を閉鎖。
・世界最大の気候投資家グループ「クライメート・アクション100+」からJPモルガン・アセット・マネジメント、ブラックロック・ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズの大手三社が離脱。
・2024年
・米調査会社モーニングスターが、2020年以降で初めてESGファンドの解約数が新設を上回り資金も流出していると発表。

これらは引用の一部だが、要するに「国内ではこれらの情報に触れる機会が極端に少ないため経営者の意思決定に偏りが生じている」ということだ。

SDGsについては、グーグルによると世界で"SDGs"を検索しているのは、2024年現在で日本がダントツ1位。
先進国で10位以内の入っているのは、台湾と韓国だけだ。
2位がルワンダ、3位がジンバブエ。
SDGsは、今では欧州でもアメリカでも検索してもいない。
もう興味がないのだろう。

もちろん、意味がないとは言わない。
しかし、総花的にいろんな「こうなったらいい」ということが書かれているが、それをどうやって実現するのか、優先順位はどうなのかなど、200の国が参加する国連では決められない。
だから、「言っているだけ」ということで、他国は考慮もしていないのだろう。

さらに、気候変動に関して、国連専門家グループから出された報告書について書いている。
そこでは、企業のネットゼロに対して、多くの企業が宣言しているが、ネットゼロの目標のみを示していて、炭素クレジットの基準や定期が未整備で、要するにいい加減だということ。

藤枝氏は、この意見には真っ向から反対している。
脱炭素バブルを作ってきたのが国連であり、それが後からこんな指摘をするのはご都合主義、マッチポンプと言わざるをえないという。
グリーンウォッシュ(偽の脱炭素)だらけにしてしまった張本人が国連だからだ。

グリーンウォッシュは、今流行りの化石燃料の代わりにアンモニアを使うなどというもの。
そのアンモニアを作るには化石燃料を使い、そこでCO2が出るからだ。(それは地中に埋めるらしい)
ただ、その排出は海外でやるからOKというもの。
この手のグリーンウォッシュがたくさんある。
バカげていると思うが、それを推進させたのも、国連が脱炭素、脱炭素と煽ったからなのだ。

「企業側に悪意などなく、気候変動を経営の重要課題と位置付けた上で脱炭素目標を立てたのに「見せかけ」「グリーンウォッシュ」などと言われるのは心外だろう。しかし、脱炭素を宣言しさえすれば称賛される時期は終わったのだ。サステナビリティ部門の担当者には自社の脱炭素宣言やCO2実質ゼロを謳った製品、サービスについて虚心坦懐にふり返ることをおすすめする。購入電力の排出係数46%改善を前提としていたり、クレジットの購入を折り込んでいたり、そもそも削減計画に白地がある場合は、いったん宣言を取り下げるのがリスク管理としても企業倫理としても正解だろう。」

その証拠に、EUがCO2排出量相殺に基づく主張を違法として、企業がオフセットを必要とせずに達成できることを証明できない限り、2026年までに「クライメート・ニュートラル」の主張を禁止するということだ。
つまり、CO2ゼロを達成できないから、途上国から排出権を買ったりするくらいなら、宣言をやめろということになる。

実際、アムステルダムの大学の研究者グループが世界中の26のプロジェクトを調査した結果、ほとんどのプロジェクトが森林破壊を有意には削減しておらず、報告されたCO2削減量のうち、実際に削減できたのはわずか6%だったと報じているとのこと。

脱炭素を主張している側の国連自体でも、

「・国連は2018年以来カーボンニュートラルだと主張している。国連が実際に排出しているCO2は150万台のガソリン車の年間排出量と同等にもかかわらず、数百万ドル相当の「炭素クレジット」を購入することで「相殺」している。しかしながら、国連の排出量を相殺しているプロジェクトの中には、実際に環境を破壊し、あるいは人間の健康を害しているものもある。
 ・過去10年間に国連が購入した炭素クレジットのうち35万件以上が、有害な大気汚染物質を排出したインドの廃棄物発電所など、「環境破壊や強制移住、あるいはプロジェクト周辺のコミュニティにおける健康問題の報告」に関連するプロジェクトから得られたものである。」

ということだ。

だから、怪しげな排出量取引などやめ、日本政府のJ-クレジットやGXリーグだから大丈夫などと考えるのはやめようと説く。

アメリカの大統領選でトランプが勝てば、グリーンディールはなくなり、脱炭素の終焉も加速する。
もはや、世界の潮流は脱・脱炭素、脱ESGであり、日本企業は自社の脱炭素宣言を撤回する方がいいという。
そのひな型を作ってくれている。転載・改変自由で、藤枝氏や出版社への断りは自由だというので、ここでそれを紹介する。

ーーーーーーーーーーーーーーー
カーボンニュートラル宣言の取り下げに関するお知らせ

 当社は202X年XX月に「2050年カーボンニュートラル宣言」ならびに「2030年度に2013年度比47%削減目標」を公開しましたが、これらの長期目標を取り下げることを決定しましたので、お知らせいたします。

 カーボンニュートラル宣言策定に際しては、省エネ投資の強化による総エネルギー使用量の削減、第6次エネルギー基本計画の達成を前提とした購入電力のCO2排出係数改善、自家消費太陽光発電の導入、購入電力の再エネメニューへの切り替えや炭素クレジット購入等を折り込んでいました。
 しかしながら、日本政府のエネルギー基本計画は第5次まで過去に一度も達成したことがなく、第6次についても当初から野心的な目標と言われており、将来の経営計画の根拠とするのは不適切でした。仮に国全体として2030年46%削減が達成されたとしても、京都議定書第一約束期間の6%削減達成と同じく森林吸収やクレジット購入による相殺分が含まれる場合、購入電力の排出係数改善を折り込むことはできません。
 また、カーボンニュートラル宣言以降に設置を進めてきた太陽光パネルについて、自主調査を行った結果、製造段階における強制労働の疑いを払しょくすることができないという結論に至ったため、すべての太陽光発電の稼働を停止しました。当社では人権侵害に加担してまで必要とする売上は一円たりともありません。
電力契約の実質再エネメニューや炭素クレジットについても精査したところ、見かけ上のCO2排出量をゼロと表現することはできても、実態として地球環境へ排出されるCO2がなくなるわけでないことを確認いたしました。

 一方、世界に目を移すと2022年11月にエジプトで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議において、国連専門家チームより企業のCO2実質ゼロ宣言の多くが「グリーンウォッシュ」であるとの指摘がなされました。欧州連合(EU)は2023年9月に不当商行為指令と消費者権利指令を改正し、2026年以降は企業がカーボンオフセットを伴わずに達成できることを証明しない限り「カーボンニュートラル」主張が禁止されることになりました。
 こうした状況を鑑み、当社では2050年カーボンニュートラル宣言、ならびに2030年47%削減目標をいったん取り下げます。今後は2030年や2050年などの期限を切らずに、省エネ活動や人権に配慮した再エネ導入などの施策を積み上げ、正味のCO2排出削減に寄与する現実的な目標を改めて設定し直します。

 当社はSDGsの理念に賛同しており、今後も持続可能な社会、ならびに誰一人取り残さない社会の構築に向けて真摯に取り組んでまいります。
ーーーーーーーーーーーーーーー

とてもいい取り組みだと思う。

最後に、脱炭素に取り組む意味を書いている。

「脱炭素は気候変動よりも資源枯渇として捉えたほうがよい。人類がこれまで恩恵を享受してきた化石燃料はいずれなくなる。500年後や1000年後の子孫のことを考えると、いつかは脱炭素しなければならない。しかし、2030年半減、2050年ゼロという性急な目標を据えたために、経済性、自然破壊、人権侵害などを顧みず、再エネ導入が強行され世界中で多くの歪が生じている。企業でグリーンウォッシュが拡大するのも脱炭素の時間軸が間違っているためだ。たとえば2100年半減、2200年ゼロなど長期的に取り組むのであれば筆者は大賛成だ。」

