考えたこと2

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漣(さざなみ)
さんずい編に連と書いて「さざなみ」と読む。
こんな漢字に出会ったのは初めてだが、波が繋がっている感じがして、いい佇まいの漢字だと思う。
本家の中国でもリェンと読んで、同じ意味だそうだ。

この漢字を知ったのは「綺麗」という曲の歌詞を見たからだ。
今やっているアニメ「綺麗にしてもらえますか」のオープニングテーマ。
さっと聞いただけでは細かい歌詞はわからない。

歌っているのはゆう。(ゆうまる)という若い歌手。
歌も元気でいい。

歌詞には難しい読みの漢字も出てくる。
微睡(まどろみ)や滲む(にじむ)など、なかなか読めないものもある。
こういうオシャレな漢字の使い方をしている。

作詞作曲は「じん」という35歳の男性。
「ゆう。」の歌を「じん」が作る、ということだ。

LINEでチャットの文章に「。」を付けるのは、マルハラと言われるらしい。
若い人は「。」を使わないので、威圧感を感じるという。
それを逆手に取って、「無理。」というのは単なる無理ではなく、絶対無理という意味になる。

こういう日本語の融通無碍なところは好ましい。
こんな使い方があるのか、という新鮮さがいい。

こういう文化を大切にしたいと思う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
TUBEのライブ
WOWOWでやっていたTUBEの2023年のライブを見た。
横浜スタジアム満員御礼で、34000人を動員した。
観客の年齢層が20代、小さい子供連れの30代から、かなりの年配まで結構広い。
バンドメンバーも、観客もアクティブだ。

TUBEのメンバーは59歳、60歳という年齢。
Geminiにこのライブの売上を推定してもらうと、チケットはグラウンド11000円、スタンド9900円、立見席8800円ということで、チケット売上総額3.4億円、グッズが1億円程度とのこと。
スタジアムのレンタル料や噴水や花火、スタッフの人件費を引いて、純利益が1.5億から2億ということだ。
経済効果は大きい。

2025年はバンド結成40周年ということで、ハワイで公演したらしい。
数千人が行ったという。

それにしても、一時は夏だけのバンドと呼ばれて、苦しい時期もあったと思うが、継続は力なりということか。
ボーカルの前田のキャラもあって、とにかく明るい。
低成長の時代にあの明るさが必要とされたのだろう。
ここ数年、WOWOWでライブをやっていたら見ているが、大掛かりでファンサービスがすごい。
観客との一体感もあって、長い時間でも飽きない。

このTUBEあたりはまだ昔のテレビの音楽番組に出ていて、「みんなが知っている曲」がある。
いわゆる「流行歌」というやつだ。
ファンならみんな知っているぜ、という曲がたくさんあるから、観客もノレるのだろう。

今のYoutubeやTiktokで流行る歌はみんなで一つのバンドの曲を追いかける、というような形ではない。
音楽が多様化して、TUBEのように動員できる人数は多くないのだろう。

多様化だから、一つのバンドあたりの人数は減る。
今のアーティストでこれだけの大人数を動員できるのはYOASOBIくらいか。

TUBEのメンバーがみんな元気で、まだまだ続けてほしいと思う。

ファンサービスでアンコールの最後は「Season in the sun」をやって、大盛りあがり。

このお客様は神様、の精神がこのバンドを長く続けさせたのだと思う。

まだまだ頑張ってほしい。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
同志社国際高校
沖縄国際高校の平和学習?の事故。
亡くなった方は本当に気の毒だ。

この事故の顛末を見て、ちょっとおかしいと思った。

学校が平和学習の名を借りて、生徒に偏った思想を植え付けているとしか思えない。
教育機関は世の中の成り立ちを教えるところであり、偏った思想を教えるところではない。

沖縄県の置かれた立場はたしかに微妙だ。
戦後も1972年まで沖縄はアメリカの統治下にあり、1950年に朝鮮戦争が勃発して、地理的に重要性からアメリカは広大な土地を接収して基地を作った。

