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2014.06.20 Friday
沈黙は金
かわいがっていたペットの死は、肉親の死に近いものがある。
「なぜイヌの寿命は人間より短いのだろう」ということに対して、6歳の男の子が愛犬の死に際して言った言葉。 「人間はみんな生まれてきてから、人を愛したり、幸せな人生を送る方法を覚えるんでしょう? でも犬は、生まれたときからもうすでにその方法を知っているから、長く生きる必要がないんだよ。」 このページに載っていた。 時々こういうペット関連の記事があって、ぼくは感心する。 いくらかは脚色もあるんだろうが、それでも、こういうことを子どもに喋らせる力が、ペットにはあるんだろう。 子供の素直な心がペットに通じるのかもしれないなあ。 ペットというのは、イヌでもネコでもそうだが、何かしら心が通じあった(と飼い主は思っている)生き物だろう。 でも、それはペットが言葉を話さない、ということが主因だと思う。 ゴールデンレトリーバーを飼っている人に、「イヌが喋れるとしたら、どうでしょうかね」と聞いたら、「きっと、腹が立ってペットにはならん」と言っていた。 イヌやネコは地表に近いところにいるから、夏の暑さは人間の何倍もあるそうだ。 夏になったらイヌが「暑い暑い、私らはあんたらと違って地面に近いところにおるんやから、もうちょっと気を遣ってくれ」などと言ったとしたらどうだろうか。 いくらカワイイと思っていても、ちょっと何か言いたくなる人もいるだろう。 「そんなこというても、イヌやから仕方ないやろ」という言葉が出たりする。 そうなると、イヌもイヌで「そういう気を遣わんから、人間はあかんねや」と売り言葉に買い言葉で言ったりする。 そうなると…。 だから、ペットがペットであるのは、人とのコミュニケーションの手段が言葉以外のものだからだろう。 イヌやネコと人間は遺伝子はそう変わらない。 ほんのちょっとの違いが、人間を人間たらしめている。 その違いの部分で一番大きいのが「言葉」だと思う。 昔から「沈黙は金、雄弁は銀」という。 ペットたちの沈黙が、「生まれたときからもうすでにその方法を知っている」ということなのかもしれない。 普段からしゃべりすぎるぼくは、ちょっと反省しよう。 |
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