ぼくもそう思う。
化石燃料は宇宙からの贈り物だと思う。
それを使い果たすまでに、脱炭素をしなければならない。
今、現実的に考えられるのは、電気エネルギーであり、それを脱炭素で生み出し、持続可能なのは原子力だろう。

そういう意味では、長い目で見て、原子力の研究者を育てることは地球のためであり、資源のない日本人が負うべき人類への責任だと思う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 19:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
パリオリンピック開会式
コロナでもめてから、何となくオリンピックにも興味をなくしてしまった。
中継を見たのはサッカーの終わりがけだけ。
よく点を取って、勝ったなあと喜んだ。

Xのぼくのタイムラインでは開会式の評判が悪い。

「普段は死刑反対の道徳的優位で日本にマウントしてるフランスが、オリンピック開会式でマリーアントワネットの生首に死刑賛美の革命歌を歌わせて、死者の凌辱ショー、玩具にして消費しちゃってるのは、流石に欧州人の「私はいいけどお前らはダメ」という態度を象徴して震えてる」

「これがオリンピック開会式とは、フランス人はもう駄目だと思う。
はっきり言って気持ち悪い  知る限りで最狂の開会式だった。」

マリーアントワネットをギロチンで断首したことが、フランス革命の王政から民衆への力を結集した結果ということなのだろう。
しかし、開幕早々マリーアントワネットが自分の首を持って出てくる演出は気持ち悪い。

「やっぱりオリンピックでもゴリ押し強制の多様性 ここだけ見れば五輪の開会式じゃなくて変態仮装大会と勘違いするわ。それにしてもマリーアントワネットの首に歌わせる演出を良しとする感性からして、貴族を処刑しまくったフランス革命を心底誇りに思ってるんだろうなぁ。
やっぱ多様性無理やわ〜」

女装した男性が青色の身体で出てきた動画は、さすがに気持ち悪かった。

「パリオリンピック開会式の醜悪さに唖然とするフランス人家族」

これは、実際にテレビをみて顔を覆う動画が出ていた。

「サヨクに乗っ取られた国のオリンピック開会式。フランス革命で断頭されたマリー・アントワネットの首に歌わせ、幽閉されていたコンシェルジュリーが血飛沫、多様性の象徴まで出てきてセンス疑う。」

「あなたの知らないアメリカnews【速報】通信会社C Spireは、オリンピックの開会式でキリスト教を嘲笑したため、オリンピックからすべての広告を撤去したようです。
C Spire は米国で 6 番目に大きな無線通信プロバイダーです。

「パリオリンピックの開会式で『最後の晩餐』が嘲笑されたことに衝撃を受けた。Cスパイアはオリンピックでの広告を撤回する」と同社はXで発表。

ミシシッピ州知事テイト・リーブス氏もこの発表後に同調し
「ミシシッピ州の民間部門が立ち上がり、行動を起こしたことを誇りに思う。神は嘲笑されない。Cスパイアは常識的で適切な線を引いた。」と述べた。」

これは有名な最後の晩餐で、イエス・キリストを女性が演じており、12人の使徒もいろんな人種や、女性が演じている。
これは、あのダヴィンチの最後の晩餐の絵のパロディだ。
キリスト教の関係者の中には怒る人もいるだろう。

なるほど、欧州委員会での極右の台頭に危機感を持って、フランスの国内選挙では極左が勝っただけのことはある。
マクロン大統領は、タッチしなかったのだろうか。

こんな批判もある。

「「最後の晩餐」をコケにしたフランス・ポリコレ左翼の二重基準をカトリックの司教が批判。
「同じようにイスラムをコケにする勇気があるのか」やればテロの嵐になるだろう。」

そうだろうなあ。
ポリコレというのはポリティカル・コレクトネスのことだ。
スチュワーデスがキャビンアテンダントになったのは、ポリコレのため。
賛否両論ある。
LGBTQもポリコレの側面があると思う。

イスラムは、だいぶ前にマンガでもどこかの国でもめていたくらいだ。

ぼくが1988年に出張で行ったアミアンというところには、カトリックの大聖堂があって、当時はいつも観光客が来ていた。
フランス人は信心深いのかと思っていたが、日本の本願寺みたいなものだったのかもしれない。
ぼくは仏教系の学校法人で僧職者を見てきたが、仏教の教義はともかく、今の仏教の俗物さには恐れ入る。
だからぼくは神道の方が好きだ。
現代のフランス人の心の中はどうなっているんだろうか。

NHKの3分間のYoutube動画では、最初のマリー・アントワネットのところは映っていたが、気持ちの悪い女装のところはカットされていた。
さすがに、見るに耐えないと思ったのだろう。

多様性、多様性というが、その結果はこういうことなのか、ということを世界に知らしめたのは、逆説的に大きな価値があったと思う。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
竹内まりや
ぼくらが社会人になるタイミングで出てきた竹内まりや。
デビューは1978年の「Beginning」というアルバム(もちろんレコード)。
「戻っておいで私の時間」という曲はよく聞いた。
いかにも慶応ガールという感じの、モダンで素直な感じがよかったなあ。
Wikipediaによると、出雲の出身で高校時代1年間アメリカに留学していたとのこと。
当時にしては珍しい。
家は裕福だった。

大学時代に軽音に入り、杉真理のバンドでレコーディングに参加したのがこの世界に入るきっかけだったらしい。
当時は音楽雑誌の編集者を目指していた。
英語も得意だから、洋楽の雑誌もきっと読んでいたのだろう。

ぼくらが卒業の年に出たのは「University Street」というアルバムだった。
こっちのほうが売れたと思う。
その名も「On the University Street」や「Goodby University」という、そのものズバリのタイトルの曲もあって、すごいシンパシーがあった。
アルバムにはテニスラケットを持って、当時の大学生スタイルの彼女が写っている。

「そんなお気に入りの道と もうすぐお別れ
 長く短かった4年の月日が終る
 青春の思い出がきざまれてゆく」

「Remember when we used to talk
 Drinking some coffee together
 Those were the happy days
 I won’t forget」

便所の前の四畳半の下宿とはだいぶ違うが、みんなそんな思いを持って、卒業していった。

このアルバム制作で山下達郎と知り合った。
アルバムの「ドリーム・オブ・ユー〜レモンライムの青い風」は編曲とイントロのコーラスを彼がやっている。
シングル盤は瀬尾一三のアレンジ。ぼくはアイドルっぽい竹内まりやも好きなので、シングル派だ。

それについては書いたことがある。

このアルバムには本人の曲が3曲くらいしか入っていない。
レコード会社も、シンガー・ソングライターというよりも、アイドルとして売ろうと思っていたのだろう。
この次のシングル、「September」、「不思議なピーチパイ」が売れて、アイドル路線になりかけたが、本人はアーティスト志向だったので、山下と結婚してアイドル路線は終わった。

80年代当時はレコード会社が圧倒的に強かったから、アイドルをやれと言われたらやらざるを得なかったのだろう。
「マージービートで歌わせて」などを聞くと、彼女はビートルズのファンで、真剣に音楽をやりたかったのだという気持ちが伝わってくる。
実際、作詞作曲の才能は素晴らしい。

chayを聞いていて、なんとなく竹内まりやを聞きたくなった。

彼女ももう69歳。
ぼくらと同時代人だ。

10月に「Precious Days」というアルバムを10年ぶりに出す。

予約しよう。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
風邪が5類?
医師会ロビーの武見厚生労働大臣が、「旧来の風邪を「5類感染症」に格上げ」ということを明言したらしい。
「旧来の風邪」という言葉は使わず、「急性呼吸器感染症(ARI)」という言葉を使ったとのこと。

