考えたこと2

2024.9.24から、今までhttp:で始まっていたリンクが、https:に変わります。申し訳ありませんが、リンクが見られないときは、httpsに変えてみてください。
CALENDAR
<< March 2011 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
+SELECTED ENTRIES
+RECENT COMMENTS
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+PROFILE
+OTHERS
クルマの知識
中学2年の時、技術家庭科でエンジンの仕組みを習った。

当時の技術家庭科は男子は技術、女子は家庭科だった(と思う)。
エンジンの種類は2種類あって、2サイクルエンジンと4サイクルエンジンがあり、圧縮、爆発、排気、吸気の工程をピストンの1往復でやるか、2往復でやるか、という違いだ。
さらに、燃料のガソリンを空気と混ぜて混合気にして、送り込むための気化器(キャブレター)が手前にあり、爆発をさせるために混合気に火をつけるのが、スパークプラグの役割。
エンジンの内部の摩擦を防ぐために入れるのが、エンジンオイル。
これがないと、ピストンがすぐに焼きついて使いものにならなくなる。

どうして、中学の時にエンジンの仕組みを習ったのか、それは知らない。
当時モータリゼーションの最中で、そういう知識が男子に必要だ、という考えがあったのかもしれない。

だから、ぼくらの世代はクルマに詳しい。

排気管のことをマフラーということや、ピストンの入っているところをシリンダーということや、そこの給排気バルブの個数が4個あると性能がいいとか…、そういう事を知っていた。

小学校6年のときに、近所でクルマの展示会をやっていた。
今でいう、モーターショーのようなものだが、国産のメーカーだけが出ていた。
そこに自転車で友達と一緒に行き、中を見て回って、スゴイと思った覚えがある。
たくさんカタログをもらい、たしか、パブリカやカローラのものがあったと思う。
初代カローラが出たのが1966年。ぼくが小学校6年のときは、1969年だから、だいたい合っている。

今見たら、初代カローラなど四角い普通のクルマだが、当時はかっこよかった。
何となく、それまでフォルクスワーゲンやルノーなどが走っていたが、これからは日本のクルマが走る時代になった、というような時代の気分があったと思う。

その後、ぼくらはクルマの進歩とともに生きてきた。

EFIが出てきて(電子制御でガソリンと空気を混ぜる機械)馬力が上がり、ターボチャージャーやインタークーラーが普通に使われるようになり、ウレタンバンパーが出てきて、ウィンカーやヘッドライトが一体になって、丸みを帯びた形状も普通になった。

そして、今は低燃費の競争だ。

そんな歴史を知っている。

だから、どうということはないのだが…。



| | 考えたこと | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
加点法と減点法
加点法というと、100点に対して良ければ加点していく方法。
減点法というと、100点に対して悪ければ減点していく方法である。

何が言いたいかというと、仕事の見方についてである。

チャレンジした仕事、という位置づけでは加点法で評価されるし、通常業務ということになると、減点法で評価される。
だいたい、そういう分け方になるのではないか。
それを申告して、上長と話し合い、それで半年に一回評価し、その結果についても本人と話し合う。
そのようなシステムが目標管理と言われるものであり、成果主義とも言われる。

ただ、このシステムを本気でやるなら、仕事の種類が理解されなければいけない。
仕事の種類といっても、2種類だけだ。
陽の当たる仕事と、陽の当たらない仕事である。

どうしても、陽の当たる仕事は加点法になりやすい。
常に上司やその上にも報告し、それなりにきつくて、プレッシャーもかかる仕事だろう。
そのような仕事だと、少々の失敗は向こう傷のようなもので、「俺はこんな失敗もした」などと語りぐさになったりする。
だから、陽の当たる仕事はあまり減点されない(と思う)。
本当に陽の当たる仕事で失敗した時には、どこかに飛ばされる事になる。
もちろん、成功した時には加点される。
陽の当たる仕事に回される人は、ある意味で期待されている人なのだろう。

それに比べて、陽の当たらない仕事は、どちらかというとうまくいって当たり前、というような仕事である。
俗に言う、縁の下の力持ち、というようなもの。
地道にコツコツ、という今となっては評価されない能力が必要な仕事。
ただ、プレッシャーやストレスはあまり高くない。
陽の当たり方とプレッシャーとは正比例の関係にある。
陽が当たれば当たるほど、プレッシャーは高くなる。
しかし、小さな工夫や地道な改善が必要なところである。

ぼくは、サラリーマンの時代に両方ともやった。
だいたい、陽の当たる仕事はしんどいし、かけるカネも大きければ、儲けも大きい。
いろんな部署を束ねるような仕事になる。
一方、陽の当たらない仕事は、やりようによっては楽である。
しかし、これが少しでも止まると、大変な事になる。

両方やってみて、どちらがどうとは言えない。
陽の当たる仕事も必要だし、陽の当たらない仕事も必要だ。
それらの仕事を評価する時に、両方を知らないと評価できない。

そのために、ジョブ・ローテーションというものがある。

日本の人事制度は、会社の中だけで通用する常識に対して評価点が高い。
汎用的な能力よりもそちらが重視される。
少し風向きが変わってきたが…。

しかし、これにも一理あって、陽の当たる仕事も陽の当たらない仕事も知った上で、昇進するということだ。

そもそも、そういう人を作らなければ、成果主義も難しい。

この部分については、日本の人事制度も捨てたものではない。

最近そう思う。

| | 考えたこと | 00:22 | comments(0) | trackbacks(0) |