考えたこと2

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生物学上の女性
さすがイギリスは常識を大事にする国だ。

今年の4月に、イギリスの最高裁が「「生物学上の(biological)女性」と出生時は男性でのちに自分の性は女性と認識する「トランス女性」が、法的に同等に扱われるべきかどうかを争った訴訟で、同等に扱われるべきではないとしました。」とのこと。

アメリカに合わせたとも言えるが、こんなことは常識だと思う。
憲法のないイギリスだが、この判断が前例になるのだろう。

LGBTQの問題の時に、日本はこの問題への取り組みが遅れている(トランスジェンダーを認めるべき)と言っていた人たちはこれをどう思うのだろう。

性についての考え方が多様化しているのは事実だろう。
だから、性の自己認識を認めていこう、というのがLGBTQを推進する人たちの立場。

でも、それには限度がある。
何でもそうだが、度を越してはいけないのだ。

トイレなどの施設の問題や、トランスジェンダーを嫌がる人たちの声は「多様性」という言葉でかき消す。
法制化のときは、暴力的と言ってもいいほどの騒ぎだった。

あくまで、トランスジェンダーの人たちは少数派であり、それらの人たちの内部からもこの問題を大きくすることへの反対の声もかき消された。

あの当時、そういう正論を言う人達はネット上でもすごい反対にあった。
どうしてそんなに一生懸命になるのか、ぼくは不思議だった。

パリオリンピックの開会式は、わけのわからないものになった。
フランス人でもあれは気持ち悪いという意見もあったはず。

これで世界のLGBTQの活動も下火になればいいと思う。

多様性を声高に主張する人ほど、それに反対する人の多様性を無視する。

さて、日本はどうなるのだろうか。


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