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2008.03.22 Saturday
天賦の才
「天賦」というと、天が与えたものという意味。
「天賦の才」は、天が与えた才能ということになる。 落研では、新入生は必ず誰かの弟子となって、系図上の位置が決まる。 その時、弟子がいなかったとか、偶然部室にいたとか、そんな理由で決まる。 弟子が師匠を選べるわけではなく、入部したら決まってしまうという関係。 それでも、師匠は師匠である。 ぼくの師匠は落語がうまかった。 天賦の才というほど大げさなものではないが、生まれついての良さがあるように見えた。(もちろん、師匠は練習も熱心だったのだが…) 顔も良かったが、ぼくは師匠の「声」がうらやましかった。 いい声だった。 美声というわけではないが、キーが高めで、よく通る声だ。 そして、微妙な「かすれ具合」がよかったと思う。 落語ではよく使われる、「かすれ声」。音をのばしたときに、微妙にかすれる声だ。 噺の中では、一人で何人かを演じ分ける時に、上下(かみしも)だけでなく目線や表情を変えるのだが、一番大事なのは口調とそれに合った声だと思う。 その使い方がうまかった。 「声」は努力ではどうにもならない部分がある。 今でも、自分がやった落語のテープを聞くと、声が悪いなあと思う。 これは、生まれついてのものだろう…。 もちろん、努力でいくらでもカバーできるものだし、自分が受けなかった理由をそれにするつもりはない。 でも、いい声の人はうらやましい。 海辺で大声を出して、一度声を潰してしまうというような修行をするという話を聞くが、本当だろうか…? それは、「天賦」を越える…という一つの方法なのかもしれない。 今でも、よく通る声の人を見ると、うらやましい。 別に落語をするわけではないのだが、それは本当に「天賦の才」だと思う。 |
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