それは要するに「今までの時々流行る風邪」ということだ。

今まで流行っても、特に問題はなかったものを、なぜ「5類」に格上げするのか、全く理由がわからない。
医者も、風邪だと言って診察し、普通に薬を出していたのだろう。

こんなことが国会の審議もなく、省令でできるところが日本の役所の不思議。

そんなことだから、いざ法律を改正しようとすると、無数の省令や政令が引っかかって時間がかかる。
1箇所にまとめておけば、改正のときは楽だし、そこを見ればわかる。
しかし、日本の法体系は法律は大まかなところを決め、施行にあたってはいろんな規則ができる。
政令や省令などだ。

政令は内閣が作り、省令は各省大臣が作る。
国民の付託を受けた国会議員は何も関わらない。

こんなふうにして、国が運営されている。
だから、今回の武見厚生労働大臣のようなバカなことができてしまう。

マトモなやつを大臣に任命しない総理大臣が悪いとも言えるのだが…。

一応、パブリックコメントは出しておこう。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
毎日新聞
毎日新聞が富山県から撤退するらしい。
富山県の約100万人で、41万世帯くらいだとのこと。
その中で毎日新聞の発行部数は840部。
840÷410000=0.002くらいだから、取っている人は0.2%ということだ。
要は1000戸のうち2戸だけという概算。

このうち2割は、閲覧用に税金で買っている図書館や官公庁らしいから、個人で取っているのは600戸台だろう。
まあ、税金の無駄遣いが減ってよかった、というところか。

たしかに、最近の毎日新聞の記事はひどい。
部数が減ると、質も落ちるということだろう。
全体でも200万部を切って、実売は100〜140万部というところらしい。
支局も縮小し、国内ニュースは共同の配信を受けているとのこと。
資本金も1億円に減資して、今や中小企業になった。

だから、記事の質も全国紙とは言いにくい。
明らかに偏った報道が増えた。
記者の質も落ちているのだろう。
考えず、一方的な視点から記事を書いているようだ。

4割の社員が50代以上で部長がたくさんいる、というのも書いた覚えがある。

浮上する見込みはおそらくないだろうから、このまま沈んでいくのだろう。
どんどん、記事は劣化していき、最後は活動家の集まりになりそうな気がする。
そういう会社は、社会を恨み、反社会的だが表面的には正しいことを言うような記事が増えると思う。

15年間で部数と資産が1/3になったらしいから、「脱成長」を地で行っている。
「脱成長」が好きだから、成長を止めたわけでもないだろう。
やっぱり、そこにいる人達は成長したいのだと思う。
それでも、成長の仕方がわからないのだ。

海外では新聞はもうデジタルがメインになっているらしい。
いつまでも紙の新聞にしがみついて、新しいチャレンジをしないから、こうなったのだろう。

結局は世界の流れを見ず、年寄が今の仕事にしがみつき、結果的に脱成長ということだ。

典型的なJTC(Jpanese Traditional Company)だぞ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
4度始まり
こないだのレッスンで、ヨルシカの「ただ君に晴れ」という曲をやった。
この曲も、教室に来ている中学生のリクエストでやった曲だが、どうもコードに違和感があった。

今流行りのように、別にサビから始まるわけでもない。
Bbのコードで始まるのだが、キーはBbではない。
その次に出てくるFがキーになる。
先生は、ああ、これは「4度始まり」です、と解説してくれた。

メロディのほとんどの部分はBb、F、C、Dmというコードの繰り返し。
Fをドとすると、Bbはファになって、ドとファの距離が4度ということになる。
だから、4度のコードで始まっているということで、「4度始まり」ということだ。

それでも、聞いた感じでは、Bb→C→Dm→Dm7という順次進行に聞こえるのだ。
なぜFをBbとCの間に挟んだかはわからない。
先生もあんまりFの音は聞こえてこないと言っていた。

だから、この曲の特徴はキーがFなのにFのコードがあまり聞こえないということなのだろう。
ようやく、この曲のコード譜を見て弾いたときに感じた違和感が解決した。

この曲はそういう違和感で聞く人を引き付けるのかもしれない。



| hdsnght1957kgkt | 音楽 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
お墓
今日は母の命日だが、まだお骨は家にある。
今ある墓は父が広島の三次から自分の父親、早逝した弟の墓を移して、六甲山の裏に持ってきた。
そこに父自身と祖母、先に亡くなった妹も分骨して入っている。
母もそこに入るつもりでいたのだと思う。

昔テレビの深夜枠のローカルCMで「墓のない人生は儚い人生」と、ナントカ石材店が広告していた。
どこの墓に入るか、ということが昭和の時代は大事だったのだろう。
ぼくはいまだに母が亡くなったという実感がないので、線香もあげないし、アマゾンで2万円で買った仏壇にも参らない。

弟に聞いたら、彼はどこかのお寺に永代供養でもお願いするつもりとのこと。
ぼくは別に入ってもいいとは思うが、子供が二人とも東京で就職し、あまり関西に帰ってほこないような気もするので、不便だろうと思う。
家内はどうしたいのか、聞いてはいない。

墓は葬式と同じく、生きている人のためのものだ。
本人は死んでいるのだから、もうどうでもいい。
極端な話、死ぬときに「ここの墓に入れてくれ」と伝えて、「いいよ」と言われたらそれでいいのだ。
それが実行されようが、されなかろうが、どうでもいい。

うちの墓にはもう何年も行っていない。
母はもう一度行きたかったと思うが、コロナになって、認知症になって、もう行けなかった。
ぼくも一人では行く気にならなかった。

周りに聞くと、もう墓じまいして永代供養とかいう人もいる。
ぼくもそうしようかなと思っている。
どこかにお骨を持って行かないといけない。

祖母も父も母も、わりと信心深かった。
母は古典が好きで、その影響で仏教そのものにも詳しかった。

ぼくは仏教系の学校法人で10年勤めて、仏教についてだいぶわかった。
日本の仏教は葬式で儲けるようになって堕落したと思う。
宗教の本質は「死ぬこと」だと思うが、それが金儲けになってしまった。
何度か書いたが、坊さんが自分の死後のことを心配する、と言う時代。
これでは救われない。

父の何回忌かで、西本願寺に行ったこともある。
完全にビジネスになっているなあ、と思った。
いくつかのお寺にいままでお世話になっているが、ありがたみを感じたこともほとんどない。

一周忌で盆前に関係者で食事をすることになった。
その時に、相談しようと思う。

ぼくは長男に生まれたから、そういう役割なのだ。
単に順番だけのこと。

それでも、通り一遍のことをしようと思うと、お金がかかる。
無駄だと思うのだが、なかなか難しい。

どうしようかな。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
chay
日曜日にビルボード大阪にchayを見に行った。
武部聡志のピアノとのコラボ。
chayが自分の曲の編曲等でお世話になっているらしい。

ぼくがchayを知ったのは、「あなたに恋をしてみました」というドラマの主題歌になった曲を聞いたからだ。
地上波は見ないが、なぜか曲を聞いて、60年代のアメリカンポップな感じにひかれ、ダウンロード購入した。
前に書いたが、そういう曲のアレンジと、chayがギターを弾いていることが珍しかった。

ただ、それからは全くご無沙汰していた。
彼女はもう33歳。
2020年に結婚した。
コロナで挙式、披露宴はやっていないらしい。
相手は一般男性とのこと。

彼女は大学入学と同時に音楽学校に入り、毎日授業が終わった後5,6時間ギターを練習し、すぐにうまくなったらしい。
ちなみに幼稚園から学習院で、学習院女子大卒。
俗にいうお嬢さま。
本名は「永谷まい」で永谷園の創始者の子孫、ということだ。

今ではエレキギターも弾く。
ゼマティスというメーカーから、サウンドホールがハート形のchayモデルのギターを出している。

モデル業も兼業し、順風満帆に見えるが、いろいろ苦労したらしい。
今回のライブでも、いろいろ言う人がいるが、自分で幸せならそれでいい、ということを言っていた。

武部聡志との仕事はキャリアの後半で、最初のころはキャッチーなラブソングを作っていた。
今回はその頃の歌はほとんどやらず、ちょっと重めのメッセージソングが多かった。
今の気分なのだろう。

