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2026.01.09 Friday
聞いて損した
今週の火曜日は初レッスン日。
先生と話をしていて、いろいろ聞いた。 一時はファドというポルトガル民謡のグループもやっていたらしい。 マカオまで行って演奏したとのこと。 ポルトガルギターという複弦の丸っこいギターも弾いていた。 いろんなことをやってこられたのにびっくり。 先生はバンドの曲も作っていて、スコア作成もプロだ。 もちろんパソコンで作る。 ミュージシャンにしては友達が少ないと言っていた。 友達の縁で仕事が入ったりするので、少ないのは損ということだが、人付き合いが苦手らしい。 それでも、腕は確かだし、一緒にやったことがある人が次もお願い、という感じで仕事を増やしているのだろう。 オーケストラの演奏会にも毎年呼ばれているし、ハモンドオルガンやスチールパンのユニットのメンバーでもある。 京都で昔からやっているハードなバンドも続けているし、SAMURAIというバンドのメンバーでもある。 そういう先生だが、AIの音楽の話になって、「最近のAIはすごい」ということで一致した。 話の中で、「いいと思った曲がAIのものだとわかると、聞いて損したという気分になる」という。 作り手から見ると、そうなのだろう。 「聞いて損した」という言葉には、きっといろんな思いが入っている。 AIだとわからなかったという悔しさや、AIが作った曲をいいと思ってしまった自分の情けなさ、AIにいい曲が作れるという事実への否定の気持ちなどだろう。 それはぼくもよくわかる。 それでも、音楽生成AIの学習量は人間では太刀打ちできない量なのだ。 音楽は音符の高さと長さ、発音のタイミングなどで成り立っている。 その組み合わせは無限だが、人間が心地よいと思う音楽は、限られたパターンの中で作られることが多い。 それを膨大な量学習すれば、少なくとも60点の音楽は生成できるのだろう。 ときには80点も出るだろうし、90点もあるかもしれない。 それでも、100点はまだまだないと思う。 だいいち、ライブができないのだ。 それは致命的だろう。 そのうち、観客に反応するようなロボットが楽器を弾いて、歌を歌うなどということがあるのかもしれないが、それはまだまだ先だと思う。 だから、先生は安心してもいいと思うのだが…。 |
