考えたこと2

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結果論
2002年の2月16日にこんなメモを残していた。

「人間には元々やりたいことなどなく、やってきたことを自分で評価して満足できるかどうかだけ。」

どんな心境でこれを書いたのかは思い出す術もないが、どうなんだろう。
やりたいと思って、始めたものはどれだけあるのか…。

ギターを長いこと弾いているが、これは偶然家にギターがあったから…という部分が大きい。
やりたい、と思って始めたバンジョーは途中で挫折し、ケースに入って押し入れの中にある。

小学校の頃、手塚治虫や石森章太郎にあこがれ、マンガ家になりたい、と思って、自由帳にマンガを描いていたが、結局それで終わってしまった。
仕事は、やっているうちに面白くなったものもあるし、イヤだったものもある。
でも、やりたいと思って始めたものではない。

本を読むのも好きだが、これも、小学校の頃、親に買ってもらった本を寝る前に読み出したのが最初。
全く読まない時期もあったが、最近はコンスタントに読んでいる。
読書がしたい、と思って始めたものではない。

パソコンで音楽をやりたい、と思った時期もあった。
出始めのパソコンを給料をはたいて買って、2曲ほどデーターを打ち込んだ。
1曲は、踊るポンポコリンだった。データーを数字で入れて、音が出た時はうれしかったが…。
やっぱりコンピューターはコンピューターだ。
2曲打ち込んだだけで、めんどくさくなって、そのパソコンは使わぬまま十年ほど前に荒ゴミになった。

落語も、中学の頃、笑福亭仁鶴が出てきて、大ファンになり、落語をやりたいと思った。
この経緯は前に書いたが、落研で4年間堪能し、それ以降やっていない。
だいたい、一人ではできないのだ。

してみると、やりたいことなどない、というのは言い過ぎか。
やりたいことはある。

でも、自分にとって大切なのは、やりたかったことよりも、自分がやってきたことのような気がする。
ほとんどの人はそうではないか。

やりたかったけど、やめてしまったものも含めて、やってきた事の連続が今の自分という物語になる。

このメモを書いた自分は、やりたいことができていなかったのかもしれない。
やりたいことができなくても、いいではないか、というのが、これを書いた動機だろう。

今やっていることを一生懸命やって、それで満足できれば、いいんだ、という事を言いたかったんだと思う。

本当にやりたいことをやって、満足できる人生を送れる人は、ほんの一握りしかいない。
やりたいことができていなくても、今やっていることを頑張れば、満足できるから…ええやん、ということだ。

自分探し、という言葉があるが、この言葉はキライだ。

自分は作るもので、探すものではない。
今は適当にやっていて、いつか本当の自分を捜し当てるなんて、おかしいと思う。

今を頑張るしかないのだ。
歌の題名ではないが、「結果論だよ人生は」というところだろう。



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