考えたこと2

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ブラック吹奏楽部
吹奏楽部が今は人気の部活で、「吹奏楽の甲子園」(全日本吹奏楽コンクール)はプレミアムチケットで、見る方も出る方も大変だという記事を見た。

記事は吹奏楽強豪校の先生方の指導を特集したもの。
見ていると、甲子園に出る野球の強豪校さながらの指導をされているのがよくわかる。
筆者は吹奏楽に詳しい人だそうだ。

たしかに、吹奏楽を上手になろうとすると、練習は大変だろう。
みんながみんな、吹奏楽のプロを目指すわけではない。
そんなに練習してどうするのだろうか。

記事から抜粋する。

「通常、コンクールの曲を練習し始める場合は、冒頭から楽譜のとおりに(多少テンポをゆっくりにして)演奏していくものだ。しかし、市立柏高校では楽譜に出てくる音符を一つひとつ、最初から最後までロングトーン(長く伸ばして吹くこと)していく。つまり、曲を構成しているすべての音を、じっくり時間をかけて隅々まで確認・点検していくということだ。気の遠くなるような作業だが、イチカシの音作りに一切の妥協はない。自分が出すすべての音、他の楽器とのピッチやハーモニーなどを確認するのだ。」

「また、通常では曲を練習していく際、楽器ごとに分かれて「パート練習」を行うのだが、市立柏高校では楽譜の特定の箇所で同じ音やフレーズを吹く楽器が集まる「パーツ練習」をする。パーツはいくつも存在するため、分刻みでスケジュールが決められており、部員たちは自分が担当するパーツの練習場所へどんどん移動しながら練習していく。」

人数が100人を超える強豪校の指導はこんな具合。
どれだけの時間を部活に当てているのだろうか。
今のブラック部活とか、高校生が本来やることとか、そういうことは議論されないのだろうか。

こういう人たちがいるから、部活至上主義みたいな風潮はなくならない。
部活はあくまで学校で本来やるべきことをやって、それ以外の時間でやるもの。
大学では1単位をについて、家での予習復習の時間まで文科省は決めている。
そういう考えは、高校生には当てはまらないのか。

ぼくは大学生と就職の相談をしていて、高校までやっていた部活をやめている人たちがすごく多いのに気がついた。
野球やサッカー、吹奏楽など、高校でさかんなものだ。
どうして大学ではやらなかったのか?と聞くと、いろんな答えが返ってくる。

やりきった感じがあった。
もうこれ以上やることはない。
別のことに挑戦したかった。

そんなことが語られる。

でも、ぼくは彼らが部活をやってきたのは、彼ら自身のためではなく、大人の自己満足のためだということを見破っているからだと思う。
世間から強豪校と言われ、百人以上の部員を指導し、大会で勝つのは気持ちいいだろう。
学校としても、宣伝になるから力を入れる。
しかし、それに付き合わされる部員の気持ちはどうなんだろうか。
一部にはそれに必死になる人もいるだろうが、仕方なく付き合う生徒もいるはず。

そういう人たちは、大学で続ける気にならないのだ。

その罪は重いと思う。
男子なら野球やサッカー。女子なら吹奏楽。
本来なら、楽しんで続けるはずの活動なのに、終わってしまう。

ことは野球だけではない。
ブラック部活はやめないといけない。

それを賛美する記事を書くなど、もってのほかだと思う。



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