考えたこと2

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竹槍でB29
今回の緊急事態宣言については、色んな意味で前よりも否定的な記事が多い。
日本の医療レベルは欧米に比しても高いのに、なぜ1/100程度の死者数で「医療崩壊」するのか、ということがわかったからだろう。
感染症は感染するから感染症であり、感染を止めることなどできた試しがない。
ワクチンはあっても、インフルエンザが毎年流行するのを当たり前と思うのなら、なぜコロナが特別なのか、よくわからない。
結局集団免疫を獲得するしか感染は止まらず、共存していくしかないのだ。

昨日ダイヤモンド・オンラインの記事を見た。
「戦時中と変わらぬ日本の姿」というの見出しの言葉に、すごく納得した。
全くそのとおりだと思う。

内容は記事を読んでもらえればと思うが、今回の緊急事態宣言が「経済死する人」の命を軽視している、ということが、ぼくが訴えたいことだ。
なぜそういう政策が取られるかというと、経済が止まっても食える人が多くて、その人たちが高齢で、コロナを過度に怖がっている(マスコミが悪い)からだと思う。
菅総理は頑張って発動を遅らせたが、バカな首長らの要望に屈してしまった。
そちらを支持する人の声のほうが大きいからだ。

この記事にあるように、医療資源の問題が今回明らかになったし、それは長い目で変えられないといけない。
国民皆保険はいいことだというが、それは税金でほとんどの医療費を保証することであり、それが無駄な医療を増やしているという側面もある。
そこにメスを入れないといけないだろう。

記事の著者はそれを先の大戦の経験になぞらえている。

「「無策」を放置して、「国民一丸となって頑張るぞ」と突き進むと、結局最前線で戦っている人たちや国民に、多数の犠牲者が出る。そんな悲劇が過去にもあった。そう、先の太平洋戦争だ。

 いろいろな分析がなされているが、日本が戦争に敗れてしまった原因の1つに「無策」があったということに、賛同する方は少なくないのではないか。

 その象徴が、一説には140万人とも言われる日本軍の膨大な餓死者だ。自身も復員経験のある歴史学者の藤原彰氏の『餓死した英霊たち』(ちくま学芸文庫)によれば、日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者数約230万人のうち、140万人(全体の61%)は餓死、もしくは栄養失調による病死だと推察されるという。」

まさに無策というより、愚策をやって貴重な命をなくし、関係国に迷惑をかけた。
それを思い出させる愚策。
国民も同じだ。
自粛警察やクラスター班など、まさに「非国民狩り」の状態になっている。

「「コロナに負けるな」「みんなでステイホーム」などのスローガンのもと、自粛ムードが支配する社会において、国民一丸となって頑張った。営業自粛を強いられて「経済死」をする人もたくさんいたが、「現場で戦う医療従事者のため」と文句を言わずに歯を食いしばった。責任感の強い人たちは、自粛をしない人たちを探し出して注意もした。感染拡大地域のナンバーをつけた自動車に石を投げる人もいた。やっていることは、戦時中の「非国民狩り」と変わらなかった。」

そして、一番それを象徴しているのは、著者も言っているように「政府が後ろ向きな「緊急事態宣言の発出」を多くの国民が望んでいるという点」だと思う。
何度も書くけど、本当に先の大戦から何も学んでいないと思う。

「実は、戦時中もそうだった。わかりやすいのが娯楽規制だ。

 戦争中の映画、ラジオ、演劇、落語などの大衆娯楽は軍部が厳しく弾圧したというイメージが定着しているが、最近の研究ではそうではなく、軍は国民の「自粛ムード」に突き動かされていたことがわかっている。

 金子龍司氏の『「民意」による検閲―「あゝそれなのに」から見る流行歌統制の実態』(日本歴史 2014年7月号)によれば、ラジオの選曲が西洋風だと「日本精神に反する」と怒りのクレームを寄せる「投書階級」と呼ばれる人々がたくさんいた。投書は年間2万4000件にものぼり、番組編成や検閲当局にも影響を与えていたという。言論統制や娯楽統制を強く求めたのは、軍ではなく実は「民意」だったのだ。」

マスコミに煽られた国民が、日本の進路を誤らせたということだ。
山本七平の書いた「空気」を作り出し、それを振り返ったり検証することなく、突き進んでしまう。

昔と違って、今はネットという言論の場はあるが、それも届かない。

これでは戦時中の「竹槍でB29を落とす」という言葉を笑えない。
それを笑い話にして、ぼくらは反省したのではなかったか。

本当に情けないことだと思う。



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