考えたこと2

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追悼 冨田勲
5月5日、冨田勲が亡くなった。
84歳だった。

ぼくにとっては、冨田勲といえばシンセサイザー草分けだ。
1974年にクラシックの「月の光」を出した。
その当時、FMの番組でその曲の解説をしていたのを何気なく聞いた。

アルバムの中に口笛の音が出てくるのだが、それをどうやって作るかというようなことを話していた。
音の波形を決め、基本の口笛の音を聞いても、全く口笛らしくない。
そこに、いろんなフィルターをかけて、口笛らしくしていく。
最後に、人間は口笛を吹くとき、音を正確に出せないからちょっと低めの音程から上げていくんだ、という解説があって、ちょっと上がりすぎたところで今度は下げるというフィルターをかける。
エンベロープフィルターというやつだが、それを調整すると見事に口笛になる。

これを聞いたのがシンセサイザーに興味を持ったきっかけだった。
当時のシンセサイザーは単音で、アナログの回路のかたまりで、ムーグというアメリカの博士が作った楽器だった。
原理は簡単で、音の基本波形を発生する発振器、その周波数フィルターと、振幅のフィルター、時間で作用するフィルターを組み合わせて音を作るという仕組みだった。
1つずつそのフィルターをかけていくと、その波形が変化し、音が変わっていく。
VCO、VCF、LFO、ADSRなどという用語が面白くて、一度触ってみたいと思っていた。

その後、ローランドやコルグという日本のメーカーが単音のシンセサイザーを作りはじめ、アナログの時代が終わって、デジタルになり、80年代に花開いたと思う。
今でも80年代のポップスを聞くと、当時のシンセサウンドが出てくる。

冨田勲はそのシンセの音作りのパイオニアだった。
単音のシンセサイザーをいくつも重ねてシンフォニーを作る。

今考えると、シンセサイザーとの出会いはあのFMラジオだった。

合掌。

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