考えたこと2

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男女平等の世の中
知り合いのところに高校生の孫の男の子がガールフレンドを連れてきたとのこと。
孫が彼女を連れて来るとは珍しい、と言うとエクザイルのビデオを録っておくことを頼まれて、それを一緒に見に来たとのこと。
なるほど。そういう理由ならあり得ると納得。

その時のことだが、連れてきた女子が孫の男子を「お前」と呼んでびっくりしたという。
知り合いは60歳を過ぎているのだが、その年代の常識では女子が男子を「お前」と呼ぶというのはないだろう。
でも、今は男女平等だから、彼らは学校でずっと男女差のない教育を受けてきたから、それは仕方ないと説明した。
それでも、知り合いは納得出来ないという。

聞くと、孫は彼女のことを「お前」と呼んでいたとのこと。
それはどうなん?と言うと、それはさほど気にならないという。
まあ、そうやろなあ、と思う。
しかし、今の教育では男子には許されて女子に許されないことなどない、と説明する。
それを咎めるのなら、まず孫に注意しないと、女子にだけ注意したら怒られるよ、と話す。
「男の子が「お前」と呼んでもいいなら、女の子も一緒や。どうして男女差別をするのか?」と言われるのがオチ。
そういうと、「ふーん、それもそうやなあ」ということになった。

孫に帰り際に、「あの子、あんたのことを「お前」て言うてたで」と言っても、「そうやったかな」という返事。
言われた方はなんとも思っていないのに、知り合いはまたびっくりしたという。

そのことを20代の孫に電話で言うと、それはあかん、と言ったという。
まあ、育ってきた環境とか、学校の雰囲気とかそういうのもあるから、バラつきはあるのだろう。
でも、それは60代が感じている「あかん」とは違うだろう。

男女平等の問題は難しい。
どこまでが差別で、どこまでが性差による区別か、ということだ。
今回の場合、年配者が注意するとしたら、両方に対して自分たち大人がいる前では「お前」という呼び方は控えたほうがいい、というのが正解だろう。
どちらか一方に言うのは差別だと言われる。

でも、知り合いはそれは区別であって、それは女性らしさみたいなものに関わるのだ、という。
そういう意見はあってしかるべきだ。
しかし、年配者の考える「女性らしさ」と若い人たちが考えるそれは違う。

個人的には今の学校の平等は行き過ぎだと思う。
でも、それを指摘したら、たくさんのややこしいことが起こるだろう。
何が正しくて、何が間違っているのか、そんなことに線引きはできない。
それは差別だ、と大声で言われたら黙るしかない。
差別を声高に主張するほうがどうしても強くなる。

そういうふうにして伝統が破壊されていく。
悪しき伝統と思われているから、仕方ない。
ぼくは反対だが…。


| | 考えたこと | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
夢がなくなる
今日過去の記事を検索していて、2005年の7月29日にこんなことを書いてあるのを読んだ。

「年をとる、ということは「夢のリスト」から一つずつ夢を消していく行為、という部分がある。中にはリストの上位に書いてある夢を叶えられる人もいるが、大勢の人はそんなことはできない。「マンガ家になりたい」とか、「ミュージシャンになりたい」とかいう夢は早々に脱落していく。そういった「夢のリスト」に書き込むものがあれば、まだいい方で、昨今は夢そのものが無くなってきているように思える。」

2005年といえば、今から11年前。
漫画家やミュージシャンはぼくの昔の夢だった。
書いたのは40代の終わりだったが、その時にももう夢はなかったのかと改めて思った次第。
この記事は「ケータイ・ネット人間」の精神分析という本のことを書いていた。
そういえば、そんな本を読んだ。
小此木啓吾という精神科医が書いた本だった。

その本を読んで11年(実際に書かれたのは2000年)、世の中の大多数が「ケータイ・ネット人間」になった(実際にはスマホだが)。
小学生がスマホを持ち、タブレットを操作し、オトナが電車の中でゲームをし、常時接続の高速回線が普及し、コンピューターを持つということはインターネットを利用する、ということになった時代。
そういうぼくも、ネット人間だなあ。

この本は「インターネット、ビデオ、ゲームなどに引きこもり、その中で自我意識が肥大化し、事件を起こす少年たち」への問題意識で書いた本だ。

人間は生まれて育った環境を超えては存在できない。
自分が親や社会から受けた教育は、二度と同じことができない。
そこを基準に判断するしかないのだと思う。
小此木啓吾が自分の生まれて育った環境をベースに、78年に「モラトリアム人間」の時代を書き(これはぼくらのことだろう)、亡くなる前に「ケータイ・ネット人間」の時代を書いた。

小此木には彼なりの危機感もあって、亡くなる前にこの本を書いた。
詳しくは本を読んでほしいが、中にこういうことが書いてある。

「 この世の風潮の中で、消費するお金はどこから手に入れようと、どんなお金であろうと消費する力になればよい、という気分が若者たちにただよっている。そのお金をどんなふうに稼ぐかは、ますます二次的なものになった。かつては、どんなふうにお金を稼ぐかが、その人の人間としての価値を左右し、その人のアイデンティティを決めていた。ところが若者たちの間に、いまや、どんなふうにお金を稼ごうが、その稼ぎ方はきびしく問われない風潮が広がっている。これまである種のブレーキをかけていた、これまでのタブーを乗り越えて、これまでタブーだったお金の稼ぎ方が、どんどん商品化される。」

これを2000年に書いたというのは、まさに予言だったと思う。
今や小学生のなりたい職業にYoutuberが出てくる。
まさに、本で警鐘を鳴らしていたことが本当になった。

「かつてはどんなふうにお金を稼ぐかが、その人の人間としての価値を左右し、その人のアイデンティティを決めていた」とぼくも思う。

お金を稼ぐのに、どうでもいいことをやって稼いでも、それは認められない、という価値観はどんどん崩れてきたのは事実。
インターネットの仕組みの中で、そういう稼ぎ方が市民権を持ってきた。

島田紳助の始めたおバカタレントあたりからのような気はするが、おバカはそれなりに努力することで、認められてきたのかもしれない。
昔なら、そういう人はマスコミに登場しなかったのだが、そのタブーは崩れた。
儲かるなら、そういうのもアリになった。

そして今やYoutuberだ。

若い世代が悪いわけではない。
大人がそう誘導してきたのだ。
これはもう戻らない。

果たしてこれは資本主義の正常な進化なのだろうか…。

何かもう一度パラダイムシフトが起こらないといけないような気がする。

| | 考えたこと | 22:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
2045年
ターミネーターの描く未来は、人間に対して反旗をひるかえした人工知能と人類が戦うというもの。
その前提は、人間よりも賢くなった人工知能がある、ということだ。
その逆転が起こる時のことをシンギュラリティという。
今予測されているシンギュラリティの時期は2045年。

この話題はビジネス関係のサイトによく出てくる。
サラリーマンなら、こういう状態になったら消える職業のことは気になるからだ。
未来学者のカーツワイルの予測によると、一人の人間の知的能力を1Hとすると、2029年には人工知能の能力は1Hを突破して、2045年には10億〜100億Hになるという。
今の人工知能はある分野に特化して専門的なものだが、2045年には幅広い知識を持った人間のような知能になる。
コンピューターの発達の過程を見れば、そうなるのもうなづける。

計算や単純な記憶に関しては、もう人間ははるかに負けている。
でも、リアルワールドで日常的に起こる、何かを見てそれを何であるかを理解する能力(パターン認識という)は圧倒的に人間が勝つ。
人間なら3歳程度でネコとイヌを見間違うことはないが、人工知能には1000万枚以上のネコの写真を学習させなければならない。
それで初めて、ネコの顔が認識できるようになる。
でもこれにかかった時間はたった3日間。
インターネット上にネコの画像がたくさんあるからだ。
人間の脳のメカニズムが解明されてくると、それももっと早くなるだろう。
だから、2029年には人間の能力を超えると予想されている。

2029年というと、今から13年先。
ぼくは生きているか、死んでいるか微妙なところ。少なくとももう現役とは呼べない。
でも、子どもの世代はまだまだ現役だ。

今の進歩的な若い人たちにとっては、リスクはあって当たり前だ。
リスクがあるからこそ、ビジネスがある。
そういう人たちが、人工知能をどう使っていくのか。

ぼくらは工場がどんどん自動化されるのを見てきた。
その頃は若かったから、いいことだとしか思わなかった。
工場で働く人は減っていったが、どちらかというと肉体労働から解放されるという見方だった。
実際、つらい仕事は減っていったのは事実。
仕事が減った分の人たちは、違う部署に回っていった。
日本が高度成長だったから、そういう余裕があった。
これからの低成長の時代、そうはいかないだろう。

そして今、ぼくらの世代が追い出される方に回りつつある。
グーグルのエンジニア(今は社長だが)ラリー・ペイジは43歳。今が働き盛りだ。
彼ら70年代に生まれたX(エックス)世代と呼ばれる。
ビデオゲームで育ち、ウォークマンを聞き、インターネットを使いこなしてきた。

未来学者のカーツワイルは68歳だから、悲観的なのかもしれない。
いずれにせよ、そうなった時には今の若い人たちが対処することになる。
年寄りがあまり心配しすぎるのはよくないと思う。

若い人たちには、若い人たちの考えがあるのだ。
| | 考えたこと | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
今年の内定率
大手の就職選考解禁が過ぎて2ヶ月。
毎年この季節になると、大手の就職サイトの会社などが今年の内定率という数字を出す。
今日もリクルートキャリアが大学生の内定率が7割という数字を出した、というニュースがあった。
この数字は去年と比較して高いとか低いとかいう意味はあるが、全体の内定率を表すものではない。
50万人程度いる就職希望者のうち、たった3000人ほどの結果だ。

リクルートキャリアのサイトをみると、以下の説明がある。

「集計方法:大学生については、性別、専攻、所属大学の設置主体をもとに、実際の母集団の構成比に近づけるよう、 文部科学省「学校基本調査」の数値を参照し、ウェイトバック集計を行っている

調査対象:2017年卒業予定の大学生および大学院生に対して、『リクナビ2017』(※)にて2016年1月20日 〜3月27日、4月12日〜4月25日、5月20日〜5月30日に調査モニターを募集し、モニターに登録 した学生9,399人(内訳:大学生7,775人/大学院生1,624人) *モニターの抽出条件は下記参照
調査期間:2016年7月1日〜7月8日 集計対象:大学生 2,030人/大学院生 762人」

要はいろんな理屈はつけているものの、50万人ほどいる大学生、大学院生のうち9400人にアンケートを送り、そのうち回答を得たのが2800人ほど。
答えた学生はリクナビで活動した積極層であることが予想される。
その積極層で、7割しか内定が出てない、ということだ。
そのうち、何割かは複数内定者だから、実際には7割の求人が満たされたというワケではない。
そういう説明をニュースではやらない。