日本は非武装の道を選んで、日米安保体制による防衛を優先したが、沖縄は本土の犠牲となって、軍事的な拠点となったのだ。
民主党政権で、鳩山総理のときに沖縄の基地問題を解決しようとして、却って火をつけてしまった。

普天間基地の移設は、日米両政府で合意済みだったが、総理が「最低でも県外」と言ったために、一度決まっていた辺野古移設を白紙に戻してしまった。
軽はずみに口走ったのだろう。
その後、辺野古に戻して今は工事をしているのが現状だ。

そういう経緯をこの平和教育ではどう扱っているのだろうか。

昨日の会見を見ると、年寄ばかりの活動家としか見えない人たちが、教師も同乗していない小さな船で、許可も取らず、悪天候の中で事故を起こしたということらしい。

明らかに辺野古移設反対という活動家。
それはそれで意見として聞くのはいいだろう。
しかし、反対意見があるということは、賛成意見もあるはずだ。

片側だけの、さらに偏った意見を宿舎でも学んで?いたという。

これが私学の高校教育なのか。
同志社国際高校の理念は、キリスト教主義、自由主義、国際主義だという。

国際主義の説明として「異なる文化や考え方を尊重し…」と書いてある。
本気でこの理念を追求しようと思っているとは思えない。

こんな学校が同志社の名前をつけているのか、と思うと残念だ。

なにが「平和教育」か。
偏向教育ではないか。

おまけにメディアは事故の背景を、修学旅行の平和教育としか報道しない。

日本のメディアはもう信じられない。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
テレワークの注意
コロナで流行ったテレワークだが、ぼちぼちデメリットが挙げられだした。
アメリカの企業ではテレワークはダメで、原則出社という会社もある。

こないだ、テレワークをすると、体力が10歳分低下するという記事を見た。
テレワークで効率化ができるというメリットはあるし、通勤時間がゼロとか、それによって経費が節減できるなどというメリットもある。

でも、ぼくは会社には通うものだと思う。
昭和のオヤジの戯言だと言う人もいるだろう。
それでも、通ったほうがいいと思う。

通勤は時間にもよるが、仕事モードから変わるための時間にもなるし、読書時間にもなるし、動くという行為が脳を刺激するからボケ予防にもなるのだ。
そして、大事なのは人とのつながり。

会議アプリでつながっているというが、それは仕事上のこと。
仕事以外の無駄話も大事だと思う。
そこから信頼関係が生まれたり、時には仕事のアイデアが浮かんだりする。
そういう無駄な部分がなくなるのが、大きなデメリットだと思う。

だいいち、ずっと家にいるのはしんどい。
外に出るだけでリフレッシュにもなる。

コロナの時代は、テレワークを礼賛する人が多かった。
ほんまかいな、と思ってみていたが、多くの会社が出社回帰しているのはそのデメリットがわかったからだろう。

テレワークで良かったのは、仕事の無駄が省けたことだ。
会議が仕事という人は結局ほとんど無駄な人だということがわかった。
それは本当にいいことだったと思う。

そのムダを省いたまま、テレワークをなくせばいいのだ。

昭和のオヤジはそう思う。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
捨てないといけない本
4年前に実家じまいをしたのだが、その時のことを思い出した。
父母の本がたくさんあった。
父も母も、本は捨てられなかったのだろう。

父は経済学部だったので、経済関係の本がたくさんあった。
そんなものを見ることがなくなっても、本棚に鎮座していた。
父が亡くなってからも、その本は置いてあった。
母が捨てる機会を逸したのだろう。
置いていても、自分一人だから不便もなかったのだ。
ぼくはそれらを捨てた。

ほんの一部を実家じまいの時に持って帰った。
それはまだ手つかずで置いてある。
仕事をやめたら読もうと思っている本が山のようにあるのが現状。
もうそんなに先は長くない。
全部は読めないとも思う。

