考えたこと2

2024.9.24から、今までhttp:で始まっていたリンクが、https:に変わります。申し訳ありませんが、リンクが見られないときは、httpsに変えてみてください。
CALENDAR
<< April 2025 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
+RECENT COMMENTS
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+PROFILE
+OTHERS
地震
今朝の地震は大きかった。
上下動、左右の揺れがだいぶ続いたと思ったが、30秒程度だったらしい。
改めて、揺れたら何もできないということがよくわかった。

阪神大震災の時は早朝で寝ていた。
もちろんビックリして目が覚めたが、動く間もなく本棚が倒れてきて動けなかった。
でも、寝ぼけていたから、今日ほど怖いという感覚はなかったなあ。

もちろん、あの時より揺れは小さかったが、今朝はいつもの地震ではなかった。
すごい音と振動だった。
うちは棚からものが落ちた程度で済んだ。
すぐに外に出てみたが、近所はどこもそんなに大きな被害はなさそうだった。

テレビを見ていると、壁が崩れたり、火事が起こったりしていた。
小学校の登校の見守りに行く途中、地震による事故にあって亡くなった人もいる。
茨木、高槻あたりがひどかったようだ。

災難は忘れた頃にやってくるというのは、来てしまってから思うもの。
こんな時は、本当に無常を思う。
大震災のときもそうだったが、ほんとに形あるものはいずれ壊れるということだ。

方丈記の書き出しを思い出した。

行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を経てつきせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。
住む人もこれにおなじ。
所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。
あしたに死し、ゆふべに生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける…

ぼくらの人生も、天変地異の前では、水の泡みたいなものなのかもしれない。



| | 考えたこと | 00:30 | comments(0) | trackbacks(0) |

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://hdsnght1957kgkt.blog.bai.ne.jp/trackback/236914
トラックバック