毎年思うが、なぜこういう報道をするのだろうか。
内定をまだ取っていない学生が、こういうニュースを聞いて、まだまだ求人があるにも関わらず早々に諦めでしまうということがわからないのだろうか。
保護者からのプレッシャーも増えるし、自信をなくす。

求職者も報道に惑わされ、残っている学生が「残り3割の内定取得してない学生」かと思ってしまう。

これはナビの会社が次年度の商売をするために、もう今年は殆ど終わったという印象を持たせるためにやっているのだと思わざるを得ない。
また、報道機関も自分たちが報道する内容を吟味すべきだ。

その程度の統計リテラシーもないということになると、もう報道機関の名に値しないと思う。

学生が気の毒だ。

| | 考えたこと | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
中高生のツイッター
中高生のSNSはLineだと思っていたら、ツイッターもわりと人気があるという記事を見た。
東京工大のアンケートによると、Lineが98%あるがツイッターも81%で2位とのこと。

ぼくは息子が使ってるので、教えてもらって使い始めたが、ほとんど発信はしない。
もっぱら読むだけだ。
でも、情報の即時性は一番高いので、便利といえば便利。
このツイッター、とっつきが悪い。
仕組みがわかりにくいと思う。
ぼくは有名なサイトや有名人をフォローして、そのつぶやき(ツイート)を読んで情報を得る、という使い方。
ぼくのような使い方なら、自分がつぶやいても、誰も見る人(フォロアー)がいないから、つぶやいても仕方ないのだ。

でも彼らは仲間で一緒に始めるのだろう。
一斉に登録して、お互いにフォローすると、Lineのような使い方ができる。
さらに、一人ひとりが友達に声をかけて広げていくと、ねずみ算式に友達が増えてくる。

そこでSNOWという画像の自動加工アプリを使う。
これは顔認識(なんとペットの顔も認識できる)の技術を使ったソフトで、自動的に顔を加工する。
イヌのようになったり、ひげが付け加えられたり、自動でできる。
友達と顔を交換したりもできるらしい。
そこでツイッターの特徴である拡散機能を使う。
リツイートという方法で、他人のツイートをそのまま自分のフォロアーに広げるというものだ。
そこでもまたリツイートされるとまたまたそのフォロアーに広がっていく。
でも、この場合、同年代の近いところだけで止まるのがいいらしい。
だいたい同年代で閉じたフォロアーたちがツイッターで集まるという。
それが中高生のツイッターの使い方らしい。

Lineは特定の友達であり、ツイッターはもう少し広がった世界、という見方。
それをうまく使い分けているとのこと。
それが発展して、アカウントを使い分けるところまでいっているらしい。

友達のアカウントである「本アカ」。
もっと濃い話ができる仲間の「裏アカ」。
そして芸能人などの趣味の「趣味アカ」。
かれらはツイッターのアカウントを3つ使い分けているとのこと。
ここまで行くと、エライものだと感心する。

中高生が世の中の動きを知るツールの2位がツイッターだという。
記事の最後に書いてある。

「また、彼らは知りたいことがあったら真っ先にTwitterで検索します。これは大人にも最近起きている傾向ですが、検索サイトよりもTwitterのほうが即時性があり、最新ニュースがすぐ入手できるためです。したがって、デマに踊らされやすいとも言えるのですが、それは大人も中高生も同じ。中高生は講習や授業でITリテラシーを学んでいます。あとは経験を積むことで、徐々に判断力を身に付けていくでしょう。」

まあ、アラブの一連の革命もツイッターの影響が大きかったと言うし、最近の若い人たちはSNS抜きには考えられない生活を送っているんだろう。
何万人もフォロアーがいる人もいるから、そういう人のリツイートは一時に何万人にも影響を与え、それに賛同した人がリツイートするとまたそのフォロアーにも広がる…ということで、ツイッターの拡散性は強い。

それぞれのSNSメディアには強みがある。

デジタルネイティブの人たちは、それらを上手に使い分けているということか。

エライもんだ。

| | 考えたこと | 22:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
面白く話す
何度か書いたが、面白く話すのは難しい。
天性の才能を持った人もいるが、大方の人は面白く話すためには努力が必要だ。

そもそも、面白く話そうと思わない人も多いことに最近気づいた。
ぼくは、話す限りは面白く話そうと思うものだと思っていのだが、マジメに話すのがいいと思っている人の方が多い。
だから、世の中の講演会など眠たいものが多いのだと思う。
面白いというのは、興味深いという意味であり、聞いていて前のめりになる、という感じだ。
そこにいくつか笑いがあればもっとよい。

自分の言いたいことだけを話すというのは最も悪い。
だれもあなたの言いたいことなど聞きたくない、という前提に立っていないのだろう。
なぜそれを言いたいのか。
どんな事例があるのか。
聞いている人にわかるようにそれを話さないといけないのだが、そういう人はそれを無視する。
だいたい、そういう人は時間にルーズなので時間いっぱい話す。
質問の時間などない。
こういう会に付き合わされたら最悪だが、世の中にこの手の会が多いのは事実。
聞く方のことを考えていないのだ。

聞く方のことを考えていても、ダメな場合というのがある。
話の持って行き方が悪い、というやつだ。
普通に話せば、物事が起こった順に話すのだが、逆にして話したほうがわかりやすい場合がある。
話し手は結論を知っているが、聞いている人はわからない。
だから、結論を先に言って、わかった状態で原因を話すほうが圧倒的にわかりやすい。
面接では「まず結論から話す」ということを指導するが、それがわかっていない人が多い。

もちろん、経験もある。
余裕がないと、なかなか聞く方もゆったり聞けない。
聞く方の人たちを見て、反応を確かめながら話せるようになると、強いだろう。
わかってないな、と思ったら、補強すればいい。

もう一つ、「話しを聞く」という雰囲気を作ることだ。
これは落語の場合は「枕」という。本題に入る前の導入部。
素人落語の場合、「枕」は大事だ。
聞き手の「どんな人が話すんだろう」という緊張を解いて、「面白そうだ」という雰囲気を作らないと、いくら頑張っても受けない。
ここで笑いを一つとると、全く違う展開になる。
プロでも名前を知られていない落語家など、かならず枕で笑いを取るようにしている。

そういう「場」を作る、ということが事の成否を分けると言ってもいい。
NHKでやっている文化講演会をよく聞くが、最近は予算が減ったのか、悪い意味でマジメな講演が多すぎる。
さすがに、有名な作家とか、何度も一般の人に講演をやっているような人たちが出ると、惹きつけられるような講演になる。
そういうのをよく聞いていると、場を作るのが上手だということがわかる。
もちろん、聞き手が演る前からどういう人か知っている、という側面も大きいのだが…。

もう30年ほど前に会社の労組の動員で講演を聞きに行った、棋士の内藤國雄の話は今でもよく覚えている。
「おゆき」という曲が流行って、ちょっと経った頃だった。
応援演説という名目だったが、要は「おゆき」という歌謡曲を内藤が歌うようになった経緯の説明。
本当に面白かった。
誰の応援だったかなどは全く忘れたが…。
あの時に、「おゆき」のもう一つのバージョンのメロディーを歌ってくれたのだが、それは今でも覚えている。
よく出来た講演は、それだけ心に残る。

残念ながら、そういう講演にはめったにお目にかかれない。

もう少し、話し手は「面白く話す」努力をすべきだろう。

| | 考えたこと | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
10兆円の経済対策
政府は10兆円程度の追加の経済対策を考えているという。
公共事業やリニア新幹線などにお金をかけるらしい。

今の日本の一番の問題はなんだろう。
IMFの予想でも経済成長率は先進国の中で最も低く、当初のアベノミクスの第三の矢などまったく放たれていない。
規制緩和をして経済を活性化するべきなのに、それも既得権団体の反対にあってできない。
処方薬の通販など、どんどんやるべきなのに、そんなことすらできない。
何のために処方箋を医師が出しているのか…。

話がそれた。
箱物や新幹線をこれ以上作っても、人口がこれからどんどん減るのに、誰が使うんだろう。
今の建設業界を喜ばせるだけだ。
一番対策しないといけないのは、人口現象だ。
そのために、子育てにかかる費用を補助すべきだ。
10兆円もあれば、待機児童をなくすこともできるし、クラブ活動の民間委託費用などすぐ出るだろう。
先生の教育にかかる費用も出せる。
家庭の教育支出をタダにすることもできる。
そういう対策をすることにお金を使うべきだ。

今の日本にはお金が余っている。
みんな使う気にならない。
だから、景気が良くない。
なぜ、使う気にならないのかというと、希望が持てないからだ。

若い人は社会福祉にたくさんお金を取られ、それでも自分たちがそれを享受できるとは思えないから、防衛のためにお金は使わない。
企業は業績が良くなる見込みが立たないから、投資ができない。
投資先は海外ばかりになる。

年寄りは10年後、20年後を考えると、年金システムが破綻することは目に見えている。
医療費も増える。
だから、お金は使わない。

もしも10兆円の経済対策をするのなら、若い人たちが子どもを持とうと思えるようなところにお金を使うべきだ。
なんなら、社会保障費を10兆円減らして、若い人たちの負担をなくせばいい。
これ以上死に金を使うのはやめて、もっと若い人たちが希望を持てるような使い方をすべきだ。

どこかの野党がそういう政策を出さないか。
そうしないと、日本の未来はないぞ。


| | 考えたこと | 22:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
働き方って?
人間は、自分の経験に価値を置きがちだ。
自分がやってきたことを完全否定するのは難しい。
だから、客観的によくないことでも、主観的にはよく思ってしまう。

ぼくの35年の間の働き方だ。
自分以外の人にとっては、あまり見習うべきではないと思っている。
でも、自分では納得しているし、まあよかったのではないかと思っている。

民間企業で働いた25年間については、ほぼ定時で帰ったことなどなかった。
1年目からだいたい7時か8時位だったと思う。
家で、「あんたの会社は忙しいんやなあ」と言われた。
その当時、ぼくの回りで5時に帰る人などいなかったし、仕事はいくらでもあったからやっていた。
最初の仕事は実験で、昼間に実験をやって、夜データーを整理しレポートを書くという仕事。
そういうリズムになれば、身体も覚える。

その後、ずっと仕事が暇になることはなかった。
何度も書いたが、バブルの頃は毎日深夜まで働き、終電もなくなり、タクシーに乗って帰るというのが日課だった時期もある。
その当時付き合ってくれた部長にはすごく感謝している。

