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2010.04.15 Thursday
尼子と毛利
今朝の朝ドラは見合いの場面だった。
内容はどうでもいいのだが、その見合いの席での会話が面白かった。 「うちは○○の出身です」 「ほー、そうすると毛利ですか?」 「いや、うちは尼子ですわ」 「ああ、そうですか。うちは毛利です。」 というような会話。 時代は1947年くらいか。 なぜ面白いかというと、こないだ書いた「三次(みよし)の祖母」が同じような話をしていたからだ。 祖母の家は尼子、祖父の家は毛利だったとのこと。 だから、祖母の家は小学校の演劇で、毛利の殿様をたたえる劇は見に行かなかった…。 尼子、毛利というのは戦国大名。 尼子は今の島根県のあたりで、毛利は広島県。 尼子は毛利に滅ぼされた。 これは戦国時代の話。それが昭和の時代まで語りつがれている。 いや、語りつがれているというより、尼子の殿様のことを、ついこないだまで生きていた人のように語っていた。 こんなところで、歴史はつながっていると思った。 人の一生は一本の線みたいなもの。 民族の歴史も一本の線みたいなものだろう。 上がったり、下がったり、まっすぐ行ったり…。 昭和の時代までは、つながっていたと思う。 つながり具合は弱まっていたかもしれないが、とりあえずつながっていた。 時代劇もあったし…。 今は切れてしまったような気がする。 過去とつながっていることは大事だと思うのだが、それが切れてしまって、よりどころを失ってしまった。 それが今の日本ではないか。 |
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