考えたこと2

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今年の秋
今年の秋 正宗白鳥 中公文庫

正宗白鳥という人は、作家というより文士という存在。

小林秀雄が、正宗さんの晩年の雑文というものは、本当に素晴らしい、と言っていた。
「あの人は、書いたものを読み直しなどしないんだ、どうして書きっぱなしであんな文章が書けるかね。」
これだけ手放しで褒めるのも珍しい。

どうしても読みたくなって、アマゾンの中古を探した。

23編の随筆集。

どの随筆がどうということではない。
時代は昭和のはじめから三十年代。
戦争末期、正宗白鳥はペンクラブ会長だったが、その時に何もしなかったことが、ペンクラブの歴史を綺麗にしたということが書いてあった。

この人は書くことが自然だ。
何も考えずに書き始めているのではないか、と思わせる。

読んでみないとわからない。

最後に「文学生活の六十年」という講演録がある。
その中に、こういうことが書いてある。

「そうかといって、ドストエフスキーにしても、トルストイとしても、名作にかかわらず、しかし私の求めているものは、そこには出ていない。作りごとではなくて、もう一歩進んだ世界をなにがいったい自分に見せてくれるか。自分はここに偶然生まれた。生まれたくなくても、仕方がない生まれてきたんだから、ほんとうの人生というのはこれだというものを探がさねばならない。それでたくさんの人間を見、小説を読んだわけなんだが、一つの自分だけの人生がそこにできたかというと、それがいつも物足りない、物足りないと思うことは馬鹿なことで、人間はみなわからないことばかりだ。明日の日もわからないで生きているんで、小説などもそのときだけの慰めに読むものにすぎない、それでいいじゃないかと思いながら、いいじゃないかと思えないところが八十年を通してあって、今日に至ったんです。」

正宗白鳥らしい言葉。

この人には、文学に求めるものがあった。
でも、最後まで見つからなかった。

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