考えたこと2

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国立大学改革
国立大学の教師には、年俸制を導入し、業績給を重視するという方針を文科省が打ち出した。
だいぶ遅かったと思うが、民間のことを考えると、ようやく真っ当な感覚になってきた。

よく、大学教授の業績とは何かというが、それは研究面では論文数、もしくは著作数だ。
国立大はそこそこ学生のレベルも高いから、教育に軸足を置く必要はないと思う。
私学の状況はだいぶ違うが…。

国立大の措置に関しては「在職期間の長期化が有利とならない処遇」、「55歳での昇給停止」「独自の早期退職制」などの新設計や、「任期制の拡大」「基本給の大幅圧縮」などが言われている。
珍しく、文科省もいいことを言っている。
要は民間のやっているような、「老害の防止」をやらないといけないということだ。
たぶん、現状がよほどひどいのだろう。

去年、権威のあるイギリスの科学雑誌ネイチャーに、日本の科学研究がこの10年間で失速しているという記事が出たらしい。
その時に阪大の教授が記事を書いている。
それによると、

「英科学誌ネイチャーに、日本の科学研究がこの10年間で失速していることを指摘する特集が掲載された。
ブレーキがかかった、などという生やさしい状況ではない。飛行機ならば今すぐ手を打たないとクラッシュしかねない失速状態にまで追い込まれていると言われたのだ。
論文データベースScopusによると、15年までの10年間に、世界中では論文数が80%増加しているのに、日本からの論文は14%しか増加していない。
特に、コンピューターサイエンス、私が関係する生化学・分子生物学、そして、驚いたことに、日本の得意分野といわれる免疫学で、その傾向が顕著である。」

「他にも、大学の常勤ポストについている教員の高齢化や、日本の若手研究者にはPI(Principal Investigator:研究室主宰者)になる意欲が高くないことが問題としてあげられている。
紹介していて情けなくなってくるような話ばかりだが、ここ何年かの間に感じてきたこととそう大きなズレはない。いや、もっと正直にいうと、まだこれくらいで踏みとどまれているのか、という印象の方が強い。」

「適正な競争原理の導入、積極的な任期制の導入、研究者の流動性の向上、使命を終えた部局の統廃合、テクニカルスタッフの充実、高額研究機器の効率的な利用、無駄な会議や書類作成といった意味のない雑用の減少などなど、すでに指摘されている数々の問題点を、これまでやってきたような小手先だけの改革ではなく、本気でクリアしていかなければ、たとえ研究費を増額したところで十分条件が満たされはしない。
そのようなことができれば苦労はしない、と言われるかもしれないが、それは認識が甘いのではないか。そうしなければどうしようもない時期に来ているような気がしてならない。」

というようなことが書いてある。

阪大の先生は、自然科学の分野だが、人文科学、社会科学の分野はもっとひどい。
まだ自然科学の分野は「英語での論文数」という比較があり、同じ土俵で争っているからだ。
日本国内で消費されている文系の研究費は、どれほど世の中の役に立っているか、わからない。

無駄も文化のうち、という言葉はわかる。
しかし、そんなことに使っているお金は、もはやないと思うのだが…。

ぼくがいた私学では、そもそも論文を書く人などほとんどいないにも関わらず、毎年研究費を50万を出していた。(今は減額されたらしい。)
何の実績チェックもなく、チェックするのは領収書だけ。
これを何とかしようと思って、研究計画を出させ、それに従って予算をつけるという方式を考えたが、あっというまに却下された。
ごくごく当たり前のことなのだが…。
まともな大学ではある程度やっているだろうと思う。

今でも思い出すのは、夏休みにハワイに何人かの先生が行くという出張計画書。
学内の海外出張助成を使おうとしていた。
まともな学会でもなく、以前学校にいた人がセミナーをやるというだけの理由。
こんなものは却下、ということで事務局から出したら、学長と学部長が通した。
みんながみんなとは言わないが、学生からもらったお金が、そんなふうに使われているのだ。
教員が出すのはたいがいA4一枚の出張報告書。
海外出張の成果をみんなで共有しようという気すらない。
組織で働く、ということをまったく理解していないのだ。

ぼやいてしまった。
でも、少なくとも、公的な資金はもっと明確に効果を測って使うべきだと思う。

文系の研究費は尊厳死の問題など、社会が抱えている問題をもっと研究すべきだ。
いじめや学校のあり方などの問題なども解決すべき問題だと思う。
そういうのをオープンにして、結果ももっと公開すべきだ。

そういうやり方が、文系の研究のあり方だろう。

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