デビューから十数年で、ここまで来た。
ギターも歌も、まずまずという感じ。
今の時代、ヒット曲などなかなか出ないし、テレビに出ても若い人は見ない。
モデルもして、テレビにも出て、ギターも弾き、ヒット曲もあるが、ビッグではないし、普通の芸能人という居場所が居心地悪いのだろう。

だからと言って、奇をてらったことはしたくない、という気持ちのように思える。

推し活の一環で見に行ったが、ちょっと考える。
もっと明るく、あっけらかんとしたキャラクターだと思っていたが、違ったなあ。

人それぞれ悩みはある。

それを出さないのも、スターの要素だと思うが、今どきはそうでもないのかもしれない。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
トヨタたたき
こないだトヨタの認証問題のことを書いたが、その後豊田章男会長が会見で「今の日本ではやる気がおきない」と言ったことに対して、Flashがこんな見出しをつけて記事を書いている。

「「とっとと出てけよ」トヨタ会長・豊田章男「日本で頑張る気が起きない」発言に批判殺到…“わがままお坊ちゃん”の実像とは」

豊田会長の言ったことを「お坊ちゃんのわがまま」、と言っている。
それに対してぼくのタイムラインには、反論が出ている。

「トヨタがなくなれば、Xで得意げに章男会長を批判している馬鹿も、相当苦しい生活になる。トヨタグループの裾野は広く、グループ全体をあわせればGDPの10%にも相当するといわれる。
日本の国力を削ぐための、印象操作がなされ続けている事に気付くべきだ。」

「トヨタ会長が怒るのは当然です(ホンダなど他のメーカーもカンカンです)。マスコミは一時的に国交省の発表を鵜呑みにした報道を行ったことを反省して、記事を撤回・謝罪し、国交省は今からでも遅くないので、「法令の解釈を厳密にしすぎて、トヨタの『法令への形式的な適合性の不備』を『不正』と断じ、安全意識に問題があったかの様な誤解を与えたのは誤りだった」という声明を出すべきです。この様な馬鹿げたことを放置していたら、ただでさえ「失敗や世間体ばかりを恐れる」体質に染まりつつある日本の産業界をさらに萎縮させ、日本の経済力はどんどん衰退していくでしょう。」

「そりゃあこれだけ露骨に中国びいきの公明党が牛耳る国交省からいじめられれば頑張ろうという気も失せるよな。トヨタに限らず、日本全体がこのメンタリティに堕ちているように感じられ、その最大の要因は、政治家が日本国民ファーストで動いていないところにあると強く思う。」

「トヨタ車に限らず日本車がなかなか故障しない理由として、この様に一般のユーザーの方には見えない努力がある訳です。
基準に沿って作ればもっと安く車が出来ますが皆さん嬉しいですか?」

「TOYOTAは日本経済の背骨。ところが日本政府は、中国EV車に補助金、脱CO2、国交省TOYOTAいじめ、愛知県ヒョンダイ誘致、大阪万博中国EV車採用などTOYOTAを目の敵にします。
まじで海外移転にしちゃいますよ⁉️。」

「トヨタの雇用は世界を含め約36万人。本当に日本LOVEだけで日本に本社機能はあるのです。ですが、トヨタは邪魔ばかりしている日本政府に愛想が尽きています。
10年後にトヨタがタイに移転する可能性があり、本当に私たちが声を上げなければ日本経済は終焉を迎えてしまいます。」

「日本のマスゴミここに極りだな。
今の中共・創価学会よりの国交省からトヨタがどれだけ辛酸を舐めさせられているのか調べろ。
本当にトヨタが日本から出て行ったら大失業時代で経済崩壊する。
これ書いた記者、それ分かって責任ある立場で本当に書いたのか?」

ぼくは会社で、15年間トヨタの担当をして、つくづくいやになったという体験がある。
コンペで、毎回無理難題を押し付けられたということだ。

それでも、プリウスがアメリカでリコール騒ぎがあった時に、当時のトヨタの社長であった豊田章男氏が公聴会で長々と質問を浴びせられた時の対応は素晴らしかったと思う。
それまでは「おぼっちゃま」であったかもしれないが、日本人でありながら、アメリカでリコールに堂々と対処した姿は本当に立派だったと思うし、あの出来事が豊田章男という人の社長観を変えたのだと思う。

あのリコール騒動はアメリカの自動車メーカーが、こんな車を作れないから、苦しまぎれにリコール騒ぎを起こしたのだと個人的には思っている。

今になってアメリカのマスコミを見ていると、豊田会長は経営者として称賛されている。

翻って、日本はどうなっているのか。
ぼくは今回の件で、国交省がトヨタをはじめ日本の自動車メーカーを、意図的に弱めようとしているようにしか見えない。
コメントにもあったが、日本のマスコミは国交省の言い分を垂れ流しているだけで、そこに何の判断もない。
バカでもできるのだ。

何が何でも電気自動車というのは、環境原理主義者の言っていることだ。
実際運輸部門のCO2削減量をみると、電気自動車を推進しているというドイツは2001年比、3%CO2が増えている。
日本はハイブリッドなどの普及で、23%もCO2が減っているのだ。
もっと日本の自動車工業会はそのことを強く発信すべきだと思う。

何度も書いたが、いつか石油はなくなる。
でも、今すぐ電気自動車100%を目指すなど無理なのだ。
それがようやく世界でわかってきたというのに、肝心の日本には原理主義者の声が大きすぎる。

会社を辞めて、今までずっとホンダ車に乗ってきたが、次の車は(生きていれば)トヨタ車にしようと思う。

豊田章男氏の思いに報いなければならない。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
ゴジラ-1.0
「ゴジラ-1.0」をWOWOWで録画して見た。

戦後すぐが舞台。
焼け野原の日本に占領軍が来るが、そこにゴジラが現れる、というストーリー。

なかなか面白かった。
映画館で見るほどのものでもないと思う。
作品としてはシン・ゴジラのほうが上だろう。
それでも、ゴジラというネタに新たな歴史を付け加えた。

博士役の吉岡秀隆がなかなかいい。
当時の機材と知識でゴジラに立ち向かう。
戦後すぐの時期、アメリカは対ソ連の対策で忙しいから、ゴジラのことは日本に任せるという筋書き。
うまいこと史実を使ったなあ、という感じ。

ネタバレだが、見事なハッピーエンドだ。

日本人の好きな特攻くずれの生き残り。
それが主人公。

もう一度命を賭してゴジラに向かっていく。

制作者は何を表したかったのだろうか。


| hdsnght1957kgkt | 映画・舞台 | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
朝ドラのあらすじ
Windows11には、標準でタスクバーに天気や株価のアイコンがあって、そこにカーソルを持っていくと天気以外にもいろんなニュースが出てくる。
以前から不思議だったのだが、「明日の朝ドラのあらすじ」というのが出てくる。
おそらく、表示回数が多いものが優先的に出てくるだろうから、ニーズは高いのだろう。

でも、たった15分のドラマで、あらすじを知りたいという人が多いのには驚く。
これも、流行りのタイパ(タイム・パフォーマンス)なのだろうか。
見る時間を節約するために、あらすじを見る、ということ自体、不思議だ。
それなら見なければいいと思ってしまう。

ひょっとしたら、毎日あらすじをみて、ドラマは見ないのかもしれない。
単に、話題になった時についていこう、ということもあるのだろうか。
若い人はテレビなど見ないから、職場の年寄についていこうという殊勝な気持ちもあるのかもしれない。

