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2011.05.08 Sunday
時間というもの その2
職場の人の娘が、なかなか時間がわからないという。
時計は読めるのだが、ある時点からある時点までの時間の量がわからない、ということらしい。 小学校2年になったところ。 今8時17分です、8時からどれだけ経ったでしょう?というのがわからない。 時刻と時間というものが違うということだろう。 8時17分も、8時も読めるのに、その間でどれだけ時間が経ったかがわからない。 何でわからないかが、わからないという。 なるほど。 時間の概念とは、それほど難しいものなのだろう。 8時17分とは、8時から17分経ったものだから、間の時間は17分というのは、時間というものをわかった人がいう言葉。 時刻と時刻の間が、時間になる。 これが意外と難しいことなのだろう。 一度回路ができてしまえば、簡単なことなのだが、その回路を作るのが一苦労。 ぼくらは忘れてしまっているが、何かを数字に置き換えて表すということに、つまづいたことはないだろうか。 そういえば、ぼくは長さでつまづいた。 鉛筆とその横に定規がかいてあり、鉛筆は何センチでしょう?というのがわからなかった。 いったい、どういうことかがわからないのだ。 ものの長さを測るということが、わからなかったのだと思う。 彼女の場合も、おなじではないか。 時刻と時刻の間を測る、という概念がわからないのだろう。 心配しなくても、いつかわかると言った。 人間はそういうふうにして、動物が持っていない概念を取得してきた。 当たり前に思えていることでも、それに人生をかけた人もいたはずだ。 そういうものの積み重ねが今の人類の文化というものだろう。 ということは、幼児は生まれてから現代に追いつくのに、大変な苦労をしているということかもしれない。 それが脳の働きだとすると、やはり脳の能力は無限大ということだろう。 |
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