考えたこと2

2024.9.24から、今までhttp:で始まっていたリンクが、https:に変わります。申し訳ありませんが、リンクが見られないときは、httpsに変えてみてください。
CALENDAR
<< April 2025 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
+RECENT COMMENTS
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+PROFILE
+OTHERS
着陸間際
バッタもん、というのはよく似ているけれど安い、うさんくさい品物のこと。

前にも一度書いたが、ぼくらが小さい頃はそんな言葉はなかった。

80年代に香港に仕事で行った。
当時、まだ香港といえばいろんな高級ブランドが安く変える、と言われていた頃だ。
とは言っても、まともな店ではほとんど扱っておらず、いかがわしいところでしか買えないというような時代だった。

1週間くらいだったか。
客先のディーラーに?育をするというプログラムだった。
当時の香港はイギリスの支配下にあり、何となくエキゾチックな雰囲気があった。(その後行っていないので、今は何とも言えないが…)

ホテルのフロントでは、中国語を話しているのかと思ったら、中国訛りの英語だったり、屋台の店のすごい賑わいだったり、香港の漢字は日本人にもわかる漢字だったり、論語が書いて通じたり、いろんな事を思い出す。

とにかく、料理がうまかった。
後日行った上海より、圧倒的にうまい。(これも今はわからない)
接待でいいものを食べさせてもらったと思うが、それ以外にも屋台の朝粥などもおいしかった。

そこで仕事をして、帰路についた。

帰りの飛行機はエコノミーの3席つながったところで、ぼくは通路側だった。
内側の2人は、背広を着たサラリーマンで50代くらい。一人が手荷物でオシロスコープを持っており、一見して香港に何かの仕事で来たという風体。
一人が「社長」と呼び、もう一人が「部長」と呼ばれる人だった。
離陸早々アルコールを頼みまくり、上機嫌だった。
こう言っては失礼だが、エコノミーに社長と部長で乗っているということは、あんまり大きな会社ではないだろう。
当時はバブルだったが…。

食事も終わり、あと1時間くらいで着くという頃、二人はゴソゴソと荷物を出して話し始めた。

「しかし、これ高かったなあ」
「そうでんなあ。こんなん家族に見せたったら、びっくりしよるやろなあ」
「社長のは時間合わせとるんですか」
「合うてたで」
「よし、ぼくも合わせとこ。今何時でっか」

聞いていたら、どうも香港でブランド物の腕時計を買って、だいぶ高いものについたらしい。
もちろん、定価よりはだいぶ安いのだろうが。

チラッと見ると、社長の方が黒いクロノグラフで、部長の方が金のカルチェのような時計だった。
ぼちぼち伊丹が近づいてきて、シートベルト着用のサインが出た。
部長はまだ時計をいじっていて、話している。

「お、さすがに高い時計やなあ。あれ、時間合わそうと思たら、針が逆に回りよる。さすがに舶来もんは違うなあ。」

ぼくは吹き出しそうになったが、こらえた。
ああ、これはバッタもんを買わされたという事だ。

そうこうするうちに、「あ、取れた」と部長が言ったかと思うと、リューズが飛んだ。

もちろん、あんな小さな部品だから、なかなか見つからない。
おまけにシートベルトをしながら、探すのは大変だ。

「そんな、高い時計やのに、どないすんねん」
「こんなん、家で言われへん」

部長は半泣きだった。

「まあ、飛行機が止まってから探させてもらえや」

ぼくも足元を見たが、まったくわからない。
そのうち、空港について、シートベルト着用のサインが消えた。

部長と社長は、飛行機が止まってもリューズを探していた。
もちろん、ぼくは探すののジャマにならないように、早々に席を立った。

絵に描いたような気の毒な話だが、これは本当の話。

まだ香港でブランド品のバッタもんが売られていた時代。
今から思うと、あの頃はよかったと思う。

あの部長には気の毒だったが…。


| | 考えたこと | 00:22 | comments(0) | trackbacks(0) |

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://hdsnght1957kgkt.blog.bai.ne.jp/trackback/234814
トラックバック