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2006.12.05 Tuesday
行きつけの…
誰でも、行きつけの…という店があると思う。
パーマ屋さんや散髪屋さんはたいがい行きつけの店になるだろう。 毎回変えている人はいないと思う。 行きつけの飲み屋とか、喫茶店、食堂とか飲食関係もあるだろう。 女性の場合、服や靴を買う店も、行きつけの…になるのかもしれない。 趣味の関係は、行きつけになることが多いように思う。 ギターは前にも書いたが、行きつけの店がある。 これは、信頼できるところでないと…。 行きつけの本屋もある。 いつも行っているところなら、だいたいどのあたりにどんな本があるかわかるので、探しやすい。 文房具屋も、同じところに行く。 時々、店内を回り、どんなものがあるか確認したりする。 マッサージもそうだ。 気に入ったところに行きつけになる。 ガソリンスタンドも、行きつけの店になる。 毎回スタンプを押してもらっている。 しょっちゅう行っていても、スーパーは、行きつけの…とは言わない。 店の人とのコミュニケーションが必要なのだろう。 行きつけ、という言葉にはそういうニュアンスがある。 生活の中に、行きつけの…が多い人は、それをエンジョイしているような気がする。 値段だけではなく、笑顔や話に価値を見出すのだ。 そういう意味では、マクドナルドのように、誰が来ても同じ応対というような店は行きつけにはならない。 あの手の店は、何度行っても「いつものヤツ」で通じるようにはならないから。 どうも、その手の店が増えてきているような気がしてならない。 それは、生活をエンジョイできなくなってきている、という事なのかもしれない。 |
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