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2020.08.13 Thursday
COBOL
COBOLというと、ぼくらが大学時代FORTRANを学んだ頃、有名だった事務処理用のコンピューター言語。
もうこのCOBOLでコーディングされたプログラムを、モダンな言語で作り直さないといけない。 以前2025年の崖で書いた。 多くの企業が、これで困っているらしい。 大きなシステムであればあるほど、関連するプログラムの数が多く、書き換えが大変になる。 そして、それらのシステムはたいがい出来てから何十年も経っている。 おまけに、COBOLがわかるエンジニアがほとんどいない。 どんな処理をしているかすら、わからないのだ。 なおかつ、6割を超える企業に古いシステムが存在している、とのこと。 要するにずっとサボってきたツケが回ってきたということだ。 ぼくは昭和54年に入社したが、当時のシステム部は事務系の部署で、COBOLがメインだったと思う。 技術系は扱っていなかった(別の部署)。 どちらかというと、全国の代理店を含む、営業系や経理系のシステムをやっていた。 おそらく、それらの名残がまだまだ残っているのだろう。 ぼくのいた会社は、幸い2000年過ぎに事務系のシステムを刷新していたと思う。 真偽のほどはよくわからないが…。 事務系のシステムは年月を経て、改修に改修を重ねているから、よけいのことシステムは肥大化してわかりにくくなっている。 これがデジタル化の足を引っ張り、日本の生産性を低くしている原因の一つになる。 今でも国民一人あたりのGDPは低いのに、まだまだ下がる爆弾を抱えているということだ。 長い目で見たら、これはきっと教育の失敗だろう。 もっとコンピューターの教育をしてこなければならなかったのだ。 特に事務系の人たち。 自分たちは全くコンピューターなど関係ないと思っている人もいた。 人間関係でやっていく、というタイプ。 しかし、いくらなんでもシステムが動いているからと言って、ずっとほったらかしにするのはダメだった。 そういうことに問題意識がないから、ほっておいたのだろう。 文科省が情報の授業を高校課程に取り入れたのが2003年。 あまりに遅い。 ほとんどの高校にその教科を教えられる人がいなかった。 したがって、勝手に科目を数学や他の講義に読み替えて履修はしていなかった。 その状況をほったらかしにして、今がある。 未だに教員になる人は、常識としてこういうコンピュータースキルが必要、ということは言われていない。 そういうことが、本質的な問題なのだと思う。 小学校でプログラミング教育をやる、と言っているが、まともにできるわけがない。 教員養成課程がそうなっていないからだ。 中学以降はもちろん「情報」に関する要求もない。 残念ながら、日本はIT後進国なのだ。 |
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