家族には迷惑をかけた。
今となっては、子どもが小さいころにあまり接することがなかったと思う。
でも、しんどいけど仕事は楽しかった。
過ぎ去ってみると、そういう思いしか残らない。
ルーティンワークもあったが、自分で望んでやっている部分も多かった。

その後職を変わって学校になっても、若干早くなったとはいえ、リズムは変わらなかった。
学校法人はほとんどの人が帰るのが早い。
でも、ぼくの部署は民間から来ている人もいて、わりと遅くまでやっていた。
学校法人こそ、やることはいくらでもある。
いろんなデーターを整理し、毎年こうしたらいいのではないかということを考えた。
その気になればデーターはいくらでもあった。
それを考えて、やってみるのが楽しくなった。
学部改組をやった時は、夜遅く先生のところに電話をかけて話をしたり、連絡のメールを書いたり、二足のわらじを履いていたこともあって、大変だった。
でも、民間にいたことを考えると楽だったのだ。

今の時代、コンプライアンスが重視され、元いた会社も残業にうるさくなり、実際残業は減ったらしい。
素直にいいことだと思う。
でも、自分の働き方は否定できないなあ。

会社にいたころ、夜の9時頃になって人もだいぶ減った頃にバカ話に花を咲かせたり、違う部署の人と喫煙所で話をして思いついたことをノートにしたりしたことはいい思い出だ。

今は昔、そういう時代もあった。

| | 考えたこと | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
進路指導教諭の「教育力」
進路指導教諭が選ぶ「教育力の高い大学」100という記事を見た。
進学校と呼ばれる高校750校が回答している。

1位は東大、2位は京大、以下東北大、国際教養大、大阪大と続く。
これを見ると、進路指導教諭の捉えている「教育力」というのも世間と同じだと思う。
大学の入り口には偏差値という共通尺度があるが、出口にはそれはない。
結局偏差値の高い順で書いておけば、大丈夫という心理が見え隠れする。

「教育力」という言葉は定義が難しいが、要はどれだけ学生に付加価値を付けられたかということだ。
ぶっちゃけた話、入った時の学生と、卒業時の学生を見て、「こいつ、立派になったなあ」と思えるかどうかだろう。
その尺度が「立派」でいいのか、という問題は残る。
就職実績でみるというのもありだろう。
もっと長い目で、卒業生の活躍度合いでみるというのもある。

しかし、誰が見ても偏差値の高い学生が被教育力(教育される力)が高いというのは言えるだろうし、だからそういう学生が行く大学は教育力が高そうに見えるのも当然だ。
そういう意味では、この順位はせっかく進路指導教諭に聞いた意味がない。
というか、この順位を見ると、そもそも進路指導教諭は「教育力」などわからないのだと思う。
「教育力」とは、学生を教育して、4年間でどれだけ変化させるかだろう。
それをどう測るか、ということは難しい。

2000校にアンケートして、750校から回答を得たということだから、出さなかった1250校の方が良識がある、ということか。
実際、教育力などわからない、ということだろう。
だから、どうしても偏差値の高いところを選んでしまうというのが実態だと思う。

そんな中でも、偏差値は低いが金沢工大が上位にランクインしているのがまだ救いが持てる。
この大学は本当に頑張っていると思う。
365日オープンしている夢工房や24時間開いている自習室など、学生を信用している姿勢もすばらしい。
金沢という地域性もあるんだろう。

でも、最終的に決め手になるのは学校ではなく先生だと思う。
もちろん、学校の影響は大きい。
カリキュラムや環境などは一定の効果がある。
しかし、学生本人のやる気を出させ、実際に導く熱意のある先生がどれだけいるかだと思う。

それはなかなか外からはわからない。
本当の教育力は、学生をその気にさせ、熱意を持って学問のおもしろさを伝える先生がいるかどうかにかかっていると思う。
煎じつめると、学校の質は先生の質なのだ。
だから、教育力の高い大学は、教育力の高い先生がどれだけいるか、ということだ。
それは偏差値とは関係ない。

そういう視点で見ていかないと、本当の教育力などわからないと思う。
残念ながら、それを表す指標はない。
だから、進路指導の先生は偏差値に従ったとも言える結果だなあ。

| | 考えたこと | 20:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
添付ファイル
最近、クラウド上にファイルが置いておけるところができて、添付ファイルが減った。
たくさんのサイトがファイルをダウンロードするためにサービスしている。
添付ファイルを送る代わりに、そのサイトにアクセスしてパスワードを入れたらダウンロードできるというような仕組みだ。
メールボックスが軽くなるという効果もある。

これには、標的型のウィルスメールが添付ファイルを利用することも影響しているんだろう。
こないだぼくも使っているGoogle Documentからメールが来た。
ちゃんとGメールがそれを見破って、こういうウィルスメールがサーバーにありますが、こちらには来ていません、というメールが来た。
そういう事例が報告されていたんだろう。

しかし、標的型のメールは恐い。
自分が知っているところから、それらしい題名で、それらしい添付ファイルをつけて送ってくる。
こないだのJTBなどは、JTBから旅行の案内のメールが来たりしたら開いてしまいそうだ。
添付ファイルを開いたら一巻の終わり。
パソコンが感染して、ロックされたりする。
リセットするしかない。

ぼくも会員になっているが、ヤマト運輸のクロネコメールのサービスがある。
ここもヤマト運輸を語って「お届け予定eメール」を送るという攻撃があった。
会員なら開いてしまいそうだ。
しかし、ヤマト運輸からのメールには添付ファイルがつかない、という原則を知っていたら、添付ファイルがあるだけでオカシイとわかる。
そういうふうに、会社側も防衛を始めている。
添付ファイルを送らない、というやり方もあるということだ。

攻撃者とのイタチごっこになるが、クラウド上にファイルを置いておいて、メールにはそのリンクを貼るということで、その攻撃は避けることができる。
これからだんだんと添付ファイルは減っていくんだろう。

その時には別のウィルスが活躍しているかもしれないが…。

| | 考えたこと | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
Pokemon Goの熱狂
こないだYoutubeでアメリカでお天気キャスターが天気予報をしていたら、そのカメラの前を平気で横切って行く女性キャスターの動画があった。
お天気キャスターも最初は驚いたようだが、全く気づかない女性に呆れ、最後は笑っていた。
その女性キャスターはスマホを持ってPokemon Goをやっていて、ポケモンを探して歩いていたとのこと。
そんなニュースが出ている。
日本でももうすぐリリースされるだろうが、そんなことになるのだろう。

イスラエルでもリリースされているのだが、首相の執務室にニャース(ネコのポケモン)が現われて、首相が誰か警備員を呼んでくれとジョークを言っているとのこと。
スゴイ人気だ。
ボスニアでは「地雷に注意するように」という笑えない話もある。
現実の地図の上にポケモンが出てくるのだから、ウロウロせざるを得ない。
夜中の公園に人が集まっていて、クスリでもやっているのかと思ったら、ポケモンを探している人たちだったという話もある。

このゲームは地図とつながっており、やり出すと外に出てウロウロせざるを得ないというのが特徴。
そのおかげで外に出て、うつ病がよくなった、という事例も紹介されている。
うつが原因でこれまで外出できなかった人々が、Pokemon Goのおかげで外に出ることができたということらしい。
オバマ大統領の健康促進プログラムの成果を1日で超えたという話もある。
ここまで来ると一大社会現象だ。

ミッキーマウスにもできなかったことを、ピカチュウが成し遂げたということだろう。
このゲームの技術はアメリカの会社のものだが、キャラクターは日本発。
ポケモンというキャラクターがなければ、Pokemon Goのようなゲームはできなかっただろう。

ゲームの楽しさが、外に出る不安に勝ってしまう。
そして、外に出てポケモン仲間に会い、対人不安が減少する。
何のクスリも要らない。
無料のゲームでそれができたという。

この記事の最後に書いてあった。

『米国に住むシェップさんはこうツイートしている。「何年もうつ症状で悩んでいたけど、ポケモンGOはついに私に、部屋を出たい、人と触れ合いたいと思わせたの。大好きよ、このゲーム」。』

こういうこともあるのか。

生きていると、いろんな事があるなあ。



| | 考えたこと | 19:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
晩節を汚す
ネットのニュースを見ると、都知事候補の鳥越俊太郎氏にはいろいろな問題があるようだ。
出生率の数字を勘違いしたり、候補者の討論会をキャンセルしたり、都政について何の勉強もしていなかったり…。
野党も著名なジャーナリストだったということで、担いではみたものの、困っているのではないか。
自身が過去にもうボケたと書いておられたりするし、実際に顔を見ても昔の面影がない。
しまいには認知症の診断書を出せというような記事まで出てきた。

そもそも都知事候補に立候補しているのに、安保や憲法改正の話をしても仕方がない。
それなら参院選に出たらよかったのだ。
都知事になったらそういうものが変えられると本気で思っているとしたら、本当にボケたということだ。

4チャンネルの11時からのニュースは昔よく見た。
まあ、まともなことを話していたと思う。
番組のヤラセか何かの問題があった時は、わりと真剣に番組の反省を訴え、説得力もあった。
そういう姿を見ているだけに、とても残念だ。

なぜ立候補したんだろうか。
演説もろくにできないほど、体力もないのに、これでは命を削っているとしか思えない。
自分のことすら、判断できないということか。
ガンが治ったというが、それ以前に体力、思考力を考えたら周囲が止めるべきだと思う。
これでは立候補させたほうが犯罪的だ。

人間は老いるものだ。
老いたら判断力も、記憶力も、向学心も落ちる。頑固になって、人の言うことを聞けなくなる。
ましてやガンが治ったとはいえ、ストレスをかけたらいけないという状態だろう。
自分のためにも、立候補はすべきでなかったと思う。
せっかくの「ジャーナリスト鳥越俊太郎」というイメージが、ぶっつぶれた。

彼は76歳。
そう思うと、76歳まで仕事をしたらいかんなあ、と思う。
回りに迷惑をかける。

できるだけ長いこと仕事をしないといけない時代がそこまで来ている。
それでも、上限はある、ということを今回の選挙ではからずも知った。

こういうのを晩節を汚す、という。

細川元総理についで、この言葉を書いたのは2回め。
もっとひどい鳩山元総理もいるが…。



| | 考えたこと | 23:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
レコードプレーヤー再び
パナソニックがテクニクスブランドでレコードプレーヤーを4月に出したが、それに続いてソニーもちょっと本気のレコードプレーヤーを出した。
テクニクスほどの値段ではないが、5万円台のプレーヤーで、ハイレゾ変換してパソコンに取り込めるという機能もついている。

まだまだ団塊の世代は生きているし、彼らが持っているレコードも相当あるだろう。
現役を引退して、レコードをゆっくり聞こうという人もいる。
だから、4月にテクニクスが出した限定版300台のレコードプレーヤー33万円が30分で売り切れた。

