考えたこと2

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桂米朝
桂米朝が亡くなった。
忘れられていたネタを復興し、今の上方落語界の重鎮の一人。

ぼくは仁鶴で落語を好きになったが、最初はやっぱり米朝だった。
小学校の時に聞いた、何気ない大阪人の会話、「どちらまで?」「ちょっとそこまで」「そらよろしいな」というマクラ(ネタに入る前の小咄)がすごく面白くて印象に残った。
当時祖母は演芸が好きで、寄席中継などはよく見ていたから、そのへんから落語を知ったと思う。

米朝は、若い頃は落語をよく勉強したらしい。
いかにもそういう感じの落語家。
ある意味、計算ずくの落語をやる人だったと思う。

前にも書いたが、米朝は弟子の枝雀とは落語観が違う。

亡くなった枝雀は自分の落語を聞いて、笑っていたらしい。
それを見て、米朝は信じられないという。
自分の落語を自分で聞いて笑うというのは、米朝にとっては想定外だったらしい。

ぼくは大学時代に4年間落語をやっていたが、自分の話を聞いて笑う派だった。
だから、米朝の言っていることがわからなかった。
どうして、枝雀のように自分の落語を聞いて笑うのが不思議なんだろう、ということだ。

笑わない派の米朝から見ると、自分の落語は自分で話して全部わかっているのだから、何がオカシイのか、というところだろう。
枝雀が不真面目というわけではないが、米朝はマジメに落語に取り組んでいるという感じだ。

米朝の喋りの特徴は、「きばり」だ。
ここを聞かせたい、というところで「きばる」。

「何を言うてまんねん」というセリフを「なアーにをーゆウてまんねん」というふうにきばって、笑いをとる。
よくマネをしたが、そううまくはいかなかったなあ。

あの「きばり」をもう聞くことはできない。
まあ、年をとって、すでに落語はやっていなかったが…。

上方落語を支えてきた人が、また一人逝った。

ご冥福を祈ります。


| | 考えたこと | 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
オフィスで飲む
アメリカのドラマを見ていると、個室のオフィスで、夜仕事が終わったあと飲む場面がたまに出てくる。
こないだ見たドラマではガラス張りの個室で、警部が一人で酒を飲んでいた。
当然、もう夜だし、自分の就業時間は終わっていると思われる。

たいがい、引き出しの中からちょっと高そうなバーボンとかスコッチの瓶らしきものが出てきて、そのあとグラスが出てくる。
ドラマの中の警部は、部屋に来た同僚に「君も飲むか」と言いながらグラスを出して、液体を注いでいた。

まさか、警察の就業規則に、職場で飲んでもいい、とは書いてないだろうが、職場の飲酒はダメとも書いてないのかもしれない。
ダメと書いてあったら、さすがにドラマとはいえ、飲めないだろう。

でも、一応は職場で仕事中に飲むのはどこの国でもダメだろう。
就業時間をだいぶ過ぎてからのことなら、職場であっても容認するという意見もあるのかもしれない。
そうでないと、あの飲むシーンは成立しないだろうなあ。

ぼくのいた会社でも、新しい社屋を建てた時に社内の飲み屋ができて、仕事が終わった後利用できた。
そういう会社は当時多かったと思う。
今はどうなっているのかわからないが…。

でも、あれは就業が終わってから、外で飲む代わりに会社で飲むという体のものだった。
日本ではああいう形が必然なんだろう。
最初は抵抗があったが、ぼくも何度か利用したことがある。

アメリカではどうなんだろうか。
ドラマでは、社内のバーなどは見たことがない。
たいがい、エラい人の個室で飲む。

そういう風習があるんだろう。
たいがいは、大きな事件が解決できたり、仕事が終わってホッとしているという時だ。

しかし、たいがいの人はクルマで通勤していると思う。
あんな酒を飲んで、運転するんだろうか…。
疑問はつきない。

結局、ドラマだから許されるのかもしれない。

現実は厳しいのかも。


| | 考えたこと | 00:14 | comments(0) | trackbacks(0) |