考えたこと2

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高校は何のためにあるのか
高等学校というのは何のためにあるのか。
Wikipediaによると、「日本の高等学校は中学校の教育を基礎とし、中学校の課程を修了した生徒に高度な普通教育および専門教育を施すことを目的とする。」「主に市民としての総合的な基礎教養、大学・専門学校など高等教育機関への進学準備、また就職に向けての技術・技能の習得の教育を行う。」と書かれている。
当たり前だが、大学入試のための進学準備というのは入試対策だ。
入試が変わらないと教育内容が変わらないというのは、悲しいことだが事実。

しかし、そもそも高校は大学入試に受かるためにあるわけではない。
高校の目的が入試にシフトしすぎているのだと思う。
ぼくは日本の教育の問題の根っこは小学校にあると思っているが、高校の在り方も問題だ。
それには大学入試が多様化して、どんどん顕在化してきたのだと思う。

こないだ書いたが、進路指導の教員ですら、大学入試がやたら多くなってどう指導したらいいかわからない。
それはそうだろう。
特に理由もなく、志願者を増やすために増やしたんだから。

ほとんどが一般入試で、推薦もごく一部、AO入試などなかった1975年当時は、進路指導も難しくなかっただろう。
大学の数も今の6割程度だったから、選択肢は半分ほどだったし、ややこしいカタカナ学部などできていないから学部で迷うこともない。
あとは生徒の興味関心とレベル、経済的理由くらいだから、進学指導は楽だったはず。
模擬試験を2回ほど受ければ、だいたいわかった。

今は大学数が増え、入試の種類がやたら増え、ややこしい学部が増え、入試の時期も増えて、選択肢が増えた。
一般入試を受けるのが嫌な生徒は、推薦やAOを選びたい。
指定校推薦の人数は決まっているから、学校内で希望者が多いと選別をしないといけない。
AO入試は時期が早いし、学校別に面接を伴う何かがあるから対策もしないといけない。
推薦も面接があるから、面接対策をしないといけない。
夏から冬まで入試づくめだ。
一般入試を受ける生徒たちには、もちろん受験勉強が必要だ。
模試も受けないといけないし、センター入試対策もある。
私学の3科目入試や2科目入試に対応するためにコース分けも必要になる。
数学は数1で終わって、2,3年は文系の、それも入試科目の勉強に重点をおく。
それを進学コースと称して宣伝もしないといけない…。

そんな状態で、生徒全員にまともな高校教育ができるんだろうか。
できないだろう。
高校3年生で秋には推薦やAO入試を終える生徒もいるし、そこから一般入試を追い込む生徒もいる。
推薦やAOを受けたい学生は先生の顔色を見て過ごす。
評定平均を下げられたら、行けなくなるからだ。
そんな風に、大学入試が高校の生徒も二極化してしまう。

だからこそ、一昨日書いたように、大学入試の多様化を止めないといけないと思う。

高校は入試のためにあるのではない。

こんなアタリマエのことを文科省はわからないんだろうか。

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