ソニーもアナログレコードを持っている層に狙いをつけて、ハイレゾの音源化するためと、レコードを聴くためにプレーヤーを出したということだ。
こちらはベルトドライブで昔のスタンダードタイプ。

レコードプレーヤー、ぼくも持っているが、震災で壊れたものを買い換えた。
当時のコンボステレオのオプションで1万円台の安いもの。
でも最近はレコードなどほとんど聞かない。
再生するのがおっくうで、ついついパソコンでストリーミング音源を聞いたりする。
いつの間にか音楽が消耗品になっている。
そんな生活に気づいて、複雑な気持ちになる。

昔はレコードを聴くのが楽しみだった。
30センチの大きなジャケットからレコードを取り出して、アンプの前に立てかける。
あの大きさだったから、ジャケットもデザイン性が強かった。
今のCDジャケットの印刷もLPレコードを踏襲しているが、それでもあの存在感には及ばない。

こんなことを書いたおぼえがあると思い、レコードという言葉でブログを検索してみると50くらいの記事がヒットした。
まあ、80年代まではレコードだったと思う。
ビートルズも、拓郎も、ユーミンも、達郎も、竹内まりやも、ハイ・ファイ・セットも、キャロル・キングも、5th Dimensionも…、みんなLPレコードだった。
今もまだ棚に並んでいる。
1900年代の初めにできた30センチLPレコードは約100年弱続いた。
今でもレコードでないと聞けない音源はたくさんある。
でも、今の若い人たちは生まれた時からCDだから、レコードなど聞かないだろう。

ソニーの狙いはやっぱり中高年だろう。
狙いはどうであっても、レコードが聞ける状態にあるというのはうれしい。

たとえ、ほとんど聞かなくても…。

| | 考えたこと | 20:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
流星バッジ
流星バッジというと、あのウルトラマンに出てくる科学特捜隊が胸につけているもの。
「むねーにつけてるマークは流星」という歌を覚えている。
これがスマートフォンと連携して通話できるような器具になって販売される。
ウルトラマンシリーズ放送開始50周年記念の商品。

テレビの時と同じく、アンテナを伸ばして話し、縮めて通話終了になる。
星のマークのところにはLEDが入っていて、光るようになっている。
科学特捜隊のファンなら、欲しいと思うところだ。
バンダイが発売する。

この商品、さすがに一般に売れるとは思っていないらしく、8月末から9月下旬で申し込んだ人向け。
限定品になる。値段はなんと2万円。
安いインカムなら数千円で売っているところだ。
数千円で買えるなら、面白いと思うところだが…。

60年代の子供向けテレビで、かっこいいなあと思っていた子どもが50年経ってどう思うかだ。
当時小学生か中学生だから、今の年齢が60歳あたり。
ちょうどぼくらの年齢になる。

よほど科学特捜隊が好きなら、買うかもしれない。
売れ残ったら絶対に売れないだろうということはわかっている。
だから、予約販売にするのだろう。

60近いおっさんが、電話がかかってきて、あの流星マークで話すところを想像すると、なかなか面白い。
着信音は、当時の音(忘れた)を使っているらしい。
キングギドラの鳴き声を流用しているとのこと。
目立つだろうなあ。

ブルートゥースでつながるから、スマホや音楽プレーヤーに接続して聞くこともできる。

これから、バンダイなどの会社は中高年向けの製品も出してくるんだろう。
あの当時の実写やアニメで使われていた小道具。

今ごろどんな商品がいいか、考えているんだろう。
会議に出ているのも、中高年なんだろうか…。

でもなかなか使えそうなものはないかもしれない。
当時のアトムやスーパージェッターなど、今考えたらケッタイな(レオタード状の)格好でウロウロしていたし、適当なものは考えつかない。
鉄人28号のリモコンは面白そうだが、リモコンだけあってもなあ…。

この企画、流星バッジで終わりかもしれない。

| | 考えたこと | 20:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
文章が書けますか
こないだ、読売新聞の朝刊で「大学の実力」という特集をやっていたが、その第一面は「文章が書けますか」という見出しだった。
どこかの大学の初年時演習か何かの取り組みが書いてあったと思う。

下位の大学のキャリア関係の部署で、苦労しているのが履歴書やエントリーシートの提出の支援。
キャリアセンターでは、よくない書き方やそれを修正してこのように書くというようなやり方、文例などを示して、学生が自分で書けるようにしているのだが、驚くほど書けない学生が多い。
上位大学では、「添削はしない」という方針のところもあり、それでやっていけるということは、やはり偏差値と文章力は比例関係にあるのだろう。

当時ぼくが一番驚いたのは、アパレル関係に就職したい学生で、各々のブランドに対して自分の意見を持っており、企業の出店方針や狙いなどもよく理解している学生だった。
話を聞いていても、なるほど、と思うような内容を話し、志望理由のところにもそのまま書いたらいいと思えた。
「今話したことをそのまま書いたらええやん」と言うと、「そんなん書かれへん」という。
その学生の中では、話すことと書くことは別になっていた。

流暢に話し、見事な業界研究、企業研究だと思うのだが、それが文字にできない。
仕方がないので、もう一度話してもらって、それをまとめて文章にする。
書いたものを見せて、「これは君が話したことを書いただけや」と言うが、学生はまるで何かすごいことのように言う。
ここで初めて、本当に話すことと書くことがつながっていないとわかる。

不思議な現象である。
話せば、よく研究したなあ、とわかるのに、それが文章にできない。
こんなことがあるのか、とその時初めてわかった。

文章にする、という行為はいったい何をやっているのだろうか。
どこにハードルがあるのだろうか。
確かに話し言葉と書き言葉は違う。
会話をそのまま書いているわけではないから、聞いた内容を書き言葉に変換しているのは事実。

「A社はターゲットが若い子やネン。だから派手で値段は安ないと売れヘン。でも私が行きたいB社は狙いがオバサンやから、デザインはわりと落ちついてて、素材も凝ってて、それでもきっと儲けが大きいネン。これから年寄増えるやろ、だからB社の方がエエと思うネン。」
「貴社は他社に比べて比較的落ちついたデザインで、素材の良さを生かした利益率の高いラインナップを持たれており、将来性があると思います。」

たしかに、書いたらだいぶ違うとは思う。
語彙が足りないのは事実。
書き言葉の語彙がないと、書けない。

今の若い人たちは書く習慣はあると思う。
メールやSNSが通信手段になっているからだ。
短文が多いが…。

ちゃんと書かれたものを読む習慣が減っているのかもしれない。
作文の時間というのはまだあるんだろうか。

記述式の試験をするところが減ったのもあるだろう。
それは大学の責任だが…。

もっと小中高で文章力をつけないといけない。
そうしないと、就職できなくなる。

| | 考えたこと | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
Pokemon Go
ポケモンGoというスマホのゲームソフトがアメリカで出た。
すごい人気で、ダウンロード数は記録的だとのこと。サービス開始地域では大騒ぎになっている。

どういうゲームかというと、スマホの位置情報を利用し、実際の場所にポケモンが出てきてそれを捕まえたり、対戦させたりするというものらしい。
子供が小学校のころにぼくもゲームボーイのポケモンをやったが、その世界をそのままリアルワールドで再現するというようなコンセプトだと思う。
こういうのを拡張現実型のゲームというらしい。
実際に作ったのはNianticというグーグルから派生した会社。
ポケモンの開発者も加わっているとのこと。

ゲームボーイ版は96年に発売。今年で20周年だ。
いくつかのバージョンがあったが、うちの息子がやりだしたのは99年あたりかと思う。
難しいステージもあり、ぼくもやってみたが、なるほどよくできていると思った。

当時アメリカに出張に行き、子供の土産にトイザらスで英語版のポケモンカードを買ったのを思い出す。
アメリカ人に「ポーキーマン」と言われ、「ポケモン」はそんな風に発音するのかと思ったものだ。
アメリカでも今の20代から30代は子供のころにポケモンで遊んだ世代。
だから、こんなに熱狂的に盛り上がるのだと思う。
あれらのモンスターのキャラクターが愛されるのは、世界共通だと思う。

ゼニガメ、フシギダネ、ヒトカゲ(火トカゲ)の3つから主人公(名前を自分でつけられる)が最初のお供のポケモンを決める。
何とかシティを歩いていて、モンスターが出てきたり、モンスターを持っている人に出会ったりして、モンスターボールを投げて捕まえたり、対戦したりする。
そこで自分のモンスターが経験値を積んで強くなる。
経験値が上がると、ゼニガメはカメールになり、最後はカメックスになるというような変体もある。
タイプもいくつかあって、水タイプ、火タイプ、毒タイプなどいろいろある。
ゼニガメは水タイプだから、技も水タイプの技が強い。フシギダネは毒タイプだから、毒タイプの技が強い。
相手のモンスターのタイプによって、戦うモンスターのタイプを選んで出す。
火タイプは水タイプに弱い、というようになっていた。
ピカチュウが飛びぬけて有名で、映画の主人公になったりしていた。
当時、ピカチュウ(これは電気ネズミという設定)は同じネズミのキャラクター、ミッキーマウスを食うのではないかと思っていた。

ポケモンの世界は奥が深い。よくできた設定だと思う。
小学生にもわかるようになっていて、大人も納得できる。
こういう世界観をゲームの世界に導入したのは、ポケモンの功績なのだろう。
最初から、無国籍のゲームだった。
そして、その後どんどん広がっていった。
何年かごとにゲームが出て、アニメができ、映画が作られ、モンスターも増えていった。

こないだ書いたが、株式会社ポケモンという会社があり、そこがキャラクタービジネスを仕切っている。
任天堂も大株主になっている。

このPokemon Goは無料でダウンロードできるが、アイテムを買ったりするとお金が必要になる。
もちろん、キャラクターの使用料は取るのだろう。
しかし、実際の地図を使うので人の動きを作り出すことができる。
すでに、マクドナルドがポケモンジム(何らかのメリットがある)になるべく、名乗りを上げているという話もある。
そこでまたお金が発生する。
これは地図ソフトとポケモンのゲームを組み合わせた新しいゲームであり、ビジネスモデルでもある。

日本でもブレイクするだろうなあ。

| | 考えたこと | 20:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
ツタヤTポイント
最近、レジで「Tカードお持ちではないですか?」と聞かれることが増えた。
もともとCDやビデオのレンタルでスタートしたCCC(カルチャー・コンビニエンス・クラブ)の会員証であったのがTカード。
日経ビジネスオンラインの記事によると、知らぬ間に日本で5700万人もが持っているという。
顧客マーケティングにそのカードを使おうと思ったCCCはエライ。
今やCDやDVDのレンタルはオンデマンドや競合他社におされ、あまり稼げないと思う。
どちらかというと、Tカードが本業で、その新規会員を増やすために、レンタル事業をやっていると言ってもいいのではないか。

もちろん主に若い人が持っている率が高いだろう。
そのへんも、今後の顧客動向を見る上で強みになるんだと思う。
日本の人口の男性44.4%、女性45.3%がTカードを持ち、CCCとポイントアライアンスを組んでいる企業は130社を超えているという。
この人数は1年以内にTカードを使った実際のユーザー数らしい。(純粋なカード発行枚数は1億7000万枚で日本の人口を超える)
ぼくがよく行くところではファミマがTカードでポイントをつけるし、ドトール、牛角もそうだ。
常に財布の中にカードがある、というのが強みなんだろう。

こういうのは数を握ったら勝ちだし、その数が多いと情報量が増えて消費動向や嗜好も明確になってよりマーケティングに役立つ。
天使のサイクルが回り始めるのだ。

ツタヤのデーターだけでも、借りるCDやDVDで嗜好がわかる。
例えばビートルズのCDをよく借りる人に、ポールの来日コンサートの情報を送ったら反応率は高いだろう。(実際やっているかどうかは知らないが)
不特定多数に高い広告代を払うよりも、安い値段でホントの顧客に到達できる。
だから、テレビCMは苦しい。
今後はどの時間にCMを入れたら効果的か、というようなことも検討中らしい。
テレビ局も戦々恐々だろう。

アライアンス企業は、個人情報の管理から開放され、マーケティングデーターだけを利用できるという。
それは大きいだろう。
個人情報で問題を起こす企業は後を絶たない。

そんなこんなで、可能性は広がる。
データーを握ったものが勝利するということか。
まだまだ独自カードを使っているところは多い。
クレジットカードにその機能を持たせて、メリットを出すという会社もある。

これからの広告は、どう顧客をターゲッティングするか、というところが売りになるんだろう。
それもこれも、メールというタダでたくさん送ることができたり、インターネットのホームページ、SNSなどのメディアがあればこそだ。
ここでもインターネットが既存のビジネスを変えていく。

電通や博報堂がCCCと提携する日も近いのではないか…。


| | 考えたこと | 22:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
ロボコップの時代
アメリカでは遠隔操作のロボットが多用されている。
ドラマを見ていても、爆弾処理のロボットはよく出てくる。
キャタピラで動くもので、カメラとアームがついていて、離れたところから目で見てアームで対象物を動かすことができる。
ロボコンで出てくるようなロボットの高級版だ。
Remotec社のAndros F5モデルという市販のモデルらしい。
人工知能などが搭載されているわけではない。

今回ダラスでの警官射殺事件に際して、このロボットが犯人を殺すために使用されたようだ。
アメリカではこのところ警官による黒人射殺の事件が起こっており、それに反発したものかもしれない。
犯人は元陸軍予備役兵士の黒人だという。
爆弾の材料などもあったと発表されていて、警察署長はやむを得ない措置だったとコメントしている。

BSワールドニュースで、アメリカのニュースではトップ扱い。
この爆弾処理用のロボットに爆弾をくくりつけて、犯人のところに行って自爆させたという。
詳細はわからないが、犯人はロボットに爆弾がついていることはわからなかったのだろう。
普通は爆弾処理などに使うロボットだからだ。

日本人の感覚では、ロボットというと人間型や自律型を想像するが、アメリカではそうではない。
ラジコンで動かすものでもロボットという。
今流行のドローンに爆弾をつけても、ロボットと呼ぶだろう。
実際、偵察用の空撮ロボットは高級なドローンみたいなものだ。
もちろん軍用のものはGPS信号を使い、自律するものもあるが…。

でも、今回はロボットを使って人を殺傷するということが、警察によって初めて行われたということで、議論を起こしそうだ。
一般のアメリカ人にとっては、そういうものがある、ということ自体驚きだったとのこと。
テレビの刑事ものを見ていたら、少しは知っているはずなのだが…。

アメリカは日本よりロボットの利用は進んでいると思う。
軍事目的の開発があるから、民生用も進むんだろう。
まあ今回の事件はちゃんと説明したら、そんなにアブナイことではない(というか、人間が判断して爆発させたということ)とわかると思うが、自律型のロボットが出てきた時はややこしくなるだろう。
誰を殺すべきか、ということだ。

昔、SF作家のアイザック・アシモフがロボット三原則を書いた。

第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない.またその危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない.

第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない.ただし,与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない.

第三法則:ロボットは前掲の第一法則,第二法則に反するおそれのない限り,自己を守らなければならない.

まだロボットは意思を持っていないので、これらの原則は適用されない。
でも、今後人工知能が発達して、意思のようなものを持ったらどうするんだろう。

人間はちゃんと三原則を守って、作ったり使ったりすることができるんだろうか…。

| | 考えたこと | 21:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
スパコンランキングに思う
世界のスパコンランキングの記事を見た。

去年に続いて中国が世界一。
それも従来一位だった中国を抜いたのも中国のスパコンだという。
去年の一位が「天河」、今年の一位は「神威 太湖之光」という名前。
今年のマシンは中国の技術だけで作られたらしい。
日本の「京」は現在5位。「神威 太湖之光」は「京」の9倍の性能とのこと。

以前聞いたが、今のスパコンは計算の速さだけでなく、省電力も要求されるが、こちらも「神威 太湖之光」は世界一らしい。
さらに、中国は世界のスパコンのトップ500位の中に167機も入っている。
経済力は計算力でもある。

さらに、エンジニアの数は日本の50倍いるらしい。
記事の中では、人類の三大発明の「火薬」「羅針盤」「活版印刷」は全て中国産の技術であると書いてあった。
近代は欧州で発達したが、その前は中国が圧倒的に強かった。
世界の科学技術の中心だったと言ってもいいと思う。
この勢いでいけば、そのうち欧米を抜いて中国の時代が来るのかと思わせる。

記事の中では、民主主義が人類を前に進めるのにベストな制度か?という疑問を呈している。
経済が発展して得られた富をどこに集中するかということに関しては、共産党一党独裁という体制は適しているのかもしれない。
でも、フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」で書いているように、民主主義がベストとは言えないが、まだそれに代わる制度はないと思う。
少なくともぼくはそう思ってきた。

しかし、その民主主義が欧州を何度も戦火に巻き込み、帝国主義を生み、2回の世界大戦を生んだ。
今の状況を見ていても、格差を生み出し、世界でポピュリズムを生んでいる。
日本では、年寄りのワガママが若い人たちの希望を奪っていく。
イギリスは、戦争を防ぐために作った欧州連合からの離脱を選んだ。
アメリカは、自国の利益だけを考えて行動しようとしている。

グローバル化で、長い目で見たら富の偏在が均一化して、先進国の成長率は下がっていくのだろう。
それは歴史の必然かもしれない。
そうなってくると、また戦争が起こるんだろうか…。

それでも、ぼくは民主主義はその他の体制よりもマシだと思う。

やっぱりそうとしか思えない。

| | 考えたこと | 20:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
人生の逆算
コラムを読んでいたら、「人生の逆算」という言葉があった。
ある年齢までは、死はまだ100年以上先という感覚で遠くはなれたものだが、それが近づいてくると突然意識し始めるということだ。
それを思いださせるのは、身近な人の死であったり、自分たちの世代の有名人の訃報であったり、仕事を辞めたりするイベントであるという。
それが「人生の逆算」。

ぼくらの世代が本格的に人生の逆算を始めるのは、男性ならあと10年弱くらい先か。
仕事をしているサラリーマンなら65歳でほとんどは定年で、そこから5年くらい。
自営ならまだまだ仕事をするだろうが、体力的な問題や健康上の問題が出てくる時期だ。
女性は男性よりちょっと遅いから、あと15年くらい先になるかもしれない。

でも、「人生の逆算」の基準点はどう算定したものか、難しい。
いつ死ぬかわからないからだ。
普通は、平均寿命から逆算することになるんだろう。

ぼくの父は75歳で亡くなったから、それを逆算の基準にする手もある。
同性の親の年齢は、ある程度基準になるものだと思う。
10年後に、まだ自分の父親が健在だという人はやっぱりそこまで生きると仮定するだろう。

でも、ぼくらが若い時よりも、年を取るのは遅くなったと思う。
昔と今では、60歳という年齢はだいぶ違う。
10年は若返った。
テレビに出てくる人たちや馴染みの歌手の中に、実際60歳以上の人はたくさんいる。

調べてみると、ラサール石井や桑田佳祐が60歳、明石家さんまが61歳、ユーミンが62歳、山下達郎が63歳、桃井かおりが64歳、中村雅俊が65歳、ジュディ・オングが66歳、井上陽水が67歳、小田和正が68歳、吉田拓郎が69歳、タモリが70歳。
まあ、普通に仕事している人よりは10歳くらいは若い感じだ。

そういえば、こないだ小田和正と吉田拓郎がテレビで対談していたが、あの時70歳までにやっておこうというような話も出ていた。
彼らも人生の逆算を始めたようだ。
改めて時間の流れを感じる。

そういえば、こないだ吉田拓郎のコンサートの宣伝を見た。
9月〜10月に関東でやる。
2009年に「最後の全国ツアー」の最中に気管支炎になって中止になったり、ガンを治療したりした過去を乗り越えてやることになる。
拓郎も逆算しているんだろうなあ。
「結婚しようよ」を歌っていたのが、ついこないだという感じなのに。

小田和正はまだまだ元気だが、70歳を区切りに全国ツアーはやめるかもしれない。
あと1年か2年…。

こういうことが、老年を勇気づけ、人生の逆算を意識させることになる。

これからどんどんそういうコンサートが増えてくるだろう。

拓郎は最後は「落陽」で締めるのだろうか。
それとも「今日までそして明日から」だろうか。


| | 考えたこと | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジャニーズのビジネス
知り合いがジャニオタ(ジャニーズオタク)で、嵐のファンだという。
話を聞くと、コンサートにはなかなか行けないとのこと。
え、なんで?と聞くと「なかなか当たらないから」という返事。
でも、1回で何万人も入れるドームでやるんやから、後ろの方ならすぐに買えるやろと思ったら、大きなマチガイだった。

今年は5大ドームツアーを行う予定。
全部で18日。札幌、東京2回、大阪、名古屋、福岡で、動員人数はざっと84万になるらしい。
このチケット、ほとんど一般の申し込みは当たらない。
ファンクラブに入ることがまず必須だという。
ファンクラブに入会金1000円と毎年4000円の年会費を払って会員証をもらう。
毎年4000円を払い続けていないと、まずコンサートに行けないという。
4000円は高いと思うが、それは仕方ない。
ちなみに、嵐だから4000円というわけではなく、ジャニーズのタレントは一律4000円ということだ。
だから、嵐とSMAPの両方に入ると毎年8000円が出ていくことになる。