それでも、何となく捨てられない。
本棚からあふれている分は、自分の本を捨てて入れようかと思う。
若い頃に読んだ本は、もう読めないと思う。

太宰治の旧漢字の全集など、手つかずで残っている。
あれはもう捨ててもいい。
大学に入学したときに、セールで買ったハードカバーだ。
古いスクラップももう要らない。
ギターの雑誌を毎月何冊か買っていたが、それらを捨てる時に特集などのページを切り取ったりしたもの。
結局一度も見なかった。

そういう性格は両親から引き継いだのだろう。
父が生前、本棚の本を捨てないといけないとも思うが、これを捨てたら頭が空っぽになるような気がする、と言っていた。
だから、カビの生えたようなケインズ経済学などの本も置いていたのだ。

読書の歴史は、ある意味人生の軌跡でもある。
だから、読まなくなっても置いておきたいのかもしれない。

今は電子版ができて、老眼の身には読むのが楽になった。
でも何となく紙の本が大事という感覚は残っている。
もう紙の本は買わないだろうと思う。

今は段ボールに詰めて、ブックオフに送ったらいいらしい。
そうするべきだと思う。

少しずつ始めないといけない。

手始めに、春分の日に捨ててみよう。






| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
1-3-5-7
昨日に続いてギターの話。
今日はレッスンで、1-3-5-7の音の練習をやった。
キーがCなら、ドレミファソラシドの各々の音に3度、5度、7度の音を積んでいくと、それぞれのコードができる。

Cコードであれば、1度はド、3度はミ、5度はソ、7度はシbになる。
これを順に弾いていくのが1-3-5-7になる。

2つ目はレファラド(Dm7)、次はミソシレ(Em7)。
こんな具合で、ずっと上に上がっていく。

そういう練習をしておけば、指の動きや指板の音の理解に役に立つということだ。

先生はあらゆる音をいろんな場所で押さえることができる。
いつもさすがプロ、と思うのだが、それはこういう練習を常にしているからだろう。

やっぱり基礎練習は大事だ。

今からでもやらないといけない。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
ドレミで覚える
何度か書いているが、つくづくぼくは右脳が弱い。
形やパターンで覚えるのは苦手だ。
それはギターの指板上の音でもそうなる。

何度かギターの先生に、どうやって指使いを覚えるのかを聞いた。
フレーズを一つ覚えると、いろんな場所で応用が効くという。
だから、覚えようとするのだが、一つのフォームで覚えると、そこでしか使えない。
もちろん、平行移動で上下する分には大丈夫なのだが、出だしの弦が変わると、もう難しい。

いろんな覚え方があるのだろうが、本来はどのキーに変わっても、どのポジションに変わっても大丈夫なように、相対的な度数で覚え、それを臨機応変に弾く、というのが望ましいのだろう。
しかし、なかなかそんなことはできない。

ぼくはやはり目で見たパターンで覚えるよりも、言葉で覚えないとダメだ。
音符とポジションもあまり結びついていないので、やはりドレミの階名で覚えるのが、一番楽だ。

ただ、フラットやシャープがたくさん出てくると、難しい。
それは音で覚えるしかない。

やっぱり芸術は右脳なのだろう。
きっと天才は、こんな面倒くさいことをしていない。
もっと直感的に弾いていると思う。

この壁は乗り越えられるのだろうか。

もう年齢的に難しいと思うが…。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
ホルムズ海峡封鎖
イランとアメリカの戦争で、ホルムズ海峡が危ないことになっているという。
中東有事にはそういうことが起こるから、日本はエネルギー安全保障で原発を作ってきた。

ところが、福島原発事故で放射能に対する恐怖を一部の反社会的な政党やマスコミが煽り、結果的に沢山の人が避難を余儀なくされ、多くの2次被害が出た。
その罪は当時の民主党やマスコミが負うべきものだ。

その時に原子力規制委員会を強権を持たせて作り、反原発の委員を選んで立ち上げたのが当時の菅首相。
日本に与えた損害は天文学的な額だろう。
彼が何の権限もなく全国の原発を止めた罪は重い。

