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2013.09.19 Thursday
教育をよくするには
教育がよくないという問題がある。
中央教育審議会などで話し合われているが、なかなかよくならない。 文部科学省も何とかしたいと思っているのだろう。 土曜日も授業をやらないといけない、というような話もなかなか実行されない。 でも、問題は土曜日に授業をやったら解決する、というような単純なことではないと思う。 教育で一番大事なのは何か。 それは先生だろう。 良い教育をするためには、良い先生が必要だ。 その良い先生をちゃんと育成してこなかったツケが今の時代に来ているのだと思う。 もちろん親や生徒や地域といった問題もある。 しかし、学校というシステムの中で一番大事なのは先生だ。 もともと、学校というシステムはなかった。 金持ちの子弟を教えるために、優秀な人を雇い、1対1あるいは1対2程度で教え始めた。 でも、それでは一般のレベルが上がらない。 だから、まずヨーロッパで出来たのが師範学校。先生を教えるための学校だ。 つまり、先生を育てなければ、学校というシステムは成り立たない。 それほど先生は大事なのだ。 だから、教育が問題である、というときには多かれ少なかれ、必ず先生に問題があると思う。 教員養成課程の問題は大きいと思う。 特に小学校の教員だ。 そして、教員採用試験の問題も大きいと思う。 何十年一日のごとく、同じような試験をやっている。 そして、教育委員会の存在意義の問題も大きいと思う。 結局、一から教員をどうやって育てるのか、考えなければいけないのだろう。 それを考える人が教員の集団ではダメだ。 今まで作ってきた人たちに、今の問題は直せない。 自分たちを否定することになるからだ。 もちろん、大学の教員は養成課程そのものがないから、そこも問題だ。 少なくとも教員になった人には、これこれの義務がある、という事を決めなければならない。 大学に良心などない。 大学はいい人が集まっているなどと思ってはいけない。 まさに、悪貨が良貨を駆逐しているのが多くの大学だろう。 自分よりも優秀な人は採りたくないと思っている人の方が圧倒的に多いだろう。 そんな気がするのだが…。 |
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