考えたこと2

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道徳の教科化
道徳の教科化がニュースになっている。

それによると、「文部科学省の有識者会議「道徳教育の充実に関する懇談会」は11日、会合を開き、正式な教科でない小中学校の「道徳の時間」を教科に格上げするべきだとする報告書案を示した。」ということだ。

ぼくらが小学校の時、文字通り「道徳の時間」というのがあった。
この時間は教育テレビの道徳教材を見て、みんなで話し合うという内容だった。
ぼくの小学校は放送教育全国大会に出たことがある、放送教育の先進校だったから、そういう授業のやり方をしているのかと思っていたが、今でも道徳の時間はあるらしい。

しかし、教科にするということだが、「道徳の時間」から教科にすると何が変わるのか。

ニュースの続きによると、「文科省は中教審の議論を経て平成27年度にも教科化する方針。報告書案では、教科化した後の道徳授業で使う教材について他教科と同様に民間会社が作成し、国の検定に合格した教科書を使用するべきだと主張。記述式で子どもの取り組み状況を評価するのが適当としている。授業は小中ともに担任が受け持ち、教員免許は設けない。」とある。

そうか。教科にすると、教科書が使えるのか。

教科書が使えるということは、学習指導要領というのもできて、指導のポイントなどが文科省で決められるのかもしれない。

今のいじめなどの問題を見ていると、道徳教育は必要かもしれない。

しかし、もっと優先順位が高いものがあるはずだ。
読み書きをどうするのか。
理科をどう教えるのか。
算数でつまずいた生徒をどうするのか。
そちらの方がはるかに大事だと思う。

まず、読み書きできないと、本が読めない。
だから教養が育たない。
教養が育たなければ、道徳が育つわけがない。

中教審の人たちは、何か大きな勘違いをしている。

ちゃんと本を読んで、教養らしきモノを身につけた生徒はほっておいても道徳は身につく。

理科の実験を通して、不思議なものに好奇心を持たせ、算数を教えることで抽象的な考え方を身につけていく。
そんな事をすっ飛ばして、道徳教育など成り立たない。

そうではないだろうか。

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