高いLNGを輸入し、メガソーラーで賦課金を設定し、環境を破壊した。
全世帯がバカ高い賦課金を払って、わざわざ自然破壊して太陽光パネルを設置した。
昼間しか発電しないから、夜の電気は火力発電を動かさないといけないから、二重投資になる。

日本はエネルギー自立するためには、自国で取れる石炭を使うか、水力か、単価の安いウランを使うかしかない。
再エネはあくまで補完的なものだろう。

今が原発を再稼働するべき時なのだ。

政府は原発を活用するという方針を出したのだから、早くしないといけない。

世界の原発は2050年には3倍になるという。
その建設やメンテナンスの技術がある国は日本なのだ。

原発を作る部品のサプライチェーンを維持しよう。

それが世界への貢献だと思う。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
去り行く季節
今週キャンパスに出勤したらほとんど人の気配がない。
高速道が工事をしているので渋滞の分早めに出て、余裕で着く。
いつも駐車場に何台か車が止まっているのだが、それがない。

駐車場を出て、キャンパスの中を歩いていても、誰もいない。
職場の建物に入ると、こないだまで学生がちらほらいたのだが、それもいない。

学校はこの季節、学生が去る。
そういえば、電車で通勤するときにも大きなカバンを引っ張っている若い人がちらほらいる。
あの人たちは下宿を引きはらった学生なのだろう。

今動いている学生は就活くらい。
それも今はオンラインで相談できる時代なので、学校には来ない。
下宿生は郷里に帰っているかもしれない。

25年間のメーカーでの仕事では、年度末とか3月とか、全く意識しなかった。
4月に新人が入ってくるなあ、という程度。
忙しかったから、そんな感傷などない。

学校法人で勤めた10年で、その感傷を知り、自分が大学を卒業した時を思い出したりした。
下宿を出て、最後に部員が帰省中で誰もいなかった落研の部室に寄って、出た時のあの青い空を思い出す。
何度か書いたような気がするが、4年間が終わったという感慨があったなあ。

ぼくは勉強面では全くいい学生ではなかった。
どうやって卒業できたかも覚えていない。
テストは受けたのだろうが、それも定かではない。

4年間落研の部室でだべり、下宿の友達とだべった。
情けないが、それが真実。
よく卒業させてくれたと思う。

今になって振り返ると、罪の意識がある。
こんな自分に4年間の費用を出してくれた親に感謝するとともに、それを伝えないまま両親とも亡くなったことにだ。

入社してからは、まじめに働いた。
少しは勉強もした。
特許も出したし、自分でも欧米とのやり取りなど頑張ったと思う。
大学で学んだことはほとんど生かせなかったが…。

ぼくも1年後にはこの職場を去る。

この季節はそういう感傷がある。
その思いはおそらく死ぬまで続くんだろうと思う。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
メイプルシロップ
今日は別の職場で久しぶりに学生が来てくれた。
カナダの土産で、カエデの葉の模様の瓶に入っている。

コロナで不調になり2年間休学をして、苦労して戻ってきた。
ITで就職しようとして、資格も取った。
早期に内定も取って、最後にビッグネームに挑戦して見事内定。

今年に入って、ちょっと気がかりだったが、高校時代の留学先のカナダに行ってきた、と報告に来てくれた。
今週末卒業だ。
本当によく頑張ったと思う。

最初にオンラインで相談したときは、休学していて、電車に乗れなかったのだ。
「2年半前に初めてオンラインで相談したときは、ちょっと話したら涙が出ていた」と書いてある。

今はカナダまで一人で行って、無事に帰ってきた。
長い道のりだったが、今日は自分に自信がついたと笑顔で話してくれた。

きっと入社しても頑張れると思う。

次の予約の学生が来たので、短い挨拶をした。
最後に、社会人になっても頑張れと言って別れた。

きっと元気でやってくれると思う。

この季節は別れの季節だ。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
広島びいき
今日の昼過ぎ、オンライン面談の準備をしていたら、先週最終面接の練習をした学生がヒョイと顔を見せた。

