考えたこと2

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復興?
今年も3月11日が来て、数日間復興のネタをテレビでやっていた。
2011年に起こってから、もう13年。

震災が起こってから2回、南相馬に行ったが、道路はきれいになっていたし、高台はちゃんとできていた。
たしかに、家はあまり建っていなかったかもしれない。

こんなことを言うと怒られるかもしれないが、13年も経って、もう復興もないだろう。
このところ、毎年3月11日になると復興のことを書いているが、このマスコミの風潮に嫌気がさすからだ。

何度か書いたhttp://hdsnght1957kgkt.blog.bai.ne.jp/?eid=237513が、マスコミの記者はお涙頂戴のストーリーを探して取材している。
そして、それに反対意見の人もいる。
今やそういう人も多いと思う。

毎週聞いているFMシアターも、この時期は震災の記憶の番組がある。
先週のFMシアターも、仙台放送局から震災がテーマのドラマだった。

自分は震災の時に仙台市にいて、それほど被災していないのに、東京の大学に行くと「被災者」という目で見られて肩身が狭かったということから、もっと自由に思っていることを話そう、というラジオDJの主人公の話。

なんだか聞いていて、もういいやろ、と思ってしまう。

大事なのは体験の伝承ではなく、震災が起きても適切に対処する仕組みづくりだ、と東北の人が言っている。
体験の風化を食い止める、などという人もいるが、風化していいのだと思う。
いつ起こるかわからない地震や津波のことばかり考えていても仕方がない。
人は時間が経てば、忘れる。
それが救いになることもあるのだ。

マスコミはワンパターンで、お涙頂戴のストーリを立てる。
阪神大震災の時には、まだネットが普及しておらず、マスコミにも余裕があった。
それが東北のときには地上波が苦しくなった頃。
その頃から、地上波は劣化した。
そして、お涙頂戴のストーリー作り。

もういいのではないか…。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) |

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