それとも、展開が心配で、どうなるのだろう、と思っている人が増えたのか。
わかって、安心してみたいということなのだろうか。
そういうドキドキ感そのものが、ドラマを見る楽しみだと思っていたが、どんな頭の構造をしているのだろう。
世の中に心配性の人が増えたのだろうか。

あらすじをクリックすると、写真なども出てくるから、それらをNHKがプレスに公開しているのだ。
これもおかしなことだが、そうすることで視聴率が上がるというような効果があるから、やっているのだろう。
常識的には制作者がドラマの展開を発表することなどない。

これもテレビが終わりに向かっているという現象の一つのなのだろう。

中学生はほとんどテレビなど見ていないのだからなあ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
武見厚生労働大臣
こんなやつが厚生労働省の大臣になって、まともなことをするわけがないと思っていたが、それを証明したのが超過死亡の原因調査の記者会見。

6月25日の会見で、2022年、23年の大量の超過死亡の原因はどのように考えたらいいか?という質問に対して、

「高齢者の増加が大きな原因であることは確かなので、これ以上、詳細に解明する必要はないと考える」

という答弁。

少子高齢化はトレンドであり、それなら、超過死亡は増え続けないといけないが、コロナが始まる2020年までは減少傾向だった。
それが、コロナが始まった2021年から増加に転じ、コロナが収束を始めた2022年から2023年には10万人弱増加している。
厚生労働大臣がこんな答弁をするのはおかしいだろう。

全ての死者の死因や、ワクチン接種の有無などのデーターを持っているのは厚生労働省であり、国民の超過死亡が増えている、ということについてちゃんと理由を説明する義務がある。
それでなければ、厚生労働省など要らない。

ちなみに、ドイツでも同じようにコロナ末期で超過死亡数が増えたのだが、それに対して、いろんなファクターを重回帰分析している。
査読前の論文だそうだが、それが普通の国だ。

厚労省にそういう能力がないのなら、データーを外部に公開して分析してもらえばいい。
公開しないのは、なにか隠したいことでもあるのかと勘ぐられても仕方がない。

そういうツッコミをするマスコミもいないのが、この国だ。

武見厚生労働大臣は不誠実だ。

それとも、そんなこともわからないバカなのだろうか。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
速弾き
速弾きというのは、文字通り速く弾くこと。
極論すれば、1秒にいくつ音が鳴らせるか、ということだ。

最近は速弾きするためには、ギターの弦高を低くしないといけないとか、筋トレをしないといけないとか、そういう方法論をYoutubeで見るようになった。
やっぱり筋肉がないとダメなのだ。
もちろん、弾く方と押さえる方の両方がシンクロしないといけない。
これも結構難しい。
でも、ネックになるのはやはり押さえる方だ。
左手の動きがまず必要になる。

左手の筋トレというのは、いろんな解説があるが、だいたいの人が言っているのは、左手の中指、薬指のトレーニング。
1分間、人差し指で押さえっぱなしにして、1フレット上を中指、そのまた1フレット上を薬指で、できるだけ速く、交代で押さえるというものだ。
押さえるというより、たたきつける、という感じ。
右手は使わない。左の押さえる方だけだ。

やってみたが、この1分間がきつい。
上腕部に疲労がたまり、指が動かせなくなる。
これを毎日何分か決めて実施すればいい、ということだ。

小指も鍛えたければ、小指も同様にトレーニングしたらいいのだが、速弾きで小指を使う人は少ない。
やはり小指は鍛えても限界があるのだろう。

才能というか、素質というか、もともとの筋肉の強さもあるのだろう。
できる人はできるが、できない人には難しい。
そういう人向けの練習なのだが、やっぱりしんどい。

Youtubeを見ていると、中年以降でもこの練習を続けると、かなり速く弾けるようになるという。

何度かやってみたが、続かない。
結局面白くなくて、しんどい。

それが基礎練習で、教える時には少しはやらないとうまくならないよ、と言っているのだが…。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
トヨタの認証問題
トヨタの車両認証試験の問題だが、ネットで見ると6件あって、そのうちの5件はより厳しい条件でやった結果を報告して、それが問題視されたとのこと。

豊田章男会長が言っている例は「アメリカの基準を意識して、日本の基準1100キロより700キロ重い1800キロの台車をぶつけて試験した… 日本の基準1100キロではないから法令違反となった」というようなことだ。
対人間での衝突試験はよりボンネットに頭が当たる角度をよりきつくして、こちらも厳しい条件でやったということが「違反」とされたらしい。

普通はより厳しい条件でOKなら褒められこそすれ、違反とは言わないと思うが、国土交通省の考えは違うらしい。
結局日本の役人はグローバル化していないのだ。
世界に進出しているトヨタ車は、世界中で最も厳しい基準で認証試験をしているということだ。
それが、日本の基準そのものではないから、違反だという。

バカバカしいことだ。
結局日本の行政はガラパゴスなのだろう。

豊田会長はYoutubeでこう言っている。

「その試験で守るべき保安基準とか、品質管理のやり方を決めているのが認証制度です。厳しい条件で試験を行っても、日本の法規に沿っていなければ法令違反と認定されます。このルールは見直しませんか、ということを今、われわれの口から言ってはいけないことはわかっています。言ってはいけませんが、でも本音を言えば、いずれかの時点では見直す議論が出ても良いと思っています」

全くその通りだと思う。
こんなことを続けていると、トヨタは本社をアメリカに移転したほうがいい、ということになる。
トヨタが日本から出ていったら、部品メーカーもついて出るところも出てくるだろう。

国土交通省は何を考えているのだろうか。
今や家電、ITで敗戦し、自動車は唯一残っている基幹産業。
その大手を潰しにかかっているとしか思えない。

厚生労働省といい、文科省といい、国土交通省といい、今の日本の行政は狂っていると思う。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
FERNANDESの自己破産
フェルナンデス、というと日本のエレキギターのメーカー。
長いことギターづくりをして、売っていたと思う。
そこが負債総額4億3千万円を抱えての倒産、ということだ。

有名なところでは、黒に白の幾何学模様の入った、布袋寅安のギター。
あれはフェルナンデスの製品だ。

木材の高騰や円安、戦争による輸送コストの上昇などで、安くていいギターが作れなくなった、ということらしい。
日本製にこだわっていたのが、結局敗因だったのだろう。

ヒップホップやダンスなどが流行し、ギターの出番が少なくなった時期もあった。
その頃から苦しかったのかもしれない。

ぼくらの20代、30代の時代とは若い人の人口も違うし、流行っているものも違う。
それが直撃したのだろう。

アメリカのギターの大手、ギブソンも一時期会社更生法か何かが適用されていた。
今は立ち直って、フェンダーと並んで頑張っているように見える。

フェルナンデスもどこかが買って、立て直してほしい。
せっかくの日本のブランドだから。

ぼくらが、もっと日本製にこだわるべきだったのかなあ…。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:27 | - | - |
日本のESG
この頃、学生が受ける企業を調べるために、その企業のホームページを見ると、大体の企業には「持続可能」というようなページがある。
わざわざ、それを見出しにしているところもある。

日経から来た案内メールにも、こんな文句があった。

「サスティナビリティ(持続可能性)への流れが加速する今、ビジネス環境は大きく変わりつつあり、まさに“潮目”と言える状況にある。企業はいかにして、利益重視からE(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)へと転換し、人と地球との「ウェルビーイング」を重視するアプローチへ移行するかが問われている。」

経済新聞が、企業が利益重視の経営が変わりつつある、と言っている。
なにかおかしくないか。

企業が自由に利益を重視して活動するから、経済は発展し、豊かになる、というのが本来のはず。
その活動の中で、不具合が出てきたら、長い目で見たら当然社会から拒否されるし、昔の公害のように規制ができたりする。
それが自由な市場の良さであり、このESGはそれを人為的に変えようとしているとしか思えない。

