考えたこと2

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朱子学
シュシガク、という言葉、よく聞いたことがあると思う。

中学、高校では、「江戸幕府は朱子学を公式の学問とした」ということを習ったことがある。

一方で、江戸時代は儒学がもてはやされたとか、封建主義の元は儒学だとか、孔子が説いたのは儒教だ、というような事も聞いたことがある。
今でも韓国は儒教の国だ、という。
要は、年長者を敬い、公私では公を重んじ、挨拶や形式を重んじるというようなことだろう。

調べると、儒学と儒教の違いはあまりない。
学問的側面が儒学、宗教的側面が儒教、ということになっているらしい。

では、儒学と朱子学はどういう違いがあるのだろうか?
これは、儒学をちゃんとした学問にしたのが朱子で、その名称が朱子学、というのが一般的な理解であるようだ。
したがって、朱子学は儒学を学問にしたもの、ということになる。

一説によると、この朱子学を江戸幕府が公式な学問としていた、ということが日本が明治維新の時に自然科学を理解するのが容易だった原因、といわれている。

朱子学では理気二元論というのがある。
「宇宙は原理と運動の二つから成り、原理のことを「理」、運動のことを「気」と言う」ということらしい。
こういう理屈で宇宙、つまり自然を理解していた、ということだ。

西洋の自然科学、というのはとにかく分析する学問だ。
全てのものを極限まで分けていき、分けられなくなったところが根本だ、というような原理に基づいている。
その考えが、すっと頭に入ったのは、「理」や「気」という「分け方」を変えるだけでよかったからだろう。

アジアで、日本だけが近代化を早期に遂げたのはなぜか、という事に対して、いろいろな原因があったと思うが、これも一つの要因だったのかもしれない。

そんなことを55歳になって知った。
知った、というのは語弊があって、ネットで調べたらそう書いていた、ということだ。

世の中にはエライ人がたくさんいる。



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