考えたこと2

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一般的か個別的か
若い時は一般的なことに興味があった。
普遍的といってもいい。
個別のことにはいろんな事情が伴うが、一般的なことはあくまで一般的だから、用途が広くて役に立つと思っていた。
自分の可能性が広いと、一般論が知りたくなるのだ。
若くて時間が無限にあるから、余分な制約は要らないのだ。
だから、若い時は一般論を求めた。

でも、年をとってくると、一般的という言葉はあまり意味がなくなる。
この先、自分にできることとできないことがわかってくる。
というか、できないことがどんどん多くなってくる。
自分の過ごしてきた時間が制約になる。
その制約があること自体が個別的ということだ。

高校の時だったか、亀井勝一郎の人生論を読んだ。
いくつかの言葉をノートに書き写した覚えがある。
ああいう本こそ、若い人向けの一般論だと思う。
人生とは何か、一般的に説明してくれている。

でも、今はその手の本は敬遠する。
今さら、人生とは、など知っても仕方がないと思う。
もう過ごしてきたからだ。
たとえ感心する事が書いてあっても、もう手遅れだ。

そう思うと、若い時はよかったと思う。

何を読んでも感心できた。
もちろん、オカシイと思うこともあったが、ほとんど感心してきたと思う。

若い時は若いときなりの、年をとったらとったなりの喜びや苦労がある。

どんどん個別的になるのは、仕方がないことなんだろうが、あんまりいい事とも思えないなあ…。




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