持続可能でなければいけない、という主張はわかる。
でも、今まで石油を使って工業を発展させ、プラスチックなどを生み出し、燃料として使い、豊かさを享受してきたのはそう言っている人たちだろう。
石油が有限なのは掘り出した当時からわかっている。
地下から掘り出している以上、無限にあるはずがないのだ。

ぼくらが小学校の頃は、石炭は植物から、石油はプランクトンなどの生き物からできているなどと教えてもらった。
石炭は植物由来だが、その後石油はどうも地球に小惑星が衝突してできたもの、という説が有力になったらしい。
だから、取れるところが偏在しているのだろう。

では、持続可能でないから、ガソリンも使わないし、石炭や石油を使う火力発電もやめ、プラズチックも一切使わず、石油由来のものは使わない生活など、望んでも今の日本ではできないだろう。
荒野に1軒家でも建てて、そこで農薬も使わずに田畑を耕して、自給自足の生活でもするしかない。
太陽光パネルや風車を建てて、それらで作る電気を使えば、ちょっとは文化的な生活もできるだろう。
それらを作るために排出されたCO2には目をつぶろう。
でも、夜は太陽光は使えないし、風が吹かなければ風車も回らないから、しょっちゅう停電するだろうが…。

ところが、そういう人たちは原子力を使うことを嫌悪する。
何が何でも再生可能エネルギーだという人が多いのだ。

再エネは光や風を使うので、動き出したらタダで発電するが、しょせん補助的に使うものだ。
いくら昼間にたくさん発電しても、電気を貯めておいて夜に使えるようにしないと、再エネ100%などできない。
蓄電コストは発電の1万倍だというから、まだまだ無理だ。
そんな机上の空論で「持続可能」などと言われても…、ということだ。

持続可能にするためには、例えばガソリンがリッター2000円になっても、電気代が今の10倍になっても、しょっちゅう停電しても、世の中の効率がどんどん悪化してもいい、と思うのだろうか。

ぼくはそうは思わない。
そんな状態になったら、ぼくらの生活が持続可能ではなくなるからだ。

「人と地球のウェルビーイング」という言葉は美しいが、今のESG活動では得られないものだろう。
活動と引き換えに人は貧しくなる。

そうならないためには、もっと豊かになり、持続可能のための技術開発をしないといけないと思う。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
保守党敗戦の演説
イギリスは今回の総選挙で労働党が躍進し、保守党は野党になった。
ボリス・ジョンソン、リズ・トラスのあと首相になった、保守党のスナク元首相が労働党の新首相スターマー氏の前で行った演説を見た。
字幕がついているから、それを紹介する。

こういうのを見ると、いろいろ問題は山積しているとはいえ、やっぱりイギリスは民主主義の国なんだと思う。
都議選のバタバタを見ると、なおさらだ。

紳士の国だと思うが、これも男女差別になるのかな。

「まずは総理、選挙での勝利おめでとうございます。
総理が容易ならざる責務を負うにあたり、彼とその家族に向け、議場にいる全員が幸運を祈っております。

我々のする政治においては、激しく議論を戦わせます。
総理と私のここ6週間の論戦がまさにそうでありました。
しかし、お互いへの敬意は常に抱いております。

この議場においてどのような意見の相違があろうとも、ここにいる一人ひとりが自分の選挙区民と国に奉仕し、自分が誇りを持って信じる主義主張を実現させようという熱意に動かされて、ここにいるのだということを、忘れることは決してないでしょう。

そしてここにいる新旧すべての議員のみなさん、ようこそ我らが議会へ、そして選挙での勝利おめでとうございます。
選挙区民に選ばれてここに送られるということは、最高の名誉かつ特権であり、また最大の責任でもあります。
ここにいる全員がその信頼に応えようと務めるでしょう。
私自身も自らのノースヨークシャーの選挙区民を、これまでのように代表することを楽しみにしております。

そして我が保守党の議員たちへ、まずは我々と同席していない仲間たちへのメッセージを伝えます。
すみませんでした。

14年間政権に就いたあとで、保守党を再建することが重要になります。
今は国王陛下の野党という極めて重要な責務を、その名に恥じぬよう、しっかり成果をあげ、また謹んで引き受けていくものです。

失われた信頼を回復するということは、国民が我が野党に期待することを成し遂げる機会であると認識することから、始まります。
我々がやるべきことは、新政権を監視することです…。」

演説は続くが、静かに両陣営が聞いている。
東京都知事選挙のバタバタとは本当に大違い。

こういうのを本当にカッコいいという。

日本には民主主義が根付かないのだろうという絶望感はあるなあ。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
渡辺香津美
渡辺香津美は日本のギタリスト。
すごいテクニックで、いろんなジャンルのギタリストと共演している。

ギターのコレクションもYoutubeで紹介しているが、フェンダーのギターが少ないのは,彼の手が小さい割に、スケールが長いからだと思う。
早い時期から、いろんなギターを使ってきた。
スタインバーガーというヘッドレスギターも、彼は早い時期から使っていた。
ギター・シンセサイザーも同様だ。

そんなギタリストだったが、今年の2月に脳幹出血で倒れ、意識不明になり、見立てでは非常に危ないということだったと思う。

でも、奇跡的に覚醒したとのニュースがあった。
本当に嬉しい。

「絶体絶命から2ヶ月経過で意識をとりもどし、自発呼吸をしながらリハビリ期間を過ごしている」とのこと。

もう70歳だから、どこまで回復するかはわからないが、もう一度ギターが弾けるようになってほしい。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
初めてのお葬式
ラジオの話が続くが、毎週聞いている「ラジオ文芸館」、今回は「初めてのお葬式」という作品だった。
聞き始めた当時は単独の番組だったが、だいぶ前に「ラジオ深夜便」の日曜日の深夜に移った。
NHKのアナウンサーが、短編小説を朗読するという番組。

「初めてのお葬式」は宮木あや子の作品で、中学生の女の子の淡い初恋の相手が転校して交通事故死にで亡くなり、東京まで葬式に行っていろいろなことを体験する、というお話。
いい話だった。

それで、ぼくも中学生になった時、高槻に転校していった女子が、ダンプカーとガードレールの間に挟まれて亡くなり、葬式に行ったことを思い出した。
暑い夏だった。
ぼくは特に仲が良かったわけではないが、よく話はしたし、同じ小学校の仲間から連絡があり、制服を着て行った。
たしか、女子2人と男子2人くらいだったと思う。
当時の国鉄の東海道線に乗って行き、電車の中で立っていたが、友達同士でもあまり話もしなかったことを覚えている。

小学校の1年の時に祖父が亡くなったが、この時の葬式はほとんど覚えていない。
葬式の後、親戚がみんな揃って寝たことと、祖母が泣いていたことだけはよく覚えている。

だから、中学に上がってすぐに亡くなった友人の葬式は、「初めてのお葬式」だった。
焼香は見よう見まねでやって、遺影に手を合わせた。
もう転校してしばらく経っていたので、亡くなった実感はなかったが、たくさんのクラスメートらしき中学生が泣いていた。
何となく、自分が場違いなところに来た、という感じだった。
知らなければ、知らないまま済んだのに。
帰りの電車も、寡黙になって帰った。

その時は、何となく友人の葬式というものは、自分にとっては場違いなものだと思った。
でも、その時一緒に行ったI君が40代で胃がんで亡くなった。
最後の自宅療養の時に会いに行って話をした。
彼は親友だったから、帰りに手を振る彼を見て、少し涙が出た。

葬式にも行ったが、やはりあまり覚えていない。
ぼくにとっては、生きて最後に会った時が、葬式代わりだったのだ。
帰りの電車で、高校の同級生と話をしたことだけ覚えている。

奥さんが、ずっとモルヒネを打って眠っていた時に、お医者さんが最期に話をさせるためにモルヒネをやめて、娘二人と一緒に話をさせてもらってよかったと言っていたことが、印象に残っている。

