考えたこと2

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ロシア語
昔の大学には、第二外国語というものがあり、必修だった。
たいがいの人は、フランス語、ドイツ語を選んだ。

ところが、ぼくが入った学科は、ロシア語を選ぶようにという指示があった。
当時(1970年代後半)、確率がもっとも進んでいたのがソ連だったからだ。

ロシア語は文字が多い。
キリル文字というヤツで、RやNの鏡像とか、Φみたいなギリシア語のような文字もある。
たしか、Cはエスで、Pはエルだった。
これは難物だった。

最初に習ったのは、エタ・クニーガというもの。
「これは本だ」という意味だ。
1年生の単位は何とか取ったが、2年生はとても無理だった。

ロシア語は、固有名詞も変化するのだ。
「タナカ」は主格、「タナク」が目的格という風に変わる。
これだけでも、英語学習者からみるとビックリだ。
また、フランス語やドイツ語と同じように、名詞には男性・女性・中性がある。
これを週に1回(2回だったかもしれない)の授業でマスターするのは、よほどの意思がないと、無理だと思う。
英語を6年やっても、まだまだ使い物にならないのだ。

結局、2年生のロシア語は落ちかけて、自主レポートを出した。
本を10ページくらい訳した。

何といっても、まったくの初心者レベルのものが、10ページも訳すのだ。
辞書と首っ引きで、ほとんどの単語を引いた。
2日くらい徹夜をした。

レポートを持っていったら、先生が「こんなものを課題にした覚えはない」と言われたが、受け取ってくれて、結局は通してくれた。

今になったら、工学部の学生がロシア語を取らされて、気の毒だと思ってくれたのだろうと想像がつく。

そのおかげで、会社に入ってから、フランス人やドイツ人が来たときに、「私はロシア語ですから」と言って、出迎えを逃げることができた。
まあ、フランス語やドイツ語を話せる人は、ほとんどいなかったのだが…。

結局今頃になって、ロシア語をとっていると、ひょっとしたらモスクワ駐在というような時代になった。
BRICSの一員。

時代が早すぎたのかもしれない。

ぼくは、ラッキーだったが…。


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