先週は東京に行って、翌日が最終面接。
その練習をした。

曜日が合っていたからか、4回の面談をした。
1回目は企業研究も全くできておらず、インターンに行って早期選考の案内が来たから、面接練習をしたいということだった。

広島出身の学生。
関西で一人暮らしをしている。

ぼくは親父が広島出身で、一応片方のルーツは広島だ思っている。
だから、何となく親近感があった。

なぜ、この業界を受けたのか、なぜ当社なのか?という定番の質問をしても、回答がなく、首を傾げてニコっと笑った。
全く面接は初めてで、この会社に行きたいというだけ。
インターンの感想はかろうじて聞けたが、そのほかは全滅レベル。

えらいこっちゃ、と企業のホームページを見せながら説明して、肝心なところを伝える。
企業からアンケートシートが送られきて、それもチェックした。
何度か他のカウンセラーの面談もして、面接の練習もした。
話が長く、なかなか結論ファーストにならない。
「ダメですよね!」と自分でダメ出しする。

2回そんな練習して、最後の東京からのオンライン練習になった。
真面目で、明るく、ちょっと天然だが元気よく答えられる。
先週の最後の枠で、最後に一言下さい、と言われて「この調子で臨めば絶対大丈夫」と伝えた。

案の定、内定をもらって、今日現れた。
授業もないのに、わざわざ来てくれたのかもしれない。
本当に真面目なのだ。

いろいろ話したいこともあったかもしれない。
ぼくも聞きたいことはあった。

それでも、ぼくらの仕事は一期一会だ。
お礼のお菓子を持ってきてくれた。

本当に良かったね、と伝えて短い間の立ち話。

そういう日は滅多にない。
それでも、気持ちが通じたなあ、と思う。

今日はいい日だった。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
正午は何?
こないだ、職場の人が「正午と書いても学生はわからない」と言っていた。
もちろん、日本人の学生だ。
そうか、「正午」も死語になったのか。

たしかに、もともと話し言葉で「正午」という言葉を自ら使うことはほとんどなかった。
一番よく聞いたと思うのは、正午のニュースという言葉。
アナウンサーが言っていた。

このブログは6500くらいの記事があるが、その中で正午という言葉を使っているのは1つの記事だけ。
引用した新聞記事の中にあった。

ある意味、公式の出版物やネット記事などにだけ出てくる言葉なのだろう。

これが死語になったということは、若い人の新聞などのマスコミへの接触が減ったということがあるだろう。
さらに、そういうところの書き手が若くなったということもあるかもしれない。

さらに、時間の表示を統一性のあるものにしたいというものもあると思う。
たしかに昼の12時というのは、午前0時なのか、午後0時なのか、わかりにくい。

そういういろんな事情があって、正午という言葉が使われなくなっているのかもしれない。

12時というわかりにくい言葉をカバーしているいい言葉だと思うのだが…。






| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
ガンダムSEED
WOWOWでガンダムSEEDの最新作をやっていた。
これを見て、なんだか宇宙戦艦ヤマトに似てきたなあ、と思った。

モビルスーツがガンダムのトレードマークで、その戦闘シーンは出てくるのだが、それよりもヤマトのような古い戦闘が中心だ。
取舵いっぱい、などというセリフが出てくるのはご愛嬌だ。

昔のガンダムのアムロが抱いていたような葛藤はなく、「愛」が大事だという。
地球軍は正しく、相手を殲滅することが善、という価値観。
なんだかなあ、と思ってしまう。

正義は一つだけという古い価値観で、狙っている層もガンプラを買い続ける中高年なのだろう。

このもやもやした気持ちをGeminiに質問すると、以下のような答えが帰ってきた。

「分かり合えなさ」に悶え苦しむプロセスを飛ばして、最初から「愛による完全な理解(と勝利)」というゴールが設定されているため、かつてのようなヒリヒリした精神の摩耗が感じられなくなっているのかもしれません。