そして、嵐のファンクラブは何人いるのかというと、なんと190万人らしい。
ダントツ1位だ。2位のSMAPが102万人。3位のKinkikidsが50万人とのこと。(これらの数字には退会者も含まれていると思われる)

嵐だけで最大4000円X190万=76億円が固定収入でジャニーズ事務所に入る。
ちなみに、2016年7月時点でファンクラブの総数は延べで570万人を超える。
チケットが欲しくて一人で複数名義入っている人や、嵐だけでなく他のファンクラブにも入っている人もいるだろうが、とにかくファンクラブの会費だけで、毎年200億を超える儲けがある勘定だ。

もちろん、会報(年4回不定期発行)は来るのだが、1回A5サイズで10ページ足らず。
ネット上でショボいという声も上がっている。
まあ、4000円も出しているんだから、ちょっと不満もあるだろう。
要はボッタクリの会費ということになる。

タレントビジネスもここまで来たかと驚くほかない。
今のジャニーズから見たら、昔の渡辺プロなど子どもの遊びみたいなものだ。

チケットはドーム内一律料金だ。
ファンクラブに入っていて、8500円だという。
最近値段が上がってきて、中高生には厳しいらしい。
アリーナ席も、観客席も同じで、一人が当たると4枚まで。
だから、ファン同士が4人で組んで注文する。
それでも、ネット上で見ると、6年間ファンクラブに入っているのに、1回も行けないという人もいる。
全く気の毒だ。
おそらくいい席の料金を5万円程度にしても完売すると思う。
でも、ファンは小中高生も多いから、そんなことをしたらそっぽを向かれるだろう。
それがわかっているから、一律料金にするのだ。
その代わり、会場を工夫し、どこの席でも満足できるように演出する。そこにお金をかける。

これは従来の興行の常識を破る商法だ。
そういう努力をしてきたからこそ、ファンと長い付き合いができるのだろう。
さすがジャニーズ、と思うところだ。
1回のコンサートの収入を減らしてでも、長くリピーターを増やすという戦術である。

今回のツアーは84万人が動員されるので、チケット売り上げだけで71億円。
調べてみると、ドームのツアーは満員になってもそんなに儲からないという話だ。
バンド系とは違って、準備が大変なのだろう。
警備やなんやかやでお金がかかることもある。
儲けのメインはそこで販売するグッズ。
2015年のツアーのグッズは以下のようになっている。

●ジャンボうちわ(個人/5種類) 各600円
●絶好調超!!!!ライト 2,300円
●Tシャツ 2,800円
●巾着ポーチ 1,500円
●お礼袋 500円
●ポスター(集合・個人/6種類) 800円
●クリアファイル(集合・個人/6種類) 600円
●ショッピングバッグ 1,800円
●ブランケット 1,800円
●風呂敷 1,000円
●やりすぎちゃったJaponismカレンダー2016 1,500円
●パンフレット 2,200円
●ミニうちわ(集合1種類) 400円
●和シール 400円
●マスキングテープ(会場限定アイテム) 500円

行く人はこの日を目指してお金を使おうと思っているから、デフレなど関係ない。
年配のファンなら2万クラスの大人買い、中高生はちょっと少ない。
だいたい、グッズで50億以上はかたいと思う。
ツアーのプレ販売もあって、会場設営している期間にグッズのみ販売するらしい。
これの抽選に当たった小学生のお母さんが、掲示板で「何時頃行ったら早く買えるか」というような質問もしていた。
娘のためとはいえ、大変なことになっている。
もちろん、お年玉をためているのを使い、友だちに配る分もあるんだろう。

ジャニーズが肖像権にうるさいのは、これらのグッズの販売がかかっているからだという。
主演のテレビドラマや映画のホームページにも載らないくらいだ。
確かに肖像権を絞ってしまえば、嵐グッズのレア度は高まり、ここでしか買えない感は大きくなる。
だからこそ、安易にライセンスせず、自分の事務所で全てを管理し、儲けを独占するということができるんだろう。
これも従来の、儲けられる時に大儲けしてしまって、結果的に肝心のタレントの寿命を縮める手法ではない。
やる気になれば、ライセンスして嵐消しゴムや嵐筆箱、嵐弁当箱などいくらでも出せるが、そんなことをしてしまえばファンの充足感が満たされるのが早く、飽きられる。
ジャニーズのタレント管理は、当該タレントも息が長くなるようになっている。
だからこそ、SMAPの独立にはとことん反対したのだろう。

ちなみに、コンサートでは当然だがダフ屋も活躍しているようで、ネット上で、コンサート会場での主婦の会話として、「最近の嵐のコンサートは1回に30〜50万かかる」という書き込みもあって、すごいプレミアがついている。
まあ少なく見積もっても10万円では売れる勘定。
アリーナ席ならネット取引で50万は下らないと思う。

しかし、正しいファンクラブの会員なら、そんなところから買わない、という正義派も多いのは事実。
こういう書き込みもあった。

「ダフ屋から買うのは絶対にやめてください
それはジャニーズも禁止しているはずです!!
そんなことをして会いに行っても嵐は喜んでくれないです!!

外れたならその時点で諦めるのが普通です

わたしは去年はずれましたが耐えました
そしてやっと今年行ける。喜びがあります
違反行為をしてまで行ってスッキリ終わるのでしょうか?」

こうなると、もう宗教の世界に近い。

たしかに、正しいジャニーズファンは嵐に限らず、ちゃんとゴミを持って帰ろうとか、まわりに迷惑をかけないとか、マナーもいいと聞いたことがある。

そんな状態だから最近はジャニーズ側も対抗して、入るときに顔認証をするシステムを導入した。
だから、チケットの応募の時点で写真を送らないといけないという。
かなりややこしいシステムだが(個人情報など大丈夫か?)、これによってファンクラブの名義を複数持っていても意味がなくなるから、会費は減るだろう。
顔認証をやらないといけないほど、ファンクラブに入っていてもコンサートに行けなくなって文句が出ている、ということか。
ファン情報では、実際にはまだ本気で管理するという感じではないが、やる気になりつつあるというところ。
嵐の84万人の動員には、悪知恵などない小中学生のファンをつなぎとめ、将来ともにファンクラブを維持していくという使命もあるのだ。

こうなると、もう教祖に近い。

ジャニーズ事務所のビジネスの土台は、何社かの子会社が握っている。
ネット上に記事があったが、

「音楽の著作権管理の「株式会社ジャニーズ出版」、CM・広告を手がける「ユニゾン株式会社」、ファンクラブ運営の「ジャニーズファミリークラブ」、グッズ販売・ショップ経営の「ジェイ・ステーション」、コンサート・舞台主催の「株式会社ヤングコミュニケーション」と、その傘下のチケット販売「コンサート事務局」といったところ。いずれも近代的な芸能プロダクションにとっては欠かせない。
 中でも特筆すべきは「ジャニーズファミリークラブ」だろう。ファンクラブを単なるファンサービスの一環としか考えていない事務所が多かった時代、ジャニーズはファンクラブを中心に作り上げた強固なネットワークをベースにビジネスを展開してきたと指摘する芸能関係者は多い。」

ということだ。

ここまで調べてみて、ジャニーズの強みは、儲かるからと言ってタレントを安売りしない姿勢と、ファンクラブを大事にして固定収入を得るということ、ドーム時代を見越して組織をちゃんと作り、それだけのオペレーションをやれる体制を作ったことなどに集約される。

しかし、これだけの規模の会社が一事務所で財務状況も公表されず、大きすぎる力を持ってしまったのは問題かもしれない。
テレビ局など、ジャニーズのいいなりと言っていい状況だ。
それはSMAPの独立騒ぎを見ていたらわかる。
事務所としては、SMAPをだんだんと切っていって、嵐と他のグループに振り分け始めているのは見え見えだ。

でも、そんなことよりも、ファンにとっては嵐は教祖なのだ。
ジャニーズは平成の宗教ビジネスなのだろう。
だから、清く正しく美しくあらねばならない。

ジャニーズとは、そういうビジネスなのだ。

| | 考えたこと | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
大学教授のレジャーランド
筒井冨美という人の記事を読んだ。
とても辛口の記事だが、ぼくの大学での経験からも頷ける内容。
理系の大学は知らないが、下位の文系の単科大学では、記事の内容はほぼ真実。

「「ボソボソと教科書を読み上げるだけの授業」「学会と称してしょっちゅう休むが、研究論文は10年以上書いていない」「そもそも英語の論文など書いたことがない」という大学教授は日本では珍しい存在ではない。中には「エクセルやパワーポイントを知らない」「Eメールを使ったことがない」教授も実在する。そして、現在の日本の法律では「Eメールを使えない」「授業がヘボい」「研究論文を書かない」程度で既に教授になった人材を解雇・降格することは非常に困難であり、日本の大学は今や「大学教授のレジャーランド」でもある。」

その通りである。
ぼくが大学にいたころ、他大学の事務の人が「あの先生のために紙を印刷して配らないといけない」と言っていたのを思い出す。
Eメールを見ないのだ。見ないというより、使えないと言ったほうがいい。
年をとったエライ先生なら、それが通ってしまうのが大学というところ。
もちろん、その大学のガバナンスにも問題があるが…。
おそらく、そんな大学だから、学長が言ってもエライ先生は聞かないんだろう。
民間では考えられないし、今のご時世なら公務員でもあり得ないだろう。
だからこそ、「大学教授のレジャーランド」という言葉が真実味を持つ。

昨今、定義は変わりつつあるが、大学教員の主たる仕事には「研究」というものがある。
今頃は大学も情報公開をせざるを得なくなっており、教員の研究業績・教育業績なども公開されている。
そこを見て、研究業績のところに「論文」と称するものがどれだけあるかを見れば、一目瞭然だ。
「論文」と言っていても、どこに発表したかというのが重要だ。
「学会誌」というものに発表しているものが論文という扱い。
そこに載るためには査定を受け、一定のクオリティを保たなければならない。
それが「学会誌」というものだ。

でも、多くの下位大学では、学校が発行している「紀要」とか、学部が発行している「学部紀要」、大学の附置機関が発行している「ナントカ紀要」というようなものがある。
その「紀要」はカウントしてはいけない。
実質的に外部の査定がない「紀要」などというものは、慣れ合いになってクオリティが保証されない。
もともと、学会誌に載せられないから、紀要に発表するのだ。
これは本来大学院生が論文を練習するためのものだという。
それが下位大学では先生が昇任するための道具になっている。
文科省も本気で「紀要論文はカウントしない」と言えばいいのに、そんなことを言ったら20万人弱いる教員のうち、半分は実績不足で職を返上しないといけなくなるだろう。

