考えたこと2

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分不相応
NHKの朝のドラマで、落語会の演題と出演の順番についての場面をやっていた。

寄席はチームプレイである。
出演者がそれぞれ自分のやりたいネタを勝手にやっていいというものではない。
最初に出る人(前座)はどちらかというと短くて、わかりやすくて、ギャグの多い、にぎやかな噺でなければならない。
時間を遅れて入ってくるお客さんもあるだろうし、最初は「笑わせましょう VS 笑いましょう」という場の雰囲気もできていないからだ。

逆に、最後に出る人(トリ)は、じっくり聞かせて、ギャグというよりも噺の内容で笑わせるような、「大きな」噺をして、お客さんに「ああ、落語を聞いたなあ」という満足感を与えなければならない。

「寿限無」などは前座にぴったりのネタ。
長い名前を早口でしゃべる、その面白さだから、途中から聞いてもわかりやすいし、場の雰囲気を「笑い」にもっていきやすい。

トリのネタは、だいたい20分〜40分くらいの長い噺になる。
今日のドラマに出ていた「愛宕山」などはお囃子は入るし、場面設定も複雑だし、登場人物の描写も難しい噺だ。じっくり聞いたらおもしろい。

寄席では、前座からだんだんと場の雰囲気を盛り上げていって、「もたれ」「トリ前」とつないでいき、「トリ」でぐっと盛り上げて、お客さんに満足してもらうという流れになる。野球でいうと、先発、中継ぎ、抑えという役割分担。

はずかしながら、年に2回の寄席では、よく外した。「外す」というのは「すべる」ともいうが、ウケなかったということ。
一番外したのは、3回生の春だったと思う。
40分ほどの大きな噺に挑戦した。どうしてもやりたかったのだ。

よく練習した。誰もいない部室の高座で何度も通して練習したし、暇さえあればボソボソ「ネタ繰り」をしていた。
毎晩テープを聴きながら寝て、事前の「老人いこいの家」(昼間お年寄りが集まる施設)でも高座に出た。

今から思うと、余裕がなかったのだろう。

ネタを覚えて、しゃべることが精一杯だった。

「口入屋」という噺。

中トリという場所で出たのだが、後ろの方の席で、師匠が「もっとゆっくり…」と両手を離す動作で指示してくれていたのが見えた。

自分がやった高座のテープは全部持っているが、この噺は聞けない。

これこそ「分不相応」ということだったのだろう。
何事も、背伸びはいけない。

やっている本人が楽しんでできないとダメだ。

結局、この噺がぼくがやったネタでは一番大きな噺になった。
それ以降は、自分の身の丈に合った噺をやった。

あと数年、落語を続けていたら、もう一度やったかもしれないが…。

あの時のお客さんには、悪いことをしたと今でも思っている。



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