考えたこと2

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原理主義
リベラルな人というのは「自由主義」的な人。
国家や今までの伝統を重視する「保守」に対しては、個人の自由を重視するのが「リベラル」。
しかし、それらはあくまで定義であって、現実に保守とかリベラルというのは類型化されている。

保守=右、リベラル=左とすると、中道というのもある。
是々非々というか、悪く言えば中途半端、よく言えば良識派という感じ。
ぼくは自分では中道だと思っているが、それは見る人によって異なると思う。

最近思うのは、自称リベラルな人たちというのはだいぶ左に寄っているということだ。
故安倍元総理を憎んでいて、「アベシネ」などといっているのは自称リベラルが多い。
これは集団的自衛権の騒ぎの時の、憲法9条改憲阻止あたりの人たちと重なるのだろう。
暗殺という犯罪を免罪し、犯人に同情する大学教授すらいる。
自称リベラルの人が、テロを賛美する、というわけのわからないことが起こっている。
そのうえ、それがネットで報道されても、それを問題にすらしないマスコミもいる始末。
何かオカシイのではないか。

反原発の意見にもずっと違和感がある。
ここでも、何度も書いてきたが、「リベラル」な人々は「原発は悪」と思い込んでいるようだ。
福島のことをフクシマと呼び、処理水のことを汚染水と言い、国連やIAEAの科学者が大丈夫と言っていても、まだ海洋放出反対を叫んでいる。
それが福島の復興をどれだけジャマしているかわかろうとしない。
マスコミも含め、明らかに風評加害者になっている。

風評被害が心配だ、と報道すること自体が風評加害になっているのがわからないのだろうか。
震災後に、放射能が心配だと恐怖を煽り、多くの人たちがしなくてもいい避難をした。
亡くなった人もいる。
もう放射能が問題ないとは言えないところまで来ているから、風評加害を続けるしかない。

こうなると、自分が正しいと思うもの以外の存在を許さない「原理主義」だ。
それはもうリベラルではない。

「反アベ原理主義」とか「反原発原理主義」とか言うものだろう。

自称リベラルの人が増えると、世の中の自由がなくなるぞ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0) |

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