この記事の筆者は、世界の中で日本の大学のランキングを上げるためには、これを変えないといけないと言っている。

「安易に金を出す前に「シンガポールや中国の大学にあって、日本にないモノがあるよね」と私は言いたい。「正規/非正規の格差」とは現在の日本のあちこちに歪をもたらしているが、教育…なかでも大学教官という分野での格差は大きい。「テープレコーダー教授」の雇用は定年まで守られ、退職後の年金や、死後も配偶者の遺族年金が法律で保証されている。一方、これから大学教官を志す若手研究者は、非正規の助教ポストや「一コマいくら」の非常勤講師ポストしか与えられず、「テープレコーダー教授」よりはるかに研究実績があっても、「3年たったら正規雇用にしなければならないけど、そんな予算ないので」と一方的に雇い止めされたりもする。日本の大学には「働かない中高年正規vsヘトヘトの若手非正規」という日本社会の縮図のような格差があり、「低能教官の降格」「無能教官の解雇」「有望な若手と入替」というシステムがない。そして「テープレコーダー教授」や「ヘトヘトの非正規教員」から、質の高い授業や論文は期待できないだろう。」

教員の新陳代謝をしないとイケナイということだ。

ぼくは全面的に賛成。

教育に精を出し、論文も書いている非常勤の若手の先生が報われないと、日本の未来はないぞ。

| | 考えたこと | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
理系バービー
日本では「リカちゃん」が有名と言えば、女の子向けの人形だ。
元々はタカラが作っていて、今は合併してタカラトミーになっている。
リカちゃんは日本人とフランス人のハーフで、金髪の人形だ。
玩具業界は少子化でどんどん大人の方に手を伸ばしている。
リカちゃんもご多分にもれず、Liccaという大人版が出た。

アメリカではMatelという会社が作っている、バービー人形が有名。
ここは既にキャリア・ウーマンのシリーズを出している。

90年代、Matelはバービーに本で「コンピューターエンジニアには向いていない」とか、「数学の授業は苦手」と言わしていて、本が絶版になった後ネットで「女性への偏見だ」という批判が出て、謝罪したらしい。
そして、2010年にコンピューターエンジニア・バービーを発売。
わりとファッショナブルなバービーで、ピンクのメガネをかけ、Linuxペンギンのついたピンク色のノートPCを持っていた。

そして今年、ゲームデベロッパー・バービーを発売。
大きな四角いメガネをかけたバービーだ。ジーンズにスニーカー風の靴を履いている。
タブレットとノートPCを持って、ヘッドセットをつけている。
いかにも、という感じ。
時代は変わったものだ。

日本と同じく、アメリカでもゲームの開発者に憧れる子どもがたくさんいるんだろう。
そこに目をつけて発売したんだと思う。
日本のリカちゃんの大人版とはだいぶ違う。

こんな風にして、女子の理科離れを防いでいるのかもしれない。

恐るべし、ゲームデベロッパー・バービー。

| | 考えたこと | 19:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
新聞・テレビの怠慢
ちょっと遅くなったが、舛添知事の辞職問題について、オカシイと思うことがある。
今回、舛添氏が辞めなくても済むと思っていたのは、法に触れないからだ、ということだ。
これはどうも真実らしい。
政治資金規正法という法律はあるものの、それに照らしてみるといくら不適切であっても違法ではないということになるらしい。

驚くのはそういう現実をみても、だれも法律を改正しようと言わないこと。
もちろん、政治に関わる人たちは自分を縛る法律になるから、頬かむりをしたようだ。
自民党から共産党まで、見事に何も言わない。
おまけにマスコミまで何も言わない。

もともと舛添問題に火をつけたのは週刊文春で、そこから新聞やテレビが一斉に取り上げた。
それだけでも、新聞やテレビは取材能力なないということを暴露している。
おまけに誰かが言ったら、尻馬に乗って攻撃するだけで、物事の本質を見ようとしない。
これでは言葉は悪いがいじめっ子と同じだ。
マスコミは第四の権力だというのなら、政治資金規正法はザル法だから改正が必要だ、という論陣をはればいいのに、どこもそういうことは言わない。
テレビのニュースキャスターたちも舛添氏が退陣したらそれで終わり。
次の知事は誰かということで報道を切り替えたようだ。

ネット上だけで、そういうことを言っている人がいる。
それによると、政治資金規正法は、政治資金は政治活動に使えば良いという規定だけらしい。
肝心の何が政治活動か、という定義がないとのこと。
だから、舛添氏が「あれは政治活動だ」といえば法には引っかからないということになる。

ヤフーでの美術品のオークションとか、家族旅行の費用とか、どう見ても個人のために使っていると思っても、本人が「あれは政治活動だ」といえばOKなのだ。
舛添氏だけではない。
民進党の山尾政調会長だって1ヶ月17万円のコーヒー代を政治資金として計上している。
たたけばいくらでも出てくるんだろう。

そんなことをやっているから、いつまで経っても政治家は信用されない。
みんな半ば諦めている。

マスコミを第四の権力というのは、国家の3つの権力に対して見張っている、という意味だ。
その役目を果たさないのなら、マスゴミになってしまう。
大きなゴミだ。

文春のネット上に「横浜市長・林文子氏は、市の広報番組に出演する際のヘアメイク代総額25万円を、市の経費に計上していたことを5月26日の会見で釈明。「市の事業の一環で、問題ない」と話した。」という報道もあったが、それ以降新聞やテレビは何も言わない。

テレビに出てくる学者やキャスターは何をやっているんだろう。
これでは「政治家と新聞・テレビはもたれあい」と言われても仕方ないではないか。

いくらネットが普及したといっても、まだまだ電波や紙のメディアは強い。
彼らが頑張らないと、民主主義は機能しないぞ。

| | 考えたこと | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
ペンギン系女子
今モテているのはペンギン系女子というらしい。
どんな女子かというと、「空を飛ぶことができない現実を受け入れ、代わりに泳ぐという能力を身に付けたペンギンのように、現実的で冷静、日頃から様々なことを分析する習慣を持つ女性」というような定義。
もともと女性は男性に比べて現実的だと思うが、分析的ではないような気がするから、そこが特徴ということか。
調査によると、恋愛マッチングサービスの「Omiai」に登録した男性の半数がペンギン系女子が好きだという。

ペンギン系女子は堅実なので「国家公務員が望ましい職業」であり、「ギャンブル好きはあり得ない」ということらしい。
昭和の時代なら巷にはいるが、ドラマなどに取り上げられることはないタイプだろう。

ペンギン系女子なら、寅さんを好きになることはあり得ない。
住所不定のテキ屋など、歯牙にもかけないということになる。
きっと、「男はつらいよ」という映画シリーズそのものにダメという感じだ。

よくあるヒロインは、石原裕次郎などが演じる「ちょいワル」な男性に惹かれることが多かった。
「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンなどもそうだった。
昭和の後期の刑事ドラマなどで人気があったのは、破滅型の刑事だった。
当時の高倉健もヤクザ系だったし。

要は、寅さんみたいな「生活力がない系男子」や刑事ドラマの「破滅型男子」が求められたような気がする。
実際、世の中には希少なタイプを求めていたのかもしれない。

最近のドラマは、そんなに破滅型の男性に惹かれる女性、というのは出てこないのではないか。
草食系男子という言葉もあるくらいだからなあ。
ペンギン系女子が人気があるのは、その堅実さにあるのかもしれない。
男性も女性に堅実さを求めているということだ。

時代に夢や希望がなくなって、どんどん等身大になってきているような気がする。
もう背伸びしない時代。

それはそれでいいことだと思うが、何となく寂しい。

| | 考えたこと | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
新しいジム
家の近所に新しいスポーツジムができた。
そのせいか、このところ既存のジムが朝夕駅前で勧誘をやっていた。
商売敵が出来るから、大変だ。

新しいジムの特徴は、24時間営業であまり人手をかけず、マシンだけのものということだ。
お風呂もプールもなく、ダンスなどのスタジオもない。
係員がいない時間は、警備会社が警備しておりカードキーでロッカー室に入るようになっている。
既存のジムより狭くて、トレッドミル(走るマシン)は6台のみ。
ウエイトトレーニングや身体の特定の部位を鍛えるマシンは一通り揃っているが、どれも1台だけみたいだ。
夜間に急に体調が悪くなった時のために、緊急ボタンのついた装置を首から下げる。
女性向けにコラーゲンヨガのスタジオが併設されている。

肝心の価格は既存の大きなジムの平日5時までの会員の値段と一緒くらい。
それで24時間、休日も利用できるという。

狙いは若いサラリーマンと学生だろうなあ。
おばちゃんたちはダベるスペースとお風呂がなければ来ない。
おじさんで、本気で身体を鍛えたいと思っている人は乗り換えるかもしれない。
やっぱりマシンで思い切り走り、ウエイトトレーニングを本気でしたい、という層がメインだ。
まあ、でも午前中はわりと空いているかもしれないから、おじさんの積極層は行くかもしれない。

既存のジムの夜間会員などは取られるだろうなあ。
もともと仕事が終わってから来よう、という人たち。
もちろん現役の人だ。

ちょうどいいすみ分けができるかもしれない。


| | 考えたこと | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
女子ヘルプデスク今昔物語
ITMediaというサイトで「女子ヘルプデスク今昔物語」という連載をやっている。
書いているのは鐙貴絵という人。
その前の連載の「女子ヘルプデスクのプロマネ修行奮戦記」というのもいくつか読んだが、面白い。
挿絵も面白くて、ちょっとハマってしまった。
この作者、かなりその世界に詳しい人だろうと思う。

ぼくは、今はなきシスアド初級(今はITパスポートという試験になった)を持っていた関係で、2004年の4月から3年ほど学校法人の教職員のコンピューターのお世話もしていたので、載っている事例を見てその当時のことを思い出す。
え、シスアド初級で?と驚く人もいるかもしれないが、それでも回りから見たら十分役に立つレベルなのだ。
もちろん、図書館にシステムを導入した経験のある人がいて、ネットワーク関係には詳しかったからできたのだが…。

そんな経験を思い出させる連載だ。
学校法人に行くと、ビックリするようなことがたくさんある。
ぼくが初めて学校法人の事務所に行った時、一番奥の机に座っている人がディスプレイの電源を入れず、そこにポストイットを貼っていたのにはホントに驚いた。
2004年でもそんな状態の人もいた。
ぼくのいた会社では、連絡手段はメールになって、もうFAXは減っていた。
ちょうどメールとFAXの端境期ではあったが…。

