考えたこと2

2024.9.24から、今までhttp:で始まっていたリンクが、https:に変わります。申し訳ありませんが、リンクが見られないときは、httpsに変えてみてください。
CALENDAR
<< April 2025 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
+RECENT COMMENTS
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+PROFILE
+OTHERS
優柔不断
ぼくはこの世の中には、正しいものなどないと思っている。
いつの頃からそんな風に思いだしたのかはよくわからないが、30代の頃からか。
何かと比べると、正しいかもしれないし、他のものと比べると正しくないかもしれない、という事だ。

アメリカに出張したときに、宗教について話しているときに、そういうことを言うと、聞いたほうがRelative truth!(相対的真実)といっていた。
きっとアメリカにもそういう考えはあるのだろう。

自然科学の法則などは別にして(最近はそうでもないが)、人間が考えることは、いいかげんなものだと思っている。
ある時は正しく、ある時は間違っている。
結局、何かと比べて、初めて判断できるようになるのだ。
比べるものが変わると、判断も変わる。
だから、自分の考えにも、いつも絶対の自信は持てない。絶対などないと思っている。
とりあえず、これでいいか、という程度のものしかない。
だから、人が、すごい自信を持って、これしかない!等と言っていると感心するし、うらやましくなることがある。
どちらかというと、いつも、まあ、こうとちゃうのん、という程度でしか言えない。

ただ、倫理とか、モラルという面で、自分と違う人は、認めはするがつきあうのはしんどい。

どんなことでも、突き詰めて考えると、いろんな選択肢があって、そのどれかが絶対正しくて、どれかが絶対間違っている、とは言えないなあ、と思ってしまう。

それなら、どうやって物事をきめているのか?と聞かれると、何となく、決めなければ仕方なくなったときに、思いつきで決めている面がある。
優柔不断である。

でも、決めるまで、あれやこれやと、もやもや考えているのだ。
そして、いざ時が来たら、無意識が決めてくれる、というやり方。

理屈は好きだが、理屈では決められない。(後で理屈をつけはするが)
でも、すぐ決めろ、と言われたときには、このやり方では難しい。

だから、優柔不断なのだ。

| | 考えたこと | 01:07 | comments(0) | trackbacks(0) |

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://hdsnght1957kgkt.blog.bai.ne.jp/trackback/235591
トラックバック