考えたこと2

2024.9.24から、今までhttp:で始まっていたリンクが、https:に変わります。申し訳ありませんが、リンクが見られないときは、httpsに変えてみてください。
CALENDAR
<< May 2014 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
+SELECTED ENTRIES
+RECENT COMMENTS
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+PROFILE
+OTHERS
農協は要らない
日本の農業を強くするために、農協の影響力を下げようとしているようだ。
それは正しいと思う。
JAは長い目で見て、日本の農業を滅ぼしていると思う。

実際、この記事によると、「一時618万戸を超えた農家の数は直近で約253万戸まで減った」とある。
いくらお金がもらえるからと言っても、休耕していてもらえても、希望がないだろう。
そんな政策を政府やJAが進めてきたから、こんなに農業に携わる人が減ったのだと思う。(あくまで一因だが)
まあ、ぼくの知識は何十年か前の立花隆のルポ「農協」。
でも、概ね今も変わっていないと思う。

見本にしたいと思うのは、こないだ記事があったオランダだ。
この記事によると、オランダは日本と比べて、人口が13%、国土が11%、農地面積が42%だが、農作物の輸出は2790%、なんと27倍だ。
この輸出額は893億ドルで世界2位とのこと。
ちなみに日本は32億ドルで57位だ。

これではせっかく和食が世界遺産に指定されても、それを広げることはできないと思う。
せっかく和食が世界遺産になったのなら、それを食材も含めて輸出したいと思うのはぼくだけだろうか。
今はもう円安になったら貿易赤字になる、つまり工業製品の輸入になっている日本だ。
この際、農作物はどんどん輸出するべきだろう。

オランダは回りに国がたくさんあり、陸路で輸出できる、というメリットがある。
こういう時に島国は損だ。
日本は常に海路か空路での輸出になって、手間がかかる。
そういうデメリットがあっても、輸出できるものをつくらないといけない。

コメなどぴったりではないか。
少々高くても、買ってくれるのではないか。
アジアのGDPが上がってきているのは追い風だろう。

休眠している農地を集約して、大規模な農業法人を作って、生産できないのかなあ。
そうすれば、備蓄もたくさんできるし、凶作があっても輸出をやめればなんとかなる。

何より、農業をする人たちが希望を持ってできるようなことを考えてほしい。
休耕したらお金がもらえるというような、民主党のやった戸別補償など、愚策だと思う。
どんどん作る方にモチベーションを上げるほうがマシだ。
それを補助すればいいのだ。

エネルギーがなければ、農業もできないが、それは何とかするとして、農業をやる人たちが自らやる気を出せるような政策をやってほしい。

そのためには、JAははもう要らないと思う。

もちろん、農林中金も要らない。


| | 考えたこと | 22:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
ノラネコ
ウチは猫嫌いが多くて、庭に猫がいると追い払うという家庭だ。
ぼくはネコが好きなんだが、多勢に無勢ということになる。
ウチの息子たちも、積極的に嫌いというわけではないらしいが…。
次男の方はネコのアレルギーがあるので、これは嫌いというわけではないが、苦手なんだろう。

数年前までイヌがいたので、ネコはあまり入ってこなかったのだが、イヌが死んでからネコが我が物顔で出入りするようになった。
近所にノラネコがたくさんいる。
黒いのや茶色いの、トラ模様など、何匹か庭で佇んでいることがある。

ぼくも一応はここはウチの庭だから、勝手に入ったらダメと言っているのだが、そんなに真剣に追いだそうとはしていない。
しかし、ネコにはそういうのは通じない。
最近は慣れてきて、こちらが寄って行かないと動きもしない。
塀の上にいることもあるのだが、こちらを見るとめんどくさそうな顔をする。
「何か文句あるのか」と言っているように見える。
そのへんが、嫌いな人には気に触るのだろうなあ。
ちょっと愛想をすれば、可愛げもあるのだが…。

イヌとネコのどちらが飼いたいか、という質問をした結果がある。
その結果は、犬:49.8%、猫:27.9%、どちらも飼いたいと思わない:22.4% ということだったらしい。

やっぱりイヌが好きな人が多い。
ネコはイヌの半分というのは、ちょっと予想外。
しかし、ペットショップに行っても、犬のほうがネコの倍以上いるから、そんなものかもしれない。

ノラネコというのは想像以上に厳しい生活を送っている。
寿命はだいたい3,4年と言われている。
部屋飼いのネコは15年くらいは生きるから、かなり厳しいことがわかる。
最近は餌付けでもしてくれる人がいなければ、エサはなかなかないし、夏は猛暑だから苦しいだろう。
いくらネコが寒さに弱いといっても、今の暑さは尋常でない。
冬は昔よりはマシになったが…。

そして、ノラネコの生活範囲は驚くほど狭い。
以前テレビでやっていたが、1ブロック程度だったと思う。
もちろん、縄張りもある。
このあたりはノラネコが多いから、時々ネコのケンカもある。

せっかく生まれて、ノラネコになってしまうと3,4年の寿命で亡くなってしまう。
同じネコでも家猫は15年生きられる。
命は同じだが、不条理を感じる。

でも、そんなことはノラネコは気にしていないだろう。
ノラネコはノラネコの人生を生きていく。
不平も不満も言わない。

人間がいなければ、ノラネコというのもいなかっただろう。
みんながノラネコだからだ。

人間はいろんなところで罪作りをしている。

| | 考えたこと | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
うまくいかなかったらどうするのか その4
それらの先生方のカリキュラムをいじって、科目内容は変わらないが、組み換えを行って学部改組を行うという手順だった。

細かいことは割愛するが、二つの学科の特性を活かして、いくつかのコースを作るという手だ。
全面的に信頼する先生の考えに従った。
この先生は本当にスゴイと感心した。
この先生に会わなかったら、ぼくの先生観はもっと違ったものになっていただろう。
思ったのは、この人なら企業でも大学でもやっていけるだろう、ということだ。

ぼくらが取った戦略は、高校生から見ると、間口は広くなるように見える。
こういうやり方をすると、結果的にまだ何を学びたいかわからない、という生徒が来やすくなるのだとあとで思った。
弊害としては、無目的な生徒たちが「とりあえず」入ってきたということだ。
これは大学にとって、結構大きな問題になる。
なにかしらの目的を持ってくれていないと、やる気が出ず、学校にコミットしない学生が増えてしまうからだ。
こういう学生が増えると、授業を聞かない、私語が増える、学校の用意した課外活動に興味を示さないなど、学校としての体をなさなくなる。

今の一般的な文系私立大学は、手を変え品を変え、学生が学校に対してコミットするように誘導している。
伝統的な体育会、文化部もあるが、それ以外にも、やれプロジェクトだ、課外授業だ、先輩の話だ、イベントだ、と忙しい。

話は飛ぶが、こないだやっていた近大の入学式だが、これはつんくがプロデュースしたショーだ。
学長の挨拶は手短に終えて、後は舞台で近大生が活躍する。
こういうことをやるのも、関関同立を落ちて仕方なく入ってくる学生に、「ここで良かった」と思わせるためだ。
それだけ、学生のコミットを大学は重視している。
そしてそのターゲットは「舞台で活躍する近大生を見て、自分もできる」と思う層である。
「勉強して、こうなりたい」などと思う層ではない。
これはある種の賭けだろう。
たしかに、「ここで良かった」と思う学生もいるだろうが、あのショーを見て「え、こんなところに来てしまったのか」と思う学生もいるからだ。
とかく、下の層が目立つから、ついついそこをターゲットにしてしまう。
でも、それによって上のほうが離れていくということもある。
どう出るかな…。

まあ、近大の入学式を見ると、関関同立以下は苦戦しているということだろう。
近大があんな入学式をやって、評判をとると、きっと京都産大、龍谷、甲南あたりが何かマネするかもしれないなあ。
近大は体育会の組織率も下がってきたということだから、危機感を感じているのだろう。
とにかく、入って良かった、と思わさないと教育が成り立たない。

ようやく、本題に入るが、この改組の作業をしている時に、何度も言われて辟易としたことがある。
それが「うまくいかなかったらどうするのか」ということだ。
今、うまくいっていないから、改組をやろうとしている。
だから、一番悪いのは何もしないことだ。
では、何かをするとしたら、何をするのか、ということになる。
その時点でベストだと思うことをやっているのに、「うまくいかなかったらどうするのか」と聞かれるのにはまいった。

「いや、どうなるかはわかりませんが、何もやらないよりはマシでしょ」ということだ。

そう聞く人に限って、ではどうするのか、という考えはない。
とにかく不安なのだろう。

しまいに、「うまくいかなかったら、潰れたらいいでしょう」と言うと、「何ということを言うか」と言われる。
それなら、自分で何かしたらいいのだ。
ぼくも、存亡の危機だとわかっているし、それだからこそやっているのに、それこそ「何ということを言うか」と言い返したくなる。

こういうのは、会社ではなかった。
わかっている人は意見を言うし、わからない人は激励する。
それがふつうの組織だ。

何が「うまくいかなかったらどうする」だ。

思い出しても腹が立つ。
こういう当事者意識が欠如している人たちがいるから、大学はよくならないのだろう。

やっとこれで一件落着した。

とりあえずは終わりです。



| | 考えたこと | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
うまくいかなかったらどうするのか その3
2010年の5月に、以下のノートを書いた。
よく覚えていないが、この時点で、学科のトップに、改組をどうしたいか、という諮問をしていたのだと思う。
大学というところは何かとめんどくさい。
諮問というようなことをマジメな顔をしてやらないといけないのだ。
そんなことをやっているヒマがあったら、トップダウンでやったらいいのだ。
しかし、トップダウンできるほどの権力と責任、予算もなければ、やれるだけのアイデアをトップが持っていなかったりする。
とにかく時間がかかるのだ。
この大学の場合も、何度か諮問を繰り返して時間をムダにしていたのが経緯。

だいたい、この時点で片方の学部の2学科のうち一つの学科は定員割れを起こしていた。
3年ほど定員を割っていて、学部としては定員を確保していたが、学科としてはもうダメというレベルだった。
だから、潰すしかなかったのだ。

また、学部・学科の改組については、学校法人の意向も確認しないといけない。
それがうまくいっていなかったのだと思う。
学校法人と設置校の関係は難しい。
学校をいじるというのは、教育マターにもなると同時に、経営マターになるからだ。
法人はお金を握っているから、そこをどうやって納得させるか、というのがこの文書の主旨。
その関係がよくわかると思う。

大学が、志願者増ということを考えてはいけないのだ。
あくまで教育改革という視点でやらないといけない、ということに気がついて、この文書ができたのだと思う。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
学部の諮問について
今回の諮問については、会議でいろいろな意見が出ましたが、ここは一つ考えどころだと思います。
私もそうですが、おそらく●●も「志願者増」ということを念頭において、学部改組を考えておられたと思います。これが今までの失敗の原因だとわかりました。
なぜなら、「志願者が増える」かどうかについては、誰も答えがわからないからです。どうやったら、志願者が増えるか、わかっているなら、もうやっているはずです。
現在の学科で人が来ないのだが、どうやったらいいかわからないからこそ、現状のまま3年も続けてきたのだと思います。
したがって、この「志願者増」という目標を立てている限り、学校法人と軋轢が出ざるを得ません。「志願者増」について、意見は誰もが持っているし、誰が正しくて正しくないかわかりません。それこそ、何もしない、という手が最善手だと言い張ることも可能です。
また、この「志願者増」というのは経営マターでもあります。法人が当然口をはさむべき問題ととらえられます。この土俵で大学が勝負しても勝てるわけがありません。
それよりも、先日の一連の議論のなかで出た、「最高の教育プログラムを作れ」という事の方を大学がなすべきです。あまりにも当たり前すぎて、私も忘れていましたが、大学のまず考えるべきポイントは教育であり、それにつきると思います。
大学は「最高の教育プログラムを作れ」ば、志願者は増えるはず、というスタンスで臨むしかありません。その上で、志願者を増やすためにはこの名称を変えるべきとか、ここはちょっと変えて、目先を変えようとか、そういう小変更は可能です。
その、可能な範囲での変更が、経営マターだと思います。
まして、現在はユニバーサル化とゆとり世代で、大学教育を見直さなければならない時期に来ており、基準協会の基準も変更されるし、情報公開もそれに沿って進めていく時期に来ています。世の中の流れは教育改革の方向です。
だからこそ、ここで「最高の教育プログラムを作れ」ば認証評価も通るし、情報公開も進んでいきます。もちろん、2年来ずっと言い続けてきた「ゼミの活性化」も進めることができるでしょう。
ここは、一つ考え直して、やはり「最高の教育プログラムを作れ」という諮問に変更する、という英断を下すべきです。
その上で、それができれば、大学一丸となって法人の説得に当たれると思います。
「最高の教育プログラム」ができればこそ、自信を持って話ができますし、その土俵の中では大学が主導権を握ることができます。もちろん、「最高」であることの確認はみんなでやればよいと思います。これで念願の「ゼミの活性化」も進めることができます。
そして、志願者増の対策は、若干の修正でできる範囲でやればよいと思います。
何より、「最高の教育プログラム」という宣伝ができるのですから、志願者増につながらないはずがありません。(何をもって「最高の教育プログラム」というかは議論があるでしょうが)
あくまで、大学としてのスタンスは「志願者増」が主ではなく、教育であるべきです。そして、学士力を向上させ、就業力を上げるべきです。
何とか、方針変更をお願いします。私も反省します。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

大学というところは、事務がへりくだらないと前にすすまないところだ。
実際に実行するのは事務でも、できたら、やったのは先生、ということにしないといけない。
しかし、いくら事務だけ頑張っても、それは無理だ。
そのためには、まともな先生が何人かいないといけない。
ぼくらの場合は、いい先生一人に恵まれた。
その先生が、基本的な新しい学科に対する考え方を決めてくれたのだ。

この文書にあるように、多くの先生は、自分たちの専門の教育のことを考えず、高校生の人気のことばかり考えていた。
そう考えている限り、答えはややこしいことになる。
「高校生の人気」は経営マターになるからだ。
ウソでも、「教育」を旗頭にしないといけない。

そういうふうに、学科の改組を考えた。
もちろん、尊敬できる先生がいたからこそできたことだ。
カリキュラムや教育の制度設計の部分は、先生でないとできない。

ここで問題になるのが、潰れる学科の先生たち。
まさに、看板のかけ替えが必要になる。

当時、アメリカの副学長が来て、講習を受けたことがあるのだが、こういう看板のかけ替えはアメリカでは学部長がメインで行うようだった。
学部長が、学問の流れを見定め、新しい分野や科目を選んで、先生にやらせるのだ。
数年前からそういうことをやっていれば、看板のかけ替えは無理なくできる。
でも、残念ながらそういうところは日本では少ない。
だから、学科名は変わっても、教えていることは同じ、というところが多くなる。

しかし、そういうことを説得するには、市場調査が必要だ。
偏差値があるレベル以下の高校生は、こういうことに興味を持たないとか、こちらに興味を持つ、というようなことを調査しないといけない。
幸い、そういうことに長けたスタッフがいて、高校の進路指導の先生に来てもらって意見を聞いたり、系列の高校生の意見を聞いたりしていたので、何が悪いのかはわかっていた。
要は、潰すしかないということだ。

それでも、潰れる学科の先生たちは自分たちのやっている学問が大事だから、俗にいう「抵抗」がある。
そこのドロドロしたところは省くが、これは企業努力と同じことだと思う。
売れないから、売れるものに変える、という当たり前のことだ。
私立の大学で、それは経営上仕方がない。
それを継続しろというのは、ムリだろう。
教えられる科目が変わらないと、適応できないということになる。
実際には名前を変えて、やってることは一緒、というところもたくさんあるだろう。
こうなると、大学教育の志などあったものではない。
志願者が来れば、それでいいということになる。

ところで、教員が、ある科目を教えることができる、というのはどういうことか。
大学には教科書や学習指導要領がないから、ややこしい。
一部の私学にはあったほうがいいとぼくは思うが…。

難しい言葉で言うと、科目適合性という。
それには、その分野での研究業績が求められるのだ。
例えば、マクロ経済学を教えるためには、その分野での研究業績が必要になる。
今の文科省の考えでは、教える科目の分野の学会に所属し、その分野で査読付きの論文を、メジャーな学会誌等に出していること、これを「実績」という。
過去5年間で2本とか3本の論文があればOK。
これが公式見解だと思う。
しかし、これがチェックされるのは大学を作ったり、学部、学科をまったく新設するときだけだ。
それ以外はほぼ学校の判断だけでできる。
それが「届出」という仕組みだ。
ここでも、エライ先生方はごまかしをしない、という性善説が生きている。
マジメにやったら、この先生はこれを教えられるのか?というのが続出して、改組などできないところが続出するだろう。

しかし、多くの私学では実際そういう審査はなし崩しで行われ、出せば載るような紀要に論文を書いて出しても、OKになるところは多いだろう。
大多数の先生がそうなら、もう認めないと自分の存在が脅かされるからだ。
こうして、悪貨は良貨を駆逐していく。
そんな次第で、准教授や教授になれるというのは前に書いたとおり。

大学が増え、教員の数が増えすぎたのも一因だろう。
私学の数が約580。そのうち200校くらいは、厳しく評価できていないだろう。
わけの分からない学会の数も増えているが、査読付きの学会誌の数は限られているし、そこに発表できる人も限られている。
そのクオリティで「実績」というのなら、私学の多くの教員は「実績」がないと思う。
そのために、仲間うちで書いている「学部紀要」がたくさん発行され、各大学の図書館が送られて困っているのが実情。
それはなぜ発行されるかというと、教員の実績作りのためだ。
教員も2極化しているのが今の実情なのだろう。

ぼくはまともな研究ができない教員は、まともな教育もできないと思っている
マトモな先生は、ちゃんと研究し、ちゃんと教育している。
少なくとも、ぼくの見てきた先生はそうだった。

今日はこの辺で。
なかなか本題に行き着かないなあ。

| | 考えたこと | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
うまくいかなかったらどうするのか その2
昨日の続き。

そういうような学校法人の大学で、2011年に学部の定員割れが起こった。
この時はもう2学部化していた。
まあ、学部を分けたから、定員割れが目立ったということもあるのだが、これは難しいところ。
共倒れになる可能性もあるからだ。
人が集まっているところは、分離して残しておいたほうがいい、という考えだった。

そこで、定員割れを起こしている学部のテコ入れを行った。
学科の改変だ。具体的には二つあるうちの一つを潰すということなのだが…。
ただ、大学の難しいところは、学科は潰すことができても、そこで働いている教員をクビにすることができないことだ。

いや、絶対できないわけではない。
以前は私立大学の教員は身分の保証が手厚かったので、雇用保険に入っていなかったのだが、2005年に加入が強制された。
というか、大学も潰れる時代だから、入っておきなさい、という厚労省の親心だったのだろう。
だから、原理的にはクビにできる。
民間企業と同じだ。

考えてみてほしい。
大学の商品の大きなものの一つは「学び」だろう。
その「学び」の内容が、志願者を集められないとなると、どうなるのか。
それは高校生のニーズがないということで、看板のかけ替えをせざるを得ない。
「悪いけど、あなたの教えている学問は人気がないので、もうやめましょう」ということになる。
ところが、それが教員の反発にあって、なかなかできないのが今の私立大学の一番の問題点。
売れない商品は、やめるしかないという当たり前すぎる話だが、それが通じない。

教員の解雇は原理的にはできるのに、なぜできないのかは、ぼくにはわからない。
訴訟になるとか、文句を言うとか、そんな話だった。
ワンマンの理事長がいるところとか、学長がすごく熱心だとかいうところは別だ。

だから文字通り看板のかけ替えにしかならないのだ。

大学というところは、顧客である高校生にそっぽを向かれたら生きていけない。
それは当たり前過ぎるくらい当たり前の話。
定員割れとはそういうことなのだ。

ここに専修大学が訴訟を受けた記事が出ているが、ここに書かれている「法人が提案する事務職員のポストや、リクルート・コンサルティングによる求職活動に応じられなかったのは、人生の大半を大学教員・研究者として働いてきたからです。わたしたちは大学で教育・研究するために、通常よりも長い年月をかけて教育を受け、学び、この職務を果たす能力を得ました。この職業を続けようと願うことが、それほど大それた望みでしょうか。」というような理屈が教員側にはあるからだ。

しかし、民間企業ならみんな当たり前のことだ。
ある年齢を超えたサラリーマンは、みんな人生の大半をその会社でその職に賭けてきた人だし、長い時間をかけてそれをやってきたのだ。
それが採算が合わないとなると、リストラ対象になる。
もちろん、努力をしてもどうしようもない場合だろう。
でも、だからといって、「この職業を続けようと願うことが、それほど大それた望みでしょうか」などということを言える人がいるだろうか。
だれも続けるなとは言っていない。よそでやってくれ、ということだ。

本気で、全く採算が立たない、赤字を垂れ流している事業部(学部・学科)が存続できると思っているのだろうか。
法人側は事務職員のポストや転職のためのコンサルを雇っている。こんな良い条件はなかなか無いだろう。
偏った意見だという批判はあるだろうが、甘えているとしかいえないとぼくは思ってしまう。

だいたい、こんな事になるまでには長い時間が経っているケースが多い。
その時間の間に、高校生に人気のある学問領域に変えるとか、自分で転職活動をするとか、自助努力はできなかったのだろうか。
まあ、優秀な人ほど早期退職制度に手を挙げるというからなあ。

とにかく、教員の研究領域というのは、よそから見てどんなに下らないと思われるものであっても、本人はとても大事だと思っていると思う。
そして、その説明責任は教員にある。
それが教員のアイデンティティだからだ。

しかし、学問、具体的には学部や学科の名前には、流行りすたりがある。
人気のない学部や学科は人が集まらない。
だから、私立大学が儲けるためにやっている以上、潰すしか仕方がないことだろう。
そんな理屈がなかなか通らないのだ。

そこには、教員との軋轢を避けようとする側面もあるんだろう。
何度か私立大学のいろんな事務員の集まりに出たが、たいがい教員の話になるとみんな同じ顔をする。
「ああ、先生ねぇ…」ということだ。
「メールを見ない」「電話に出ない」「研究室にいるのにカギをかけている」「提出物を出さない」などという文句が出てくる。
もちろん、私立大学にもまともな先生はいる。
しかし、社会適応できない「困ったちゃん」もたくさんいるのだ。

そういう人たちを何とかしつつ、学部改組をやらないといけなくなった、というのが2011年の話。

学部改組の動き自体は2010年からやっていた。
当時そういう組織が作られ、ぼくはメンバーだったからだ。
組織といっても、主だったメンバーは3人だったが…。

そして、その3へ続く。



| | 考えたこと | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
うまくいかなかったらどうするのか その1
ぼくは2009年から2011年まで、大学の事務局長という役職をやった。
経緯はいろいろあるのだが、それはおいおい書く。

当時やらなければならなかったのは、1学部を2学部化する、ということと、その片方の学部をどうするか、ということだった。
どうするか、というのは片方の学部は定員割れをしていて、この定員を回復しないといけなかったということだ。
すでに私学の4割が定員割れという時代だが、そのほとんどは地方の私学。
ぼくのいたところは、都市部だったので、4割という実感はなかった。
しかし、いったん人が来なくなった学部・学科に人が突然くるということはあり得ない。
パターンとしては、定員割れした初年度はちょっと割れるだけだが、何もしないと、2年目、3年目になると半分になってしまう、というケースが多い。

ちょっと話がそれるが、日本の私立大学は、日本私立学校振興共済事業団というのに入っていて、その事業団が私学が潰れないようにいろんなサービスをしてくれている。
民間企業から変わってきたぼくらが見ると、驚くようなサービスぶりだ。
例えば、こんな資料がある。

学校会計というのがあって、学校は企業と会計方式がちょっと違うのだが、それに基いて財務の健全性をチェックしましょう、という資料だ。
興味のある人はリンクを見てもらえばいいが、とっても丁寧というか、財務担当者をバカだと思っているのではないかと思われるような資料になっている。
でも、これに文句は出ない。
それどころか、こういうサービスをしないと、私学はやっていけない。

学校法人は、長らく左うちわの時代を過ごしてきた。
何もしなくても、儲かったのだろう。
しかし、少子化で下から(幼稚園から)順に苦しくなってきている。
そして、もう大学まで来てしまった。
来てしまったが、そういう厳しい時代を経験したことがない人ばかりだ。
だから、指導をしないと潰れてしまう。
まだ、いい時代の貯金があるが、それも底をついて厳しくなってきているのが現実。
すでに大学もいくつか潰れようとしている。
だから、私学共済事業団は加入者を減らさないために、指導を行っているのが現実だ。
民間企業の人は、こんな資料を見たらびっくりする、というかあきれるだろうなあ。

それを象徴するエピソードがある。
ぼくが大学に転職したときは、ちょうど会計システムを入れ替えたところだった。
ようやくサーバー・クライアントのシステムを法人が導入したのだ。
ぼくは企業ですでにそれを経験し、自分の伝票は自分で作成する、ということに慣れていて違和感はなかった。
もともとサーバー・クライアントの会計システムというのは、経理がまとめて処理するのではなく、みんなに分散させて業務を効率化しよう、というものだ。
だから、一人ひとり、自分の担当のものは自分で作成しないと意味がない。
しかし、事務局の課長で伝票を作成していたのはぼくだけだった。
他はみんな担当者がまとめてやっていたのだろう。
これでは、伝票の多いところは効率化しない。
それでも大学はマシな方で、法人では担当を2人増やしてそのサーバー・クライアントのシステムで伝票を作っていた。
なぜかというと、幼稚園や小学校、中学、高校はLANがつながっていないからだ。
だから、相変わらず手書きで送ってきたものを、電子化していたらしい。
これではそもそも入れた意味がない。
そんなことをやっていた。
効率化するシステムを入れて、人が二人増える、ということを矛盾だとわからないのだ。
これでは効率化できるわけがない。
その後どうなったのかは知らない。

そして、ちょうど1年後、新年度になって伝票を作ろうとしたら、参照ができない。
参照機能というのは、古い伝票を見て、それを直して新しくつくる、というもの。
どこのシステムにもそういう機能がある。
だからこそ、効率化できるのだ。
ところが、参照しようとしても、エラーが出る。
あわてて財務に電話をかけて、システムが壊れている、と言うと、担当者は「自分は伝票を作ったことがないから、詳しく教えてくれ」という。

「あのね、学校法人というのは、毎年同じようなことをやっているやろ。だから、伝票も同じようなものができることになるやろ。だから、伝票を作るときには1年前の伝票を参照して、それを変えたらすぐできるやろ。それができへんねん」

こう伝えたら、しばらくして電話があり、「年度が変わると参照はできません」と木で鼻をくくったような回答があった。
何でや、というツッコミは入れたが、仕様としてできない、と言われたらしかたがないのでもう諦めた。

しかし、数年後、このシステムを作った会社の人とひょんなことから仕事で一緒になり、「オタクのシステムは最低や。年度が変わったら伝票が参照できへん」と言ったら、「そんなことはありません。それは学校側がそうしてくれと言ったからですよ」と言われた。
「そらそうやなあ。年度をまたいで伝票が参照できないと、怒るわなあ…」と謝った。
そんな状態の財務部に電子化が効率よくできるわけがないのだ。
そして、もう諦めた。

だんだん思い出したら腹が立ってきたので、この続きはまた今度。
今日は本題に行けず。



| | 考えたこと | 01:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
仕事の思想
仕事の思想 田坂広志 PHP文庫

オリジナルは1999年に出た。それに加筆・修正を加えたのが文庫でこれは2003年。
大体は1999年時の状況で書かれたということだ。
バブルが崩壊して、不況だと言われ、それが身近に感じられだしたころかな。

この人は、1951年生まれ。東大卒の工学博士。74年に学部卒業後、民間企業に就職。退職して大学院を87年に卒業。その後アメリカのシンクタンクに研究員で3年、90年から日本総合研究所の設立に参画し、取締役、創発戦略センター所長などをやって、2000年に多摩大学の教授。内閣官房参与も経験という略歴。

この「仕事の思想」という本は、著者の仕事に対する思想を書いた本。
著者が自分と関わりがあった人とのエピソードを交えて、「働くとは」という思いを語っている。
この問いに答えはない。一人ひとりが自分の答えを持つべきだろう。
いや、持つために問い続けなければいけないのだろう。

「はじめに」にこう書かれている。

私が、新入社員として、民間企業に入社したころのことです。
その年に入社した新入社員たちは、各地にある工場に分かれて配属になり、半年間の新人研修を受けました。
その新人研修のころのことは、すべてが懐かしい思い出ですが、そのなかでも、最初に給料袋をもらった時のことが、深く印象に残っています。
新入社員一人ひとりが、初めての給料袋を手渡されて食堂に戻り、顔を合わせたとき、仲間の一人のY君が給料袋を見つめながらつぶやいたのです。
「ああ、これで自分の人生を会社に売り渡したのか…」
この言葉に、仲間の多くは、思わず笑い声を上げました。
たわいもない冗談だと思ったのでしょう。
しかし、私は内心、笑えませんでした。
なぜならば、彼の真剣な気持ちが伝わってきたからです。
Y君は、大学時代、演劇の世界に没頭し、できることならば演劇の道を歩みたいという夢を持っていたのです。
しかし、そうした青春の夢も現実の壁に突き当たり、彼は結局、民間企業への就職という道を選んだのでした。
私は、入社以来、このY君から、社員寮の部屋で遅くまでそうした話を聞かせてもらっていました。
だから、私は、彼の気持ちがわかるような気がしたのです。
そして、そこには、私自身の気持ちも重なっていたように思います。
しかし、こうしたY君のような気持ちは、多かれ少なかれ、誰しも、就職に際して抱いたことがあるのではないでしょうか。
誰しも、青春時代には夢を描きます。
自分の将来に夢を描き、そうした道を歩むことを願います。
しかし、自由な学生生活も終わりに近づき、就職という時期を迎えるとき、その「青春の夢」を追い続けるのか、それとも、現実を理解して「大人の道」を歩むのかの選択を迫られます。
そして、その青春の夢をあきらめ、大人の道を選んだとき、その夢が大きければ大きいほど、深い挫折感を味わうのでしょう。
このY君のつぶやきは、そうした挫折感の溜め息でもありました。
もちろん、Y君のような挫折感を感じることなく就職する人もいるでしょう。
就職というものに夢を描き、自分の希望する企業に入社することができた人です。
しかし、こうした幸せな人にとっても、かならず挫折感はやってきます。
なぜならば、希望したはずの会社で仕事を始めると、就職前には見えていなかった現実の厳しさが見えてくるからです。
ときには、その会社でやりたかった仕事がやらせてもらえず、やりたくない仕事をやらされることもあるでしょう。
また、やりたかった仕事をやらせてもらっても、思ったようには仕事がすすまないということもあるでしょう。
そうした意味では、就職して実社会で働くということは、多くの場合、青春時代に描いた夢が破れるということであり、志した目標が挫折するということでもあります。
そして、夢破れ、目標を失ったとき、私たちの心に浮かぶのは、次の問いです。
なぜ我々は働くのか。
その問いです。
もちろん、この問いに対して、「飯を食うため」という素朴な答えがあることはたしかです。
しかし、この答えに納得してしまえる人は、かならずしも多くないでしょう。
なぜならば、そうして飯を食うために働いている時間もまた、まぎれもなく、私たちの人生における、かけがえのない時間だからです。
だから、私たちは、Y君の
「ああ、これで、自分の人生を会社に売り渡したのか…」という言葉にささやかな共感をおぼえるのです。
もちろん、いまどき、実際に、社員の人生を給料で買ったと思う企業はありません。また、
自分の人生を給料で売り渡したというビジネスマンもいないでしょう。
Y君でさえ、本当にそう思っていたわけではないのです。
しかし、私たちが油断をすると、気がつけば
「給料で自分の人生を会社に売り渡した」という状態になってしまうこともたしかなのです。
だから、そうした状態になってしまうことに対する自分自身への警句として、Y君は、「ああ、これで、自分の人生を会社に売り渡したのか…」とつぶやいたのでしょう。
そうつぶやくことによって、決してそうした状態にはならないと、自分自身に言い聞かせたのでしょう。
では、私たちが、「給料で自分の人生を会社に売り渡した」という状態になってしまわないためには、どうすればよいのでしょうか。
そのためには、ひとつの問いを、問い続けることです。
なぜ我々は働くのか。
その問いを、胸中深く、問い続けることです。

この本は、その問いを深めるために10個のキーワードを取り上げて、書かれている。

思想/現実に流されないための錨(いかり)
成長/決して失われることがない報酬
目標/成長してゆくための最高の方法
顧客/こころの姿勢を映し出す鏡
共感/相手の真実を感じとる力量
格闘/人間力を磨くための唯一の道
地位/部下の人生に責任を持つ覚悟
友人/頂上での再会を約束した人々
仲間/仕事が残すもうひとつの作品
未来/後生を待ちて今日の務めを果たすとき

そして、そのいくつかに、人に絡んだエピソードが紹介される。

第一話のエピソードは1974年、筆者が大学の卒業前の友人との会話。その友人は東大の教育学部の学生だったが、わざわざ非行や校内暴力がはびこる問題高校に就職するという。
なぜ、その高校で働くのか、と筆者が聞いたら「たしかにあの学校は非行や校内暴力が問題になっている高校だよ…。だけど、そうした学校にこそ、本当の教育が必要なのではないだろうか…」と答えた。
筆者はこの言葉を聞いて、深く考えさせられたという。
今はどうなっているか、知るよしもない。
現実の壁に突き当たっているのでないだろうか、挫折を余儀なくされているのではないだろうか…。
そして、書く。

なぜならば、その現実の壁の厳しさも、その挫折の苦しさも、ほかの誰でもないこの私自身が感じ続けてきたことだからです。そして、そのことは、おそらく、現在の社会で働く多くの人々が感じ続けてきたことだからです。
社会の現実は、青春時代のロマンチシズムやナルシシズムを生き残らせてくれるほど、なまやさしいものではない。
そのことは、現在の社会で働く多くの人びとが、深い挫折感とともに感じ続けてきたことなのです。
しかし、そうした現実の壁に突き当たり、挫折のくるしさを味わったにもかかわらず、なぜか、私はいまも、こころの片隅で信じているのです。
彼は、きっと、あのころの気持ちを抱き続けて困難な教職の道を歩み続けているのではないだろうか。
四半世紀の歳月を経ても、彼の気持ちは失われてはおらず、その気持はますます深まりをみせながら、その道を歩む彼を支え続けているのではないだろうか。
(中略)
あのときの彼の言葉から伝わってきたものは、まぎれもなくひとつの「思想」でした。
「だけど、そうした学校にこそ、本当の教育が必要ではないだろうか…」
その彼の言葉は、「なぜ我々は働くのか」という問いに対する、彼なりの明確な答えを示したものでした。
それはおそらく、「仕事の思想」とでも呼ぶべき、明確な何かだったのです。
そしておそらくは、彼は、そうした「仕事の思想」をこころに抱くことによって、それを「錨」にしようとしたのでしょう。

これが「思想/現実に流されないための錨(いかり)」という章で語られるエピソードである。
ぼくは1979年に就職した。
前にも「いちご白書をもう一度」で書いたが、ぼくらの時代、就職は負けいくさだった。
就職する、ということは青春時代と自分の夢(ぼくの場合は、そんなものはちゃんちゃらおかしいものだったが)を捨てて、社会の一員になるということだった。
でも、ここに出てくる彼は、そうではない。
自分の夢に基づく孤高な「思想」を持って、社会という大海原に船出をしたのだ。
筆者は1999年当時の風潮をみて、今の日本にあふれているのは、いかに安全で楽な仕事をみつけるのか、という「貧困な仕事の思想」が目につく、という。
この時代はまだバブルの残り香があったのかもしれない。
これが第一話だ。

第二話では、大学時代にジャズが好きで、就職したくなかった、という友人のエピソードが語られる。
その友人は、会社で仕事はするが、それでも好きなジャズは捨てないぞ、という決意を語った。
そして3年、久しぶりに会って彼に仕事のことを聞くと、困ったことに仕事が面白くなってきた、という。
そして、また7年が経った。
お互いにビジネスマンとして出会って会話が弾む。
そして、彼は、今は仕事をどう仕掛ければいいか、わかるようになり、ようやくやりたい仕事ができるようになった、と言った。
もうジャズの話は出なかった。
そして、もう5年が経つ。
彼は中堅のビジネスマンになっており、仕事というものは、こころをこめてやれば、何でも面白いよ、と語ったという。
あるとき、彼の同僚とふとした縁で知り合い、彼の評価を聞いた。
その同僚は「あいつは、夢のある奴だよ。そして、あいつは、志を持っている。うちの会社には、いなくてはならない奴だよ…」という。
ここで筆者は、仕事の報酬について考える。
そして、仕事の報酬は仕事であり、そして仕事の報酬は成長である、ということに至る。

第四話では、筆者が民間企業で務めている時の顧客のエピソードが語られる。
ある顧客に用意周到なプレゼンテーションを行った時のこと。
相手の部長さんから、ぼろくそに言われた。そして、その体験から20年、「厳しい顧客こそが、優しい顧客である」と思う。
筆者にそのことを気づかせてくれた顧客だったのだろう。

第五話では、入社2年目の時のエピソード。
自分の自信作のプロジェクトの企画を持っていった先の、H課長の話。
H課長は非常に面白いと言ってくれたのだが、上の了解が取れなかったという。
そして、上の指示通りに書き直してくれと言われた。
しかし、その瞬間、自分は顧客に対してベストを尽くしたか?という声が聞こえ、こう言った。

「以上が、私どもが、このプロジェクト企画を御社に提案した理由です。
そして、結果としては、このプロジェクト企画は委員会のご理解をいただけず、不採用になりましたが、私どもの信念は変わりません。
このプロジェクトを実施することができるのは、御社だけであり、また、このプロジェクトを実施することが御社の将来にとってかならず有益な結果をもたらすと、いまも信じています。
ただ、私どもは、お客様から仕事をいただく立場の企業です。最終的にはお客様のご判断に従います。そして、そのご判断もいただきました。ただ、お客様に対してベストの提案と説明を申し上げるのが、私どもの責任と思いましたので、最後に、もう一度だけ、そのことを説明させていただきました。
話を聞いていただいて、ありがとうございました。お約束どおり、明日までに、プロジェクト企画の修正案を持ってまいります。」

そして、結果的にH課長が上を説得してくれて、このプロジェクトは企画どおり実行できたという。
これが「顧客との共感」である。
自社の立場で顧客を操作しようとしてはいけない。
顧客の立場に立つ、とは文字通りH課長の立場に立たないといけないのだろう。

第9話では、職場の仲間の話が語られる。
この話はいい話だった。
もちろん、筆者の志が高いから、そういう仲間が集まってくるのだろう。

そして、第10話。
ここで筆者は「何を恐れるべきか」という。
自分の夢が破れた時にどうしたらいいのか、ということだ。
そして、「カッコーの巣の上で」という映画を例に引いて、こう語る。

だから、もし、夢を描く私たちが恐るべきものがあるとするならば、それは、「夢が破れる」ということではありません。
そうではありません。
私たちが恐れるべきは、「力を尽くさぬ」ということなのです。
もとより、この人生とは、かならずしも描いた夢が実現する世界ではありません。 
本気で描き、懸命に求めた夢が破れることは、たしかに、ある。
どれほど本気で夢を描こうとも、どれほど懸命に夢を求めようとも、それがかなわぬことは、ある。
そして、その夢が実現するか、破れるかは、ときに「天の声」とでも呼ぶべき、一瞬の配剤によって決まってしまうときすらあるのです。
私たちが、この一回かぎりの命を燃やして歩む人生とは、そうした世界です。
だから、夢を描く私たちに問われるものは、「その夢を実現したか」ではありません。
私たちに問われるものは「その夢を実現するために、力を尽くして歩んだか」ということなのです。
問われていることは、それだけなのです。

この本の著者は、とてもレベルが高い。
その目線で書かれている。
だから、万人が読んでためになる本ではないと思う。
でも、たぶんにロマンを含んだ、時に詩的な文章は素直に感動する。
こういう「仕事の思想」を胸に秘めて、昔のエライ人(現在63歳)は就職していたのだろう。
しかし、ここまでではなくても、仕事はやっているうちに思想を持ってくるものだ。
それがなければ、やってられない部分がある。

この本を読んで、昭和54年当時、就職したころのことを思い出した。
入社してすぐの座学がある。
その座学で、役員が話をしたのだが、その話の内容は忘れた。
その役員が「君ら、この会社に入ってきて、今はどうおもっとるんや」と聞いた。
ぼくは、「この会社に入って、あと38年、辞めるときにどうおもうのだろうか、良かったと思えるだろうか、と思っています。」と答えたと思う。
結果として、25年で辞めたのだが、それでもぼくは「この会社に入って良かった」と思っている。

38年勤めることが大事なことではない。
そのプロセスが大事なのだ。

そういうことをこの本は言っているような気がする。

これもアマゾンで中古で買った。

| | 考えたこと | 20:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
殺人ロボット
ロボットというと、日本人は人間型を考える。
鉄腕アトムのようなロボットだ。
ぼくらの世代は、アトムのようなロボットは、無条件に人間の友だちだと考える。
でも、世界ではそうではないらしい。

アメリカのヒューマン・ライツ・ウォッチという団体が、開発中の「殺人ロボット」を禁止するべきだという報告書を出したらしい。
アメリカでは人間型のロボットは気持ち悪いと思われているらしい。
キリスト教の国々では、人間と人間以外の境界がはっきりしていて、人間でないのに人間みたいなものは嫌われるらしい。
だから、今言われているロボットというのは、人間型ではない。

このロボットというのは「完全自律型兵器」という。
自分で判断して人を攻撃できるロボットだ。
人間がリモコンで動かすのではなく、自律するのだ。

例えば戦車や戦闘機が自律して攻撃するというもの。
もちろん、攻撃対象など、初期設定はあるのだろうが、いったん発進したら後は自分の意志で目標まで移動して攻撃する。
そんな兵器を開発中とのことらしい。
まあ、今は無人偵察機などがあるから、技術的には近いところまで来ているのだろう。

下手をすると20〜30年後には稼働するかもしれないとのこと。
それもあるかもしれない。
だからこそ、今の間に禁止してしまおうということだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチはアメリカのNGO組織。
今回報告書をハーバード国際人権クリニックと一緒に出した。
「国々がこの技術に対し更なる投資を注ぐようになってしまってからでは、それをあきらめるよう説得するのはより困難になるだろう。」という判断。
エライ意見だ。その通りだと思う。

ぼくらは、こういうニュースを聞いても、想像するのは人間型のロボットだ。
でも、それは世界ではマイナーだと思う。
だいいち、そんなに技術が進んでいない。
二本足で歩くというのは、とてもむずかしいし、戦場で走り回るなどというのは簡単にはいかない。
大阪大学で人間そっくりのロボットもやっているが、あれが人並みに動くようになるのは20年や30年では難しいだろう。

かたや、掃除ロボットのルンバはアメリカ生まれ。
日本のメーカーも追いかけてはいるが、なかなかルンバには及ばない。
どうしても、日本でロボットというとアトムなのだ。

だから、殺人ロボットも日本では作れないだろう。

これは手塚治虫の功績だと思う。


| | 考えたこと | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
ユーミンの場所
こないだダイエーのCD売り場に行って、暇つぶしにうろうろしていたら、いろんな新譜があった。
エグザイル、メイジェイ、桑田あたりは、ぼくも知っている。
もちろん、普通の棚ではなく、目立つところにあった。

そうそう、そういえばユーミンも何か出していたなあ、と思って探すとJ-Popのところにはない。
何かの間違いかと思って、何度も見た。
荒井由実かもしれないと思って、「あ」のところを見てもない。
ユーミンかもしれないと思って、「ゆ」のところを見てもない。
もちろん松任谷由実の「ま」のところにもない。
何かの間違いかと思って、もう一度見たが、見当たらない。

J-Popの後ろ側に「大人のポップス」みたいなコーナーがあった。
要は中高年向けの古い人のCD。
弘田三枝子とか、太田裕美とか、ちあきなおみとか、まあいえば昔の歌謡曲のようなCDが並んでいるコーナーだ。
なんと、そこに松任谷由実があった。
山下達郎もそこにある。
いったいどないなってんねん、と目を疑った。

ユーミンや達郎といえば、今のJ-Popの前身のニューミュージックの草分けと言っていい。
そのミュージシャンが「大人のポップス」とは…。

その店の従業員は20代か30代。
間違いなく、昭和は知らない。
ユーミンや達郎が出てきたのは昭和50年代。
だから、十把一絡げで大人のポップスに分類されるんだろう。

ぼくは昭和50年当時、レコードを聞いて、その洗練されたメロディーラインやアレンジに驚いた覚えがある。

ユーミンの「コバルトアワー」や、達郎の「ウィンディ・レイディ」なんかは、当時の洋楽と比べてもひけをとらない音楽だと思った。

でも、もう古いんだろう。
山下達郎は61歳、ユーミンは今年60歳のはず。もう還暦だもんなあ。

老兵は去りゆくのみ。
でも、あの人たちがいたから、今のJ-Popがあるんだよ、と無言で言っておいた。

ひょっとしたら、今の中高生はJ-Popの”J”はジャニーズのJだと思っているのかもしれんなあ。
もう今はやっていないが、時代劇の水戸黄門で、助さんをやっていたあおい輝彦がメンバーだったのがジャニーズだ。
ジャニーズって、なんだと思っているのかな。
単なる事務所の名前だと思っているのか。

ジャニーズも十分古いのだ。



| | 考えたこと | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分で考える
朝のテレビで、小学校の通学路について考える、というニュースをやっていた。

あるPTAが子供の目線で通学しているところをビデオに撮って、それを見せて小学生に安全に通学するにはどうしたらいいか、ということを考えさせていた。
女性の先生がきつい口調で「さあ、どうしたらいいか、考えて」と言っていた。
そして、子どもたちが「クルマに気をつける」とか「他の人のことも考える」とか、言っているところが画面に写っていた。
こういう場面をみて、いつも違和感がある。

子どもたちが「自分で考える」というのは大事だ。
しかし、自分で考えられないからこそ、教育するのではないか。
教育した結果、自分で考えるということができるようになる、というのがステップだ。
「考える」ということは難しい。

今の先生は子どもに考えさせすぎではないか。
きっと学習指導要領にもそんなことが書いてあるのだろう。
しかし、その前の知識や経験をすっ飛ばして考えることなどできるのだろうか。
学校で教えることは、新しい知識だ。
それを教える段階で、考えることなどできるのだろうか。
そんなものは本当に考えているのではない。
経験を積まないとわからないこともあるのだ。
「考えさせる」ということで、教えることから逃げているような気がする。

もっとまじめに教えないといけないのではないか。
頭から教えたほうがいいと思う。
自分自身で考えるプロセスはムダだと思う。

それは、子どもに考えさせるという体裁はとっているが、言わせているだけだ。
考えることは強要されてできることではない。
結局は考えることを放棄させているような気がする。

と、しょうもないことを考えた。

でも、大事なことだと思うのだが…。


| | 考えたこと | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
Don't let me interrupt you.
皿洗いをしている奥さんに、FBIの操作官が「気にしないで、皿洗いを続けてくれ」といった時のセリフ。
直訳すると、「私にあなたの邪魔をさせないでくれ」という意味になる。
こういう言い方が、英語らしい英語だろう。

英語がネイティブではない人は、どうしても”Please continue your work.”(あなたの仕事を続けてください)というようなことを言ってしまいそうな場面。
でも、これは”please”をつけているとはいえ、あなたに対する命令形であって、ぶっちゃけた言い方をすると、「続けなさい」という意味だから、聞く方にとってはキツイのかもしれない。

ここで、「私に〜させないでくれ」という言い方をするのが、英語の丁寧語のような気がする。
”please”を使えばいいというものでもないのだろう。
聞いていて、なるほど、というセリフだった。

Don't let me〜という言い方はビートルズの唄にもあった。
Don't let me downという曲だ。私をがっかりさせないでくれ、というような意味だと思う。

そういえば、”Don't Let Me Be Misunderstood”という曲もあったなあ。
だれが歌っていたか忘れたが…。
とても回りくどい言い方のような気がする。
私を誤解させないでくれ、という意味だろうから、”Let me understood”と言えばいいのに、これを”Don’t let me be misunderstood”という風に言う。
ネィティブが聞いたら、それなりのニュアンスがあるのだろう。
まあ、字余りだったからそっちを選んだということもあるのかな。

英語には日本語のような丁寧語や謙譲語、尊敬語というのはないが、こんな形で丁寧さを表しているのだと思う。

外国人が日本語の敬語を覚えるより、こちらのほうが難しいのでないか。
はっきりとした「敬語」というシステムがないからだ。

Don't let me interrupt you.
こういう言葉をすっと言えるようになったら、ネイティブ並みなんだろう。



| | 英語 | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
プライドチキン
この言葉は30歳を過ぎた独身女性のことを言うとのこと。

プライドは文字通りプライドが高い、という意味で、チキンは臆病者ということだ。
つまり、プライドチキンはプライドが高い臆病者、ということ。

なぜ30歳過ぎの女子はプライドチキンなのか。
何でも、30歳過ぎの女子が集まって話すときにそういう言葉が出てくるということらしい。
プレジデントの記事http://president.jp/articles/-/12566によると、「年齢を重ねるごとにプライドが異様に高まる一方、失敗が怖くて臆病(チキン)になるため、恋愛が思うようにできない女性を指すらしい。テレビのコメンテーターとしても活躍する、美人女医の友利新さんによる造語が女子の世界で流通しているのだ。」とのこと。

なかなか新語としてはよく出来ている。
フライドチキンとの類似性もいい。
チキン=臆病という英語の使い方もいい。
当然、新語の和製英語だが、この言葉は残ってほしいと思わせる。

この記事を書いているのはアラフォー女子。それによると、彼女らアラサー(30歳過ぎ)の女性たちはプライドは高いのだが、職場での評判はさほど高くないらしい。
どちらかというと、扱いにくいということだ。

そういえば、ぼくも何人か心当たりはあるなあ。

しかし、女性の場合はアラサーになって、趣味や仕事に精通し、プライドも持っている(らしい)のに、男性の場合は年を取って独身だと「難あり物件」扱いされるのはどういうわけだろう。

彼女らも「男性のいい物件」は早く売れると思っているのだ。
それなら、自分たちも同じことだと思わないのだろうか。

きっと彼女らも内心はそう思っているのだろう。
だから、見せかけのプライドを持っている。
そして、だからこそ、チキンになるのだろう。

でも、そういう事はアラサー男からはなかなか言えない。

だから、ぼくが代わりに言っておこう。

いい物件も、悪い物件もない。
自分に合うかどうかだけだ。


| | 考えたこと | 00:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
薬学部
日刊ゲンダイの記事に「1200万円超がパー 薬学部生の4割が薬剤師になれない」 というのがあった。

薬学部を取り巻く環境について知らないと、この記事の意味はわからない。
実は薬学部は2003年以降文科省が規制を緩和して、新設が相次いだ。
薬剤師を増やすという名目だったが、これが大失敗。
新設大学の薬学部は、概して偏差値が低い。
大学としてはせっかく教員を集め、設備投資して薬学部を作ったのだから受験生を集めたい。
結局は経営優先で、どう頑張っても薬剤師の国家試験に通らないレベルの学生を通してしまう。
いくら薬学部が人気があるといっても、急に偏差値が上がるワケがないのだ。
その結果が年に200万円の学費を6年間出して(もちろん途中で退学する人もいるだろうが)、薬剤師になれない人が、国家試験受験生の4割、という数字になった。

実は、国家試験まで到達できなかった学生もたくさんいる。
このページによると、最下位の日本薬科大学では6年前に311人の学生が薬学部に入学したが、6年後に国家試験を受けた学生が75人しかいない。
その結果、通った学生が73人で合格率97.3%となったが、実際には238人が留年している。
要はこの大学に入っても、6年で薬剤師になれるのは23.5%しかいないということだ。
そんな大学が下の方に並んでいる。

学部としては薬剤師を養成するということで設置しているが、入試はお金優先で人数を優先して取り、その大学の教育で目的を全うできなくても(薬剤師になれなくても)仕方ない、という姿勢だ。
入試の目的の一つである、「その大学の教育システムで教育できない学生を落とす」という機能は、大学経営のために無視される。
このところぼくがずっと言っている事だ。

その結果が、国家試験に現れている。

薬学部の場合、結果がはっきりするので、目に見えるが、下位校では他の一般的な学部でも、薬学部と同じことが、起こっている。
どう考えても、大卒として就職できない学生を取っているのだ。

大卒としての就職、というのは大学生を対象にした就職ということだ。
大卒として就職できない、という意味は、大卒に向けた求人ではなく、ハローワーク等の「学歴不問」という求人とか、「年齢不問、経験不問」というような求人で就職していく、ということだ。
採用する側は高卒でも、中途でもかまわない、ということになる。

何度も言うが、入試の役割は「その大学で教育し、大卒レベルと世間が認める人を卒業させる」ための人材を選別することだ。
何でもいいから卒業させるのではない。

それが機能していない学校がたくさんある、ということだ。
もちろん、どこの学校にもいい学生はいる。
しかし、下位校にいけばいくほど「本来なら高校を出て就職したほうがよかった学生」が増えてくる。
そういう学生を高校側も送りこんでくる。
なぜかというと、全入になって、就職よりも進学の方が簡単になったからだ。
もちろん、入試が機能していればいくら数字的には全入でも、誰でも入れるという事にはならないが、下位校では入試が機能していないところが多いから、進学の方が簡単になるのだ。
「ウチはお金がないから…」という親の相談は、「大丈夫、奨学金をみなさん借りてますから」という高校の教師の言葉で封じられる。
実際にそういう教師がいるらしい。詳しくはこの記事を。

これは一人大学(下位校)が悪いわけではない。
日本の教育システム全体が悪いのだと思う。
高校卒業レベルが下がっている。
全てを偏差値で見るから、絶対値での比較ができなくなる。
いくら偏差値で測っていても、社会にでるときには絶対値だ。
同じ偏差値50でも10年前、20年前と今では違うのだろう。
そのことをわかっていても、誰も何も言わない。
なぜなんだろうか。

ある社長と就職の話をした時、大学生の就職の面接で「ウチは15000円に消費税をつけたらいくらなるか?という質問をするが、それに正解するのは半分だ」と言っていた。
「今の大学生はどないなっとんねん」と言われて、「すいません。それが実力です。」と答えざるを得ないのが、下位校のつらいところだ。

パーセントの計算を学生が覚えるべきなのは小学校高学年。
それができないまま、中学校も高等学校も卒業できる。そして大学に入り、大学は卒業させる。
専門の学士号と割合の計算は関係ないからだ。
マジメに専門外の「小学校の計算」を教えている大学は、こんなカリキュラムをやっていていいのか、などと批判される。
それでも、やっているだけマジメだろう。
入試でなぜそういう学生を入れるのか、という疑問は残るが、それは多くの下位校も同じだ。

この状態はどう考えてもオカシイ。

下位の大学はもっと大きな声で「初等、中等教育を何とかしろ」と言うべきだと思う。
そうでないと、高等教育はできない。

90年代に国立大学でも、分数ができない学生がいたのに、何もしていないから、仕方ないか…。



| | 考えたこと | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
知識がないことは「ぶっ飛んでいる」ことではない
貸家というのを英語で書くと、"For rent"となる。
東京には、そんな張り紙の出たマンションや貸家があるらしい。

ある漫才師が、相方が「ぶっ飛んでいる」という事を言うのに、「彼はFor rentという張り紙が多いのを見て、そういう不動産会社があって、たくさんのところに貸しているのだと思っていた」という事例を挙げた。
なぜそれが「ぶっ飛んでいる」ことになるのだろうか。
「ぶっ飛んでいる」という言葉にはどういう意味があるのだろうか。

「ぶっ飛んでいる」という言葉には、「常軌を逸している」というような意味があると思う。
芸人として、ある種必要なものだ。
常識人でない部分が、面白さや危なさを引き出す。
人と違った見方になるのも、そういう要素があるからだろう。
そういう意味で「ぶっ飛んでいる」という言葉は使われるのだと思う。

しかし、今日の漫才師の言った言葉はそういう意味ではない。
単に”For rent”の意味を知らなかっただけだ。
どちらかというと、彼はこんなことも知らなかった、という意味だ。
それのどこが「ぶっ飛んでいる」のだろうか。

このエピソードを話して、彼は英語が苦手だ、というのならわかる。
しかし、「ぶっ飛んでいる」エピソードというなら、間違いだ。
知識がないことを「ぶっ飛んでいる」と言ってはいけない。
まるで知識がないことを誇っているようになる。
引退した島田紳助がやっていたおバカ番組の影響だろう。

このエピソードを聞いた方も、笑いながら「そうなんですか」と言っていた。
このリアクションもわからない。
まともな人なら、相方は英語がわからないんですね、というだろう。
最近はテレビに出る人がマトモでなくなったのだ。

日本語がわからない外国人の話ならわかる。
「月極駐車場」という張り紙がたくさんあるのを見て、「月極」という会社はたくさん駐車場を持っているのだ、と思っていたら、それは「つきぎめ」と読む言葉で、単に月払いの駐車場という意味だった、ということをエッセイに書いていた外国人がいた。なるほどと思う。
日本にはゲッキョクという、駐車場を運営する大会社があるのだ、という話。

これなら上質のユーモアだと思う。

しかし、その前のぶっ飛んだ話は笑えない。
しかも、これがNHK。

受信料を返せと言いたくなる。



| | 考えたこと | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
キャリアショック
キャリアショック 高橋俊介著 ソフトバンク文庫

ご注意:この記事、書いていたら引用が多くなり、長くなりました。

2000年に出された本。
この時に、「キャリアショック」の時代が、日本にも訪れようとしている、というのが著者の感覚。
はじめに、の部分に書いてある。

「キャリアショック」とは、自分が描いてきたキャリアの将来像が、予期しない環境変化や状況変化により、短期間のうちに崩壊してしまうことをいい、変化の激しい時代に生きるビジネスパーソンの誰もがそのリスクを負っている、きわめて今日的なキャリアの危機的状況をいう。まさに、キャリアのクライシスといってもいい。
私がここにキャリアショックというテーマを提起するのは、IT(情報技術)の世界におけるドッグイヤー(6,7年分の変化が一年が起きる)と同様な劇的な変化が、キャリアの世界においても起きつつあるからである。にもかかわらず、雇用やキャリアをめぐる論議は、これから述べるように、企業が雇用を守るのか守らないのかといった旧態依然とした議論に終始しており、それはあまりにも一面的なものの見方であるように、私には思えてならない。
(中略)
雇用の流動化とは、基本的に特定の企業との雇用が長期的に続いているかどうかという視点だ。しかし、たとえ、雇用が確保できたとしても、ある日突然、自分のキャリアが陳腐化し、自分のキャリアの将来像が、あっという間に崩壊してしまう。それがキャリアショックだ。そういう事態がこれからは、どんどん起きてくる。

そして、この本は日産自動車が突然外資系になったという事例を上げる。
まさに、その通りだっただろう。
また、アメリカのヒューレット・パッカード(HP)も大きく変わったという。HPはアメリカ企業では最も家族主義的な経営理念を持っていた会社らしい。終身雇用を一貫して続けてきた。
それが90年代の初頭に限界が来て、社員のキャリアショックが激しくなった。
それをアメリカらしく、全社員に正直にその事態を伝え、個人主導のキャリア自律を目指すキャリア・セルフ・リライアンスの概念を導入したとのこと。
そして、こうなった、と書く。

社内だけでは足りない人材は社外から採り、職種転換にどうしても適応できない人材は社外へ流動化させ、社外との出入りを含めた流動性を徹底的に推進する。「人材の入れ替えを行わなければ、この企業は生きていけない」とCEO自身が宣言し、年間退職率10%を目指す段階まで、HPは変革を遂げようとしている。

この本が出て14年経った。
日産やHPほどではないが、多くの仕事の形態が変わったと思う。
大企業においては、単に伝票を作るとか、計算をするだけとかいうためには人を雇わなくても済むようになった。
つまり、そろばんや電卓をひたすら操作し、正しく計算して表を作る、というような仕事はなくなり、経理の人は激減した。
これはITのおかげだ。

2014年の今は、すでに既存社員の第一陣キャリアショックは起こってしまったと思う。
ただ、この第一陣はまだ企業に余裕もあったし、終身雇用が生きていたし、転属先もあったのではないか。
今の時点で深刻なのは、キャリアショックではなくて、その影響でITによって単純作業がバイトや非正規社員になって、正社員の求人が減った、ということの方が大きいことだ。
つまり、正社員になろうとすると、単純作業のスキルを持っていてもダメで、人間関係をうまくやるとか、企画提案ができそうだとかいう複雑作業か、コンピューターのプログラムができるとか、戦略が立てられそうだとかいう専門的知識のどちらかが必要になる、ということだ。
これは大企業だけでなく、中小企業でも程度の差はあれ、同じことだと思う。

今は人手不足と言っているが、長い目で見れば労働に対する報酬も新興国との競争であり、平均値でいえばどんどん安くなる方向に行くと思う。
日本は今も経済大国であり、人件費は高いからだ。
新興国はその逆だ。どんどん人件費は上がっていく。
だから、昔は日本人一人の給料で20人雇えるとか言っていたが、この人数はどんどん減っている。
新興国は人件費が上がり、先進国は下がるのだろう。
それがどこかで一緒になる。
荒っぽい議論だが、グローバル化の行きつく果てはリクツではこうなると思う。

ともあれ、それらのキャリアショックを乗り切る知恵は大事だ。
そのテーマはいろいろ研究されていて、その一つが紹介されている。

先の見えない時代に、どのようにして自律的にキャリアを作っていけばいいのか。アメリカでも現在、とくに変化の激しいシリコンバレーを中心に、さまざまな研究が進められている。その中で、アメリカのカウンセリング学会誌等で発表された、プランド・ハップンスタンス・セオリー(Planned Happenstance Theory)の論文が注目を集めている。
プランド・ハップンスタンス・セオリーとは、直訳すれば、「計画された偶然理論」ということになるが、ひとことでいえば、変化の激しい時代には、キャリアは基本的に予期しない出来事によってその八割が形成されるとする理論だ。そのため、個人が自律的にキャリアを切り開いていこうと思ったら、偶然を必然化する、つまり、偶然の出来事を自ら仕掛けていくことが必要になっていくるというのだ。
そして、自分にとって好ましい形で偶然を必然化するには、特定の行動・思考パターンが必要であり、それは五つの特徴(注:別表あり ?好奇心、?こだわり、?柔軟性、?楽観性、?リスク)によって表されるとする。
好奇心が旺盛でありながら、同時に、自分の基本的な考えにはこだわりを持ち、柔軟かつ楽観的に物事をとらえ、進んでリスクを取っていく−あなたは、このうちいくつあてはまるだろうか。
(中略)
変化の時代には、個人が自分のキャリアの将来像を明確に描くことは不可能であり、しかも、キャリア構築は予定どおりにはいかない。であるならば、自分にとってより好ましい変化を仕掛け、キャリアショックに備える行動を取らなければならない。その能力を、「キャリアコンピタンシー」と呼ぶ。
社外で通用すると思われる目先のスキルや特定の資格を身につけたとしても、それがいつ陳腐化するかわからない。キャリアショックがいつ起きても不思議ではない状況の中で、柔軟に自分のキャリアを仕掛けていくような行動パターンや行動能力が、個人にとって最も重要になりつつあるのだ。

HPは、社内の全ての職務についてのコンピタンシーを定義し、制度を作ろうとしたらしいが、それは無理だった。その代わり、社内の人事に公募制を取り入れ、その募集要項をみれば何が必要とされているかわかるようにしたらしい。
それがアメリカで最も家族主義的な会社であった、HPの変化の方向である。
日本も遅ればせながら、そうなる可能性が大きいと思う。

今公務員が人気だというが、2040年には自治体の半分が存続不能という記事があった。
人口の少ない市町村は当然改革を強いられ、公務員数も削減されるだろう。
それを今の若い公務員志望者はわかっているのだろうか。
競争もなく、ノルマもなく、安定しているからという理由で公務員を目指す人は将来のキャリアショックに耐えられるはずがない。

そして、筆者は幸せのキャリアとはどういうものかを考える。

最近、「勝ち組」「負け組」という言葉が何かと流行っているが、人材マネジメントのコンサルティングに長くかかわってきた私が、つくづく感じるのは、キャリアの世界には、勝者も敗者もなく、あるのは「幸福のキャリア」と「不幸のキャリア」であるということだ。
幸福か不幸かの価値観は、社会がモノサシを与えてくれるものでもなければ、他人が値踏みするものでもない。それを、社会のモノサシに委ねてしまおうとすると、誰もが暗示にかかったように、給料の額がモノサシ化してしまう。そして、給料が数パーセント上がっただけでも、自分が幸せになったように錯覚してしまう。
もちろん、お金が社会的に重要な要素であることは、いうまでもない。しかし、これまで自分で築いてきたキャリアについて満足度の高い人たちにインタビューしてみると、給料の違いは二〜三割程度の増減まではたいした意味を持たないという。実際給料が二〜三割上がっても、生活のレベルにそんなに違いが出るわけでもない。
にもかかわらず、キャリアの成功の尺度として、”人の値段”を求めるということは、お金というモノサシに人間が振り回されている。それも、お金本来の使用価値よりも、お金というものを通じた社会的象徴価値に振り回されている。それは大企業の部長とお金という肩書きが過去に持っていた社会的象徴価値と同じだ。これが、幸福なキャリアといえるだろうか。大切なのは、自分で自分のキャリアを幸せに思えるかどうかではないだろうか。

筆者がインタビューしたという人たちは、世間で言う「いい会社」に勤める人が多かっただろうから、給料2,3割はそんなに大きな要因にならない、ということだ。
いやいや、それは大きい、という人たちもたくさんいる。

でも、言いたいのは「人はパンのみにて生くるにあらず」ということだろう。
ぼくは、この言葉を学生たちに見せて、意味を考えさせた。
そして、パンは大事だが、それは生活するためのものであり、「善く生きる」ためにはパンの一段上のものが大事ではないか、と問いかけた。
やっぱりお金の一つ上の次元のものが要るんだろう、ということになる。
それが幸せのキャリアになるんだろう。

それを実現するために、コンピタンシーという概念がある。
これは今の就職で大事だ、とされているものだ。引用すると、

コンピタンシーという概念は、最近、人事関係者の間では大流行しているが、もともとは行動心理学の世界から出てきたものだ。
ある職種において長期的かつ安定的に高い成果を出せる人と、あまり成果を出せない人、ないしは、たまに出せたとしても安定的には出せない人を比べ、その違いを行動心理学的に分析する。すると、成果の安定性と高い相関が見られるような特定の指向特性や行動特性が浮かび上がってくる。
たとえば、会議でどんどん積極的に発現する、顧客を訪問する際には必ず顧客の分析を行って対応の仕方を考える、仕事に制約条件があったら、それを一つ一つ排除していく…等々、このようなときには、このように考え、このような行動を取ることができるという、特徴的な違いが出てくる。それがその職種で安定的にハイパフォーマンスを上げるためのコンピタンシーということになる。たとえば、経営幹部に求められる要件としては、管理技術はスキルだが、リーダーシップはコンピタンシーということだ。
この考えを応用して、自律的キャリア構築の分野で同じような分析を行う。そうやって明らかになるものが、変化の激しい時代に、キャリアショックに対応しながら、幸福なキャリアをつくっていく思考特性や行動能力、すなわち、キャリアコンピタンシーにほかならない。

そして、コンピタンシーと並んでカギを握っているのがパーソナリティーというもの。
これはその人がどんなことにモチベーション(動機、やる気)を感じるのか、という部分である。
パーソナリティーはなかなか変えることができないから、難しい部分になる。引用すると、

パーソナリティーとは、いわゆる個性や性格のことだが、その中でもキャリア形成において最も重要になるのが、その人がどのようなことにモチベーションを感じるのかという動機の部分だ。
動機にもさまざまな種類があり、それを探るアセスメントツールも各種つくられている。アメリカに本社を置く人材評価コンサルティング会社キャリパー社では、心理学を応用した四〇以上の指標を使ってパーソナリティーを評価する。

ここで、キャリパー社の表が示されるのだが、用語の例として以下のようなものが挙げられる。
影響欲、復元力、社交性、好印象欲、感謝欲、徹底性、自己管理、外的管理、切迫性。
元が英語なので、わかりにくくなっていると思うが、各々の説明を読むとまあわかる。
西洋人は分析好きであり、世の中のものは全て分類できると思っているし、そうでなければならない、と思っている。
ここが東洋人と違うところだが、確かに分析すれば類型化できるし、よくわかるのも事実。続けて引用すると、

