考えたこと2

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沈黙は金
かわいがっていたペットの死は、肉親の死に近いものがある。

「なぜイヌの寿命は人間より短いのだろう」ということに対して、6歳の男の子が愛犬の死に際して言った言葉。

「人間はみんな生まれてきてから、人を愛したり、幸せな人生を送る方法を覚えるんでしょう? でも犬は、生まれたときからもうすでにその方法を知っているから、長く生きる必要がないんだよ。」

このページに載っていた。

時々こういうペット関連の記事があって、ぼくは感心する。
いくらかは脚色もあるんだろうが、それでも、こういうことを子どもに喋らせる力が、ペットにはあるんだろう。
子供の素直な心がペットに通じるのかもしれないなあ。

ペットというのは、イヌでもネコでもそうだが、何かしら心が通じあった(と飼い主は思っている)生き物だろう。
でも、それはペットが言葉を話さない、ということが主因だと思う。

ゴールデンレトリーバーを飼っている人に、「イヌが喋れるとしたら、どうでしょうかね」と聞いたら、「きっと、腹が立ってペットにはならん」と言っていた。

イヌやネコは地表に近いところにいるから、夏の暑さは人間の何倍もあるそうだ。
夏になったらイヌが「暑い暑い、私らはあんたらと違って地面に近いところにおるんやから、もうちょっと気を遣ってくれ」などと言ったとしたらどうだろうか。
いくらカワイイと思っていても、ちょっと何か言いたくなる人もいるだろう。
「そんなこというても、イヌやから仕方ないやろ」という言葉が出たりする。
そうなると、イヌもイヌで「そういう気を遣わんから、人間はあかんねや」と売り言葉に買い言葉で言ったりする。
そうなると…。

だから、ペットがペットであるのは、人とのコミュニケーションの手段が言葉以外のものだからだろう。

イヌやネコと人間は遺伝子はそう変わらない。
ほんのちょっとの違いが、人間を人間たらしめている。

その違いの部分で一番大きいのが「言葉」だと思う。

昔から「沈黙は金、雄弁は銀」という。

ペットたちの沈黙が、「生まれたときからもうすでにその方法を知っている」ということなのかもしれない。

普段からしゃべりすぎるぼくは、ちょっと反省しよう。

| | 考えたこと | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
野球派
ワールドカップの時期になると、世の中はサッカー一色になる。
野球派は分が悪い。
日本では、プロスポーツのトップは今はまだ野球のような気がするが、いずれサッカーに取って代わられるような気がする。

しかし、アメリカのようにプロスポーツが盛んな国でも、サッカーはマイナーという国もある。
アメリカンフットボール、バスケット、野球などの人気が高い。
なぜか、サッカーは人気がない。

このニューズウィークのコラムによると、アメリカでサッカーが人気がない理由は、

1.野球、フットボール、バスケット、アイスホッケーにテニス、ゴルフもあって、もういっぱいいっぱいだ。

2.「フットボールと違って一人でボールを持って駆け込めないのはつまらない」とか「アイスホッケーみたいに前へ前へ投げ込んで、取られても当たって奪い取るのが好きなのに」あるいは「MFもDFも局面によってはシュートを打っていいなんていういい加減な役割分担は嫌い」という誤解?がある。

3.「45分間ダラダラ走っている割に点がほとんど入らないので退屈」で、時計の妙味(時間が止まったり動いたりする)がない。

ということらしい。

要するに、サッカーを見ても面白さがわからない、ということだろう。
何となくその気持はわかる。
どう言ったらいいのか…。

アメリカンフットボールほど作戦が緻密ではない。
バスケットボールほど、テクニカルではない。
アイスホッケーほど、ぶつかり合うこともない。
野球ほど、場面設定が明確でない。

そういう意味では、サッカーは全てが中途半端に見える。

ぼくは、試合中にああだこうだと言えないことが、もう一つサッカーが好きになれない理由の一つでもある。

野球やアメリカンフットボールならプレーに「間」があり、次はどうするだろうかとか、こういう作戦でいくべきだとか、次のプレーが勝負だなあとか、そういう話ができる。
それがサッカーではしにくい。
もちろん、ぼくがサッカーの知識がないこともあるだろうが…。
サッカーは見ている方も忙しい。

つまり、野球やアメリカンフットボールには、「間」が作る「ドラマ性」がある。
野球なら、一球ごとの間があるし、アメリカンフットボールなら、攻撃側のプレーがスタートするまでの間がある。
その間が、ドラマ性を盛り上げる。
一緒に見ている人に、ああだこうだと話ができる。

案外、そういうところがサッカーが人気がない原因ではないかと思っている。



| | 考えたこと | 00:23 | comments(0) | trackbacks(0) |