やはりAIは賢い。

ガンプラの時代もそう長くは続かないだろう、と思ったがもう次回作は決まっているらしい。

やれやれ。


| hdsnght1957kgkt | 映画・舞台 | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
2時間ドラマ
80年代はテレビの2時間ドラマがたくさんあった。
火曜サスペンス劇場、土曜ワイド劇場などの毎回変わるものや、十津川警部シリーズや赤い霊柩車などの連続モノもあった。

実はぼくはそのころ仕事が忙しくて、帰るのが遅く、あまり見ていない。
自動車メーカーが貿易摩擦で北米に進出し、部品メーカーであるぼくの会社は北米の会社を買ったので、そこのスタッフとFaxや電話でやり取りした。

アメリカは時差があるので、日本の夜中に電話をかけて会議をした。
終電がなくなって、タクシーで自腹で帰った。
あの忙しさはしんどかったが、懐かしい。
日本のカーメーカーのアメリカ進出を手伝っている、という使命感みたいなのも、ちょっとあった。

まだメールもなかった時代だ。

2時間ドラマは、今はBSやケーブルテレビで見放題。
ほんとにいくらでもあるという感じ。

片平なぎさや船越英一郎、名取裕子、渡瀬恒彦など、若い姿で見ることができる。
豪華なホテルのロケも多かったし、今のドラマのようにスタジオのセットでほとんど完結するというようなものではない。
移動も多く、いかにもカネがかかっている番組だった。(ドラマ自体は粗製乱造の面はあったが)

あの頃はテレビの全盛期だったのだろう。
パソコンも普及しておらず、Youtubeもない。
楽しみといえばテレビだった。

今2時間ドラマがなくなったのは、もちろんテレビ離れだ。
若い人はテレビを見ない。
だからスポンサーもつかない。
広告はネットの世界にどんどん流れている。

安いバラエティや番宣混じりの2時間枠ばかり。
ひどいのはほとんどYoutubeを見て、コメントするようなものもある。
あとは何かを食べるとか、お店を回るとか、安上がりのものだ。

今になって2時間ドラマを見ると、懐かしい。
あの頃の景気の良かった日本が思い出される。
当時は見る暇もなかったが…。

そんな徒花のようなドラマ。
あと何年再放送が続くのだろうか。

それが終わったときには、テレビが終わるときだろう。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
69歳
昨日でちょうど生まれてから69年が経過した。
69年というと、25000日ほど。
よく今まで生きてこられたものだ。

いろんなことがあった。
ボールに乗ってコケて入院したのが初めての入院。
尿路結石や脊柱菅狭窄症でも入院した。

もう父母も亡くなった。

調べてみると、自分の誕生日を記事に書いたのは1回だけ。
57歳、という記事があった。
その時から12年経っている。

57歳では、まだ人生の終わりという感覚はなかった。
その年に2つ目の仕事をやめて、今の仕事になったのだが、まだまだやる気はあった。
でもそれから12年経って、後1年で70歳というところまで来ると、さすがに仕事はぼちぼちしんどいという感じ。

現在は2つの仕事をやっているが、派遣でやっている方は来年打ち止めだ。
もう片方は請負なので、年齢制限はないが、どうなるかわからない。

キャリアコンサルタントの免許の更新も、どうしようか迷っている。
今年の12月で切れるのだ。
講習を5つくらい受けないといけない。
1つについて、1万円から2万円かかる。

一日潰れ、レポートなどを出して受講証をもらい、それを実務の記録と一緒に提出して初めて更新できる。
ただ持っていて、得になるわけでもないように思う。
自己満足みたいなものだ。

いろんなことを縮小していかないといけない。

これからは退却戦だ。
これが一番難しいと言われている。

ただ、戦う相手が何なのか、よくわからないのが困ったものだ。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
脱炭素の破綻
気候変動の対策が行き詰まっている。
もともと欧州が声を上げ、先進国が化石燃料を使いまくって工業化を促進し、生活水準も上げて、そのためにCO2が増えて、気候変動が問題になった、という経緯。
悪いのは先進国で、悲惨な目に合うのは主に熱帯域の途上国という図式だ。

