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2009.05.30 Saturday
チャプター・イレブン
クライスラーに続いて、GMもチャプター・イレブン(米連邦破産法11条)の対象となるらしい。
あのBIG3がここまで落ちるとは思わなかった。 もし、日本のトヨタがそうなったとして、経済産業省がほっておくだろうか。 たしかに公的資金をかなり注ぎこんでいるが、実質的に潰すとは…、やっぱり自由の国だ。 ぼくらが小学校のころ、初代カローラが出たが、あの頃は外車といえば憧れの時代だった。 まだアメ車に夢があった時代。 2代目のコルベット・スティングレイは、リトラクタブル・ヘッドライトでかっこよかった。 写真で知っているだけだが…。 キャデラックは、大きな車だった。 豪華で、立派な車。超高級車だった。 エルビス・プレスリーが映画で乗っていたピンクの皮張りのオープンカー。 何の車だったか、わからないが、ベンチシートに3人座れるくらいの広さだった。 70年代くらいから始まっていたのかな。 アメ車に魅力がなくなってきた。 足回りはフワフワしていて、しまりがない。 エンジンは燃費が悪い。 …そうか、オイルショックの時から、そうなっていたのだ。 日本メーカーが燃費のよい小型車を作ったころだ。 72年のホンダの初代シビックにCVCCが積まれた。 その開発経緯はプロジェクトXでも紹介された。 あれがターニングポイントだったのかもしれない。 結局、小型低燃費というコンセプトは、アメリカ人の好みに合わないということで、BIG3はほとんど手を出さなかった。 たしかに、アメリカのような広い土地だから、大きな車がいいだろう。 でも、結局はそれが致命傷だったと思う。 アメリカが当時マスキー法を作って、大気汚染防止を始めなければ、CVCCは生まれていなかったかもしれない。 本家のアメリカのメーカーは「ムリな法律を作るな」ということで、廃案にしてしまったが、日本メーカーはそれを目標にして、その後も燃費低減を進めた。 今となっては、マスキー法の先進性に感謝しないといけない。 でも、そのためにアメリカのBIG3のうち2メーカーがチャプター・イレブンのお世話になるという結果になってしまった。 エドムンド・マスキーの名前は、日本の自動車産業史にも、米国の自動車産業史にも忘れられない名前になった。 ご本人はまさかこんな事になるとは…、と思っているかいないか、わからないが…。 でも、たしかに、今ふり返ると、あのマスキー法がターニングポイントだったと思う。 |
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