その指標をいくつか見てみると、たとえば「好印象欲」(Gregariousness)という動機。初対面の人にも自分がいい人だと思われたいという欲求だ。好印象欲の強い人は、パーティーなどでも、初対面の人と如才なく会話しながら、すぐ親しくなれるようなコンピタンシーを持つようになる。もともと動機があるため、場が与えられれば、そのような行動をしてしまうのだ。
逆に好印象欲が低い人は、パーティーに行くと壁にくっついたまま動かない。そして、「初めての人といきなりビジネスの核心に触れる話はできないし、かといって、たわいのない表面的な話をしても無駄だ」などと、自分で理屈づけて動かない。初対面の人と話すこと事態、おっくうな人もいる。
しかし、営業職に代表されるように、外とのネットワークを広げていかなければならない仕事についている人は、動機として好印象欲が低くても、壁にひっついてばかりはいられない。パーティ会話集の類のノウハウ本を一生懸命読んだりして、自分で勉強し、それを実行しながら少しずつ社交的に振る舞うコンピタンシーをつけていくことになる。
つまり、同じような状況を与えられても、もともと動機のある人は努力しなくてもコンピタンシーが強くなっていくが、動機が乏しい人はかなりの努力をしないとコンピタンシーがついていかない。ここに、動機とコンピタンシーの重要な関係が浮かび上がってくる。
(中略)
このように、動機とコンピタンシーは密接な関係にあるが、問題は、努力によってどこまでコンピタンシーをつけていくことができるのかという点にある。
スキルについては、個人差があるが、何歳になってもつけることができる。むしろ、変化の激しい時代には、次々と新しいスキルをつけていかなければならない。スキルは、蓄積するというより、生涯学習により、更新し続けるものだ。
では、コンピタンシーはどうかといえば、実はそう簡単には身につかない。
(中略)
そのため、年を取るほど、新しいコンピタンシーをつけたり、ましてや、従来の自分とまったく逆のコンピタンシーをつけていくことなどは、どんどん困難になってくる。それは容易に想像がつく。入社以来、二〇年間、いわれたとおり、正確に仕事をすることだけを続けてきた人が、ある日突然、役割が変わったので自分の仕事を自分でつくりなさいといわれたらどうするか。前向きな発想を二〇年間、封印してきた人が、まったく正反対のコンピタンシーを短期間につけるのは、至難のわざといってもいい。
さらに、パーソナリティーや動機そのものを変えることはできるのか。動機をアセスメントするツールには、キャリパー社のほかにも、有名なものではマイヤーズ・ブリック・タイプ・インジケーター(MBTI)、エニアグラムなどさまざまなものが開発されており、それぞれ、特定の調査対象者について、二〇歳前後から一定年次ごとに追跡調査を行っているが、どの調査でも、動機に大きな変化はほとんど見られなかったという分析結果が出ている。
動機を変えることはまったく不可能であると証明されているわけではないが、現実問題、十七、八歳以降、遅くとも二〇歳を過ぎた人間の動機のプロファイルが根本的に変わっていくことは、ほとんど考えにくいといっていいだろう。

引用が長くなったが、ここに大学でのキャリアサポートの限界がある。
最後に書いてある、「遅くとも二〇歳を過ぎた人間の動機のプロファイルが根本的に変わっていくことは、ほとんど考えにくいといっていい」というところに突き当たるのだ。
今の時代は、変化が大きな時代だと言っていい。
だからこそ、キャリアショックという本が書かれている。
しかし、カウンターに来て「とにかく安定した仕事、だから公務員」という学生にどう言うべきか。
そういう学生は「公務員」という仕事があると思っている。
「公務員」という仕事はなく、行政職や福祉職などがあって、いったいなにがしたいのか?というところから話を始めないといけない。
そもそも、安定志向の学生には、一生のスパンで見た時に、紹介するところがないのだ。
もはや公務員ですら、先がわからない時代に来ている。

幸福なキャリアを作るためには、動機とコンピタンシーがマッチングすることだ、と著者は言う。
それでも、アメリカの営業職の調査・分析によると、自分の動機と今の仕事がマッチングしている人は20%しかいないらしい。逆にマッチングしない人が55%もいる。
やっぱりキャリアの自律は難しいのだろう。

その他のアセスメントツールとして「エニアグラム」というものがある。
これには9つのタイプがあり、タイプ1〜9で分類されている。
このタイプ別にリストラを宣告された時の反応が書かれているが、これは面白いので、抜粋すると、

タイプ1:正義感が強く、何ごとも平等公正であろうとする。ものごとを正しいか正しくないか、善いか悪いかの基準で判断し、常に正しくありたいと望む。リストラを宣告されると、自分の感情を押し殺しながら義憤を感じるようなタイプ。

タイプ2:人に愛情を注ぎ、自分も注がれたいと望む愛情欲の強い人。自己犠牲的で奉仕精神を持っている。一緒にリストラに遭った人たちのことを心配し、互いにかばい合うような行動を取る。

タイプ3:上昇志向が強く、人から評価を得るために常に最高の自分を発揮しようとする現実的な野心家タイプで、上級管理職さらには経営者を目指してステップを上がろうとする。リストラを宣告されると、もっといい会社に行って見返してやろうとする。

タイプ4:自己の内面的な世界を自分なりに表現したいという欲求を持ち、美意識が発達している。ナイーブな感性を持ち、傷つきやすい。リストラの対象になった自分について、人格を否定されたように受けとめ、自分の中に引きこもっていく。

タイプ5:ロジカルな思考を持ち、ものごとについて知識や情報を集めて客観的にとらえようとする。なぜ自分がリストラされなければならないのか論理的な説明を求め、それが客観的に間違っていなければ、納得する。

タイプ6:世の中はリスクに満ち満ちているので、なによりも安全を第一に考え、何ごとにも慎重に対処しようとする。組織に忠実で、誠実一筋に働く。リストラに遭おうものなら、人生最悪の事態ととらえ、住宅ローンや家族のことが次々と頭に浮かび、パニック状態に陥ってしまう。

タイプ7:好奇心が強くて、常に新しいことに変化を求め、何ごとにもポジティブにとらえる。誰とでもこだわりなくつきあい、場の雰囲気を明るくする。リストラになっても、まさか自分が!と驚くものの、「まあ、いいか」とすぐに次の可能性、興味があることに目を振り向けて行く。

タイプ8:相手を自分の思うように服従させたいという欲求が強い人で、自己を主張し、リーダーシップを発揮しようとするので、政治家やオーナー経営者に多くみられる。スジが通らないリストラだと、怒りの感情を露わに徹底抗戦するタイプ。

タイプ9:平和を好み、回りを気にせず、のんびりマイペースに生きるタイプ。動き出すまでに時間がかかるが、ただ、いったん動くと簡単にはあきらめない。リストラ宣告されると、その場では、「ああそうですか」と受け答えするが、翌朝、「どうもあれは変だ」と考える。

自分がどのタイプか、考えると面白い。
絶対違うのは、1,2,3,4,6,8。
ぼくは5,7,9のどれかだろうと思う。
一度テストを受けてみたい。

パーソナリティー、モチベーション、コンピタンシー、スキルというカタカナ言葉はキャリア(これもカタカナだが)を考える上では大事なものだ。
いや、人生そのものを考える上でも大事なものだろう。
それは、そう簡単には変えられないのだが…。
著者は不幸なキャリアについて、こう書く。

自分の動機に合わないコンピタンシーやスキルばかりを使うことは、どこかで自分に無理を強いるため、当然、ストレスがたまってしまう。動機なき努力中心の仕事があまりにも長く続くと、過剰なストレスと疲労感が心身をむしばみ、ある日突然、燃え尽きてしまう。ハイパフォーマンスを上げてはいても、不幸なキャリアの典型だ。

そういう見方をすると、学校の先生にバーンアウトが多い、というのはなぜなんだろうと思う。
ぼくは、今の教員養成の課程に問題があると思う。
社会に出るときに、免許に守られた職業に就きたい、と思う人や、少なくとも学校は知っているから安心だ、と思う人などが先生になっているのではないか。
安定志向であったり、未知のものに対する恐怖心みたいなものが動機になっている人が多いと思う。
そういう人はきっと、今の教育には向かないのだろう。

以上が第1章、「成功のキャリアか失敗のキャリアか」の内容の抜粋。
第2章は「キャリアを切り開く人の行動パターン」、第3章は「キャリアを切り開く人の発想パターン」、第4章「人生支配の代償だった雇用保障」、第5章「知的資本経営のできない会社は生き残れない」、第6章「明日から取るべき6つのアクション」と続く。
2,3章は筆者が属する慶応義塾大学キャリア・リソース・ラボラトリーで調査した結果が示される。
どちらかというと、高いレベルの人の話。
4章は主に年功序列、終身雇用の話になる。
筆者は言う。

つまり、年功序列のどこに問題があったのかといえば、アメリカとの比較からもわかるように、年功の部分よりも、むしろ、序列によって社員のキャリア構築を徹底的に管理した点にあった。社員の方も、ピラミッド組織の中で、自らのキャリア構築についてリスク管理まで含め、会社にすべて任せてしまってきたわけだ。
会社にだまされてはいけない。雇用は保障すると言っている経営者ほど信用できないものはない。タイタニック号の船上で救命ボートの数の少なさを心配する乗客に、船長が「大丈夫です。この船は絶対沈みませんから」と言っているのと同じだ。こうした”タイタニックの船長”的な経営者が、あなたの会社にもいないだろうか。だれでも船はできるだけ沈まないように設計する。それは当たり前だ。だからといって、救命ボートの数が十分でなくてよいという話にはならない。
難しい状況がわかっていても、誰もそれを言い出せない。そんな雰囲気があなたの会社にもないだろうか。経営者の決意表明として雇用を守るというのは結構だが、社員はそれを信じて自律的キャリア形成能力を怠っていはいけない。経営者は勇気を持って、個人と企業の関係を本質から変える取り組みをいますぐ始めるべきだろう。

この本が書かれたのが今から14年前。
残念ながら状況はあまり変わっていない。
リストラをして、派遣やバイトという非正規社員を使って、日本の企業は生き延びてきた。
しかし、もはや非正規社員が4割を超える。
5割を超えたら、もう限界だろう。
今は人手不足ということになっているが、それで非正規から正規社員になれる人などあまりいないと思う。
また、そういう働き方が嫌だ、という人もいるだろう。

また、大学生は一部を除いて大手志向である。
それしか知らない、という面もあるが、親も含めて、寄らば大樹の影と思っているのだろう。
周りの影響で、だいぶ中小にも目がいくようになったが、ソニーやシャープがコケる時代、あまり会社の大きさに囚われてはいけない。
自分のパーソナリティーを理解し、自らのスキルを上げていくことを考えないと、10年、20年先は本当にしんどくなるだろう。
要は、みんなが非正規というアメリカ型の社会が到来するのだ、と思っておいたほうがいいと思う。
日本型経営の良さは残してほしいが、最悪の事態を考えておくことも必要だ。

大学というところは、18歳人口が減り続けるのに新設を繰り返し、進学率が上がり、下位校は学生の質が昔の大学ではなくなっているのに、旧態依然としたシステムで対応している。
しかし、教育はなくならない。だから、大学は生き延びると思っている。
ぼちぼち淘汰が始まるのに、手を打てない。打つ気がないのだ。
下位校は、そんなところが多いと思う。

第6章はアクションプランである。
個人が取るべきアクションとはどういうものか。
項目だけ引用しておく。

アクション1:「自分の値段」ではなく「自分の動機」を知る
アクション2:動向を読み、賭けるべき流れを選ぶ
アクション3:自分のビジョンとバリューを掲げる
アクション4:価値あるWHATを構築するコンピタンシーの強化
アクション5:キャリアリスクを減らしキャリア機会を広げる

著者は世界的に有名なマッキンゼーにも籍を置いたことがあるコンサルタント。
少しばかりハイレベルな人たちが対象になっているが、そこから得られるものは多い。
14年経って、ようやくこの本に時代が追いついてきたという感じだ。

これもアマゾンで中古で買った。




| | | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
うれしいかなと思っております
最近の日本語はオカシイと思う。

今日も、イベントを開催した主催者にインタビューしていたが、その人が言うには「来ていただければ、うれしいかなと思っております」ということだった。

「うれしいかな」の「かな」は終助詞と呼ばれるもので、文末について意味をつける。
「かな」は基本的には「か」と同じで、疑問を表す。
どちらかというと、「かな」になると自問ということらしい。
つまり、自問自答で相手に応答を要求しないということ。

「うれしいかな」というのは「うれしいだろうか」ということだが、ニュアンスでいえば、「たぶん、うれしいだろうと思っています」みたいな意味だろう。

冒頭の、「来ていただければ、うれしいかなと思っております」というのは、「もしもお客様がきてくれたら、多分うれしいと思うと思っております」ということになる。
かなりの婉曲(遠回しの)表現だ。

来てくれたらうれしいです、となぜストレートに言わないのだろうか。

もしだれも来なかったら、自分が傷つくのを恐れているのだろうか。
それとも、ストレートに言うと、来ないと悪いと客に思わせるのを遠慮しているのだろうか。
何となく、自分が傷つくのを恐れているような気がするなあ。
実際に誰かが来るかどうかはどうでもいい事だ。
自分の気持ちをはっきりと言ってくれたほうがスッキリする。

いずれにせよ、「うれしいかなと思っております」というのは、婉曲過ぎて、奥歯にものが挟まったような言い方だ。
みんな自分が傷つくのがこわいのだろうか。
もしもだれも来なくても、構わないよ、と言っているようだ。

何か一生懸命やって、ぜひ来てほしいと願うことがかっこ悪いことのように思うのかな。

そうだ、きっと思うのだろう。

来るか来ないかは相手のことで、関係ない。
自分は、来てほしい、と言うべきだろう。

なんかオカシイ。

| | 考えたこと | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
人間至るところ青山あり
「人間」は「じんかん」と読む。「にんげん」ではない。
「じんかん」は世間のこと。
「青山」は「せいざん」と読む。「あおやま」ではない。
「せいざん」は墓場のこと。

この言葉は中国の故事や漢詩からきた言葉かと思っていたら、違うらしい。
YAHOO知恵袋によると、日本人が作った漢詩から来た言葉だという。

上記サイトによると、元の詩は「男が志を立てて故郷を出るならば、学問が成就しないうちは死んでも還らないぞ。骨を埋めるのは故郷の墓地だけではない。この人の世、どこにでも墓となる場所はある。」という意味とのこと。

この最後の部分が「人間至るところ青山あり」という言葉の元になった。

「じんかんいたるところせいざんあり」というこの響きがいい。

青山は墓場のことだが、これは自分が骨を埋めるところ、というような意味だろう。
そう考えると、「世間には、どこにでも自分が骨を埋めるところがある」という意味になる。
つまり、世間は広いから、どこにでも自分が活かせる場所があるはずだ、ということだ。

こないだ、ラジオドラマで会社が倒産して失業した息子に、父親がこの言葉を言っていた。

そういう時に使う言葉らしい。

どこにでも、自分を活かす場所はあるんだから、それを見つけて頑張ろう、というような意味合いだ。
友だちなら、君の骨は拾ってやるからな、という感じか。

覚えておこう。

しかし、この言葉ももう死語かな…。




| | 考えたこと | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
Just text
アメリカのドラマの中で、「話したのか?」と聞かれ、「メールだけ」と答えていた。
メールだけ、というのは、”Just mail”と言うのかと思ったら、”Just text”と言っていた。

メールのことをtextというのには理由がある。
アメリカ人のメールにはボイスメールとテキストメールの2種類がある。
彼らのオフィスに行った時、ボイスメールをよく使っていることがわかった。
内線電話に、ボイスメールが入るとランプがつくようになっていた。

日本人はメール好きな国民性だと言われている。
特に日本人は長文メールが多いらしい。
だから、ぼくらはメールというと文字=textという常識がある。

アメリカ人はそんなめんどくさいことは嫌いだ。
だから、冒頭のドラマの会話になる。
短いtextメールを送った、ということだ。

しかし、日本人のメール好きはどこから来ているのだろう。
オフィスが狭く、ボイスメールが出しにくい環境だ、という説もあるらしいが、それだけでは説明できない。
プライベートのメールもあるからだ。

日本人は、きっと書いたものと話したものは違うと思っている。

書いたもののほうが話したものよりも価値がある。
話したものは、たとえ録音されていても、書いたものよりも一段低いと思っている。
文字にするとそこに力が宿る。
心の底にそういう信仰があるのだと思う。

だから、話したものよりも、書かれたものに価値を置く。

アメリカ人はそんなことは考えない。

だから、Just textだ。


| | 英語 | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
科学研究費
大学の先生は外部資金を取ってくるように言われる。

外部資金の主なものは、科学研究費だ。
科学研究費は文部科学省所管の独立行政法人日本学術振興会が持っている研究費で、平成25年度の予算額は2381億円にのぼる。
毎年応募があって、その内容をみて採択するわけだが、ここ3年、採択数はだいたい2万5千件程度になっている。
もちろん、研究だから単年度で終わるわけではなく、3年程度継続する。
その継続中も入れると、平成24年度の実績で76000件になる。
応募されるのが9万5千件程度だから、新規採択数2万5千ということは、出したものの3割弱が採択、ということになる。

研究内容によって分類されており、1人でもいいし、複数の研究者で取るものもある。
ランクの最も高いものは「特別推進研究」というもので、国際的に評価を得ている研究などがこれに当たる。額は5億円程度だが、上限はない。山中教授のIPS細胞の研究などはこれに当たるのだろう。
そこから下がっていくと、「新学術領域研究:(研究領域提案型)」、「基盤研究(S)」、「基盤研究(A・B・C)」「挑戦的萌芽研究」、「若手研究(A・B)」「研究活動スタート支援」「奨励研究」などと続いている。

教員数は大学・短大を合わせて19万人程度。
科研費は新規、継続を合わせて9万5千件で、複数の教員がやっている場合もあるということだから、少なくとも10万人以上の教員が科研費をもらっていることになる。
もちろん、一人で複数件もらっている場合もあるだろうが…。
だから、大学の内容を見るときには、科研費を取っている教員が何人いるか、ということをみればわかりやすい。
まともな大学教員は、まともな研究をしているはずだし、まともな研究であれば最低限、科研費をもらえるはずだからだ。
ここで最低限、と言ったのは、科研費を取っている教員がまともな教員ではないケースは多々あるからだ。
文字通り、最低限の質の保証といえるだろう。
ぶっちゃけた話、科研費と縁のない教員もいる。
そういう教員には、大学レベルの教育はできないと思ったほうがいい。
ただ、歴史の浅い大学は、おしなべて科研費を取っている教員は少ないと思う。
やっぱりちゃんとした教員は、偏差値が高い=歴史がある学校に行くことが多いからだ。
また、そういう大学は、入ってくる学生もしんどいケースも多いのだが…。
でも、しんどい学生が入ってくる学校こそ、いい先生が必要だと思う。

話がそれた。
最近は科研費で問題を起こした事例もあって、用途の管理が厳しくなった。
研究課題の内容と関係がなければ、使っても拒否される。
文系で多いのは、研究出張と人を雇うことだ。
シンポジウムをやったり、イベント関係も多い。
手っ取り早くお金を使うことができるし、結構経済効果は大きいだろう。