それを過去20年あまり言い続けてきた。
そこで、目標が出され、それを各国が受け入れるという形で進んできたのだ。
日本は脱炭素の先進国だと思う。

国内の工場が減って、どんどん海外生産が増えており、おかげで工場が出すCO2は減っている。
つまり、この20年ほど製造業の空洞化で日本の労働者は貧しくなったおかげで、CO2を減らすことができた。
排出CO2の量は、ある意味で景気みたいなものだ。
成長が失われ、景気が悪くなり、結果的に工場のCO2は減ったということだ。

環境に優しくなったということは、経済が停滞し、不景気で貧しくなった、イコール低成長が続いているということだろう。

COP(Conference of the Parties)という、国連気候変動枠組条約締約国会議があり、年に1回いろんな国が集まってCO2の削減目標などを話し合う会議がある。
去年の終わりに30回目の会議が開かれたが、ほとんど国内では報道されていなかった。

日本のマスコミは環境問題大好きで、CO2削減推進派だ。
それさえ言っていれば、正義だというスタンス。
アメリカには慎重派もいて、そういう報道もあるが、日本のマスコミはみんな環境は大事だから…、という立ち位置になってしまっている。

トランプ政権になって、アメリカは化石燃料推進という声が出てきてCOPからも離脱した。
実際、EV化などの助成や補助が止められたりしている。
大統領は「気候変動は今世紀最大の詐欺」と言っているくらいだ。
今まで強力にそれを推し進めていた欧州も、中国のEVに値段で勝てず、エンジンの延命を認め、EV化100%の旗を降ろした。

結果的に、トヨタ会長の方針は正しかったのだ。
WSJ(Wall Street Journal)はそういう記事も出している。

さらに、今まで先進国が散々化石燃料を燃やしてCO2を出してきたのが原因であり、それを先進国が認めているのだから、発展途上国からは脱炭素化を進めろというのなら補償しろという意見が出てくる。
莫大なお金がかかる、と言ってきたのだから、その補償はどうなっているか、ということだ。

COP30はそこでもめて、玉虫色のどっちつかずの声明で落ち着いたという。
行き詰まりを如実に表しているのだ。

ぼくは、アメリカのように推進派と慎重派が両論を戦わせるということが必要だと思う。
極論で「詐欺」というのも行き過ぎだし、このままでは人類が滅ぶというのも極論すぎる。

もう少し冷静に事実を見て、日本のマスコミも偏向報道をやめて両論併記し、ちゃんと科学的に話をないと、世界からバカにされるぞ。

| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
声はウソをつけない
面接の練習を何度となくしたが、印象面で大事なのは「表情」と「声」だと思う。
表情はもちろん、ちゃんと目を見て挨拶したか、笑顔だったかというところ。
これはみんな意識する。

でも、意外と意識できてないのは「声」だ。
こないだラジオでどこかの俳優さんが言っていたが、舞台で大事なのは「声」だ。
何故かというと、声はウソをつけないからだ。

表情もウソをつけないわけではないが、意識して笑顔を作ることはできる。
でも、声は本当にその気にならないと出ない。
書き起こしたら言葉はちゃんと話していても、やはり声がその時の気持ちを表すのだと思う。

元気な声で答えようとすると、元気にならないとダメだ。
気持ちが元気にならないと、元気な声は出ない。
言葉は頭で考えて話せるが、それをどんな気持ちで話すかということで「声」は大事だ。

ウソをつけない声で、どれだけ熱意ややる気を伝えるか、というのが面接の基礎。

そこをちゃんとできる人は意外と少ない。




| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
腹痛
昨日の夜、寝てしばらくしてお腹が痛くなって起きた。
久しぶりだ。
前に痛くなったのはいつかわからない。

