考えたこと2

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小林秀雄
小林秀雄というと、昭和40年代後半から50年代にかけての受験生なら、覚えている名前。

評論家だ。
とにかく難解な文章を書く。
当時、何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

小林秀雄のことを少しわかったのは、「小林秀雄の流儀」という山本七平が書いた本を読んでからだ。
なるほど、と思うところがあった。

そこで、「考えるヒント」という、小林秀雄の著作を初めて読んだ。

高校生の時よりも、ちょっとわかった気がした。

調子に乗って、「本居宣長」という上下2冊の文庫を買って、一応読んだ。
しかし、これは内容を覚えていないくらいだから、ほとんどわからなかったのだろう。

その後、「新・考えるヒント」という池田晶子の本を買って読んだ。
池田晶子という人は、小林秀雄を尊敬しており、小林秀雄の文体をまねて書いている。
これは面白かった。

そこで、もう一度、こんどは講演のCDを買った。
「信じることと考えること」という講演の録音。
昭和50年の録音。

驚いたのは、彼の声だ。

写真ではハンサムな人なので、イメージでは何となくすっきりした声だと思っていた。

ところが、落語家のような喋りで、なかなか間もよい。
一気に小林秀雄が近い人になった。

また、この講演会では、最後に「起立」「礼」を司会の声に合わせてやっていた。
どこかの大学で話したのだろう。
質問も、何となく偉い先生だから、遠慮しているような状況だった。

講演は、昭和50年当時の知識人が、ちゃんと考えていない、ということを言っている。
考える、とは、向かい合うとか、交わるということであって、ちゃんと考えるためには、そのことと交わらなければならない、という。
科学的方法ではなく、自分が経験するというある種ベタな方法をとることが必要だ。
観察ではダメで、当事者になること。
そうでなければ、イデオロギーになってしまい、責任が取れない。
なぜ、文士がペンクラブを作るのか。
自分に自身がないからだ、と切って捨てる。

痛快な人だ。
池田晶子がファンなのもわかる。

小林秀雄も山本七平も池田晶子も、もうこの世の人ではない。

しかし、もう一度小林秀雄に挑戦してみようと思う。


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