しかし、実際の成果はお金を使う割には、驚くほどいい加減だ。
ここにも研究者(大学教員)はいい人という性善説がまかり通っている。
Webページにある1年毎の研究成果の進捗報告は、A4でたった1ページ足らずのものだ。
研究機関終了後の事後評価も同様で、全て自己評価、A4の1枚足らず。
年間2300億の公費の予算でやっている事業が、こんな評価でいいのだろうか。
企業でやっている研究なら、もちろんあり得ない。
報告書をちゃんと書かない研究など、金の無駄遣いだ。
こんなことをやっているから、小保方さんの研究ノートみたいなものが出てくるのではないか。
驚いたことに、研究成果がちゃんと出ていなくても、金を返せということはない。(よほどルール違反をすれば別だろうが)
それもこれも、研究者はマジメにやる、という前提があるからだ。
信用するに足る第三者の評価をするべきだろう。
もしもそれがお金がかかるというのなら、審査の経費を削るべきだ。
何でもいいから、お金を使おうと思ってやっているのではないはずだ。

ひどいのは、海外の研究者を読んでシンポジウムを盛大に開催して、その報告書が出ていないものもある。
こういうのは研究者たちの自己満足のためのシンポジウム開催であって、その記録をちゃんと残そうという気がもともとなかったのだろうと思う。
電話で問い合わせて、驚いた。科研費の報告書は出ています、とのこと。A4の1枚だけだ。
こういうのは詐欺だ。

科学研究費の最大の問題は、ちゃんと研究成果を問うていないことだ。
審査ばかりに手を割いて、お金の使途は厳しくなったが、肝心の研究成果はA4の1枚だけ。
複数年かけてやった研究の成果は、少なくとも科学研究費のWebサイトで一括管理すべきだろう。
一般の人にわからなくても構わない。
成果を研究者間で共有できればいいのだ。
文科省自体、産学連携を言っているのだから、成果を共有するのはいいことだと思う。
もちろん、マジメな研究者もいるのだろうが、例によって報告するのが「面倒くさい」のだろう。
成果のちゃんとした報告書を評価することに、もっと時間とお金をかけるべきだ。
場合によっては、まともな報告書が出なければ、所属機関から返還させる等の処置を義務付けてもいいと思う。
「まともな報告書」の定義はエライ先生方に任せよう。

科研費について、興味をもった人は日本学術振興会のホームページからパンフレットがダウンロードできる。
一度見てみられたらいいと思う。


| | 考えたこと | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
何のために働くのか
何のために働くのか 寺島実郎著 文春文庫

「何のために働くのか」という題名の本は多い。
検索してみると、10冊はそのままの題名の本がある。
「なぜ働くのか」とか、「日本人は何のために働くのか」という類書も入れると300冊くらいはアマゾンでヒットする。
書いている人も、実業家、哲学者、心理学者などバラエティに富んでいる。
浅薄な本も多いと思うが、ぼくは実業家の人が書いた本が好きだ。
自分がサラリーマンだったというのもあるが、大学で勤めてみて、ほとんどの学者は基本的にサラリーマンのような就労観を持っていないとわかった。
それは学者だから仕方がないことだ。
だから、読んでいても何となくピンと来ない。自分の体験から、書いてはいないからだ。

この本は寺島実郎という、三井物産出身の人が書いた本。
1947年生まれだから、67歳。
現在は日本総合研究所理事長、多摩大学学長、三井物産戦略研究所会長を務めている。

ぼくは、この人の講演を聞いて、スゴイ人だと思った。
「時代を見る目」を持っていて、世界の動きを肌で感じている人だと思う。

カバーの裏の本の紹介文には「サービス業の増加、分業化・効率化、グローバル化、IT革命の果てに、私たちは「自分の納得のいく仕事」を見つけにくい時代に生きている。では、どうすれば生き生きと働くことができるのか?世界を舞台にビジネスの最前線で活躍してきた論客が渾身の力で、その問に答える」と書かれている。

「はじめに」の部分に美輪明宏の「ヨイトマケの唄」のことが触れられ、こう書かれている。

過去5年をさかのぼれば、常勤の仕事に就けなかった大学院卒業生は二十万人を超す。これは衝撃的な事実ではないだろうか。
「ものづくり日本」の落日とその行く末に、多くの日本人が不安を抱いている。「母ちゃん、エンジニアになったぞ」と自慢できた「ヨイトマケの唄」から半世紀。がんばって地道に努力すれば、自他ともに認める職業に就くことができ、一歩一歩成功への階段を上がっていける…。そんな単純な時代は終わってしまった。働くことをめぐるパラダイムが大きく変わったことに、改めて驚かされる。
「ヨイトマケの唄」を入り口に考えを巡らすと、素直に心をうつメッセージと「時代が違うよ」とつぶやきたくなる違和感が交錯するのである。

ちょうど寺島はぼくより10歳上だから、世代は違うが、ぼくも同じことを思う。
今の時代、どう頑張ったらいいのか、それがわからない。
そして、この本を書くに至った動機が語られる。

就職や転職は、仕事や人生について、さらには自分が生きている世界について、深く考える好機である。その期に自分自身や仕事に真剣に向き合ってほしい。そんな思いから、若い人たちに向けてこの書を書くことを思い立った。
なぜ働かねばならないのか、働くことの意味とは何か。
若い世代の多くが、その答えを探して、悩み、もがいているにちがいない。
就職難の時代といわれ、血眼になって学生たちが「就活」に励む一方、就職が決まって社会参加しても入社三年で三割が転職するという現状は、悩みの深さの表れであろう。また若者と経済社会のミスマッチが生じていることの投影ともいえよう。

ぼくも同じことを思う。
でも、若い人たちは「なぜ働くのか」というような本は読まないのだが…。
そして、こう続く。

こんな時代に、自分なりに納得できる、手応えのある仕事に就くのは不可能なのだろうか。
それでも私は希望を失ってはならないと思う。
理性と知性、論理的思考を取り戻して、やりたいと思うこと、打ち込むに値する仕事を見つけて、それをやり通す。そして仕事を通じて自らの職能を高め、社会に貢献していく。若い人たちにもそんな働き方をしてほしいし、その可能性はある。

少しハイブローな感はあるが、そうあってほしいと思う。
ぼくが大学生に、働く意味について話をするときには、賽の河原の石積みの話をする。
石の山を右から左に移す。移したら、また今度は左から右に移す。これを意味もなく繰り返すという仕事があったとしよう。ただし、月給は50万円だ。さて、あなたはどうするか?
みんな、とりあえずやる、と答える。
でもそれを続けることができるか?毎日毎日、石を移すだけの仕事だ。
ぼくは、ある程度お金が貯まったら、やめるのではないか?と聞くと、学生たちはやめると答えた。
そして、なぜ働くのか、という問いには、生活があるからとか、お金を稼ぎたいとか、そういうことを超えたところで答えないといけない、と話した。
そう、誰か他の人のために働く、ということだ。
だれか他の人のために働くから、お金がもらえる。自分の成長のためではない…
そんな話をした。

それを寺島は「カセギ」と「ツトメ」という言葉で表している。
「カセギ」は経済的自立で、「ツトメ」は社会参画や社会貢献を指す、と説明される。
第一章、「働く意味を問う」ではこう書かれている。

どんな社会でも、経済的自立を果たしていない人間を大人とは認めない。「年齢が二十歳になれば大人になる」という単純な話ではなく、自分の意志で経済的に自立することは大人になるための要件のひとつである。
ただし、経済的自立だけでは十分ではない。「おつとめ」という言葉があるように、社会に参画して、世の中に何がしかの貢献をすることも必要である。つまり、原始共産社会から現代社会に至るまで、「カセギ」と「ツトメ」の両輪を確保してはじめて「大人になった」と社会的には認知されるのだ。
望ましくは、この「カセギ」と「ツトメ」をひとつの仕事に就くことで同時に獲得できれば、それに優るものはない。経済的な自立はもちろん、仕事を通じて能力を高め、余人をもって代えがたいと認められる存在になる。新しいものを創造し、組織や社会に貢献する。そういう仕事を持つ人は幸福な人生を送っているといえるだろう。

これに異論はない。
まさにその通り、といえると思う。
何度か書いたが、ぼくは「世界に一つだけの花」の世界観が嫌いだ。
寺島も同じことを言っていて、思いを強くした。
この歌は「罪作りな歌」だと言われる。

その子育てのBGMに流れる歌は「世界にひとつだけの花」である。「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なOnly one」という歌詞のとおり、「人と比べる必要はない」「君は価値のある、世界に一つだけの花なんだ」と両親、祖父母に励まされる。さらに高校や大学では「個性を伸ばす教育」の名のもとに、「一人ひとりが光を放てばいいんだ」などとさんざんおだてられ、自分を客観視できないまま大学を卒業するのである。
ところが社会人になった途端、まったくちがう環境に出くわす。「おまえの個性なんかどうでもいい。おまえのやるべきことは、目の前の仕事をこなすこと、つまりこのバーコードをなぞることだ」「SEとして、とにかく黙ってプログラムを組めばいいんだ」と命じられ、「大人しい部品となること」を求められてしまう。「自分だけの花」を咲かせるなんて、そんな御託は並べるな、個性を高らかに謳いたいならカラオケでも歌ってろ、と。「個性を押し殺して生きることが社会人になることだ」と言われているようなものであり、いままで吹きこまれてきたことと比べると、あまりにも異なるギャップがある。「俺って何?」「私って何だったの?」と悩みはじめ、”世界に一つだけの花”はあっという間にしぼんでしまう。そして新たな自分探しを求めて、三割の人が三年以内に転職・退職してしまうのである。

そうそう、その通りである。
そういう若者たちはどうしたらいいのか。

頼るあてのないバラバラの星雲状態に置かれた労働者・勤労者が、結局拠って立つところは、自らの自覚で「カセギ」と「ツトメ」を探求していく個としての覚悟にならざるをえないのだ。その中から力を合わせるべき仲間、連帯すべき存在に気付き、ネットワークを結集し、自分の人生を創造していかねばならないのだと思う。

寺島は多摩大学学長としての立場もあり、昨今の学生の姿も知ったのだろう。
調べてみると多摩大学は偏差値40〜45だ。
定員割れはギリギリしていないようだが、苦しい大学には違いない。

そして、今の就活について、こう書く。

就職は人生において非常に重要な選択である。エントリーシートを何百枚も書く時間とエネルギーがあるなら、「仕事というもの」にもっと柔軟に向き合うべきではないか。
若者には、もっと経済の現場を知ってほしいし、ビジネスの最前線で活躍し、苦しみながら何かを生み出してきた先人たちの話に耳を傾けてほしい。
大企業に就職するだけが人生ではない。規模は小さいが将来性のあるビジネスを手がける優良企業もたくさんある。また、出来上がった組織で勤め人として働くだけではなく、自ら起業したり、自分の腕一本で職人になるという選択もある。

そして、重要なことが書かれている。

重要なのは「カセギ」と「ツトメ」が一体となった納得できる仕事に幸運にもめぐり合うことではなく、長い時間をかけて、経済的自立を確保し、かつ世の中の貢献にもなる人生の形を粘り強く創りあげていくことなのである。人間は食べるためだけに生きているわけではない。「カセギ(メシのタネ)」の確保だけが目的で働くのなら、極端な話、サルと大差ないからだ。
ところで、最近、深く考えさせられる事実を知った。今やヒトゲノムの解析は終わり、実際に人間とチンパンジーのDNAは98.8%同じであることがわかったというのだ。人間とチンパンジーは約七百万年前に分化したという。わずか1.2%のDNAの差が人間を人間たらしめている。では、サルと人間のちがいとはいったい何なのだろうか。
人間がサルよりもあらゆる面で優れているわけではない。運動能力は明らかにサルの方が高い。また、瞬間的に画像を認識し、記憶する能力は、サルの方が人間よりも優れていることが確かめられている。森にサルと人間を単独で放したら、おそらくサルの方が長く生き延びるだろう。しかし、森を出て、文明を築き、現在の地球で繁栄を謳歌しているのは人間だ。この差は何から生まれたのか。
まだ十分には解明されていないのだが、人間がサルよりも優れている能力、つまりDNAの1.2%分の差とは、言語表現能力やコミュニケーション能力だという。それは人間に「理性」の力を与えた。チンパンジーから分化した後、約二十万年前に現生人類が誕生した。そして約六万年前にアフリカから人類の
「グレートジャーニー」(大陸間の移動)が始まったという。人間とは「環境適応生物」らしく、移動の過程で環境に適応して生きることを学習し、それが「進化」につながった。そして、人間は外部の環境をそのまま甘受するだけでなく、それを変えていくことができるようになった。「理性」はやがて自然だけでなく、人間が作り出した社会のあり様も大きく変えていった。
(中略)
果たして我々は、本当に将来のために種を蒔く「賢いサル」だといえるのか。人様が植えてくれた実に食らいついて腹を満たし、その日その日をなんとか生き延びる−そんな自分勝手な考えで日々を送るのなら、「物知らずのサル」と同じではないか。そう自問自答せざるを得ない。
「カセギ」だけを目的に働いていては、我々はいつまでも「賢いサル」にはなれないであろう。「ツトメ」を果たし、社会を少しでもよりよいものに変えていこうと努力することではじめて、我々は「賢いサル」になれる。そんな結論が見えてくる。
本書の冒頭で引用した「ヨイトマケの唄」のように、「子どものためならエ〜ンヤコラ」と綱を引っ張った人たちの思いを受け継ぎ、私たちは生かされている。その重みを受けとめ、新しい時代や社会に対して応分の役目を果たさなければ、人間はサルよりも賢いとはいえないのだ。

そして、「働く意味を問う」という章の最後にはこう書かれている。

「どう働くか」は「どう生きるか」に直結している。就職や転職が「自分で生きる意味」について思いを馳せる絶好の機会になるのは、そのためだ。
ただし、「生きる意味」について考えるといっても、「自分探し」とはまったくちがう。その点は誤解しないでほしい。
「自分はこれをするために生まれてきたんだ」と思えるもの、大仰にいえば「天命」や「天職」のようなものは、外を探し回って見つけるものではない。これだけは、はっきりいっておきたい。
やりたい仕事が見つからず、あせりを感じている人もいるだろう。採用してくれた会社にとりあえず入ったものの、「ここには自分を活かせる仕事はない」と落胆している人もいるだろう。だが、「いつか青い鳥が見つかるはずだ」と戯言を言いながらフラフラとさまよっても、求めるものは得られない。
目の前にある仕事、取り組むことを余儀なくされたテーマに挑戦し、激しく格闘しているうちに「自分というもの」がわかってくる。自分らしい仕事を探すのではない。仕事を通じて自分の可能性を懸命に探求していけば、おのずと「これをやるために生まれてきたんだ」と思える仕事に出会えるだろう。

これが結論だと思う。
目の前の仕事、今の仕事を大事にすることでしか、天職は見つからないと思う。
この後、自分の人生を振り返って、という章や、時代認識への示唆、企業の選び方といった章が続く。
でも、最初の2章で結論は書かれている。

なかなかいい本だ。


| | 考えたこと | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
CSI:NY
CSIというとアメリカの鑑識のこと。
Crime Scene Investigationの頭文字だ。
アメリカの人気ドラマシリーズ。

最初はラスベガスで始まった。
そして、マイアミ、ニューヨークというスピンオフができた。
合計3シリーズ。

ラスベガスは一番最初のシリーズだけあって、科学的な捜査というのに重点を置いた番組作り。
主人公の主任が3人目だ。

マイアミはもっとハードボイルドな作り。
ホレイショという刑事のキャラクターが特徴的。
マイアミは場所的にも南米のギャングたちが出てきて、一番きついところ。
悪には敢然と立ち向かう、手段は問わないという感じのホレイショは魅力的だった。
もうこのシリーズは終了した。

そして、ニューヨーク。
マック・テイラーという海兵隊出身の刑事が主人公。
一番刑事らしい刑事。
今回、ファイナルを迎えた。
ぼくはニューヨークが一番好きだった。
マックがカッコ良かったからだ。
ラスベガスのように科学的過ぎず、マイアミのようにワイルド過ぎず、正義感を押し出してはいるが、理知的なテイラー刑事が一番このドラマにぴったりくる。
ファイナル・シーズンの最終回で、マックが恋人に結婚を申し込むところがラストシーン。
終わるのは残念だが、いつかは終わらないといけない。
いい最後だったと思う。

本家CSIが最後まで残っている。
だんだんと視聴率が落ちてきただろう。
でも、視聴者に犯罪捜査の科学的な側面を教えるいいドラマだ。

このドラマをやりだして、アメリカの刑事裁判で陪審員が捜査方法について言及することが増えたとのこと。

いいことだと思う。



| | 考えたこと | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
仕事は楽しいかね?
仕事は楽しいかね? デイル・ドーテン著 きこ出版

アマゾンの書評を見て、中古で1円で購入。ただし送料は257円。
アメリカの自己啓発本はこういう書き方をする。

こないだ、息子たちと話していたら、二人とも自己啓発本は読まない、とのこと。
そういえば、若い頃はそんな本は読まなかった。
若いということはいいことだ。
ある年齢を越えて、人生に迷いが出てくるとついつい手を出してしまう。

雪のためにシカゴのオヘア空港から帰路につこうとしていた「私」が26時間の足止めをくらっている間に、ビジネスで成功した老人と話をして、その話をもとに「私」が成功をおさめる、という話。
ぼくはこの手の話が結構好きだ。
まるで映画を見ているようなストーリー。
数時間あれば読めてしまう。
一晩の出来事で、人生が変わる、というアメリカン・ドリームのサクセス・ストーリーでもある。

その老人の語りを一部抜き書きしてみる。

「僕はこれまで、仕事上のあらゆる問題は<情熱>があれば解決できると繰り返してきた。たしかにそれはそうなんだ。大好きな仕事をしているなら、人は何時間働いても苦にならないし、問題を解決することが楽しくてしょうがないってことは、創造力に満ちてるってことだしね。懸命さと創造力があれば、どんなこともうまくいく。だから、みんなと同じアドバイスを僕もしてきた。『大好きなことをしろ!』とね。

いいアドバイスには違いない。だけどこれには一つ問題がある。多くの人は、自分がどんな仕事が<大好き>か、どういう仕事をこのさきずっと、毎日、朝から晩までしたいか、わからないということだ。そりゃあ、テニスが好きかもしれないし、もしそうなら世界でも一流の選手になりたいと思うだろう。だけどテニスのスター選手なんて、自分の能力を超えた仕事だってわかっている。だとしたら、好きだとわかったところでどうなるだろう?

たいていの人は、自分には夢中になれるものがないということを、なかなか認めない−だから情熱を陳腐なもののように扱ってしまう。そして、こう言うんだ、『どんなものに夢中になれるかはわからないが、<ほかの人と一緒に働くこと>が好きなのはたしかだ』」

「でも、そんな人たちをだれが責められるだろう。ほとんどの人が、仕事への情熱を目の当たりにすることなく育ってきた。子どものころ、両親が熱狂的なほど熱くなるのを見た課外活動といえば、スポーツくらいなものだ。やがて子どもは、自分はプロのスポーツ選手にはなれそうにないと気づき、心にぽっかりと穴があく。大人になるまで決して埋まることのない大きな穴がね」

「話が横にそれちゃったね。僕が伝えたいのは、理想の仕事についてちゃんとした考えを持っていないなら、物足りなさや取り残されたような思いを抱くだろうってことなんだ。その反面、たとえこれぞと思う仕事に関して夢を持っているとしても、思い込みは禁物なんだ。アメリカの至るところで、人々は精神分析医のところへ詰めかけ、こうぼやいている、『<ずっとしたいと思っていた>仕事をしているのに、なぜか、<やっぱり幸せじゃない>んです。』そういう人は計画を立てることに依存しすぎてる。僕が<目標の弊害>と呼んでいる状態に陥ってるんだ。」

「頭のいい人がする一番愚かな質問は、『あなたは五年後、どんな地位についていたいですか』というものだ。ありがたいことに、僕はこの四十年間、採用面接を受けたことがない−どんな地位についていたいかなんて質問は、大嫌いなんだ。僕はこの先、いまとは違う人間になっていこうと思っている。だけど、いまから五年後に<どんな人間に>なっていたいかなんてわからないし、<どんな地位>についていたいかなんてことは、なおわからないよ。」

「僕たちの社会では、時間や進歩に対して直線的な見方をしている。そういう見方を、学校でじわじわと浸透させるんだ−人生とは、やるべき仕事や習得すべき技術や到達すべきレベルの連続なのですよ。目標を設定して、それに向かって努力しなさい、とね。だけど、人生はそんなに規則正しいものじゃない。規則から外れたところでいろんな教訓を与えてくれるものだ。人生は学校の先生にとっては悪夢だろうね。」

「目標を設定すると、自己管理ができているような気がするものだ−ここをごらん。きみがこの紙のリストにあげた”自分の人生をきちんと管理すること”という項目を。ハハ!人生はそんな扱いやすいものじゃない。僕は人生の中で何をすべきかなんて、問いかけなくなった−どうせ、人生なんて思いどおりにはならないからね」

「たいていの人は、マンネリ化した生活から抜け出すために目標を設定する。だけど、いいかい、今日の目標は明日のマンネリなんだよ」
「ぼくがいままでに掲げた目標が一つだけある。聞きたいかね?」

”明日は今日と違う自分になる”だよ。

「きみは、そんなの簡単なことじゃないかと思っているのかもしれないね」
「僕のたった一つの目標は、簡単なんてもんじゃない」
「<毎日>変わっていくんだよ?それは、ただひたすら、より良くなろうとすることだ。人は<違うもの>になって初めて<より良く>なれるんだから。それも、一日も欠かさず変わらないといけない。いいかい、これはものすごく大変なことだ。そう、僕が言ってるマンネリ打開策は簡単なんかじゃない。とんでもなく疲れる方法だ。だけどわくわくするし、<活気に満ちた>方法でもあるんだ」

「人生は進化だ。そして進化の素晴らしいところは、最終的にどこに行き着くか、まったくわからないところなんだ」
「きみは、最初に陸にあがった魚は長期にわたる目標を持っていたと思うかね?」
「もしかしたら、その魚はこう考えただろうか。『ぼくが陸にあがれたら、いつの日か脚を使って歩く陸生の魚が生まれるかもしれないし、やがては、その陸生の魚が車に乗ってショッピングモールに出かけ、シナボンに入ってシナモンロールを食べたりコーヒーを飲んだりするようになるかもしれない』」

「わかってもらえたかな?」

こういう具合だ。

ここに出てくるように、アメリカでも「五年後どうなってていたいか」という質問を採用面接の時にすることがわかって、面白かった。
ぼくは学生に模擬面接をするときに、まさにここに書かれている「五年後どうなっていたいか」ということを聞いていた。
思いつきで仕事をしているわけではなく、「自分が入った会社でどうなりたいか」ということをある程度は考えておかないと、面接は乗り切れないということだ。

でも、この老人の言っている「人生になんて思いどおりにはならない」というのは真実。
会社に入る前から、そんなことを想像しても実際には意味があまりない。
でも、人事の人たちはそういうことを問うのだ。
だから、見本として「5年後は部下の育成にも力を入れて、この分野では自分が任される人になっていたい」とか「エリアマネージャーとして店舗を統括するだけの知識をつけたい」などと言うことを教えていた。
とりあえず「仕事のイメージ」をちゃんと持とう、ということだ。
聞かれるからには、答えなければならないから、仕方ない。

でも、中に一人変わった学生がいた。
「会社に入って、実際に経験していないのだから、自分はどうなりたいか考えることはできません。でも、入ったからには一生懸命やって、目標を持ってやっていきたいと思っています。」
なるほど。それは正解。内定を取った。

こういう言葉は教えて言わせてもダメだ。
本当にそう思っていて、言わないといけないのだと思う。
そうでないと、掘り下げた質問には答えられない。
きっとこの学生は、掘り下げた質問にも堂々と答えたのだろう。

結局、自分の仕事を楽しく感じるかどうかは、自分にかかっている。
ある就職コンサルをやっている人が言った言葉。
「会社がくれるのは、仕事とお金だけ。やりがいは自分でみつけるものだ」
この言葉はその後ずっと使わせてもらった。

そんな言葉をメモしておく。

「事業も仕事も、世の中のほかのすべてのことと同じだ。つまり、偶然の連続だってこと。多くの人が”計画どおりの結果になるものはない”という使い古された決まり文句にうなずくのに、相変わらず大勢の人が計画を立てることを崇め奉っている。計画立案者はもっと少なくてよくて、まぐれ当たり専門家こそもっとたくさん必要なのにね」

やってみることは大事だが、その結果を予想したら間違うということだと思う。人生そういうものだ。

「きみにはね、これでいいやっていう気持ちをもっと持つことが必要なんだよ。統計データーはもっと少なくていい。事実というのは弱い者につけ込む。現実的な情報をこれでもか、これでもか、と出しもしてくる。惚れ込むことのできる車がほしいなら−まずこの車だと決めて、それから事実を調べること。きみが車を選ぶんじゃない−車にきみを選んでもらうんだ」

これはその通りだ。そういうふうに統計を使うのが賢いやり方だと思う。特に今は情報量が多いから、このやり方は正解だ。

「僕は、試してみるすべてのことがうまくいくとは言ってないし、すべての決定が素晴らしいものだとも言ってない。そんなことはあり得ないよ。
繰り返すけど、計画なんてたいていはうまくいかないものだしね。きみにわかってもらいたいのはね、アイデアというものはなかなかうまくいかないかもしれないけど、試してみることはそうじゃないってことなんだ。”<実地演習>に失敗はない”と言ってもよかったかな。それも正しいし、理解はしやすかったかもしれない。
ただ、いいかい。何かをやってみて、それがろくでもないアイデアだとわかったとき、きみはもとの場所に戻ることは絶対にない。必ず、何かを学ぶからだ。学ぶべきことが何もなかった場合は、その前にしていたことに高い価値をおくべきだってこと。そういう意味で僕は、試してみることに失敗はないというのは真実だと思っている。
それをきみにも信じてもらいたい。だけどそれは、”科学的方法”だの”対照のための非実験グループ”だのについてまじめくさって話したいということじゃない。ただ、いろんなことを楽しくやって、新しいことを試してみて、いつもしっかり目を開けておいてほしいってことなんだ。難しいと思うのは、ほかの人に変わってもらおうとすること、違う自分になってもらおうとすることだ。たいていの人は、変化なんて大嫌いだからね。だけど、この白髪まじりの頭の中には、とても重要なフレーズが入ってる。
人は、変化は大嫌いだが、試してみることは好きなんだ。」

まず、やってみることが大事。失敗しても得るものはある。
失敗をおそれて何もしないのは最低だ。
大学というところは前例主義だ。前例があるか、ということが判断基準になる。だから、前例にないことはやらない。
だから、大学は変わらないのだろう。

「多くの人々は−自分の仕事をあまり狭いものに定義しすぎだ。工学技術を駆使した能力が町で一番なら、自分より素晴らしいエンジニアはいないと思ってしまうんだ。だけど、優れたエンジニアであるためには、高い技術だけじゃなくいろんなものが必要だ。アイデアを売る能力もいる。みんなと一緒に働く能力も、話し合いをリードする能力も、無意味な話し合いを避ける能力も。−必要とされる能力は、それこそ何十もあるんだ。
だからこそ、しなければならないことを全部、リストに書き出し続けることが重要になる。そして仕事を再定義し続け、リストをどんどん広げていかなければならないんだよ」

ここで大事なのは、書き出し「続ける」ということだ。
書き出すのは簡単だが、それを続けることは難しい。
でも、それが出来る人が仕事を発展させるのだと思う。

原題は”THE MAX STRATEGY”という。
こういう題の方が、アメリカでは売れるのだろう。
でも、この内容なら、日本では「仕事は楽しいかね?」の方が売れると思う。

海外の会社の社長さんたちは、文章がうまい。
この人も、新聞のコラムニストになって、この本を出したとのこと。

やっぱりビジネスの基本は「書くこと」だと思う。
書けないと話せない。これは真実。

中古で買ってよかった。

| | | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
研究計画
研究計画のことを書く。

大学教員たるもの、研究をしないといけない、というのが現状の文科省の考え。
ちょっと教育も頑張れ、というように軸足の位置が変わってきているが、まだまだ研究業績を重視する考えは変わらない。
ぼくもそれは正しいと思う。
よい研究者は、よい教育者だろう。
この逆は必ずしも真ではないと思う。

講師から准教授とか、准教授から教授などの昇任の場合も、所属年数と過去5年程度の査読付きの論文数で評価される。
甚だいい加減な学校もあるが、それはまた別途。

大学教員の研究計画は、企業の研究計画と本質的に同じものだと思う。
かたや組織で行い、かたや個人で行う(理系の場合は共同で行う場合もあるだろうが)という違いはあるが、同じ「研究」であるから、基本的には同じだろう。

したがって、大前提は、研究には計画がある、ということだ。
今までの先行事例はこうなっている、という文献調査や、取材、討議、学会出席、現地に行くなどの出張調査、そして、それらの結果を突き合わせての執筆、というような段階を踏むのだろう。
したがって、研究費は出張旅費か文献や本などの書籍費、学会費が主たるものになる。
余程のことがないと、それ以外は認めないところが多いと思う。
その研究費は毎年数十万円というような額になる。
要は定額で研究費を支給しているということだ。

当時ぼくのいた大学は、年間50万円だった。
これをもっと機動的に使いたい、というのがぼくの意図だ。
学長を含む首脳陣のミーティングで提案した。

研究計画を3年程度のスパンで毎年出してもらう。
そして、その計画にしたがって、予算にメリハリをつける。
それだけのことだ。

精力的に動く時期には海外出張もあるだろうし、国内出張もある。
研究者同士のミーティング等もあるだろう。
そして、現地取材等もあるだろう。
このへんはどの分野の学問かによって、違ってくる。

それと併行して、調査のための文献入手や、書籍の手配もある。
経常的に使われる、学会費もある。
先生たちはそれぞれ学会に所属しており、学会費を毎年公費で払っている。

そして執筆の段階になると、あまりお金は使わない。

複数の研究テーマがある人は、その各々について、計画を書いてもらう。
それによって、単に書いているだけ、というテーマはなくすことができる。

こういう推定に基いて、予算管理をしたい、という計画だった。

しごく普通のやり方だと思う。
そのフォーマットも作って、提示した。
これによって、50万以上もらえる年も出てくるし、30万程度でいい、ということもあり得るでしょう、ということを言った。

大学関係者なら、わかると思うが、この提案は却下された。
その理由はある教授が言った、「面倒くさい」というものだった。
列席者から、だれも積極的に「いや、こういうことは必要だ」という意見もなかったので、こういう真っ当な意見は大学では通らないのだ、と諦めた。

事前に話をした先生は、「これはいい考えだと思う。自分は50万円もらっても使えない年もあるし、もっとほしい年もあるから、計画的に申請できるのはうれしい」と言っていた。
もちろん、この先生はまともに研究をしている先生だ。

提案した時に、通る確率はまあ半々かな、と思っていた。
もちろん、面倒くさいという意見はあるだろう。
今まで何もせずに50万円もらっていたのだから、当然だ。
しかし、まさかみんな無計画に研究しているわけではないだろうと思っていた。
たとえ、予算と結び付けなくてもいいのだ。
「研究している」と言っているだけの状態を何とかしたいと思ったのが、きっかけだ。

しかし、教授会まで行く前に蹴られるとは思わなかった。
まあ、何となく予感はあったのだが…。
みんな無計画だったんだろう。

当時、このミーティングで出たものを、会議体で討議し、それから教授会で認めるという仕組みだったと思う。

研究が大事、という大学の先生の本質に触れるところが敗因だった。
ろくに論文も書かず、それでいて規程の年数在籍したら昇任申請したりする大学の先生たち。
もうちょっと何とかならないのか、と思ったが、無理だった。

大学の教員を変えられるのは、大学の教員でなければ無理だ。
大学というところでは、教授が一番エライ、ということになっている以上、どうしようもない。
文科省がなんと言おうと、この構造を変えないと、下位の大学はよくならないと思う。

そんなワケでぼくのささやかな抵抗は終わった。


| | 考えたこと | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヘミングウェイの言葉
こないだラジオドラマを聞いていたら、ヘミングウェイの格言が出てきた。

「この世は素晴らしい。戦う価値がある。」
"The world is a fine place, and worth the fighting for."

なんかいい事を言うなあと思った。

"fight"というのは、本当に喧嘩をすることだ。
ボクシングでレフェリーが"fight”と言っているのは「頑張れ」と言っているのではない。
「戦え」と言っている。

生きていくことは戦いだ。
楽ではない。
それでも戦うに値する。
でも、そういった本人がショットガンで自殺をした、というのは皮肉なものだ。

いや、人生と戦ったからこそ、死を選んだのかもしれない。

そんな生きざまを感じるから、この言葉が残っているのではないかと思う。




| | 考えたこと | 00:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
バカンス
この前、朝のニュースで有給休暇の取得率のことを問題にしていた。
何が問題かというと、日本は、連続した休暇を取れるような法律になっていないから、欧米のようにまとまった休みが取れないのだ。
行政側の法規の問題とか、会社の対応とか、長い休みに慣れないとか、周りの人に気をつかうとか、いろんなことが話題になっていた。

コメンテーターとして、東工大の文化人類学者とアメリカ人のデーブ・スペクターなど数人がいたのだが、日本人の文化人類学者の言うことより、アメリカ人のデーブ・スペクターの方が共感できる意見を言っていたのが印象的。
やっぱり、会社組織のことを知っているか、いないかで分かれるんだろう。
大学の先生は、なかなか会社員の気持ちなどわからない。

1986年にフランスに長期出張に行った時のこと。
8月のバカンス最盛期は仕事にならないので帰国したが、9月は1ヶ月出張した。

ヨーロッパの夏は日照時間が長い。
夜の10時前まで明るい。
7,8,9月はバカンスの時期だ。
西欧の国は、ちゃんとバカンスを取る。
2週間程度連続の休みを取らないといけない。

ぼくはビジネスホテルに泊まっていたのだが、受け入れ部署の課長が休みの日に遊びに来い、ということで行かせてもらった。
家族で迎えてくれたが、車でビレッジの祭りに行って、どこかの公園でサンドイッチを食べてオシマイだった。
招いてくれた課長は英語が通じたのだが、その他の家族はほとんど通じなかったので、けっこうシンドかったのだが、半日ちょっとを過ごした。
向こうの課長曰く、これが典型的なバカンスの過ごし方だ、ということだった。

ビレッジの祭りというのも、本当に手作りの展示を見に行っただけ。

本当にのんびり過ごす。
バタバタどこかに行ったりしない。
ゆったりした休みだ。
そうでなければ、長い休みは過ごせない。
一日、海辺の砂浜に座って時間を過ごしたりするらしい。

長い休みを取れるようにしたら、そういうふうになっていく、とニュースでは言っていた。

しかし、画面の下にツイッターのつぶやきがたくさん出るのだが、批判的な声が多かったのは印象的。
「そんな休みが取れるわけがない」「どこの国の話?」など、厳しい労働環境に置かれている人が多いということだろう。