よく覚えているのは、母が初めて餃子を作ってくれた時。
小学校の高学年くらいだった。
あの時はやたら美味しくて、20個くらい食べた。
そしたら、案の定お腹が痛くなって、吐くわ下すわで大変だった。
これぞ食べすぎという症状。

あの時はちょっと反省した。
調子に乗って食べすぎてはいけない。

ぼくは風邪には強くて、ほとんど熱を出したことはなかった。
還暦を過ぎて、インフルエンザで発熱するまで、そんなに高熱が出ることはなかったと思う。
たいがい、風邪をひいてものどが痛くなって、鼻水が出るという症状で済んだ。

お腹はよく壊したが、痛くなるのは珍しい。
これはひょっとしたら餃子の時以来かもしれない、と思いつつ痛みに耐えていた。

痛いときは眠れないが、薬をのんで知らぬ間におさまって朝になった。
ちょっと睡眠不足だが、痛いよりはよほどましだ。

今日は大事な面接練習があった。
無事に出勤して最終面接練習。
良い結果を祈る。

やっぱり健康は大事だ。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
もう3月
気がついたら、もう3月。
時候は少し春めいてきた。

ちょっと前から左の膝が痛むのだが、湿布を貼って対処療法している。
この分なら、また桜が咲くのを見ることができそうだ。

1月は新年会をいくつかやって、過ぎていった。
2月は特に何もなかったが、早かった。

3月が終わると、今年も1/4が終わってしまう。
こないだ中学3年生のギターの生徒に聞くと、卒業式の練習を始めたとのこと。
もうそんな季節になった。

転職して、大学に関わるようになってもう20年になる。
学校法人の職員として10年、派遣・請負で10年だ。
3月は別れで、4月は始まりの月。

前にも書いたが、桜がその切れ目で花を咲かせる。
それが日本なのだろう。

大学生の卒業は、自由な学生生活との別れでもある。
これから社会人になって、大人の仲間入りだ。

今日来た3回生は、就活するのが嫌だという。
それは誰でもそうだ、と答えた。

嫌なことをするから、お金がもらえる。
親から独立できる。

それが大多数の人にとって、生きていくということだ。
それはしんどいことだが、時には楽しいこともある。

それが人生ではないかと思う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
延命治療
今の世の中、医は仁術ではなく、算術になっている。
というのは、意味のない延命治療を多くの医療や介護の現場でやっているからだ。

母の最期について、延命治療はやらないでほしいと伝えた。
だから、栄養を点滴してまで寿命を伸ばすということはやらなかった。
でもその前から、母は食事の意思はなかったと思うが、栄養ドリンクなどで延命していた。
ああいう食事介助をやらなければ、もっと自然に死ねたと思う。

死の床に伏した母を見て、やっと楽になれたなあ、と思わすつぶやいた。
酸素マスクで話すこともできなかった。

前の日にホームに行って手を握って、「来たで」と言ったら、無言で強く握り返してくれた。
あれが実質的に最後のやり取りだった。

おそらく、現場の介護や看取りをしている人たちは知っている。
こんなになるまで、生きさせられるのは止めたほうがいいのだ。

老人の医療費は死ぬ前に高くなる。
それが延命分なのだ。
それをやめれば、もっと楽に死ねるし、医療費も減る。
若い人たちの負担も減らすことができる。

北欧の国々ではそうやっているはずだ。
自力で食べられなくなったら、それに任せる。
無理やり食べさせるのは、虐待だとさえ考える。

いつから日本の老人は楽に死ねなくなったのだろう。

Xに「患者の尊厳を損なうような無理な延命処置を現場で行わせられていること自体が、看護師のバーンアウトの大きな要因」と誰かが書いていた。
本当にそう思う。

人生の末期のガイドラインを見直すべきだ。
今はとにかく生かす、という医療。
それは誰のためかというと、医療介護関係差の儲けのためだ。

医療関係者を救うために、患者の尊厳が犠牲になっていないか?

もうぼくらが声を上げないといけない。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |