考えたこと2

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死後のSNS
最近、老いも若きもフェイスブックでたくさん友だちを作り、日々の食事を紹介したり、イベントを伝えている人は多い。
そういうものだから、それでいいとも思う。

しかし、この年になると、島倉千代子の歌ではないが人生にはいろいろあることがわかる。
公開、いや後悔先に立たずという言葉もある。
あとで「何でこんなことしたんだろう」ということもまれにはある。
特にヘビーユーザーになると、フェイスブックの投稿が人生の軌跡みたいなものになるだろうから、悩ましいだろうと想像する。

そういう時にどうなるのか、ということをついつい考えてしまう。
自分が死んだら自分の情報は全部消えるんだろうか?
こういう時に無料で始められるものは困る。
有料のサービスはお金を払わないと消える仕組みになっているが、無料だと死んだことすらわからない。ほとんどの人はフェイスブックのポリシーや利用上の注意など熟読していないだろう。

と思っていると、フェイスブックの死後の扱いについて書いた記事があった。
それによると、

「まず、アカウント所有者は事前に”追悼アカウント管理人”といういわばアカウントの相続人を指定できる。相続人となった人物は、ユーザー本人の遺言の投稿、友達リクエストの対応、プロフィール・カバー画像の変更などを行える。追悼アカウント管理人がアカウントに対してできる事項は、フェイスブックに死亡証明書を送付することで通知を受けることができる。

アカウントを追悼アカウントにすることもできる。家族や友人がフェイスブックに所有者本人の死亡を伝えると、アカウントは追悼アカウントに移行し、本人のプロフィール閲覧とコメント投稿が許可されている友達以外はアカウントにログインできなくなる。

あるいは完全に削除することも可能だ。フェイスブック自体は削除された全プロフィールの情報をそれ以降も保管するが、削除前に公開情報のアーカイブ化を許可された追悼アカウント管理人を除き、それが他人に公開されることはない。」

ということらしい。

要は、自分が生きている間に追悼アカウントの管理人を決めておけばいいということになる。
それを誰にするのか、ということは問題だが…。
その人が、死亡を証明する書類をサーバーに置いて、リンクを送ることになる。
ということは、アカウント管理人はやっぱり親族になるだろうなあ。

葬儀に来れなかった人が追悼アカウントにコメントしたりするようになるんだろう。
そのうち、何らかの死後のビジネスとひっつきそうな気がするが…。

それがダメなら、もうぼちぼち死にそうです、という投稿をして、自分でアカウントを削除するというのが良さそうな気がする。
というか、アカウントのパスワードを誰かに教えて、その人に削除してもらえばいいのだ。

しかし、注意しないといけないのは、死後もアカウント情報はフェイスブックという企業には残るということだ。
これは利用開始時に同意しているらしい。
まあ、そんな文書があったかどうかなど、気にしていないだろうが…。

何となく、自分の情報を死後も保持されて、それが気持ち悪い、という人は死ぬ前にアカウント情報を書き換えてから削除すればいいとネットに書いてあった。
なるほど、自分の名前を「ドラえもん」か何かに書き換えておけば、死後自分とはわからない。

フェイスブックが、登録時の名前を保持していなければ、という話だが…。

グーグルも死んだ後も情報を持つということらしい。
こちらは、追悼アカウントなどはなく、死後本人以外が管理するのは難しくなるので、生きている間に「アカウント無効化管理ツール」というのを使って死後のアカウントの処理について設定するらしい。
こちらは近親者以外でも、死後の連絡先を通知することができる。
でも、不慮の事故などで死ぬと、ややこしいだろう。

まだまだメジャーな問題にならないが、身辺をキレイにして亡くなりたいという人は、そんなことも考えておかないといけないぞ。

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