だからこそ、法制化しないといけないのだが…。

アベノミクスというが、雇用環境は良くなっていないと思う。
円安になっても、儲からないし…。

困ったものだ。

| | 考えたこと | 00:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
大学教員の資格
大学の教員は教育と研究をしている。
一応、専門分野の研究をすることで、その成果を教育に生かすというのが建前になっている。
そのため、研究費というのが学校から支給される。

学校のよって色々と違いがあるが、私学では教員一人あたり、年間数十万という額になる。
使途は研究のための出張費、書籍の購入費など。
どうしても研究に必要ということが認められると、備品を買うのも認められることがある。

一方で、その研究成果はどうなっているかというと、これが甚だお寒い学校が多い。

一般に、大学の教員というのは、資格というものがない。
「教える」ということを教えられることもないし、何かを修めたらなれる、というものでもない。
要ははっきりしていないのだ。
これが今の大学の教員の質の低下を招いている元凶だと思う。

それでは、何をもって大学教員というのか、というと、文科省の大学設置基準の第十四条にこう書いてある。

『教授となることのできる者は、次の各号のいずれかに該当し、かつ、大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者とする。
一  博士の学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有し、研究上の業績を有する者
二  研究上の業績が前号の者に準ずると認められる者
三  学位規則 (昭和二十八年文部省令第九号)第五条の二 に規定する専門職学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有し、当該専門職学位の専攻分野に関する実務上の業績を有する者
四  大学において教授、准教授又は専任の講師の経歴(外国におけるこれらに相当する教員としての経歴を含む。)のある者
五  芸術、体育等については、特殊な技能に秀でていると認められる者
六  専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者』

これを見ると、今は第一には博士号を持っていること、ということになる。
それはそうだろう。
博士号を取得していれば、少なくとも博士論文という、ある程度まともな論文を一本は書いている、ということになる。
まして、1万8千人ほどが博士号を取って、まともな職につけずに困っているのだから。
しかし、これも小保方さんの騒動でかなり怪しいことになってしまった。
コピペが当たり前の博士など、世界で通用するわけがない。
それもこれも、政府が大学院博士課程の定数を増やしたことが原因なのだが。
まあ、今の偏差値50以下の大学なら通用するのかもしれない。

第二には、博士並みの研究業績を持っているもの、ということになる。
これも、少なくとも一本はちゃんとした論文を書いていること、ということだ。

しかし、「ちゃんとした論文」とは一体何かということになる。
これは、著者以外の専門家が査読をした、ということだろう。
査読とは何かというと、ウィキペディアによると「研究者仲間や同分野の専門家による評価や検証のことである。研究者が学術雑誌に投稿した論文が掲載される前に行われる。」とある。
要は論文の品質保証のことだ。

普通の博士論文には、主査、副査という二人の査読者がいる。
博士論文が出るまでには、何度か主査の先生からダメ出しをされ、そのうえ副査の先生のOKも必要だ。
ちゃんとしたところでは、指導教官と主査は違う人がやることになっているが、指導教官が主査の場合もある。それでも、博士論文は国会図書館に提出され、だれでも閲覧できるようになるわけだから、そんなに恥ずかしいものは出しにくい。
その上、後でその論文がオカシイということになった場合は、査読者の責任にもなるから、いい加減なことは普通はできない。

それをちゃんとしていなかったのが、小保方さんの博士論文ということになる。
もちろん、小保方さんは悪いが、数ページにわたるコピペを見逃した博士論文の主査の責任は重い。
ちゃんと論文を読んでいれば、コピペかどうかはわかるはずだ。(おそらく報酬も学校から出ているはず)

要は、その論文を評価することができる専門知識を持った人が読んで、ちゃんとスジが通っているか、その上でこの論文は出す価値があるか、ということを保証するプロセスが査読。
その査読を経ていることが、ちゃんとした論文ということだ。

第三には実務上問題ない、というほど実務実績がある人。
第四には経験がすでにある人。
第五には芸術や体育分野の教員の特例。
第六にはその他の分野の教員の特例。

つまりは何らかの実務で実績を積んで大学教員になるもの(主に芸術や体育系)を除けば、大学教員になるためには研究業績が必要、ということになる。
もちろん、研究業績と呼べるのは査読を経た論文だ。

したがって、大学の教員にとっては、研究業績が大事であり、だから、研究費が大事だということがわかっていただけたと思う。

ここから、ぼくの研究費に対する考えとその結果を書こうと思っているのだが、ちょっと前置きが長くなった。
ということで、また別途。



| | 考えたこと | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
Understood
ドラマを見ていると「わかった」という時に”understood”と言っている。

これは現在形の”understand”でもいいと思うのだが、「了解」というイメージの時は”understood”という感じだ。

現在形の時はちゃんと主語もつけて、”I understand.”というのが普通だろう。
“understood”というのは、”Your words are understood.”というような意味になる。
つまり過去形ではなく、受け身の過去分詞になっているのだ。

そういえば、自分の言ったことを確認する場面でも”understood?”と聞いている事が多い。
これも”Is it understood?”を略したものだろう。

わかった、という意味では”I’ve got you”というのもある。
これを縮めて”Gotcha”という。
刑事や警官がボスから何かを指示されて、了解、という時も”Gotcha”ということが多い。
どちらかというと、親しい上司だが…。

“You got it”というのもある。
これも「了解」という意味だ。

これらの言い方をどういう風に言い分けているのか、それはわからない。

このニュアンスがわかるようになると、ネィティブに近づくんだろう。

それはまだまだ難しい。


| | 英語 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
大学のレベル
昨日書いたヤマザキ学園大学の続き。

今年の2月に新聞にこのヤマザキ学園大学のことが載った。
アフターケア、という業界用語がある。
これは文部科学省が認可申請を許可した大学に対して、4年間毎年行うチェックのことだ。
そのアフターケアで、この大学がひっかかっり、文部科学省から指摘事項がついた。
正確には、文部科学省が委託した学者たちが指摘したということになる。
大学の授業内容にふさわしくない内容がある、というのが指摘事項だった。
これはぼくが知る限り、文部科学省がはじめて大学の教育内容の低さに言及した、記念すべき出来事だと思う。

4月26日の読売新聞の「ニッポンの分岐点」という特集に載っていた。
記事にはこうある。

『be動詞は中学1年で習う英語の基本。だが、平成22年に開学したヤマザキ学園⼤(東京都)の
動物看護学部では、必修科目「イングリッシュスキルズ(基礎)」でbe動詞などを学ぶ内容があ
ったことが判明。文科省は「大学教育にふさわしい水準となるよう内容を修正し、必要に応じ正
課教育外での補習教育を整備すること」と注文を付けた。これが報じられると、ネット上には大学教育にふさわしくないなどとする非難の声が集まった。』

これに対してヤマザキ学院大学は『「この科目は大学レベルの教材を使用しており、be動詞の活用を学ぶのはその中の一部」とし、「一部報道などには誤解もみられる」と反論する。一方、改善要求にある補習教育は、新入生対象の学力テストで基準点に達しなかった学⽣を対象に、正課外の講座という形で5月から実施する予定』と答えている。

2011年だから、今から5年前、日本橋学館大学の授業内容が、「アルファベットの書き方」「分数の計算」「原稿用紙の使い方」といった大学以前の教育内容だということで、ネット上で騒がれたことがある。
その時は文科省は何も言わなかった。
なぜか。
そんなことはわかりきったことだったからだ。
さすがに、文科省の役人は今の高校卒業生のレベルを知っていたのだろう。

文科省の調査の時に「リメディアル」という言葉が出てくる。これも業界用語。これは高校までの内容の「学び直し」ということだ。
今や「日本リメディアル学会」という学会まで存在する。
その学会の調査によると、7割の大学でリメディアルを実施しているということだ。
2005年に文科省の調査で実施している大学は3割だったから、大学教育にふさわしくないという声を発する人にとっては、状況は悪化しているということだ。

ヤマザキ学園大学や日本橋学館大学の言っていることは一理ある。
大学に入ってくる学生のレベルが低いから、リメディアルが必要だ、ということだ。
大学が教育の最後のチャンスだから、ウチがやらないでどうするのか、という気概は立派だと思う。

しかし、こんなことはいつまでも続けられるものではない。
修得すべき時に修得すべきことを修得するというのが、世の中の常識。
リメディアルをやっている大学が7割というのは、初等、中等教育がまともに機能していないからではないのか。
それを正面切って言う大学がいない。
結局補助金が欲しいということだろう。
文科省が怖いのだ。

大学進学率が上がるにつれて、リメディアルが必要になってくるのはわからないことはない。
しかし、それにも限度がある。
入試をやっているのだ。
入試をやって、入学者を決めている。
リメディアルが必要な学生が「新入生対象の学力テストで基準点に達しなかった」というのはどういうわけなのか。
それをよく考えないとイケナイ。

これは、「新入生対象の学力テスト」と「入試」が違うものだということだ。
そんなダブル・スタンダードを設けて、どうするのか。
もともと、「新入生対象の学力テスト」に通らない学生は落とし、学力が十分な学生を選抜するためのものが、大学入試ではなかったのか。
格好いいことを言っているが、結局は入学生を集めたい、それだけだ。
これを指摘した記事を見たことがない。
そんなことをやっている大学に、文句を言われる筋合いはないと文科省は思っているのだろう。

すでに、偏差値が50以下の大学では入試は成立していないという声もある。
そして、その対象になる学生は入学する学生の半分以下だ。
それ以外はAOや推薦で入っているのだから、推して知るべしである。
もちろん、高校も大学もマジメにやれば、入試の形態は問わない。
AOや推薦でも全く構わない。
だが、多くの大学ではAOや推薦をマジメにやっていない。
高校も同じ。就職したほうがよい学生を進学させている、というのはこないだ書いた。

それもこれも、高校の評判と大学の経営のためだ。
進学率を上げるのと、入学者を確保しないといけない、というのが最優先になる。

だから、「新入生対象の学力テスト」をもう一度やっている。

日本には資源がないと習った。
人材が全てだということだった。
人材を育てるために教育がある。
それがこんな状態でいいのだろうか。

遅々たる歩みだが、高校卒業時の到達度テストなどといういい方向の意見も出てきている。

でも、遅すぎると思う。


| | 考えたこと | 21:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
動物看護学部
2009年に認可されたヤマザキ学院大という大学が東京にある。
ホームページによると、動物看護の専門学校と大学を持っている。
もともと、ペット関係の事をやっていた法人。2009年に短期大学をやめて大学を開いたということらしい。

専門学校は2年制だが、調子が悪く、定員を満たしていない。
大学の状況を見てみると、1年、2年は定員を満たしているが、3,4年は退学者もいるのだろうが、定員を満たしていない。
まあ、図式としては専門学校、短期大学で定員を集めることができなくなってきて、大学を申請したという格好。

しかし、文部科学省がよく認可したものだ。
動物看護学部動物看護学科という学部学科を設立したということは、文部科学省が識者を集め、「動物看護学」を学問として認めた、ということだと思う。
動物看護学士を生み出すわけだから。
動物看護学が認められたということは、動物看護師もそのうち認めるということかもしれない。
しかし、動物看護師というのは厚生労働省の管轄なのか、それとも文部科学省の管轄なのか、どうでもいいことだが…。
たしかにペットの数は増えているし、高齢化に伴ってペットの重要性は増している。
老犬や老猫のホスピスもあるくらいだ。
しかし、動物看護という学問があるとは思えないのだが…。

というのも、動物はこうしてほしいとか、ああしてほしいとか言わないからだ。
看護というのは、患者の気持ちに沿って行うものだと思う。
その気持がわからないから、看護のしようがないのではないか。

だいいち、動物たちは本能にしたがって生きている。

こないだ、足が3本しかない障害犬の事をテレビでやっていた。
カリスマトレーナーの言うことには、犬は他犬の障害など気にしないとのこと。
哀れみや同情などないし、気にしないという気さえないという。
障害犬の方も、自分のことを障害があるとは思っていない。
3本足でやれる範囲のことをやって、それで満足というか、文字通り自分の与えられた条件のなかで生きていくだけだ。満足という充足感もないだろう。
動物たちは与えられた今を生きているだけだ。

ペットの擬人化はやってはいけないことだと思う。
カリスマトレーナーも言っていた。
その動物は、その動物として生きるのが一番幸せなのだろう。
特にイヌは擬人化されやすい。
群れで行動する動物で、人に懐くし、賢ければ命令も理解する。
だから、人間のような感情を持って生きていると思いがちだ。
でも、そうではないと理解して、人間とペットの境界をちゃんと引いてはじめてペットとのいい関係が生まれるのだと思う。

調べてみると、アメリカには動物看護師に相当するものはあるが、この資格は獣医師のアシスタントである。
動物の「レントゲン撮影、カテーテル挿管や麻酔といった高度な医療技術を習得しており、獣医師に準じた獣医療提供者と見なされている。」というのが「Veterinary Technician」という資格。Veternityとは獣医とか家畜のことだ。短期大学で取ることができる。

イギリスはもっと難しい。
四年制大学で「Veterinary Nursing(獣医看護師)の学士号も取得可能」と書いてあった。しかしこの看護師というのは、「獣医師の指示なく注射、投薬といった業務が認められている」とある。
結局は獣医師の仕事の範囲の一部をカバーするということだろう。

だから、「看護」という言葉は合っていないと思う。
看護というより、客観的に動物の病気がわかった時に処置をする人、ということだ。

どうも、日本語で看護というと、患者の気持ちに寄り添って…、という感じになる。
また、日本人はそういうことができると思っているフシがある。
それは大きな間違いだと思う。

ここは素直に獣医アシスタントと言ったほうがいいのではないか。

このヤマザキ学院大が文科省から指摘を受けているのだが、それはまた別途。


| | 考えたこと | 00:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
マイケル・J・フォックスショウ
先週から始まった。
本当に彼のショーをまた見ることができるとは、嬉しい。

今回の役どころは、パーキンソン病で引退したニュースキャスターが、再度番組に復帰した、というもの。
彼の現実そのものだ。

前回のショー、スピン・シティでは市長の補佐役で、家族はあまり出てこなかった。
しかし、今回のマイケルは3人の子どもと妻をメインに置いている。
マイケルのファミリーが舞台になっている。

これは彼の日常から得られたドラマだろう。
大学を中退した兄、何かと問題行動が多い妹、まだ幼い次男の3人の子どもが主役にも見える。
彼の本当の奥さんもゲストで出ていた。
家族に支えられて病気が良くなった彼の気持ちを表しているのだろう。

しかし、本当にパーキンソン病はよくなっている。
彼が作った財団でお金を出して研究した結果だろう。
きっとES細胞も活躍したはずだ。

この調子で行けば、あと何年かしたら完治可能になるかもしれない。

マイケルの財団のお金は有効に使われたんだろう。

まだ52歳。
若い頃のキレはまだ復活できると思う。

もう1本映画を撮ってほしい。



| | 考えたこと | 01:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
予算のこと
ぼくは民間企業にいて、20年間、予算の管理ということをほとんど意識しないでやっていた。

恵まれていたのだと思う。
実験をするにも、設計をするにも、試作をするにも、当然お金がかかる。
それを意識しないでやれたのは、回りで支えてくれた管理部門があったからだろう。

しかし、2000年に部署を異動してその環境はガラッと変わった。
技術部の中の管理部門に変わったのである。
当然ながら、予算に対してシビアなところだ。
何か新しいことをしたい、というと予算が必要になる。
とにかく、起案を上げて、承認を得ないといけない。
その額が大きくなったら、それなりの会議体でプレゼンして認めてもらうことが必要だ。
アタリマエのことだが、不覚にもその時までそういう経験をしないままお金を使ってきた。
そのしっぺ返しが来たのだ。

どうしてもやりたいことがあったので(個人的にというよりも、やっておかないと仕事が回らなくなるからだ)、プロジェクトを作って何度か打ち合わせをして、起案を上げることにした。
この時初めて管理部門のしんどさを知った。

「今やっておかないと後で困る」ということをみんなわかっていない。
でも、そんなことはわかっている人にとっては、当たり前のことだ。
だから、どうしてみんなわからないのか、ということになる。
何度も会議をやって、「何でこんな説明をしないといけないのか」とか、「これがわからないなら、もうやめや」というような会話をした。
チーム員に「まあまあ」と抑えられながら、毎回ちょっとだけ前に進んだ。

やる意味、に加えて数値的な説明もしないといけない。
投資額に対して、効果が及ぶ範囲とそこでのコスト削減はいかほどか、それが果たしてペイするのか、という計算になる。
これがまたややこしい。
時給いくらの人が何人関わっていて、その人達が要らなくなる(他の仕事に回せる)という効果の算出だ。
ぼくがやっていたのは、工場も関連会社も関わる全社的なものだったので、計算が面倒くさい。
ただ、投資額もそれなりに大きかったので、計算を積み上げないといけない。

だいたい、情報投資というのは自部門よりも下流の部署での効率化が大きいのだと思う。
しかし、効率化を図ろうとすると、仕事のやり方を変えないといけない。
一方、仕事には慣性力があって、今のやり方を変える、というだけで抵抗がある。
進んでいる方向を変えるにはエネルギーが必要なのだ。
そこで、工場で必要な機材も今回の起案に入れますから、などという手段を使わないといけなくなる。
俗にいうWin-Winの関係というやつだ。

このあたりの交渉はややこしく、とても疲れる。
しまいに、いったい誰のためにやっているのか、などと思い始める。

そんな苦労をして、重役の前でプレゼンし、起案を通してもらって、予算がやっと降りる、というプロセスになる。

何が言いたかったかというと、予算を取るのは大変である、という簡単なことだ。

ぼくは管理部門で予算取りの仕事をして、本当に良かったと思う。

この経験が転職をして役に立つことになる。
それはまた今度。



| | 考えたこと | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) |