その時に一緒に葬式に行った友人の一人も、もう亡くなった。
急に亡くなったので、葬式にも行けなかった。

だんだんと、みんなが集まるのは葬式という年になってきた。
もうぼくらの年になると、葬式もある種当然ということに近づいてくる。

高齢化社会は多死社会だ。
生きているものは必ず死ぬ。
あの世に行く、と日本では言ってきた。

先日、80歳を過ぎた会社のOBが、亡くなった会社の友人の話をした時、「向こうに行ったら話をしたい」という言葉に妙にリアリティを感じた。
だんだんと、「向こう」が近づいてくると、わかるようになるのかもしれない。

いつかは自分も向こうに行くのだから。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
源氏物語
毎週、「おしゃべりな古典教室」というNHKのラジオ番組を聞いている。
メインのキャスターは木ノ下裕一という歌舞伎関係の人だが、この人が先生役で生徒が教えてもらうという形式。
初代の生徒は小芝風花。
聞き始めた時は、もうだいぶ慣れたころだったので、先生にいろいろと質問をしていた。

二代目の生徒は小野花梨という女優。
2022年4月からやっているが、最初はものすごくぎこちなかった。
扱うのは能や歌舞伎、浄瑠璃や古典の文学。
若い人たちにとっては、なじみのないものばかりだから、仕方がない。
2年経って、だいぶ先生に印象を伝えたり、意見を言うことができるようになってきた。

今週は、源氏物語の六条御息所の話だった。
小野花梨が、今回はものすごく活発で、六条御息所の気持ちを代弁していた。
珍しいと思ったら、田辺聖子の現代語訳を読んだらしい。

ぼくも田辺聖子の新源氏物語の上下を読んだ。
高校時代に古典で源氏物語のテキストを読んだり、入試の問題でやったりしたが、主語がなく誰のことを言っているのかわからなかったり、単語がわからなかったりして、難しかったことを覚えている。

田辺聖子のファンになって、新源氏物語も読んだが、田辺訳は古典になじんでいない人でもわかりやすく、当然わかるだろう、という気持ちを省いているところもちゃんと訳に入れて書いていると思う。
とても読みやすく、田辺訳は源氏物語のすばらしさを後世に伝えていくのにはピッタリだ。

この大作が、1000年以上前に作られている、という事実は文学史に残る金字塔と言ってもいい。
実家から谷崎潤一郎のかなり分厚い現代語訳も持ち帰ったが、あれはなかなか読む気にならない。
やっぱり田辺訳なのだ。

それを読んだから、小野花梨が小説内の人物に共感して、生き生きと作品について話せているのだろう。

ラジオを聞いていて、田辺聖子の現代語訳のすばらしさを再認識した。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
会社のOB会
昨日は会社のOBの人たちと昼飲み。
ぼくが一番下で、先輩ばかり。
今でも働いている人もいるし、もう勤めは卒業した人もいる。

去年一人お亡くなりになって、それからほぼ1年ぶり。
6人が5人になって、寂しくなった。
先輩だから、もう70歳を超えた人もいる。
それでも、元気に飲み会ができる。

今の世相の話も出るが、昨日はぼくらが現役だった昭和の時代の話が多かった。
ぼくは前の会社が、当時にしては珍しく、日本が海外の子会社を買い取る形で親会社になって海外進出を果たし、80年代からの自動車会社の海外進出に対応したことや、その中でイギリス、フランス、ドイツ、アメリカの子会社の人たちと一緒に仕事が出来たことが一番のサラリーマンライフだったと話した。

何度か書いたが、ぼくのいた会社は海外資本だったものを日本の財閥系の会社が買い取ったもの。
入社した当時はまだイギリス人の副社長がいた。
課長、部長の人たちはブロークンながらも英語を話していた。
そんな時代だった。

後で思ったことだが、驚くほど自由だった。
普通の会社より、いい意味でいい加減だったと思う。
外では言えないような話も、昨日は出たなあ。

海外出張も多かった。
85年にフランスに長期出張したり、阪神大震災のあった年に、アメリカを横断してプレゼンしたことはよく覚えている。
日本メーカーの海外展開で、何度か現地でのテストにも行った。
メルボルン、LA、アクロン、デトロイト、カナダのコクラン、バーミンガム、フランスのアミアン、ブラッセル、ルクセンブルグ、返還前の香港、ジャカルタなど。
出不精で、旅行嫌いだったから、仕事で行かなかったら若い頃に海外など行ってないと思う。

2000年にはアメリカの企業と提携するということで、その調査に行き、その後ヨーロッパからアメリカを回って向こうのシステムを導入する仕事も面白かった。

ぼくは転職したが、会社の一番いい時代を過ごせたと思う。

そういう時代の人たちと、今でも話せるのは幸せだ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
新聞記者の劣化
今日は呆れるくらいたくさん立候補者がいる東京知事選挙の日。
このところの東京の喧騒はどうだったのだろう。

でも、Xを見ていると、選挙妨害の罵声がひどくなった、というツイートが多い。
安倍元首相の演説の時に、ヤジというか罵声を浴びせても、マスコミも警察も選挙委員会も動かなかったから、そういうことになったのだろう。
リベラルの人たちは、自分たちがヤジるのは当然だが、自分がヤジられると怒っているのが印象的。
日本のリベラルはリベラルではないからだろう。

ぼくは小池百合子は嫌いだが、それでもマシに見えるところが情けない。
公約を一つも実行しないどころか、「ノリ弁やめます」という公約を、ホームページから勝手に消して、不正が疑われる団体の経理の書類を黒塗りで出したりしている。
これはひどいと思うが、マスコミも全く報道しない。
マスコミもグルだとしか言いようがない。

と思ったら、昨日のツイートでは、

「我々の怒号で候補者(小池百合子)が演説をやめたぞ!!!!これで演説を聴衆は演説を聞けなくなった!!!!民主主義の勝利だ!!!by フリージャーナリストと東京新聞記者
・・・・・・・・。あたまがおかしいのですか?」

というのがあった。

実際にそういうことがあったらしい。

それにしても、新聞記者がヤジで候補者の演説ができないようにして、「民主主義の勝利だ」と言っているのは本当なのだろうか。

新聞記者がこれだから、もう日本の民主主義は終わっている。
もう今やマスコミは民主主義の敵なのではないかと思う。

戦争が終わって、七十数年。

どこで間違ったのだろうか…。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
フランスの出生率
ちょっと前にフランスの出生率の記事があった。
確かにフランスは出生率を改善した国ということで、フランスに見習えというような意見が多かったのは事実。
ぼくがフランスに行っていた80年代後半でも、子供が3人いたら列に並ばなくていい、というような制度があってびっくりした。
今の日本なら、そんな人が列に割って入ってきたら、年寄りが大文句を言いそうな気がする。
高齢化が進むと、ろくなことがない。

でも、実際に人口が増えた原因は、婚外子の扱いなどでフランス人の子供が増えたことよりも、移民の影響だという記事だった。
イスラム圏の人たちがフランスに移民して、たくさん子供を生んでいる。
イスラム教は女性の社会進出などを認めておらず、一夫一婦制もないので、人口増加には有利ということなのだろう。
移民の出生率は2.5を超えるというデーターもあるらしい。

したがって、遠い将来、世界にはイスラム教徒しか残らない、ということだ。
これは、今の数字から確実に訪れる未来だろう。

キリスト教や仏教の国は減少の傾向を辿っている。
例外的にアメリカが増えているのは、移民が多い影響だ。
中国は豊かになって、女性が社会進出し、人口減少だ。
人口が減少すると、働き手が足りなくなるから、女性の社会進出が増えるというサイクル。
それが今のぼくらの常識なのだ。

