考えたこと2

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80年代のシティポップ
日本の80年代のシティポップが海外で人気があるらしい。
といっても、ごくごく一部の日本ファンなんだろうけど。
Youtubeで外国人のチャンネルで、日本の都市ポップなどという紹介もされたりしている。

どんな曲かというと、山下達郎、竹内まりや、角松敏生、松原みき、杏里などが目につく。
珍しいところでは、山県すみ子や菊池桃子なんかが入っていたりする。
このへんは、フォークや歌謡曲といった感じだが、外国人の耳には心地よく聞こえるのかもしれない。
ぼくはJimmy Koprotoという人のプレイリストをよく聞く。

なんで今頃80年代の日本のポップスが…、と思うがこの頃から英語のコーラスを入れたり、歌詞の一部が英語だったりしはじめているのも影響があるのかもしれない。
まあ、ビートが聞いた曲が多いし、ベースを持ち上げてミックスしているのかもしれない。
ブラスが入っていて、当時はやったディスコでかかるような曲だ。

この頃のアーティストはうまかったと思う。
今が下手というわけではないが、70年代後半から本格的に洋楽を取り入れた日本のポップスが出てきて、それが従来の音楽から「ニューミュージック」という言い方で独立したジャンルみたいになった。
そして、80年代にアメリカの音楽を自ら消化した人たちが出てきた。

それが初期の山下達郎。
どちらかというと、リズム&ブルース系だと思うが、ソロのデビューアルバムは片面が西海岸、片面が東海岸で録音という快挙だった。
あのアルバムが達郎のベストかもしれない。

そういう音楽は今やアメリカではあまり聞けないのかもしれない。

ラップが流行りだして以降、黒人の音楽と白人の音楽が別になったように思う。
それまでは、ポップスという括りで一緒になっていたように思うが、ラップは黒人のもの、という感じ。

80年代はちょうど、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、アメリカが調子悪かった頃だ。
そういう時代の雰囲気もあるかもしれない。
日本がイケイケだった頃。

今となっては、あの頃が懐かしい。



| | 考えたこと | 18:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
データー野球
アメリカの野球はデーター野球になった。
だいぶ前に、マネーボールという小説があったが、その当時から選手の成績データーを利用して、それまでの勘と経験に頼るやり方を変えてスカウティングする、という手法が一般的になったのだろうと思う。
要は、従来の常識を覆し、打たなくても、アウトにならなければいい、ということで一発屋よりも選球眼のいい選手が重視されたりしたのだ。

今やメジャーリーグにはほとんど野球の経験がないコーチがいるらしい。
レイズの監督が、試合中もデータ分析をやってほしいということで、プロセス&アナリティクスというコーチ職が新設されたという。

さらに、各種の測定器ができて、投げたボールの縦横の変化量や回転効率などが測れるようになると、そのデーターを利用する方法が考案されるようになった。
2年前にはそのスペシャリストがフルタイムの打撃コーチとしてヤンキースに採用されている。

確実に、メジャーリーグは変わっているのだ。
野球に科学の視点が入るようになった。
それによって、データーがわからない名選手はテレビなどで解説はできるが、コーチや監督にはなかなかなれなくなったという。

なるほどなあ、と思う。

ぼくの知っているアメリカの人たちは、とにかくデーターを入れるのが好きだった。
それがまだ何の役に立つのか、わかっていなくても、貯めていた。
こういう気質が、いざ何かしようとするときに、役に立ったりする。

日本の現場では、まずどういう役に立つのかという説明をしないと、データーを貯めないという姿勢。
この差は大きい。
デジタル機器が発達し、データーを貯めるのが容易になっても、データーを貯めない。

マネーボールに出てくるアスレチックスのデーター解析係は、大学のリーグ戦のデーターでスカウトの判断を下していた。
これも、そういうデーターが残っているからこそできた。
西洋人の気質なのだろうか。

何の役に立つのかわからないデーターを貯めておくからこそ、それが役に立つかどうかが検証できる。
統計データーはたくさん集めてなんぼの世界だ。
その労を惜しむのがぼくの知っている日本の現場だった。

スポーツファンには失礼だが、野球なら別にデーターを貯めなくてもいい。
所詮、楽しみのためのものだ。

でも、モノづくりの世界などでは、その差は大きい。
日本がデジタル化の時代に遅れてしまった一因はそういう気質にもあるかもしれない。

メジャーと日本のプロ野球を見ていて、そう思う。




| | 考えたこと | 01:11 | comments(0) | trackbacks(0) |