考えたこと2

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アメリカの学生スポーツ
日本の学生スポーツには体罰がつきものであり、監督やコーチの言うことは絶対で、部員の意思は尊重されない。
野茂の大リーグ挑戦も、そのあたりが原因の一つだった。

では、アメリカはどうなっているのか。
大リーグの状況は野茂の本に書いてあったが、学生スポーツはどうなっているのか、いくつかWebサイトで調べてみた。
そうすると、興味深いことがわかった。

こういう事を書いているサイトがある。
「我々日本人の感覚では、野球が上手ければ、学校の成績が多少悪くとも何とかなる。その考えではアメリカの大学は卒業できません。ましてや、野球の試合すらも出られなくなる可能性があります。アメリカの大学生は常に学生であることを「仕事」として位置づけられています。部活動はあくまでも学生生活の延長と考えられているので、例え将来有望な選手であっても、学校側は成績に関して妥協はしません。つまり学校での成績が最優先されるのです。勉学もでき、スポーツもできる。そんなバイタリティーの有る生徒を育てて社会貢献をする。その為に「文武両道」の教育の元でアメリカの大学は成り立っています。」

もちろん、これはきれい事だろう。
どこの社会にも建前はある。
アメリカのドラマを見ていると、プロのスカウトがらみの殺人事件などがよくある。
それを見ていると、プロになるためにいろいろな歪みがある。
情実もあるし、いかさまもある。

しかし、一方で単位が取れないから、試合に出られないという事もドラマに出てくる。
実際にトップレベルではない人たちは「部活動はあくまでも学生生活の延長と考えられているので、例え将来有望な選手であっても、学校側は成績に関して妥協はしません。」ということはあるのだろう。
文武両道とは古くさい言葉だが、これは英語ではTPP(Total Person Program)という。
スポーツに偏るのではなく、全人格で教育する、ということらしい。

たしかに、日本ではスポーツができれば勉強はできなくてもいい、という感覚がある。
逆に、スポーツを阻害するとしたら、勉強はしなくてもいい、という感じすらある。
高校野球や高校サッカーの選手などには、学校自体がそれを推奨していると思う。
どうやって、最短時間で卒業させるか、当該スポーツに打ち込ませるかという事が第一。
それがいいことだと思っている。

そして監督も選手たちもそれに甘えているように見える。

一番気の毒なのは、選手たちだろう。


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