考えたこと2

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延命治療
今の世の中、医は仁術ではなく、算術になっている。
というのは、意味のない延命治療を多くの医療や介護の現場でやっているからだ。

母の最期について、延命治療はやらないでほしいと伝えた。
だから、栄養を点滴してまで寿命を伸ばすということはやらなかった。
でもその前から、母は食事の意思はなかったと思うが、栄養ドリンクなどで延命していた。
ああいう食事介助をやらなければ、もっと自然に死ねたと思う。

死の床に伏した母を見て、やっと楽になれたなあ、と思わすつぶやいた。
酸素マスクで話すこともできなかった。

前の日にホームに行って手を握って、「来たで」と言ったら、無言で強く握り返してくれた。
あれが実質的に最後のやり取りだった。

おそらく、現場の介護や看取りをしている人たちは知っている。
こんなになるまで、生きさせられるのは止めたほうがいいのだ。

老人の医療費は死ぬ前に高くなる。
それが延命分なのだ。
それをやめれば、もっと楽に死ねるし、医療費も減る。
若い人たちの負担も減らすことができる。

北欧の国々ではそうやっているはずだ。
自力で食べられなくなったら、それに任せる。
無理やり食べさせるのは、虐待だとさえ考える。

いつから日本の老人は楽に死ねなくなったのだろう。

Xに「患者の尊厳を損なうような無理な延命処置を現場で行わせられていること自体が、看護師のバーンアウトの大きな要因」と誰かが書いていた。
本当にそう思う。

人生の末期のガイドラインを見直すべきだ。
今はとにかく生かす、という医療。
それは誰のためかというと、医療介護関係差の儲けのためだ。

医療関係者を救うために、患者の尊厳が犠牲になっていないか?

もうぼくらが声を上げないといけない。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |