考えたこと2

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経済の意味
最近、人に勧められて、飯田経夫という経済学者の本を読んだ。

2003年に亡くなっておられるが、この人は先生と呼ぶにふさわしい人だから、勝手に飯田先生と呼ばせてもらうことにした。

「日本の反省」「経済学の終わり」という新書を読んだが、片方はすでに古本を注文しないと手に入らなかった。
そんなに昔の本でもないのに、今は人気がないのか…。

自分は経済学者だが、半生を捧げた経済学というものが、結局日本のバブルを止められず、未だ明確な処方箋も提示できず、自らを卑下して「経済学者などやってられない」と書かれていた。

本の中には、経済学というのは「よい社会」を実現するための「社会哲学」でなければならない、と書かれていた。

お金の価値や景気の予測をするのが経済学ではなく、「よい社会」を作るためのものだという。

エライ人がいたものだ。
しきりに、バブルの時に自分がもっと大きな声で自説を唱えるべきだった…と反省しておられた。
(実際、警告を発しておられたらしいが、声が小さかった…とのこと)

懐かしい話だが、本の中に、「ホーホケキョと鳴く生ビールが売れることに何の価値があるのか…」というようなことが書かれていた。たしかに、90年代(まだ発泡酒がなかったころ)にそんな樽型の生ビールが宣伝されていたなあ。

売れるから、何を作っても、どんなサービスをしてもよいのか…と「社会哲学」としての経済学者だから書かれていたのだろう。

しきりに、今の日本の「豊かさ」の果てに何を望むのか…と書いておられた。

Wikipediaによると、「経済という単語は世の中を治め、人民を救うことを意味する経世済民(若しくは経国済民)の略である。」と書かれている。

飯田先生は、ご自分では「経済学者などやってられない」と言われていたが、まさしく「経済」をやられた人だったのだろう。

「世の中を治め、人民を救うこと」とは、お金の価値や景気の予測ではなくて、「よい社会」を作ることなのだから。



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