そう考えると、宗教の力はすごい。
このままいくと、地球はイスラムの惑星になる。

まあ、それはそれでいいようにも思う。
みんなが同じ宗教を信じれば、争いは減るかもしれない。

ただ、そこに至るまでに、どんな争いが起きるかを考えると憂鬱になる。

そんな先のことを考えても仕方ないのだが…。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
昔の軽音
今の大学で軽音と呼ばれているクラブは、ぼくが中学、高校の頃はフォークソングクラブだった。
アメリカのフォークソングがブームになって、たくさんの大学生がギターを持って歩いていた。

当時のフォークはPPM(ピーター・ポール&マリー)やボブ・ディラン、ブラザーズ・フォア、キングストン・トリオなど。
その当時日本のフォークはまだ吉田拓郎が出てくる前で、高石ともやとか、高田渡、遠藤賢司などがやっていた。
ベトナム反戦の頃だったから、歌も政治色の強いものが多く「花はどこに行った」とか、「風に吹かれて」など人気があった。

こないだのバンドの練習の時に聞いたのだが、最年長のバンマスは昔の大学の軽音部出身。
アメリカンフォークを中心にやっていたとのことで、なんと「日本語の歌は禁止」だったとのこと。
おお、そこまで徹底したいたのか、と驚いた。

そういえば、中学の頃吉田拓郎が出てきて、人気が出て売れたら、反発する人たちがいた。
どこかのジャンボリーで、観客と言い争いになったこととか、あったと思う。

おそらく、文句を言っていた人たちは、今の団塊の世代の一部の人たちではないかと思う。
マイナーであることに価値を見出していたのだろう。
ヒッピー文化の影響だ。
大衆に迎合することは、悪いことだ、という考え方。
当時のぼくにはなぜ観客に批判されるのかはわからなかった。

学生運動と連動していたのだと思う。
それが収まったら、そういう批判もなくなった。

そこからが拓郎、陽水の時代の始まり。
1975年に小室等、吉田拓郎、泉谷しげる、井上陽水がフォーライフ・レコードを創立した。

シンガーソングライターというような言葉ができた頃。
ミュージシャンが自分たちのためにレコード会社を作ったのだ。
それも、今の若い人にとっては、大昔の話。

いつの間にか、年を取ってしまった。

もうぼくら自体が昔なのだ。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
Dr.マラード
NCISという海兵隊の警察部門のドラマ。
もう20年以上見ている。
半年放映して、半年休むという感じで毎年続いている感じ。
もうシーズン1のメンバーは一人もいない。

2009年から2017年まで連続で全米の視聴者数1位を獲得しているらしい。
アメリカでも若い人たちはテレビを見ないのかもしれないが、大人からは支持を得ているということだ。

個性的なメンバーが揃っていて、飽きさせない。
その中で、最初から検視官をやっていたデビッド・マッカラムがちょっと前に亡くなった。

彼は若い頃、0011ナポレオン・ソロにソロの相棒薬で出ていた。
イリヤ・クリヤキンという役。
本当に懐かしい。

今回のシリーズの第2話は、そのデビッド・マッカラムが演じた、検死官のDr.マラードの追悼のエピソードだった。
彼が最後まで調査していた事件を解決する。
その過程で、名セリフが出てくる。

「人は二度死ぬ。一度目は肉体が朽ちた時。二度目は思い出が語られなくなった時」

そのとおりだと思う。

イギリス人らしい、上品な感じだった。
十数年付き合ったドラマの制作スタッフの思いが伝わってくる。

いいエピソードだった。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
欧州の極右化?
欧州議会の選挙の結果で、欧州で極右が台頭という記事が多い。
ちょっと前のドイツなどで、極右というとハーケンクロイツの格好で、移民を排斥する、というイメージだが、今は違うのではないか。
ぼくは今の極右と言われている勢力は単なる右派であって、今の欧州議会が極左に見える。
どこが中心か、という問題だ。

欧州議会の強引な気候変動対策など、どう考えても極端だ。
お金がないから、企業にやらせる、という手法。
CO2ゼロを目指して、何年までに内燃機関をやめて、100%電気自動車にするなど、企業の自由な行動を規制している。
徐々に揺り戻してはいるが…。

ドイツの脱原発や、再エネ比率を上げるという緑の党の政策も無理があった。
単にそれが批判されているだけだ。
それによって、電気代が上がり、企業は外国に出ていく。
若者の働くところがなくなるのだ。
そこに移民政策によって、賃金が上がらず、治安は悪くなる。
ダブルパンチだ。

新聞には欧州が右傾化したと書いているが、正常に戻ったというべきだろう。
緑の党のいう理想論だけでは生きていけないということだ。

日経の記事には、ドイツの若者が、緑の党に投票する余裕がなくなったとか、緑の党のやり方に失望した、と書いてある。
当然そうだろう。
再エネが増えて、ベースロードを担う電源がなくなり、外国から高い電気を買うなど、馬鹿げている。

フランスで怒った農民のデモも、「生物多様性」の対策で農家が疲弊したからだ。
自国で生産を減らして、外国から素性のわからない農産物を買うということだから、やってられないと思う。
7月7日に行われる選挙がどうなるのか、注目されている。

イタリアもオーストリアも同様だ。
若者の反移民感情が大きいという。

今の極右と呼ばれている政党は、ユーロから離脱するというような過激な主張はしていない。
現実路線で、もはや極右とは呼べないだろう。
アメリカの共和党のようなものだ。

結局、今の欧州が極左だから、普通の政党が極左に見えるということだろう。

今のマスコミが好きな「リベラル」は、欧州ではもう賞味期限が切れたのだと思う。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
0.8mm
ようやくピック探しの旅が一段落した。
気に入ったピックが見つかったのだ。
Jim Dunlopの486JelsのMというもの。
紫色のピックだ。

ポリカーボネイトで厚さが0.8mm。
赤い色のLタイプの1mmも試したが、ちょっと厚くて引っかかる。
やっぱり0.8mmだ。
手にしっくりときて、滑りにくいのもいい。

昨日レッスンに行って、いいのがありました、と言って見せた。
先生も現在使っているピックは0.8mmだという。
偶然同じだったので、びっくりした。
以前はもっと硬いものを使っていたはずだ。

先生のは材質が違って、ぼくが選んだやつよりはサラリとしているタイプ。
ぼくのよりちょっと小さめだ。

でも、長年教えてもらってきて、選んだピックの厚みが一緒というのは弟子として本当にうれしい。

ぼくの前のピックも少し硬めだった。

一番違うのはピックの先の形状。
以前のはかなり尖っていたが、今回のはだいぶ丸い。
この丸さがちょうどいいのだ。
ストロークで弾いたときに引っかからない。

ということで、当分0.8mmのJim Dunlopのピックでいくことにする。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
フィッシングメール
最近のフィッシングメールはよく出来ている。
AIができて、文章が上手になったのもあるのだろう。
銀行やカード会社からくるメールは要注意だ。
思わずひっかかりそうになる。

セキュリティのサイトにこういう文例が出ていた。

---------------------------
【重要】カスタマーセンターからのお知らせ
平素より、◯◯カードをご愛顧いただき誠にありがとうございます。
当社からの重要なお知らせをお送りいたしますので、下記URLをクリック後、ご確認いただきますよう、
何卒お願い申しあげます。

なお、このメールに心当たりがない場合は下記にてご連絡ください。
---------------------------

という内容で、URLが記載されているというもの。
うっかりしていたら、ついついクリックしてしまいそうになる。

もう銀行やカード会社から来るメールは、全て迷惑メールに振り分けるようにしておいたほうがいい。
どうしても連絡しないといけない場合は、郵便で伝えるか、登録してある電話等で連絡してくるはずだ。

こうなると、メールという情報伝達の手段が肝心な時に使えなくなる。
でも、こんな手段でお金を取ろうとする輩が増えてくると、防御しないといけない。

迷惑メールフォルダを開けてみると、いろんなフィッシングメールが来ている。
もちろん、単なる宣伝のものもあるのだが…。

バカバカしいことだが、仕方ない。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) |