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2017.07.13 Thursday
認知症の恐さ
人生には、いろんな時期がある。
人との関わりでいえば、こんな風になると思う。 誕生 ↓ 何も考えない時期 ↓ 自分のことしか考えない時期 ↓ 他人とややこしい時期 ↓ 自分のことしか考えない時期 ↓ 死 生まれてしばらくは本能のみで生きている。 これが何も考えない時期ということになる。 その後自我が出てくるが、心理学によるとそれはまず「自分の快不快だけ」ということだ。 腹が減ったら泣き、気分が悪いと泣く。 その後、他人の存在が認識され、その中でややこしく生きていく。 最初は親や兄弟だけだが、その後どんどん関係が増える。 そしてそれが何十年と続く。 しかし、死の直前になると、また自分のことしか考えなくなる(考えられなくなる?)んだと思う。 それは昏睡状態になった時にわかるんだろう。 これを俗に、「楽になる」という。 そして死に至る。 認知症というのは、この死の前の「自分のことしか考えられない時期」が早く来てしまう病気だと思う。 他人とのかかわりをすべて忘れる。 認知症になれば、最期は痛みも感じないということだから、本人は楽だ。 もちろん、そこまではかなりジタバタする。 ジタバタするが、しんどいのは周りの家族になるだろう。 そこが一番苦しいところ。 今の理想でいえば、死の直前の「自分のことしか考えられない時期」は短い方がいい。 一応、今の自分をベースにして、自分のまま死にたいということだ。 「人間」という言葉は誰が考えたのか知らないが、よくできた言葉だ。 ヒトという動物が、人と人の間で生きているということをうまく表している。 人間関係の中で生きているということだ。 認知症は、人間をヒトにしてしまう。 生きてはいるが、それはもうその人の「人生」ではなくなる。 だから、恐い。 |
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