考えたこと2

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無常
日本人は世の中は無常だと思っている。

あらゆるものは永遠には存在しない。
永遠に存在しないばかりか、一生のうちになくなるものも多い。
平家物語の「祇園精舎の鐘の音…」、鴨長明の「ゆく川の流れは絶えずして…」という有名な書き出しは、多くの人が共感するものだ。

だから、起こってしまったことには、諦観がある。
リンボウ(林望)先生が言っていたが、原爆が落ちても、これは日本が海外に侵略したから、仕方がない、と諦める。
アメリカに対して、投下を断罪するというような人はほとんどいない。
そういうことをするのは、性に合っていないのだ。

原爆の慰霊碑文には「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と書いてある。
誰の過ちかというと、戦争を起こした日本の過ちと思う人がほとんどだろう。
どこかの国なら、「1945年8月15日にアメリカが原爆を落した」と書くのではないか。

落ちてしまったものは仕方がない、という思いが日本人の気持ちだろう。

きっと世界では珍しい考え方だと思う。

そんな考えをもっているから、外交など全くダメだ。
強いことを言われると、譲ってしまう。
「どうせ無常なんだから…」と担当者は思っているのだろう。
そのとおり、世の中は変わっていくから、今の譲歩はかまわない。
国民も通り一遍の文句は言うが、無常だとわかっている。

世界中のすべての人が日本人のように無常観を持っていれば、平和になるだろう。

憲法9条が変わらないのも、日本人が別にそれでかまわないと思っているからだろう。

実際、地球が永遠にあるものでもないし、いずれは太陽に飲み込まれて消え去る運命だ。
やっぱり、世の中は無常なのだ。

この国民性は変わらない。

それで日本人が滅びても、いいではないか…と心の底で日本人は思っている。


| | 考えたこと | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
カンガルー
カンガルーは大きなしっぽを持っていて、二本足で立てる。

移動はピョンピョンと跳んで、結構なスピードで移動する。
おなかに袋を持つ有袋類だ。

昨日テレビを見ていたが、カンガルーは優れた母体の機能を持っているらしい。
袋の中には2種類の乳首があり、片方は生まれたての子供用、もう片方は袋から出た子供用のものらしい。
胎内で胎児が育っていても、袋の中に赤ん坊がいれば、自動的に成長が止まる。
そして、袋から出ると、また成長し生まれるというシステム。

アカカンガルーは、10日ほど水を飲まなくても生きられる。
オーストラリアの中央部は、厳しい自然環境だ。
そこで生きていく。

有袋類がそのまま進化して、人間にならなかったのはなぜだろう。
ひょっとしたら、そういう人類もいたのかもしれない。
滅びてしまったのか…。

人間と鳥類を除くと、二本足で常時いるのは、カンガルーだけだ。

カンガルーにも、人間のように知的な生物になるチャンスはあったかもしれない。
進化のいたずらだろう。

もしかしたら、宇宙のどこかに有袋類の二足歩行の生物がいる星もあるかもしれない。

最近新聞で地球型の惑星はたくさんある、という記事を読んだ。
広い宇宙にはカンガルー型の知的生命体がいて、ピョンピョン跳んでいるかもしれない。

昨日、夕日をバックに、荒野を移動している親子カンガルーを見た。
もちろんテレビだが、すごくきれいな姿だった。

どこかの星でもそんな姿があるかと思えば、救われるような気がする。


| | 考えたこと | 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) |