考えたこと2

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文系大学院
日経新聞で、関西学院大の学長が大学院教育に関する話をしていた。

目的は「大学院を終了した人材の活躍の場を広げる」ということだ。
すでに理系は大学院卒は普通に就職できるから、対象は文系ということだろう。

現在もそうだと思うのだが、文系の大学院教育への評価が低いのは、記事にもあるように「新卒採用では大学名を見て大まかに潜在能力が測れればよく、人文・社会科学系では大学での学習の中身はほとんど問われなかった」という状況があるからだと思う。
そういう状態だからこそ、今は「活躍の場が狭い」ということなのだ。
というか、ごく少数の例外を除いて、文系の大学院に進学すると、職業選択の幅が狭くなるのが実際だ。

企業からの文系の求人が「全学部・全学科」で来ているのだから、学部や学科の専門性は問わない。
そんな中で、2年余分に使って専門性を上げようとすると、現状ではアカデミックルートにいくしかない。
おまけに、日本では年功序列かつ学歴と給与が結びついているから、企業にとってコストは高くなる。

知り合いの若い法学部卒の先生が、大学院に入ることを「入院」と言っていた。
今の大学院に入ることが「病的」なのを揶揄して言っているのだろう。
もちろん、その先生は研究分野で成功して、准教授になったのだから勝ち組だが…。

いろんな学校法人が法科大学院を作ったが、優秀な学生が集まらないところは司法試験に通らないから潰れた。
また、大学に勤めている時に、アメリカのビジネススクールを真似して作った大学院の先生の話を聞いたことがあるが、なんだかピント外れの話だったという記憶がある。

大学院を作っても、ニーズがないから出口がない。
だから、アカデミックな道に進むしかない。
わざわざ高いコストで企業側が考える「役に立たないこと」を教えているということだ。

例外もあるが、文系の学問は本さえあれば学べると思う。
本だけでは時間がかかるから、手っ取り早く大学院を作って教えるということだろう。

今の日本では、社会人を対象にした大学院の方が必要性は高いと思う。
企業で勤めて、こういう知識が必要だ、ということになった時に初めて大学院で学ぶという必要性が出てくる。
そういうニーズを掘り起こすべきなのだ。

大学側がそういうニーズの掘り起こしをしない限り、文系の大学院を出たら博士課程に進んで研究者になるしかない。
そういう目で大学院進学者を選んでいるからだ。

今の人事担当者は「就職できなかった人が大学院に行く」と思っている。
一方、大学関係者は優秀な人材が大学院に行くと思っている。

この意識の差を埋めないと、日本の文系大学院は良くならないだろう。



| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
自動車産業2040
日経がまとめた、自動車産業の2040年に向けての変化の宣伝を読んだ。
目次の見出しは以下のようなもの。

今から知っておくべき 自動車産業11の変化
【01】世界生産 →自動車産業の「台数成長」は終わる
【02】EV(電気自動車)→2040年に新車の半分はEVに
【03】自動運転 →2040年には「無人タクシー」が当たり前に
【04】ライドシェアサービス →無人タクシーの市場は100兆円規模に
【05】エンジン →エンジンが最後まで残るのは大型トラック
【06】ビジネスモデル →CASE はこれまでの自動車の価値の「全否定」
【07】マス・カスタマイゼーション →クルマは大量生産から多品種少量生産へ
【08】電子アーキテクチャ →世界の大手メーカーは統合ECU に向かう
【09】開発・製造 →完成車メーカーと部品メーカーの垣根がなくなる
【10】クルマの価値 →ソフトウエア・サービスで稼ぐ時代に
【11】販売 →販売はディーラーからオンラインへ

危機感を煽って売りたいという雰囲気もあるが、方向性としては正しいんだと思う。

都市部では自家用車というのはほとんど止まっている資産だから、有効利用するためにシェアリングは進むと思う。
うちの車など、動くのは週に1回程度。
それも数キロだから、もったいないといえばその通り。

電気自動車が18年後に半分になるとは思わないが、電池の技術がブレイクスルーして、インフラを作ることができれば、あり得るかもしれない。
でも、これはEVに強気すぎる予想だと思う。

自動運転はもう技術的にはだいぶいいところまで来ていると思う。
あとは法律関係の整備だろう。
無人タクシーで事故を起こしたときの責任はどうなるのか?ということだ。
自動車保険に依存している損害保険業界はしんどいと思う。

多品種少量生産になるとは思わない。
車のデザインなどどうでもいい、動けばいいという世代がシェアリングを推進するのだから、矛盾していると思う。

水平分業が進めば、完成品を作れる部品メーカーも増えてくるだろう。
しかし、車には安全保安という要素もあるので、そのあたりをどうするかという問題はある。

車の価値はソフトウェア・サービスというのは当たっていると思う。
そこが車の魅力でもあるから、自分のスマホの情報が安全にシェアリングの車でも使える、などというのは必須だろう。

販売もコスト減でオンラインになるだろう。
車の値段は自動運転などの付加価値がついて上がるだろうから、コストを圧縮しないといけない。
そのためにはディーラー網は維持しにくい。
ただ、整備などの拠点は必要だから、難しいところだ。

自動車業界の人たちにとっては悩ましい時代。
どうしていったらいいのかわからない。

自動車が基幹産業となっている日本では、本当に苦しい選択になると思う。


| hdsnght1957kgkt | 考えたこと | 01:32 | comments(0) | trackbacks(0) |