考えたこと2

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作文下手
一般的なサラリーマンにとって、文章を書くことは仕事の基礎体力に当たると思う。
個人の顧客相手のビジネスはちょっとその比重が軽いかもしれないが、それでも今はメールを書いたり、日報を書いたりする必要がある。
法人相手のビジネスなら、なおさらそうだ。

管理部門はさらに文字の仕事が多くなる。
人間関係の力で社内の調整も必要だが、会社の中にいろんな人が増えてくると、やはりメールや文書での表現が大事になる。

今はチャットなどのコミュニケーションツールも増えているようだが、最後は論理的な構成で文書にできる人が強いと思う。
文章力は、論理的な思考力にもつながるのだ。

今はワープロというツールもあるので、文章を書くハードルはだいぶ下がっていると思う。
とりあえず、書き始めるということができる。
昔のように紙に字を書くというのは、今更ながら大変だったと思う。

ぼくらが小学校の頃は、「作文」の時間があった。
あまり覚えていないが、原稿用紙に何か書いた。
その中からよくできた作文を選んで、学校で文集を出すということもやっていた。
小学校1年の時に1度だけ文集に載ったことがある。

今は作文の時間はなくなったらしい。
国語の授業の中に入っているということだ。
小学校の国語の授業もぼくらの頃は週7時間〜9時間あったが、今は5時間〜8時間になっている。

そのかわり、低学年では「あのね帳」なるものを使って、作文の訓練をしていたりする。
そういえば、家の子どももやっていたような気がする。
先生あのね、で始まる文章。
あれでは400字の原稿用紙は埋まらないだろう。

スマホの普及で、文字によるコミュニケーションは増えていると思うのだが、逆にまとまった文章を書くことは減っているのかもしれない。
エントリーシートでも、言いたいことはわかっているのだが、それをどう文章にしたらいいかがわからない、という相談も多い。
入試でも記述試験が減って、マークシートばかりになった。
センター試験は見直されるようだが…。

そういえば、以前勤めていた大学で卒論を選択制に変えた学科もあった。

今回の学習指導要領の改編でだいぶ国語は変わるのだが、教える方がついて行っているのだろうか。
いくら指導要領を変えても、教員はなかなか変わらない。

前から言っているが、教員養成課程を変えないと、いけないと思う。





| | 考えたこと | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
ものを捨てる
若い頃は大量生産はいいものだと思っていた。
どんどんモノを作り、どんどん消費し、豊かになったのは事実。
その過程で、公害問題が発生したり、いろんな不具合の兆しはあったが、それは豊かになることで帳消ししてきた。
その不具合がだんだんと分かってきたのが今だ。
若い人たちからは、もう遅いと言われそうだが…。

プラスチックのゴミが海洋汚染をしていたり、フロンガスでオゾン層が破壊されたり、5月というのに39度の気温になったりしている。
人間の活動など、地球にとっては微々たるもので、影響などないと思っていたら、そんなことはなかった。
どうも二酸化炭素などの温暖化ガスの効果は本当らしい。

先進国は今まで排出してきた責任がある。
途上国は今から排出したいが、温暖化の問題が見過ごせなくなってきた。
なかなか両者が折り合えないところに、アメリカのように自国第一というところも出てきた。
このままいくと、海洋の温度が上がって、超大型のハリケーンや台風が発生して、えらいことになりそうだ。

また、故障する前に買い替えるという文化もできた。
スマホなど、高い通信費を払っているからか、2年毎に買い換える方が安くつく。
ほとんどの人が壊れたから買い換える、という状態ではないだろう。
これは見直されるようだが…。

もう二十数年前に買ったヤマハのアンプ、三十数年前に買ったソニーのCDプレーヤーが動かなくなった。
最近はパソコンで音楽を聞くので、全く使ってなかったが、こないだスイッチを入れても電気が入らない。
場所も取るし、動かなくなったら捨てたらいいのだが、何となく捨てがたい。
でも、もうメーカーに部品も置いてないし、捨てるしかないのだ。
ぼくが置いておいたとしても、いつかは捨てることになる。
それなら早い方がいいだろう。

最近何となくものを捨てることに罪悪感が出てきた。
電気製品など、この中に入っている資源はどうなるのだろうなどと思う。

これからは、実体はネット上にあって、それを使う時代になってくるような気がする。
シェアリングエコノミーも増えてくる。
一人ひとりはものを持たず、みんなで使うということだ。

もう時代遅れになってしまった。

またまた老兵は去りゆくのみ…。







| | 考えたこと | 00:25 | comments(0) | trackbacks(0) |