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2012.09.24 Monday
やりたいこと
若い人と話していると、自分は何がやりたいのか、それがわからないという。
それを見つけるために、大学に来たという人もいる。 夢はあるのか。 歌手になりたいとか、小説家になりたいとか、パイロットになりたいとか、政治家になりたいとか、野球選手になりたいとか、あるいはいい人を見つけて大家族で過ごしたいとか、海外に住みたいとか、田舎で農業をやりたいとか、大金持ちになりたいとか、何でもいい。 それもはっきりしない。 当たり前だ。 そんなに詳細に将来のことを考えているわけがない。 自分を振り返ってもそう思う。 そういうことは、切羽詰まらないと、決まらない。 もちろん、自分は〇〇になる、というのが小さい頃から決まっていたり、家が〇〇だから…、という人はそれでいい。 でも、おおかたのサラリーマンの子供はそんなことは決まっていなかった。 漠然と「〇〇になりたい」という夢はあっても、詳細なプランなどない。 そんなことは後回しで、目の前のことで精一杯、というのが学生時代。 楽しいこともあるし、いやなこともあるし、絶望することもあるし、考えることや、やることがいっぱいあった。 人間関係で悩み、将来のことを考え、自分とは何者なのかということを考えた。 ところが、最近はそんなに学生時代が忙しくないらしい。 だから、「何学部に行って、何になりたいのか」などということを考えさせられている。 そうすれば、目的意識ができて、やる気になる、というリクツ。 高校3年生の多くはラーメン屋やファミレス、コンビニ等でバイトをしている。 そんな暇があるのなら、もっと高校時代にやるべきことがあるのではないか。 残念ながら、今の高校の先生はそんなことは考えないらしい。 金科玉条のように掲げている、文部科学省の指導要領にはそんなことは書いてないのだろうか。 書いてないから、考えなくていいのだろうか。 金さえあれば、何でも好きなものが手に入り、好きなことができる…。 先生も内心そう思っているのだろう。 だから、バイトをすることが容認される。 それでは、ものを考えないし、突き当たるべき壁にも突き当たらない。 青春時代は悩み多きもの、というのは過去の話。 どう生きればいいかとか、何をなすべきか、という悩みを悩むことができない。 それもこれも、「目の前のことで精一杯」という状況を作っていないからだろう。 小人閑居して不善を為す。 学生時代が暇であってはいけない。 「自分は何者なのか」「どう生きるべきか」について考えたことがない者は、「何をやりたいか」ということなどわからない。 |
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