今の学生はLINEだ。
便利だから、もうメールがLINEに変わっている。
ゼミの連絡なども先生によってはLINEでやっているんだろう。
だから、宛先を指定するとか、題名を書く必要がない。
それがそのままこの記事の「チャット文化の新入社員、ビジネスメールに異常アリ!?」というところに出ている。

2014年当時、学生からのメールは、本文に「誰に送っているのか」という情報がないケースが多かった。
To、Cc、Bccの区別も定かではない(というより、Cc、Bccは使わない)。
先生も無頓着のケースも多く、そういうことを覚える必要がなかったんだろう。
あれからLINEはどんどん普及し、若い人の間ではメールを超えたんだと思う。
だから、ヘルプデスクも大変だ。
今やLINEで遅刻を申請する強者もいるという。

十数年前に必死でメールを覚えた中年の社員も、もうメールに慣れて、「新人はメールの使い方も知らんのか」という役回りになっている。
ITツールというのは次々と便利なものが出てくるから、ややこしい。
スマホで2000字を超える文字を通勤電車の中で打つ新人もいる。
ほんと、ヘルプデスクは大変だろうなあ。

それらのIT文化をどう取り込んでいくのか、そのあたりの問題意識もヘルプデスクから出てくるんだろう。
ヘルプデスクというのは地味な仕事だが、大事だと思う。

早速新しい記事が出たらメールが来るように設定した。楽しみだ。

| | 考えたこと | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
ディスる
今の若い人たちから時々聞く言葉の一つが「ディスる」。
使っているのを聞いていると、どうもバカにするとか、悪く言うというような意味だと思っていたが、この「ディス」は何なんだろうと思ってネットで調べてみた。

この「ディス」は"disrespect”のことらしい。
意味は「侮辱する」ということだ。
なるほど、そういう感じで使っている。

しかし、侮辱とは穏やかではない。
今まで人の意見を侮辱したことはあまりない。
悪く言うとか、間違っているとか、認めないとか、バカにするというニュアンスではなく、全面否定という感じになるからだ。
どうも最近そういうやり取りが増えたと思う。

これは明らかにネットの影響だろう。
誰もが匿名で発言でき、特定の個人の発言に対して返答できるような環境を背景にして初めて「ディスる」というような言葉が使われるようになったんだと思う。

使っている人たちも、「バカにする」とか「見下す」「悪口をいう」というような言葉は知っているが、そこに収まりきれない感情があるからこそ、「ディスる」という言葉を使うんだろう。
「ディスる」の使用例として載っているのは、

・大物シンガーが共演者をディスる。

・今日はディスるレスがやたら多いな。

・ツイッターでディスることを楽しむ輩が増えている。

というような文章。

普通なら、友達同士で交わす何気ない会話の中で、「あいつ、アカンで」というような表現で済んでいたんだと思う。
そう言ったら、友だちが「いや、そんなことないデ」という場合もあるし、「ほんまや」という場合もあるだろう。
言った方もそれで気が済み、「ディスる」ところまでいかなかったんだと思う。

ところが今は言う方も、返す側も、いきなり公の場で表明することができる。
いったんそういう場ができると、あとは自己増幅して、ほとんど意味のない感情的な罵り合いに発展する。
それが炎上ということだと思う。

それがネットの中だけで行われていたらまだマシだが、最近はリアルなところでも出てくるようになってきた。

今回の参院選の状況を見ていると、政治の世界にも「ディスる」というような言い方が目立つ。
本来なら政策上の争点を明確にして、冷静な話し合いをしないといけないのに、当の政治家自体がそんなふうになっている。

これではイケナイと思う。



| | 考えたこと | 20:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
スマホの危険性
IoTという言葉は「Internet of Things=あらゆるものにインターネットを」という意味だが、それは「あらゆる場所にインターネットを」ということにもなる。
シリコンバレーでは、店頭にセンサーを取り付ける店が増えているらしい。
来客数や属性、来店頻度などのデーターを集めるのが目的らしいが、それを使ってパートタイム従業員の労務管理をしよう、ということだ。

デバイスの小型化や無線LANの技術が進み、カメラ、マイク、スマホの電波をキャッチするアンテナなどを付けて一体化したセンサーができた。
面白いのは、スマホの電波をキャッチして、滞在時間や来店頻度を割り出す点。
スマホの電波のIDを使うんだろうが、いい考えだと思う。
この調子でいけば、店を入る前に「個人情報を収集しています」という注意書きにOKしてから入る、というようなことになるかもしれない。
スマホの普及で技術が普及し、部品が安くなり、センサーの開発も安く早くできるようになった。

このセンサーを開発した会社は、集めたデーターで数日後から数週間後の来店客数を正確に予想できるようにしたらしい。
その結果をつかって、パートタイム従業員のシフトをコントロールしようというわけだ。
そのサービスとセットでセンサーを利用できる。
どのクルーがいる時に、売上が高いというようなこともわかるだろう。
お得意さんが来たら、わかるようにするとか、付帯サービスはいろいろできそうだ。

スマホというのは、マイナンバーみたいなものだ。
その電波をみれば、個人を特定できる。
よく考えたら、スマホのキャリアはマイナンバーよりも詳細なデーターを持っているのと同じだ。
ただ、それが任意に契約解消できる、という条件がつくが…。

アメリカのユニクロがこのシステムをもう導入済みらしい。
そのうち日本でもやるだろうなあ。
万引きの犯人探しにも役立つかもしれない。

しかし、IoTと言っているが、モノだけではなく人のインターネットの時代が来ているという感じだ。
Interenet of Human=IoHというのが真実かもしれない。
スマホさえ持たなければいいだけの話だが、そこが悩ましいところだ。
アメリカのエグゼクティブは、ガラケーを持つという話も聞いたことがある。

アメリカで10年数年前に、店のポイントカードか何かに無線IDタグを入れて、来店したらわかるようにするという仕組みを考えた会社があったらしいが、個人情報の観点から消費者団体が反対してなくなったという話があった。

そのうち、スマホの電波をオフする機能がついて、自分で守るようになるかもしれない。
電話としては役に立たなくなるが…。

そういうことも考えないといけない時代になる、ということだなあ。
| | 考えたこと | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
ランサムウェア
新手のウィルスがランサムウェアというもの。
1クリックでパソコンが制御不能になり、パソコンのファイルが消えてしまう。
ファイルを別のデーターに書き換えて使用不能にして、使用したければお金を払え、と要求してくる。
具体的にはファイルを勝手に圧縮したりして、パスワードをかける。
パソコンそのものを暗号化するものもあるようだ。
その上で、データーを復旧してパソコンを使いたければ、パスワードを買えという。
いろんな企業や公的機関がそれにひっかかって、データー復旧のためにお金を払っているらしい。

メールに添付されて送られてくるものもある。
日本の銀行名を装って送ってくるケースもあるらしい。
感染を防ぐためにはWindowsのアップデートを怠らないというのも大事だ。
Javaなどを最新にしておくのも1つの防御策。

メール経由で、ホームページを見ていて感染することもある。
よくある手口はメールの中のリンクで不正なサイトに誘導して、そこをクリックしたら感染するというもの。
怪しげなメールのリンクは要注意だ。

ウィルス対策ソフトが入っていれば、おかしな通信があればブロックされる。
やっぱりその手のソフトはインストールしておかないといけない。
元々変なサイトに行かなければいいのだが、ついつい誘導されて行ってしまうと大変なことになる。

もし引っかかっても、お金を払ったらいけない。
データーの復旧にお金をつかうほうがマシ。
いったんかかったら、諦めてパソコンをリストアしたほうがいいらしい。
どこでウィルスが生きているかわからないからだ。

しかし、パソコンを安全にするために追加した暗号化という機能だが、こんなふうに悪用する輩が出てくる。
悪賢い奴がいるものだ。

変なメールは開かない、変なリンクはクリックしない、常にアップデートというのが身を守る術。

気をつけよう。

| | 考えたこと | 23:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
スピンオフ
地球は知らぬ間に人間が増えている。
ぼくの中学のころは35億というのが世界の人口だったが、今や70億だという。
わずか数十年で倍になった。
当然、これからも増える。
日本をはじめ、欧州などは減る予想だが、増える地域は多く食料や水が不足するのが予想される。
それをちゃんと賄わないと、また戦争が起きるかもしれない。

そこで脚光を浴びるものの一つが植物工場。
ビルで植物を育て、効率的に栽培しようという方法。何といっても、気候に左右されずに取り入れができるというのが大きい。
また、害虫などもいない環境なので農薬がいらないというメリットもある。
だから、多くの企業が取り組んでいる。

でもなかなかうまくいかないらしい。
今の植物工場の7割が赤字経営ということだ。
工場を作って、維持管理するコストが高いということらしい。
どうやって、植物を効率的に育てるか、画期的な方法が見つかったらノーベル賞ものだろう。

そこに一つの光明がさした。
LEDの光を使って、栽培するという方法だ。
それも、野菜に赤の光を12時間、青の光を12時間交互に照射するらしい。
この方法で、レタスの収穫までの期間が2/3になる。
また、LEDなので電気代も蛍光灯の半分になるという。

この方法を見つけたきっかけが面白い。
従来は植物にも睡眠?が必要ということで、何らかの光を当てた後真っ暗の時間をとって、それからまた光を当てる、ということをやっていた。
ところが、研究担当の学生がタイマーのセッティングをまちがって、赤と青を交互に当ててしまったという。
その成長が早かったので、研究が始まったということだ。
この結果に専門家は驚いているとのこと。

既に特許等は取っているらしいが、成長が早まる理由はまだわからない。
どうも植物の種類によって、時間配分を変えたりしたほうがいいとか、光の比率を変えたほうがいいとか、そういうことはあるらしい。

こういう類の発見はよくある。
島津製作所の田中さんのタンパク質に関する発見も、間違えてできたものを捨てずに調べてみたことがきっかけだった。
古いところでは、ゴムを強化するための加硫の技術は、グッドイヤー氏が硫黄を混ぜたゴムを偶然ストーブの上に置いたことから見つかった。

実は、そういうのを「スピンオフ」といって、それを大事にしないといけない、とぼくは1979年に会社に入った時に聞いた。
当時の研究開発部のNさんという重役がそれを話した。
詳しい内容は覚えていないが、それを聞いて研究開発というのは面白いものだと思ったことは覚えている。

間違いがわかっても、そこでやめるのではなく一応やってみよう、ということだ。
結果はどうなるか、わからない。
その考えは正しいと思うし、人間が想定できることなどしれているのだから、とにかくやってみることが大事だと思う。
それは工学の考え方だ。
エンジニアリングという言葉には、そういう「人間の間違いの中からも何かが生まれる」という意味も含まれているのだと思う。

その「スピンオフ」という言葉は、ぼくの中でずっと生きている。

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